悪魔転職希望

天使猫茶/もぐてぃあす

老詐欺師の誤算

「できないこともないですけどね」

「それなら、是非に頼む」


 困ったような声と、無理にでも頼み込む声。その二つが狭く暗い部屋の中に響いていた。

 困った声の主は角の生えた頭を振ると「しかし」と言い淀む。だが老年の男性はさらに勢いを付けて頼み込んだ。


「お前と同じ悪魔に変えてくれるだけでいいんだ。私は詐欺師。人を騙すことが生きがいで、いままでそうやって生きてきた。だがまだまだ騙し足りないんだ。死んで地獄に行くくらいのなら悪魔にでもなんにでもなってもっと人を騙したいんだ」

「熱意は伝わりますが、わざわざこんな斜陽な職業に……」


 悪魔はその肩書に似つかわしくない困惑顔を浮かべている。


「あなたのためを思って辞めたほうが良いと言ってるんです」

「ふん、それこそ詐欺師の常套句だ。私もよく使ったよ」


 鼻を鳴らす老人に悪魔は呆れ顔を向ける。

 そしてその後も何度も何度も同じことを頼み込まれた悪魔は、とうとう折れてこう言った。


「分かりました、あなたを悪魔に変えましょう。くれぐれも後悔をしませんように」

「願ったりなんだ。後悔なんてするはずもないだろう」


 悪魔はため息を吐きながら老人の額に触れる。人のものではない、ゾッとするような冷たい肌触りを感じた次の瞬間に老人は一度も味わったことのない奇妙な感覚とともに自分の体が背中から避け、変質していくのを自覚した。


「さあ、これであなたも私の同僚です。本当に後で恨み言なんてやめてくださいよ」


 小躍りする元老人に先輩悪魔はそう言った。




 数週間後、地獄で暇を持て余しながらも老人悪魔は期待に胸を躍らせてすでに何度も読んだ「悪魔召喚入門」というタイトルの古い本の背中を撫でる。

 古本屋で二束三文で売られていたこの本のおかげで彼は悪魔を呼び出すことができたのだ。


 そもそも悪魔を呼び出す人間なんてものがすでに絶滅危惧種なのだと老人悪魔が気が付くのは、もう少し先の話である。

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