第6話


 始祖のドラゴン、アーケール・ルミーニ。

 この世界が創造された時に生まれたとされる5匹のドラゴンの内の一匹。


 始祖のドラゴンはこの世界が創造された時から今日までを見守り、ある時は災害を、ある時は奇跡を起こすと言われており、人々は避けられない天災をドラゴンの怒りと呼び、信じられない奇跡をドラゴンの祝福だと讃えた。この世界に生きる人ならば誰もが知っている話だ。俺も、母さんによく始祖のドラゴンの絵本を読んで聞かされたものだ。


 そのドラゴンが目の前にいる。人々は存在こそ信じてはいたが、誰もその存在を目にしたことは無かった。その始祖のドラゴンと、盟友の誓い。


 半信半疑で目の前のドラゴンのステータスを確認してみると、確かに”始祖のドラゴン 名前:アーケール・ルミーニ”と書かれている。年齢の部分は”???”と表示されている。

 今目の前で卵から孵ったばかりだというのに、年齢が表示されない。


 そうだ、母さんが読んでくれた絵本に、始祖のドラゴンは寿命を迎えると自ら灰となり、また新たに灰の中から卵として生まれるのだと。そうして始祖のドラゴンは長い間世界を見守っているのだと書いてあったな・・・。


 あまりにも突飛な出来事にディオの処理速度が何とか追いつこうとしていた。


「しかしディオールよ。お前の魔力はとても心地よいな。澄んでいてまるで創造神様の魔力のようだ。」


 創造神・・・あの少女の事だろうか。目の前の小さなドラゴンは、小さいなど大きさなどは関係なく、間違いなく”始祖のドラゴン”なのだと感じるほど荘厳な気配を放っていた。


「始祖のドラゴン、アーケール・ルミーニ様。あなたは何故この洞窟にいらっしゃったのでしょう。俺が浄化する前のあなたの卵は禍々しくユニコーンたちを侵すほどの瘴気を放っていました。」


「ディオール。私たちは友となったのだ。堅苦しい話し方はよしてくれ。」


 この世界では伝説とされる始祖のドラゴンを前に、ディオールは膝をつき頭を垂れ尋ねた。が、そんなことは止めろと彼は言う。心臓の鼓動はまだうるさいが、友と言ってくれる彼に、このままの態度は逆に失礼だろうとディオは立ち上がって彼を見た。


「実のところ、なぜこの場所にいたのか、私にもわからないのだ。私の最期は天界に最も近いとされる世界樹の上にある巣だった。本来ならば少しの眠りを経て、同じ場所で孵る。」


 世界樹。それもこの世界のどこかにあるとされている天まで届くのではないかと言われるほど大きな大きな巨木だ。だがこの辺りではないのは確かだ。


「世界樹からここまでどれほど距離があるのかわからないけど、卵のままでテレポートしたりすることはあるの?」


「いや、まずない。最期を迎え灰になったその場所に新たに卵となり生まれ、世界樹の魔力と天界からの光を浴びて時間をかけて孵化する。故に移動することはない。」


「じゃあ誰かがこの場所まで卵を運んできたってこと・・・?瘴気を纏っていたのも誰かの仕業・・・?」


「信じられないがそういう事なのかも知れんな。永い間生きてきたが、こんな事は初めてだ。」


 まず世界樹に登り、始祖のドラゴンの卵を盗ってくるなんて普通の人間には思いもつかないだろう。思いついても実行することは困難だ。出来るわけがない。

 だが、実際に世界樹からこの洞窟まで卵を運び、夥しい程の瘴気を卵にあてたやつがいる。一体なんの目的で?ディオは考え込んだ。


「ディオールよ、私は一度世界樹に戻り創造神様に問うてみようと思う。答えてくださるかはわからないが・・・。」


「そっか、何かわかると良いんだけど・・・。誰にでもできる事じゃない、でも誰かがやらなきゃ、こんな事にはなってない。」


 ユニコーンたちが瘴気に侵されていたこと、放っておいたらダンジョンになっていたかもしれないこと、下手をすれば村が村に襲われていたかもしれない。そう思うとディオの心の中に怒りが芽生えた。

 考え込むディオをアーケールは静かに見つめた。


「ディオールよ、腕をこちらに。」

「腕?」はいと差し出した左腕に、アーケールは脚の爪を押し付けた。


「痛っ!」チクチクした痛みが左腕に走り、見るとそこにはアーケールの足跡がスタンプのように付いたと思えば、すうっと消えていった。


「ディオールよ、そなたには私の権能の一部を授けた。同種であれば、お前の話に必ず耳を傾けるであろう。」


「同種って・・・ドラゴンってこと?それって滅多に遭わないんじゃ・・・・」


「・・・ふむ、ディオール、それはきっとお前の役に立つ時が来るだろう。」アーケールはディオを見つめると、何か含んだような言い回しをした。


「・・・わかった。ありがとう。」ディオはいつ役立つのかわからないが、貰った力はきっとすごいものなんだろうと礼を言った。


「さて、ではこの洞窟から出るとしよう」アーケールは翼を広げて羽ばたかせた。


「アーケール、ここは明るいけど向こうは真っ暗だ。出口まで案内するよ。」ディオはそう申し出たが、


「私も暗闇でも見通せる瞳がある。心配はいらない。それにディオールの魔力の痕跡を辿れば問題ないだろう。」


 ドラゴンは暗闇でも目が利くのか。すごいな。それに魔力の痕跡なんて残した記憶もないけど・・・アーケールが大丈夫というなら大丈夫なんだろう。


「わかったよ。俺は採取でもしながら戻るとするよ。」


「はは、採取か。それほどの力を持っていながら、やることは他の人間たちと変わらないのだな。」アーケールは笑った。


 アーケールは俺のステータスでも見えるんだろうか。先ほどからディオが隠している力を見抜いているような発言をしてくる。


「では友よ、また会おう」そういうとアーケールは本当に道順がわかっているように迷わず暗闇の中を翔けるように飛んで行った。


「はあ・・・」アーケールが見えなくなった後、ディオはその場にへたり込んだ。まさか始祖のドラゴンに出会うなんて思いもしなかったし、アーケールの放つ荘厳さに鼓動が耳元で鳴っているのではと思うほど緊張していたのだ。


 へたり込んだまま、ディオは自分のステータスウインドウを開いた。そこには”盟友(受):アーケール・ルミーニ”、”始祖のドラゴンの権能(一部)”と追加されていた。

 受けってなんだよ。BLじゃあるまいし。アーケールの説明も雑だったな・・・。


 徐々に落ち着きを取り戻してきたディオは、まだ瘴気の原因が残っていないか周囲をスキャンした。”探知無し”のウインドウが表示され、よし、と頷いた。


 ここに来るまで飛ばして来たからな。色々キノコとか鉱石とかあったし、採って帰ろう。そうディオが思えば、また矢印ウインドウが表示され、ディオは身体強化のスキルを使い矢印から矢印へとぴょんぴょんと飛びながら採取しながら洞窟の入口へと戻っていった。



 洞窟の入口付近になって外の明るさが入るようになると、自然と”闇夜の瞳”は解除された。

 久しぶりに外に出ると、洞窟の前にユニが待っていた。


「ユニ。待っててくれたのか」

「洞窟の気配が変わったからな。様子を見に来たのだ。・・・私の見間違いかもしれないが、先ほどドラゴンが飛んで出てきたような・・・。」


 アーケールを見たのか。説明した方がいいよな・・・。瘴気の原因だったわけだし・・・。


 ディオは一通りをざっと説明した。洞窟の最奥に瘴気を放つ卵があった事、それが瘴気の原因だったという事、瘴気を浄化して卵が孵った事、そして言うか迷ったが・・・それが始祖のドラゴンのアーケール・ルミーニだったという事を言った。


「なんと・・・」ディオの説明に、ユニは言葉が出なかった。


「俄かに信じ難いが、実際に飛んでいくドラゴンを見た。いまディオールが言ったことは全て事実なのだろう。」まだ動揺を隠せていないユニだったが、ディオの言葉を信じてくれたようだ。


「そこでなんだけど・・・この洞窟に誰かが来た事はなかったかい?」先ほどアーケールと話した通り、卵がひとりでに洞窟の最奥まで移動するはずがない。


「群れの近くであるここまで誰かが来たのなら、気付かぬはずがない。」ユニコーンの警戒心は数キロ単位で外敵を感知できると言われている。それにユニは群れの住処周囲を常に警戒して見回りしている。その警戒網を潜り抜けて来れるなんてそうできる事ではない。


「そうだよな・・・何で卵がここにあったのか、調べなきゃいけない気がする。」


「そうだな。森に何か異変があればすぐ知らせよう。」ユニも頷いた。


「とにかくこの辺りは浄化したし、原因も解消した。安心して過ごして大丈夫だよ。」


「恩に着る」ユニは頭を垂れて礼を述べた。普段気位の高いユニコーンが頭を下げることは滅多にないが、そのくらいディオに感謝しているということだろう。


「そんな気にしなくていいよ」にししっとディオは笑い、「洞窟で色々採れたしね」と皮袋のアイテムボックスを見せた。


「ふふ、そうか。そう言ってくれるとありがたい。しかし群れを救ってくれた恩を返したい・・・」


「いつも抜けた角を貰っているじゃないか。それだけで十分さ。」長として、群れを救ってくれた感謝が強いのだろう。ユニは何か礼ができないかと考えているようだったが、ディオはこれまで通りで良いと念を押した。


「そろそろ帰らないと。」いつの間にか夕焼け色の空に変わりつつある。帰りが遅くなると心配性のルルカに小言を言われてしまう。


「む、そうか。森の入口まで送ろう。」ユニは役に立てるのではと頭をスッと上げた。だがしかし、ディオには矢印のディスプレイがあるので「大丈夫だよ」と断るとまたしょぼんと項垂れてしまった。


「はは、じゃあ帰るよ。ユニ、群れのみんなにもよろしく。」ディオは笑うと身体強化をし、矢印に従って目にも留まらない速さで森を駆け抜けていった。



 村に着いたのはまだ夜になる前の夕焼け空だったが、ディオは仁王立ちしたルルカの前に正座させられていた。


「・・・。」ルルカの無言の圧に、冷や汗をかく無言のディオ。


「遅くならないようにと・・・いつも言っているわよね・・・」これが漫画なら背景にゴゴゴという効果音でも付けられそうな圧を感じる。アーケールを目の前にした時、むしろそれ以上に冷や汗をかいているディオ。


「はい・・・これでも早めに帰ってきたんだけど・・・その・・・ごめんなさい」色々と言い訳をしようと思ったが、無駄だと思い素直に謝ることにした。こういう時は素直に謝るが一番。


「・・・心配したじゃない、大丈夫ってわかっててももしもを考えてしまうのが親なの。」ディオの反省が伝わったのか、ルルカは諭すように静かに言った。


「うん、ごめん・・・」


「・・・はぁ。まあ良いわ。無事に帰ってきてくれたんだから。手を洗って。ご飯にしましょう。」ルルカは困ったような笑顔でディオを許した。


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