第9話


「ん・・・」


 翌朝、ディオに運ばれた寝室のベッドで目を覚ましたルルカは、上体を起こしたが、昨日のディオの話を思い出して眩暈がして倒れそうになった。


「あ、母さん起きた?大丈夫?」朝食の準備を済ませたディオは、自分が原因で倒れた母を心配して様子を見に来た。

「大丈夫な訳ないでしょう・・・」ルルカは眉間に皺を寄せながら額を押さえた。

「そういえば昨日言い忘れてたんだけど、アーケールに権能の一部をもらったよ。」ディオはルルカの寝起きの水をコップに注ぎながら、さらっと言い放った。


「権能の一部?!ああ・・・」ルルカはまたベッドに倒れた。

「大丈夫?」ディオは水の入ったコップをルルカに差し出しながら上体を支えて起こした。

「全然大丈夫じゃない・・・自分の息子が始祖のドラゴンの権能の一部を授かったですって?・・・全然大丈夫じゃない。父さんに何て言ったら良いの・・・お水ありがと・・・」ルルカはコップを受け取るとディオに支えられながらゆっくりと飲んだ。


「何か色々驚かせちゃってごめん・・・」ディオは苦笑いをしながら空になったコップを受け取った。

「これに驚かない人間なんていないわよ・・・」はぁ・・・とルルカは溜め息をついた。

「まあでも、悪い事じゃないだろ?洞窟の事は調べなくちゃならないけど・・・」

「・・・そうね、ディオなら大丈夫かしらね」ルルカは暢気な様子のディオを一瞥してから、眉間に皺を寄せたまま、自分に言い聞かせるかのように言った。

「ディオは自分の才能をひけらかしたりもしないし、悪い事に力を使うとも思えない。うん、ディオなら大丈夫ね。」


 ただし、とルルカは続けた。

「絶対に絶対に無茶はしないこと。絶対によ。困ったことが起きたのなら母さんにも相談してほしい。」

 ルルカの綺麗な新緑の瞳が、強い意志を持ってディオを見つめた。

「わかった。無茶はしないよ。約束する。」

「・・・ディオ、あんたの無茶は他の人の規格外みたいだから、その約束は信じないことにするわ。」はぁ、とまた溜め息をついた。

 ディオは否定できないな・・・と苦笑いをしながら、落ち着きを取り戻したルルカを朝食に誘った。


「そういえば母さん、領主様へ返事は出したの?」朝食を食べながら、ディオが何気なく聞いた。

「やだ!!忘れてた!」

 ドンドン、とドアを叩く音がして、「はーい」と扉を開けるとマックスが立っていた。

「おはようさん、ディオ。領主様への返事、受け取りに来た。」

「・・・だって、母さん」言わんこっちゃない。ドレスばかりに気を取られて返事を書き忘れていたのだろう。

「ルルカ、まさか返事書いてないのか?領主様からの手紙はすぐ返事するもんだろ」

「マックス、ちょっと待ってて!今すぐ書くから!ちょっとだけ待ってて~!!」と奥の部屋に消えていった。

「母さん、返事よりも先にドレス選ぶのに張り切っちゃって・・・」

「そりゃ順番が逆だろ・・・」

 ディオとマックスは呆れ顔でルルカの消えた奥の部屋を見て、溜め息をついた。


 一瞬で返事を書いたルルカはそれをマックスに託し、中断していた朝食を再開させた。

「お城でのお祝いの席となると、きっと領主様側にも準備の期間があるわよね。」

「そうだね、招待客とか、城の装飾とか、そう考えると二週間くらい先になるかな?」

「ふふ、それなら間に合うわね~」とルルカは今日初めて笑顔を見せた。

「何に?ドレスなら明後日には出来上がるってルイが言ってたし、心配ないんじゃない?」

「違うわよ!大事なのは、それを一番に誰に見せるかなの!」

 あー、これはまた始まったのか?母さんの父さんへの愛は重いな・・・。

「ディオの誕生日は来週でしょう?」

「もう来週か。あっという間だったな・・・」もぐもぐとパンを食べながら自分の事には鈍感なディオが言った。

 ・・・来週には父さんと会えるのか。そう思うと胸が高鳴った。


「さてディオ。あんたに錬金術の加護があると分かった以上、ビシバシ叩き込むわよ!」

 毎朝の日課の畑仕事を終えて家に戻ると、ルルカが新緑の瞳を輝かせながら仁王立ちしていた。

 さあこっちに来て、といつもポーションを作ったりしている奥の小部屋に連れていかれると、真ん中の作業台には様々な材料が並べてある。主にディオが森や洞窟で採ってきたものだが。

「まずは私がポーションを作るから、ディオは見ていて。」

 ルルカは材料一つ一つを説明しながら、どのポーションを作るのかでどの材料が必要なのかという事を教えてくれた。ディオはまるで初めての科目の授業を受けるかのように楽しそうに、そして真剣に話を聞いていた。


「良い?ポーションに混ぜる材料の比率でポーションの質も変わってくるわ。同じ初級ポーションでも、治りが悪かったりする。正しい材料を正しい比率で用意してから“錬金術”の加護を発動させるの。」

 実際に母さんが錬金術を発動させるところを初めて見た。いつも危ないからと部屋に入らないように言われていた。

「なるほど・・・」

「はじめは母さんと一緒に作ってみましょう。」

「・・・一回やってみてもいい?」

「え?」


 初級ポーションを作るには・・・と考えると矢印ウインドウが必要な材料を指した。矢印が指した材料をササっと選ぶと、自動的に開かれた小ウインドウに示された量を微分とも間違えないよう正確に計量し、錬金術の加護を発動させた。

 すると材料を入れていたボウルが光り、ポーションが完成した。

「え、ええ?・・・い、一回で作っちゃったの?」

「これで良いかな?」

「良いどころじゃないわよ!!しかもこれ完璧じゃない!!私のより上手いんじゃない?!え、やだ!料理も私より上手いのに、錬金術まで私より上手かったら母親としての威厳皆無じゃない!!」

「ちょ、母さん落ち着いて・・・」

 ルルカは捲し立てるように褒めちぎったと思ったらがっくりと項垂れて泣き出した。

 どうしたらいいんだ・・・。

「えっと母さん、ポーションは主に薬草を使うってのがわかったけど、この前採ってきた鉱石とかは何に使うの?」とりあえず話題を変えてみた。

「ぐすっ・・・鉱石はそうね・・・鉱石の大きさにもよるけれど、主には魔道具かしら。アイテムボックスとか、術付与をしてアクセサリーを作ったり。」

「へぇー!魔道具かぁ。術付与は母さんがくれたナイフに施してくれたものだよね?どうやるの?」

 まだディオに教えられることがあるんだと気付いたルルカは調子を取り戻してきた。

「魔道具の製作は魔法と表裏一体よ。例えばナイフに付けた攻撃力強化も麻痺毒も、それぞれ攻撃力強化の魔法と麻痺毒の魔法それぞれを構築する原理を理解していないといけないわ。それと付与したい物体の構成も理解して、二つの構成を練り上げて一つにしていくイメージね。」


「魔法の原理か・・・」魔法は恐らくステータスウインドウのスキル欄に羅列されていたから使えるだろうけど、その原理まではわからないな・・・。多分普通は逆なんだろうな・・・。原理がわからないままホイホイ魔法使える俺の方がおかしいんだろう。

「母さんはそういう事はどこで学んだの?アカデミー?」ディオは考える様子をしてルルカに尋ねた。

「そうねぇ・・・初めはこういった魔法論理の本を読んでいたけれど、アカデミーでもたくさんの事を学んだわ。」

「母さん、アカデミー出身だったんだね。」

「そうよ、言ってなかったわね。」アカデミーでの事を何か思い出したのか、ルルカはふふ、と微笑みながら言った。


 アカデミーか・・・。


 ディオはアカデミーについては特に何も考えていなかった。10歳の誕生日を迎えても、この村でほのぼのと暮らしていければいいと思っていた。だが、ルルカの話を聞いて、胸が少し高鳴るのを感じた。もしかして、もっともっと知らない事、学べる事がたくさんあるんじゃないか。この膨大に授かったスキルたちも、もっと有効に使える方法があるんじゃないか。考えるだけでワクワクして手をぐっと握った。


「・・・。」その様子を、ルルカは物寂し気に見つめているのを、ディオは気付いていなかった。


「じゃあ、今日はポーションを作れるだけ作ってみましょうか。もう教えることは無いかもしれないけれど。」

 ルルカがパン!と手を叩き、ディオの意識を戻した。

「あ!母さんに聞きたい事があったんだけど、薬草を毎回森に採りに行くのは何で?家の前の畑じゃダメなの?」

 ずっと気になっていた。この村の土壌は良い。なのに何故毎回森まで採りに行くのか。キノコは仕方ないとしても、薬草くらいなら栽培できるのではと思っていた。

「・・・・・!」ディオの質問に、ルルカが深刻そうな顔で青ざめた。

 え、なんか聞いちゃまずい事だったのか?

「すっかり忘れてたわ・・・栽培・・・・・」

「・・・・・忘れないよ、普通」思わず突っ込みが口に出た。


 ルルカの話によると、この村に住み着く前は薬草も栽培していたらしい。何も此処の土壌のせいではなく、ディオを妊娠して子育てしやすいようにと移り住んでからはこの村に馴染めるようにと色々気を揉んでいたため、目立たぬよう普通の野菜の育てるようになってからはディオも生まれ、あれよあれよと時が過ぎ、ディオも大きくなって森で薬草を採ってきてくれるようになり薬草にも困らなくなっていたので、すっかり頭からすっぽ抜けていたらしい。

 自分の母親ながら、抜けている。抜けすぎている。馬鹿と天才紙一重とはよく言ったものだ。

「じゃあ家の畑でも薬草は栽培できるの?」

「できるものとできないものがあるわね・・・自生力の強い薬草なら普通の野菜と同じように育てる事ができるわ。ただし、湿地を好むものとか、一定の条件の下でしか生息できない薬はなかなか難しいわね・・・。」

「それなら栽培用の温室を作ったらどうかな?母さんになら作れると思うけど。」

「・・・・・!・・・考えつかなかったわ」

「・・・そっか」


 ディオの提案により、温室を作ることになった。ディオは今日は今ある材料でポーションを作り、ルルカは温室の図面を書くことにした。

 しかしまぁ、母さんの錬金術は天賦の才だと思っていたけど、こんなに抜けていてよく無事に生きて来れたな・・・。薬師であり錬金術師なのだから、食に困るような事はなかったと思うが・・・一体どんなアカデミー生活を送ってきたのか・・・。

 そういえばアカデミーか・・・。

 ふとポーション材料のユニコーンの角が目に留まった。ユニたちは大丈夫だろうか。洞窟の事もまだ何も調べられていないな・・・。

 考え事をしながらでもディオは矢印とウインドウに従い、サクサクとポーション作りを進めていた。ポーションを入れるガラス瓶も、矢印に従って必要な材料を並べ、錬金して量産した。

 ふいに矢印ウインドウが開かなくなったと思ったら、気付けばテーブルの上にはほとんど材料が残っていなかった。

 机の上にはざっと百は超えるであろう様々なポーションが並んでいた。・・・作りすぎたかな。

「母さーん、出来たよー」

 食卓テーブルで紙を広げて温室の図面を書いていたルルカに声を掛けた。

「さすがディオ、早いわね!どれどれ・・・」

 ルルカは一度テーブルの上のポーションの数に言葉を失い、そしてそれらを手に取るとその上質さにまた言葉を失ったのは言うまでもない。


 翌日、診察日のため馬車に乗り診療所を訪れた。

「おはよう、シャル」といつも受付にいるシャルと挨拶をして、診察室と調合室へ向かった。

 ルルカは診察室で患者を診察し、ディオは調合室で常備薬の過不足を確認して調合を行った。

 応急薬がいつもより減りが早いみたいだな・・・。多めに作っておこう・・・。


 一通りの患者を受け入れたらあっという間に正午近くになっていた。

「シャル、今日の診察は終わりで大丈夫かしら?」

「ああ、いつもありがとう、ルルカ。」

「ねえシャル、応急薬の常備数が減ってたみたいだけど、何かあった?」ディオが尋ねた。

「最近やたらと冒険者が来るんだ。ちっこい魔獣にやられたってんで、ポーション使うまでもないから応急薬くれってな。」

「ふうん・・・。そうなんだ・・。とりあえずいつもより多く作っておいたから。」

「助かるよディオ。そんじゃこれが今日の診察代と薬品代。多めに作ってもらった分は次回上乗せで支払うよ。」

「あ、シャル、これよかったら。俺が作った初めてのポーション。疲れてるみたいだから。」

 ディオは皮袋のアイテムボックスからポーションを取り出してシャルに渡した。


「「えーーー!!」」ルルカとシャルの驚き声が被った。ルルカの驚きに「え?」と追加でシャルは驚いてルルカを見た。


「普通初めて作ったものは母さんとか父さんにくれるものじゃない?!」

「ええ?母さんもよく出来てるって褒めてくれたから質を保証してくれたんだと思った」

「これディオが作ったのか?!すごいな!!にしても俺そんなに顔に疲れでてた?」

「シャル!それ私に頂戴!」

「いやちょっと母さん、俺があげたんだから・・・」

 と親馬鹿なルルカを止めて、シャルに「また今度~」と手を振って診療所を後にした。


 愚痴愚痴とぶつぶつ呟くルルカを連れて、診療所を後にした二人はラエルの魔道具屋に向かった。

 扉を開けるといつも通りチリンとベルがなり、カウンターに座って新聞を読んでいたラエルがこちらを向いた。

「おおディオ、ルルカ・・・は、どうしたんだ」ルルカは先ほどの“ディオお手製初めてのポーション”で拗ねていた。

「あー、気にしないで。ラエル、今回はちょっと量が多いんだけど大丈夫かな?」

「ん?どうしたんだ、前置きなんぞして。」

 ディオは皮袋のアイテムボックスからポーションを取り出し始めた。一本、二本、三本・・・三十本を超えたあたりからラエルの表情に焦りが見えてきた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ、カウンターに載り切らん!」

「え、どうすればいい?」

「ちょっと裏の倉庫で頼む」ラエルが二人を店の裏の倉庫へと案内した。


 ディオが皮袋から出したポーションは全部で百本を超えた。

「ルルカ、どうしたんだこんな量」ポーションを見てラエルが溜息と共に首を振った。

「違うのよ、ディオに錬金術の加護がついてるって言うから、作り方教えたらこんなになっちゃったの!」

「なんと・・・まあディオに錬金術の加護がついてるのには驚きはしないが・・・さすがにこれだけのポーションを買い取るとなると支払いがな・・・ちと銀行に行かんと用意できん」

「ラエル、このポーションは俺が初めて作ったものだからさ、特に母さんお手製じゃないし、買値もいつもの半分くらいで良いよ」

「ディオ、お前のこのポーション、ルルカが作ったものと何ら遜色ないだろう。俺の目にはごまかせん。どれも上質だ。」

「そうなの!ディオの作ったポーションたら、材料の比率が完璧で不純物も全くないし、私より上手く作れてるわ!」と母親としてディオを自慢したかったのだろうが、言い切った後で錬金術師として母として息子にあっという間に追い越されたという事実にまた凹んだ。

「ま、まあとにかく買値はいつもの半分で頼むよ。もし売り行きが良ければその時また話し合おう。全部買い取ってもらってラエルの在庫の肥やしになっちゃ困るしね」とディオは笑って言ったが、

「在庫の肥やしになることは無いだろう。最近やたらと冒険者がポーションを買いに来てな。何やら魔物たちが狂暴化しとるとか何とか言っておったな。」

「そういえばシャルもそんな事言ってたな・・・」

「やあね、物騒で・・・」

 ルルカは怖いわ~と怖がる様子を見せたが、ラエルもディオも、そこら辺の魔物よりもブチ切れたルルカの方が余程恐ろしい事を知っている。

「需要があるなら尚更買い取ってくれた方がこっちも助かるよ」

「じゃあ言葉に甘えて初回ということでいつもの半値で買い取らせてもらおう。次回はちゃんといつも通りの値で買わせてもらうからな」


 でも魔物の狂暴化か・・・洞窟の瘴気と言い、ルイの魔獣化病と言い、何かが起きているんじゃないか。

 一瞬、そんな不安がディオの胸を通り抜けた。杞憂に終われば良いのだが、どうもこう言う嫌な勘というのは当たる事が多い。深刻そうな顔をしたディオの頭を、ルルカがぽんぽん、と撫でた。

「ディオ、大丈夫よ。」何が、とは言わなかったが、母の“大丈夫”の一言は何故こんなにも安心できるのだろうか。ルルカが稀代の錬金術師という事を差し引いても、母の言葉というのは何故か安心感をくれる。

 そうだね、と言葉を返すより、ディオは微笑んで見せた。


 ラエルとの清算が終わると、店を後にした。

 噴水の向こう側には、ルイのアドワード・ブティックがあるが、どうせ明日また店に行くのだから、今日は止しておこう。


 二人は村へと戻る馬車へ向かい、帰路へと着いた。


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