5

 彼女に案内されたのは、王宮の一室だった。彼女は椅子に座るなり、使用人達を追い払った。

 わざわざ二人きりの状況を作ったのだから、これまでの報復として、どんな酷い仕打ちをされるのだろう。酷い罵声を浴びせられる程度では済まないのかもしれない。

 そう思っていたけれど、彼女は冷静かつ品行方正なニナのままで、いつもの品位を崩すことはなかった。


 その代わり、ニナは私の心を抉りにきた。

 彼女は静かな眼差しを私に向けて、こう言ったのだ。


「復讐に、満足されましたか」


 その問いに、私は驚きはしたけれど、軽く肩をすくめてとぼけてみせる。そうして白を切り続けても、彼女の追及は止まらなかった。

「ビーチェさん、私はあなたのことを調べさせてもらいました」

「……」

「ジャンナさんとお呼びした方がよろしいですか」

 私は微笑むだけで何も答えなかった。


 私が口を割らないと判断したニナは、今度は、私を調べるまでの経緯を話し始めた。


 彼女達の婚約が破棄された後も、私が執拗な嫌がらせを行っていたことを、聡明なニナは、不審に思ったらしい。

 ランベルトの婚約者だった時の嫌がらせは、「王太子妃の座を狙う卑しい女」として説明がつく。けれど、婚約が解消された後も、それを続けるのは、合理的でなく、おかしいと思ったそうだ。

 だから、彼女は、私に「人には言えないような企みがあるのではないか」と察したのだ。


「ニナ様、私、頭が良くないんです。そんなに難しいことは考えてません。私はあなたにムカついていたから嫌がらせをした。ただそれだけのことですよ?」

 そう言って嘲り笑ってみれば、彼女は静かに腕を組んだ。


「言い訳をするのは結構ですが、あなたのことは全て調べているのですよ。それでも、馬鹿なふりを続けますか」

 私は胸に手を当てて、にこにこと笑って見せた。


「私、陰ではずっと、みんなから『馬鹿』だと揶揄されていたんです。それなのに、ニナ様はそう思っていないだなんて……。優しいんですね」

 私の答えに、ニナは溜め息を吐くと、静かに私の過去の話した。その内容の大筋は合っていたから、私は背筋に寒気を感じた。


 ふと見ると、彼女の眼差しがいつもと違っているように思えた。それはきっと、私の勘違いではなかったのだろう。

「あなたの生い立ちには同情します。もし、私があなたの立場なら、きっと私も復讐心を抱かずにはいられませんでしたから」

 そんな風に憐れまれて、私は危うく怒りを顕にする所だった。けれど、胸に広がる鈍い痛みを押し殺し、何とか笑顔で彼女に向き合った。


「でも、どうしても納得できないことがあるのです。あなたは男爵夫妻のお世話になったのでしょう? それなのに、どうして彼らに迷惑をかけるようなことを?」

 この復讐劇の間に、それを考えないこともなかったけれど……。


 ━━多少の恥は掻かせてしまうかもしれないけれど、彼らに危害が及ばないように、細心の注意は払ってきたつもりよ。


 私のやった悪事は、法では裁けないことだった。

 婚約解消はランベルトが言い出したことに過ぎない。私は「婚約を破棄して」とも「私を王太子妃にして」とも言っていないのだから。


 あえていうのなら、ニナに対する嫌がらせが罪になるのかもしれない。けれど、子供じみた嫌がらせを、彼女がわざわざ告発するとは到底思えなかった。

 仮にそうされた所で、あの程度の罪では裁かれるのは私だけ。男爵夫妻は罰を与えらないだろう。


 ━━でも、このまま親子関係を続けたら迷惑をかけるから。これから絶縁宣言をして二度と会わないつもりだったわ。


 私は本音を隠したまま、ニナの質問には答えずに、ただただ笑っていた。







 それから私は、男爵家には戻らず、縁もゆかりもない地方貴族の屋敷で、下級メイドとして働き始めた。

 それは、ニナが与えた「罰」なのだけれど、あくまで、名目上のものに過ぎないと私は理解している。

 彼女がくれた推薦状がなければ、私はもっと過酷な労働環境で働かざるを得なかっただろうから。彼女は本当に、私に同情していたのだろう。


 それにしても、こんな田舎でメイドとして日々を送っていても、王都や王族に纏わる話は耳に入ってくるものだ。

 おしゃべりな仕事仲間は、今日も噂話をしながら、仕事に取り組んでいる。


 話によると、ランベルトはすっかり落ちぶれてしまい、王族とは思えないような惨めな暮らしを強いられているらしい。

 それに、エドアルド殿下達の追及によって、彼の母方の家門の不正まで暴かれたそうだ。大規模な粛正が行われ、彼らの家門は再起不能な状態にまで落ちぶれたという。

 だから、ランベルトは、もう二度と王都には帰れない。命があるだけでありがたい状態なのだと、仕事仲間は語っていた。


 ━━復讐は、見事に達成されたのね。


 胸に広がる喜びは、確かに甘く、痛快でさえあった。

 けれど、同時に、思い出されるのはランベルトと過ごしたあの日々。


 柔らかな笑顔、優しい言葉。ふとした時に見せる些細な仕草。

 次々と頭に浮かんでは消えていく。


 私はそのしこりに気づかぬふりをして、目の前の仕事に手を付けた。

 誰かが付けた床の染みはブラシで磨いてもなかなか落ちない。私は一心不乱に力を込めて染みを取ろうと躍起になった。

 まるで、私の心に染み渡った感傷を削るかのように━━


 復讐の果てに残ったのは、静かで、確かな幸福。そして、微かに胸を締め付ける記憶だけだった。




『さよなら、馬鹿な王太子殿下』了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さよなら、馬鹿な王太子殿下 花草青依 @aoi_hanakusa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画