第8話


 城下町のブティックの二階。ルイの部屋で、穏やかな風を受けていた。

 風がルイの机の上にあった紙をふわりと飛ばした。


「これは・・・ルイが描いたの?」紙を拾ったディオが感心したように言った。

「実は僕はこの店のデザイナー兼パタンナーなんだ」ルイが笑って言った。

「ええ?」ディオと見た目歳もそう変わらないであろう彼が、この高級ブティックのデザイナーであり、パタンナー?俄かに信じがたい、と言いたいところだったが、拾い上げた彼の描いたというドレスのデザイン画は、彼の言っている事が本当なのだろうと信じて疑わない程洗練されていて美しいものだった。


「この店に来たってことは、ドレスを仕立てに来たの?」ルイはディオが拾ったデザイン画を受け取ると、長机の上のデザイン画たちを集めて整えた。

「ああ、実は・・・」と領主主催の祝いの席に出席する為のドレスを買いに来た旨をディオが説明した。

「そうなんだ、領主様から祝いの席に招待されたんだね。」微笑みながら言うルイの目にもう涙はない。


「大変お待たせしました!先ほどはお見苦しいところをお見せしてしまいましたね」

 マダムが化粧直しを終えて戻ってきた。相変わらず強めの化粧だが、彼女がとても穏やかで、涙の跡は綺麗に消えていた。

「母さん、僕、二人のオーダーメイドを作りたい」ルイが笑顔でマダムに言った。

「まあ!それはとても良い案だわ!・・・でも、身体はもう平気なの?」

「身体を動かしたくてうずうずしてるくらいだよ」とルイは言うと、「ディオ、どうだろう。二人の服を作らせてくれないか?」ディオに尋ねた。

「え~!オーダーメイドのドレス~?!」ルルカの瞳がキラッキラと光った。

「ちょっと、母さん黙ってて」ディオが暴走しそうなルルカを冷静に制止した。ルルカは「ディオに怒られた・・・」と親に怒られた子どものようにしょぼんと肩を落とした。

「ルイ、気持ちは嬉しいけど君に負担はかけたくない。それにオーダーメイドの服はお金も時間もかかるだろう」

「これはお礼なんだ。お金はいらない。どうか受け取ってほしい。それに僕には母さん譲りの“芸術”の加護と叩き込まれた“製作”のスキルがある。」

「加護持ちだったんだね。どおりでそんなに美しいデザイン画が描ける訳だ。」

「わたくしもルイと同じ気持ちですわ。ルルカ様とディオ様が良いなら、是非作らせてもらえないかしら。」とマダムは頭を下げた。

「はは、様は止めてください、マダム。僕たちはただの客です。今まで通り接してください。」

「そうよ、そんなに畏まわれちゃ気軽に来れなくなっちゃうじゃない」ディオとルルカに宥められて、ありがとう、とマダムは顔を上げた。

「息子を救っていただき、感謝の気持ちは言葉で表現できないわ。それなら私たちなりの感謝の伝え方でお礼をさせてもらえないかしら?」

「そこまで仰るなら、受け取らない方が失礼になってしまうかしら。」

「・・・・・。」ディオは黙って横目でルルカを見た。母さん、瞳の奥のドレスが見えてるよ・・・と心の中で呟いた。


「当アドワード・ブティックは代々“芸術”の加護を授かり、“製作”スキルを受け継いで来た、貴婦人方はもちろん、領主城にも呼び立てられる高級ブティック。わたくし当代の主を務めます、ダドリア・アドワードと、息子のルイド・アドワード、このご恩を少しでも返せるのなら、必ずやお二人に最高のドレスとタキシードを仕立てさせていただきます。」

 女主人、ダドリアとルイドは並んでルルカとディオに頭を下げた。

 スッとダドリアは顔を上げると、「では、さっそく採寸を!」とパンパン!と両手を叩いた。するとどこからともなくズラッと従業員が並び、ルルカとディオをそれぞれ採寸室へと連れて行った。

「ちょ、俺のは別に・・・!」と流れに流されながら断ろうとして「ディオも領主様に招待されているなら、整えていかないと」と笑顔のルイに何も言えなくなった。

 こいつ・・・さっきまでベッドであんなだったのに、もう職人顔に・・・とルイを複雑そうな表情で見た。


 でもまぁ、これがルイの本当の顔なんだろうな。

「これにて採寸は完了となります。」とルイの事を考えている間にあっという間に採寸が済んだらしい。高級ブティックは従業員も優秀だ。

「では、ルルカ様はわたくしが、ディオ坊ちゃんはルイが担当させていただきます。」

 ダドリアとルイが改めて二人の前に並んだ。その腕にはスケッチブックのような紙を抱えている。

「お二方、恐れ入りますがそのままのお姿で、少々お時間を頂戴いたします。」

 そう言うと、ダドリアもルイもスケッチペンを持つと、ペンを持つ手と瞳に優しい光が灯ったように輝き出した。二人とも目を見開き、ルルカとディオを見つめながらペンを走らせた。

 なんて速さだ・・・とディオが驚いていると、「ディオ、表情が硬いよ、リラックスリラックス」走るペンは止まらぬまま、ルイが声を掛けた。


「はい、OK」

 時間を頂戴しますと言われたが、一瞬だった。これが“芸術”の加護なのか。

「ルルカ様も楽にしていただいて結構です。」ダドリアの方も終わったようだ。

「通常であれば、ご意見をお伺いして、複数のデザインから選んでいただくのですが・・・今回、わたくしとルイにお任せいただけますでしょうか?これ以上ない程、お二人を輝かせる一着を作らせていただきます。」

 ダドリアの言葉は、自信に満ちていた。きっと言葉通り、素敵なドレスとタキシードが出来上がるのだろう。

「二日、いや三日ほどお時間をいただけますか?」

「あらそんなに早く?ドレスのオーダーメイドは時間がかかるでしょうに」

「ふふ、わたくしもルイも、今すぐにでも製作に取り掛かりたくてたまりませんの。」

 “芸術”の加護ってのはすごいんだな・・・とディオは感心した。

「わかりました、では三日後にまた伺いますわ。」ルルカは満面の笑みで返した。

「ディオ、期待してて。」

 ルイがディオのところまできてニカッと笑った。どうやらルイの頭の中でももう段取りが進んでいるのであろう。

 はっとしたディオが、ルイに耳打ちした。

「ルイ、悪いんだけど、部屋で俺がやったことは、みんなには黙っていてほしい。目立ちたくないんだ・・・」

「ふうん・・・わかった、誰にも言わない。けど、バレるのも時間の問題なんじゃないかぁ。ディオ、お人よしみたいだし」

「お、お人よし?」

「だって見ず知らずの僕を治してくれたじゃない。」

 それはあの警告ウインドウが出たから気付けたことだ。ただ、放っておけなかったのは確かに事実だ。

「はは、ご注告ありがとう。・・・ルイはどこまでも優しいな。」ディオはふわっと微笑んだ。

「え?」

「あんな状態だったのに、君はいつも俺の心配を口にしてた。誰にだってできる事じゃない。」

「そんな・・・」ルイは照れて下を向いた。そんなルイを見てディオは微笑みがまた溢れた。


「さぁ、そろそろ行こうかしら。」ダドリアと談笑していたルルカが、振り向いて言った。

「そうだね、ラエルのところにも行かなくちゃね」じゃあ、ルイ、また今度。とルイとハイタッチをして店を出た。

 ダドリアをはじめ、従業員全員が頭を下げ、「またのお越しをお待ちしております」と送り出してくれた。


 アドワード・ブティックを後にした二人は、の噴水を挟んだ向かい、ラエルの魔道具屋へ向かった。

 チリンチリン、と入店を告げるベルが鳴ると、カウンターで肘をついてうたた寝をしていたラエルを起こした。

「おお、ルルカ、ディオ。」

「ラエル!領主様に俺の事も話しただろう!俺まで城に招待されちゃったじゃないか!」

「来て早々なんじゃ。何が悪い、城の祝いの席なんて行きたい奴の方が多かろう。ちなみに儂もお呼ばれしたぞ」がははとラエルは豪快に笑った。

「私は感謝してるわよ!なんたってオーダーメイドのドレスを着れる機会を作ってくれたんだもの!」

 ったくこの母親は・・・と呆れながら皮袋のアイテムボックスから様々なポーションを出した。種類ごとに並べて、数えてラエルに買い取りをお願いした。

「また今回も質がいいな!数も多い!」並べられたポーションを見て、ラエルの声が店に響く。もともとラエルは声がでかいのだ。

「ディオが洞窟なんて行ってね・・・素材をたんまり採ってきてくれたのよ」ルルカがじと目でディオを見た。

あの日の母さんは怖かった・・・とディオは思い出すだけで冷や汗が出そうになった。

「がはは、そうか。男は冒険しねえとな!ルルカの作ったポーションならいくつあっても良い!」

「ちょっと!人の息子をそそのかさないでよー!」

「別にそそのかしてねえよ!ルルカは心配性なんだ。ディオも男だぞ。」

 そうだそうだ!もっと言ってやってくれ!と心の中でラエルを応援した。

「もー!あ、そういえばディオに短剣くれたのよね、ありがとう。」

「おお、そうだ!どうだ、使い心地は?」ラエルはポーションを陳列用の籠に入れながらディオに尋ねてきた。

「あー・・・えーっと・・・」母さんに預けてからまだ返ってきてないんだよなぁ。

「今ね、新しく付与つけてるとこなの!10歳の誕生日には渡すつもりよ。ラエルがくれた短剣、上等なものだったから付与するのも楽しくて」

 一体の付与を付けるつもりなんだ・・・とディオはルルカを呆れた顔で見た。

「おいルルカ、お前さんが付与を上乗せしたらとんでもないものになっちまうだろ・・・」ラエルもあきれ顔である。

「息子を思う愛情の大きさに比例しているのよ!」一体どこを見ているのか、背景に息子への愛情とやらが炎になって見えたような気がした。

 以前洞窟探検に持って行ったナイフには、“攻撃力強化”に“麻痺毒付与”がついているが、この“攻撃力強化”は森の大木も一振りで切り倒せる程だし、“麻痺毒付与”は獲物に掠っただけで相手は痺れて動けなくなる程強力なのだ。


「そもそもお前さんとあいつの息子が普通な訳ねえ。ルルカが思うよりディオは強いと思うがな・・・」

「生まれも種族も関係ないわ!ラエルだってお孫さんにはデレデレ過保護じゃない」

「孫は別じゃ!そもそも中々会えんのだから、久々に会った時くらい甘やかしても良かろう!」

「ちょ、ちょっといい?」ヒートアップし始めた二人の間にディオが割って入った。


「ラエルも父さんの事知ってるの?」

「何を言っとる。知ってるも何も、儂が二人のキューピッドじゃぞ」

 ゴツゴツ筋骨隆々の髭を蓄えたキューピッドって嫌だな・・・


「ラエルも知り合いなのか・・・俺、父さんの事全然覚えてなくって」

「酷いのよディオったら!父さんは生きてるのかーなんて!」

 それを聞いてラエルはがははは!と豪快に笑った。

「それは頻繁に息子の顔を見に来んあいつが悪いな!」

 確かにそれもそうだ。父さんの記憶が朧げなおかげでそんな事を言ったのだから。うんうん。

「あの人も忙しいんだから仕方ないの!私は会いたいけど!」

「まあそれもそうだな。」がはは、とラエルは母さんの躱し方も上手い。

 父さんがどんな人なのか気になるけど、どうせもうすぐ誕生日だ。そろそろ会えるのならその時に確かめればいい。


 アイテムボックスから取り出したポーションは今回も全部買い取ってもらえた。

 いつもより少し色がついた買い取り値だったのは、恐らくラエルも領主様から謝礼を受け取ったのだろう。

「母さん、そろそろ急がなきゃ。馬車が出ちゃう。」

「ああ、そうね。ブティックで色々あったから時間を忘れちゃったわ。」

「じゃあラエル、また今度」と二人で店を後にして、村に帰る馬車へと急いだ。


 その日の晩の事。晩御飯を食べながらルルカがじーっとディオを見つめている。恐らくブティックの件で、ディオから話をしてくれるのを待っているのだろうが、圧がすごい。冷や汗をかきそうだ。

 うーん、食べ終わってから話そうかと思ったけど、この圧に耐えられそうにない。ディオはスープを飲みながら心の中で観念した。


「あのさ、ルイの事だけど・・・。まず、勝手なことしてごめん。あとあの時信じてくれてありがとう。」

「自分の息子を信じるのは当たり前でしょう。聞きたいのはそこじゃないわ。」心なしかルルカの対応がツンとしているような気がする。


「えっと、使ったのは“浄化”のスキルと“分離”のスキル。ルイの魔獣化した腕から、“分離”スキルを使って魔獣化した部分だけを引き剥がしたんだ。」

 ここは誤魔化さず、素直に言おう。


「・・・“浄化”と“分離”ね。どちらも私が教えたスキルだけど、あくまで錬金術の一環として教えたものなのに・・・よくあの場で使おうと決断したわね。」

 ルルカは、少しの沈黙の後、きっとディオは、私より優秀な錬金術師になれるかもしれないわね。と複雑そうに微笑んだ。


 加護は、生まれ持ったものだが、血筋で遺伝することが多い。だが、希少な加護になればなるほど遺伝しにくくなっていく。錬金術師は国でも数える程しか存在しないと聞く。だからディオへ遺伝しなくてもルルカは何も気にしなかっただろうが、実際にはディオにも“錬金術”の加護がついて生まれた。あの例の少女の采配かはわからないが。

「ディオ、やっぱり“錬金術”の加護がついているのね。」ルルカの視線がスープへと落ちた。

「・・・うん。」


 自分以外、誰がどんな加護を授かったのかはわからない。

 錬金術師というのはその気になれば何でもできてしまう。だからこそ、重宝される分、強く警戒される。

 もしかしたら自分の加護を受け継いでいるかもしれないと思い、それに関係するスキルをいくつも教えてきた。もし加護を受け継いでいた時、自分を守れるように、生きていけるように。それでもディオには平凡な暮らしをさせてあげたかった。

 ポーション精製を今までルルカ一人でやっていたのは、ディオのその可能性から目を背けていたところもあるのだ。


 ルルカはスープを飲む手を止めて、ディオを見つめた。

「・・・・・。」

 何も口に入っていないはずなのに、ゴクリとディオは唾を飲んだ。ルルカの無言が、圧としてのしかかっているようだ。


 ふう、とルルカは一息つくと、何とも言えない笑顔を見せた。

 そして目を閉じ、一度天を仰ぐと、「じゃあこれからはポーション精製もディオにお願いできるわね!」とニコッと笑顔を見せた。


「もう、隠し事はない?」ルルカは今度はまじめな顔で言った。

「・・・・・。」

 別に隠してた訳じゃない、けど洞窟に行ったと話しただけで大目玉を喰らうと分かっていたから、アーケールとの盟友の誓いについては黙っていた。言い触らすことでもでもないかなと思っただけで・・・いや多少、藪の中の蛇を突くことになるかもと全く思わなかった訳でもない・・・。

 ディオの何とも言えない顔を見て、ルルカが先に口を開いた。

「今なら事のついでと聞き流してあげても良いわよ」と行儀の悪い事に、脚を組んで椅子の背凭れに凭れながら腕を組んだ。

 許してもらえそうな雰囲気ではないが・・・言わなかったら言わなかったで事を先延ばしにするだけだ。


「えっとさ、その、この前洞窟行った時の事なんだけど・・・」とディオはユニの群れの事からアーケールの卵を孵した事、そしてアーケールに盟友の誓いをたてられた事を告げた。ディオの話を聞きながら、徐々にルルカは脚を組むのを止め、背凭れに凭れることを止め、新緑色の瞳が徐々に見開き、ディオの話を聞き終える頃には心ここに在らずといった放心状態になっていた。


「・・・・・。」

 放心状態のルルカが前に倒れ顔面をスープに突っ込みそうになる前にキャッチした。

「だ、大丈夫・・・?」

「ユニコーンの群れが瘴気にやられてたから治療して?その瘴気の原因を探るために洞窟に潜って?洞窟の奥に始祖のドラゴンの卵があって?卵を孵して盟友の誓いを受けた?」ディオに顔面キャッチされながらルルカはブツブツと聞いた事の顛末を反芻しながら呟いていた。

「ちょ、か、母さん・・・?」ディオの呼びかけはきっと彼女の耳には届いていないだろう。

 ブツブツとした呟きが聞こえなくなり、静かになったところでディオは母の顔を覗き込んだ。

 すると、彼女は目を閉じ安らかな顔をして気絶していた。

「ちょちょちょ、母さーん!!」

 二人きりの家に、ディオの困惑した叫びがこだました。


 ルルカにとっては、キャパシティオーバーな情報量だったようだ。呼び掛けに応えず、彼女は夢の世界へと逃げていった。


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