第3話

「ディオー!」


 よく晴れた青空。まばらな民家にそれぞれの畑。周りには山々。山から流れてくる川に石造りのアーチ橋。

 のどかな片田舎で、誰かを呼ぶ女性の声が通る。


「ん?」


「ディー!オー!」


 茜色の短髪に空色の瞳をした少年は、木の上から振り返った。


「なんだろ」


 少年は木から飛び降りると、先ほどから誰かを呼ぶ女性の元へ走った。


「何?母さん。」


 先ほどから呼んでいた女性は彼の母親だった。母親にしてはやけに若い、少し歳の離れた姉だと言っても通用しそうな程の美しい容貌をした彼女もまた、茜色の髪を持ち、長いその髪を結っていた。


「キノコと薬草、採ってきてくれる?」


 空のバスケットを差し出しながら彼女は少年にお使いを頼んだ。


「はーい。」


「森の奥に行き過ぎたらダメよ?魔物が出るからね?」


「わかってるって!」


 少年はにこりと笑うとバスケットを受け取ると颯爽と森の方へ走っていった。



 ディオール・ブレイグ。9歳。

 これが俺の今世での名前だ。片田舎で生まれ、片田舎で暮らしている。


 実は生まれた当初は前世の記憶も少女との会話も全く覚えていなかったのだが、昨年、8歳のある日、雨の日に木登りをしていたところに雷が落ちて再び雷に撃たれ、記憶を取り戻した。

 その時母親は、俺が死んだかと思ったと言う。医者も、やけども目立った外傷もなく、どこを診ても健康体な彼を奇跡だと言った。


 まさか今世でも雷に撃たれるなんて思ってもなかったけど、無事にすんだのはどうやら加護のおかげらしい。

 思うだけで出現するウインドウには、名前、年齢のほかに、色々な加護やらスキルやらがずらりと並んでいた。ウインドウをスクロールしないと全て読めないほどだ。


 一つ気になるのは、種族:人間の後ろに(亜)と書かれていることだ。

 ウインドウは他の人には見えないらしく、母さんに聞こうにも8歳の俺がどう説明すればいいかわからず、とりあえず時を待って聞くことにした。

 恐らくだが、一緒には暮らしていない父親に関係しているのであろう。と推測している。


 森の中まで着いたところで、彼はあたりを見回した。

 すると、あたりに矢印がぽぽぽんと現れた。


「えーっと、これは食べれる。これは毒キノコだから無し・・・っと」


 矢印の下に生えたキノコを見ると、小さなウインドウが出現し、キノコの名前や効能などが記載されていた。

 彼はそれを見ながら矢印から矢印へ、キノコからキノコへ、食べられるキノコだけをバスケットに入れていった。


「キノコはこんなもんか。薬草が生えてるのはあっちのほうだな」


 彼が薬草を探そうと思った瞬間、再び矢印が現れ、進むべき方へと森の奥を指していた。

 矢印の指す方へ進むと、またもやぽぽぽんと矢印が現れ、薬草とそうでないものを教えてくれた。


「なんか色々特典付けてもらっちゃったけど、この欲しいものを思い浮かべるだけで矢印が教えてくれるのは助かるよなぁ」


 薬草の名前やランクなどが書かれたウインドウを見ては、しみじみと例の少女に感謝していた。


「お、これAランクの薬草!採って帰ったら母さん喜ぶかな」


 そうやってバスケットいっぱいにキノコと薬草を採った彼は森を後に帰路に着こうとした、その時。


 ぴょん、と一本の角を生やした兎が飛び出してきた。何やらグルグルと唸り声をあげている。


「・・・。」


 彼は特に驚いた様子もなく、兎を見ては、片手を兎の方へ向けた。


「捕縛」と彼が呟くと、どこからともなく縄が現れ、兎を拘束した。

「雷(いかづち)」と今度は呟くと、雷が拘束した兎を狙い撃ち、兎はプスプスと焼け焦げた。


 彼はその兎を拾うと、バスケットと一緒に家路に急いだ。


 一角兎の角はそこそこの値が付くし、肉はうまい。母さんには・・・怒られるかもしれないが。


 彼は母親に怒られやしないかと少し心配しながら、ぴょんぴょんと森の中を駆け抜けていった。




「ディオ!!また魔物なんて狩って!怪我でもしたらどうするの!」


 彼の予想通り、帰宅してバスケットと兎を渡すなり母親であるルルカ・ブレイグに叱られた。


「別に狩ったというか、その、目の前に出てきたから・・・いたし方なく・・・」


「言い訳しない!!兎でも一角兎は魔物!噛まれでもしたらどうするの!」


 一角兎の歯には毒がある。噛まれたら大人でも助かるかどうかわからないほど強力だ。

 けれどディオには加護があるため毒が効かない。要するに、ただの兎同然なのだ。が、加護については母であるルルカにも話していない。なるべく目立ちたくないからだ。


「・・・ごめんなさい」


 少年らしくディオは謝った。


「わかればいいの。いい?ディオはまだ子どもなの。薬草採りに行かせたのは、あなたは足が速いから。一角兎くらい、あなたの足なら逃げられたはずよ。」


 ルルカの新緑色の瞳が真剣にディオを諭そうとしているのが伝わってくる。


「命を大事にしなさい。時には逃げることも必要なのよ。」


「はい・・・」


「・・・わかればよろしい!キノコと薬草、ありがとね、ディオ。」


 ルルカはパッと笑顔に切り替わり、バスケットの蓋を開け、そして驚愕した。


「ラナニ草じゃない!よく見つけたわね!」


「偶然生えてたんだ。母さん喜ぶかと思って。」


「すごいわディオ!こっちもBランクの薬草ばかりじゃない!」


 ルルカはこの村の薬師だ。実際は錬金術師だが、この村では薬の調合以外ほとんど必要がないので薬師として生計を立てている。その為、ルルカが錬金術師だという事はあまり知られていない。


「これなら良いポーションを作れそうだわ~」


 上機嫌になったルルカは薬草をそれぞれ束にして吊るし、夕食の準備へと取り掛かった。


「そうだディオ、一角兎、今日の夕飯で使いたいから”解体”お願いできる?」


「はーい。」


 加護については話していないディオだが、もっと幼い頃一度だけ、母が狩ってきた魔物に”解体”のスキルを試した事があったのだ。

 その時のルルカと言ったら腰を抜かして驚いていたのをよく覚えている。


 ディオは「解体」という言葉の後に、ルルカに聞こえないようにこそっと”復元”も唱えた。


「できたよー」


 一角兎は角、爪、毛皮、肉へと解体され、雷(いかづち)でボロボロに焼け焦げていた毛皮も”復元”のおかげで綺麗になっていた。


「ありがとうディオ。いつもながらディオの解体はすごいわね、傷もきれいになるんだもの。」


「ははは・・・」


 それは”復元”のおかげなんだけどね・・・。とディオは心の中で呟いた。


「さてと、ディオ~、夕飯作りもお願いできる?母さんポーション作っちゃうから!」


「はいはーい。」


 これもいつもの流れである。


「同じ材料使ってもディオの方が美味しいもの作れるなんて何だか母さんショック~」


「母さんの料理も十分美味しいって。ミルク余ってるからシチューで良いよね?」


「もちろん!」


 面倒な夕飯作りを息子が代わってくれた事と珍しい薬草を手に入れたおかげで、ルルカはとても上機嫌だった。


「さてと・・・さくっと作っちゃおう」上機嫌な母親に微笑みながら、ディオも夕飯作りを始めた。


 といってもディオの料理は普通の料理とは違うのだ。作りたい献立が決まると、自然とウインドウと矢印がディオには見えるのだ。調理工程から肉や野菜の切り方、どのタイミングでどの食材をどうするのかまで、順を追って表示されるのだ。ディオはそれに従い手を動かすだけ。


 何種類か採ってきたキノコも、どこを切り落とすのか、どのように切るのか、どの順番で炒めるのか、まるで料理番組さながらにウインドウは教えてくれる。調味料の加減も、煮込むタイミングも。

 一角兎は喉元に毒袋があるから筋をよく見て切り取る。というワンポイントアドバイスを付けて、一角兎の肉塊に切り込みを入れる箇所がわかるように点線まで表示してくれるからありがたい。


 例のこの世界を造ったと言っていた少女が数えきれないほどの加護という名のスキルを付けてくれたおかげで、このスキルがどれなのかわからないが、飯が美味く食べられるのは心から感謝したい。前世で食べていたコンビニ弁当とは比べ物にならないくらい、作りたての料理というのはこんなに美味いのかと思い出させてくれた。前世ではやらなかった料理も、このスキルのおかげで楽しいものだと初めて知った。

 ウインドウの指示に沿ってテキパキとディオは夕飯を作り終えた。が、しかし。


「シチューだけってのもな・・・母さーん、小麦まだあったっけ?」


 リビングを挟んだ奥にある小部屋でポーション造りしているルルカに尋ねた。


「まだあったと思うわよー!」


 小麦小麦・・・とキッチンを物色して発見。そして小麦と水を混ぜて塊にしていく。ある程度固まって粘り気が出てきたら、


「発酵」とディオが唱えると塊の小麦が膨らんで大きくなった。


「よし。あとは焼くだけだな。」


 といってもこの家にはオーブンも窯もない。だが彼には関係ない。


「分けて形を整えて・・・”焼成”」


 彼が唱えると発酵された生地だったものがホカホカのパンに早変わりした。


「いーい匂い~」とポーション造りが終わったのか、料理の匂いに釣られてきたのか、ルルカが奥の小部屋から出てきた。


「パン多めに作っといたから、残りはアイテムボックスに入れておくよ?」とディオはキッチンの吊戸棚を開けてその中から白い小箱を取り出すと、その中にパンをポイポイと入れた。


「ディオの作ったパン大好き~、もっちもちなのよねえ~」


 アイテムボックスは錬金術師であるルルカが作ったものだ。箱形のため、箱の間口から入れられないような大きなものは入れられないが、中に入れてしまえばその時点で時が止まったように鮮度など保ってくれるため、日持ちのしないパンを入れておくには非常に便利だ。ちなみに箱の上に手を乗せ、魔力を込めると中に何が入っているかわかる仕組みになっている。魔力はこの世界の住人なら誰しも微量ながらでも持っているものではあるが、箱の上に手を乗せただけで中身がわかるというのは相当な難しい技術が必要になる。しかしそれを作ってしまえるほど、ルルカは腕の良い錬金術師だった。


「食べる前にちゃんと手洗ってよ~?」とディオがルルカに声をかける。どちらが親なのか、立場が逆転しているように見える。


「わかってる~」としっかり手を水で洗いながらルルカは返事をした。


 というのも、以前ポーション造りで毒キノコを触った手のままパンを食べ、危うくこの世を去りそうになった前科があるからだ。

 あの時は大変だった。作り置きしてあった解毒薬をすぐに飲んだからよかったものの、うっかりにも程がある。


 ルルカは、「いただきまーす」と笑顔で手を合わせ、さっそくホカホカのパンから口にした。

 パンを作る際に使った”発酵”と”焼成”はルルカに教わったスキルだ。錬金をする際に関係しそうなスキルをルルカは少しずつディオに教えていたのだ。


「あ、そういえばディオ。来月誕生日でしょう。10歳の。」


 もう10年か。あっという間の10年だった。


「そうだったかも。」自分の誕生日に無頓着なのは前世から変わらない。


「あのね、10歳の誕生日なんだけど、お祝いに父さんが来るって。」


 シチューを食べようとしていたディオの手が止まった。


「と、父さん?俺の?」


「他に誰の父さんが祝いに来るっていうのよー」とルルカは当然のようにシチューを食べながら答えた。


 父親はいるんだろうなとは思っていた。だが生まれて記憶に残っている父の姿は朧気で、ルルカも父親の話をすることがなかったため、てっきり既に死んでしまっていて、それで口にしないのだと思っていた。



「父さん・・・・・」


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