第5話 お疲れ様です、研究員の皆さん。

浮遊レビテーション』の魔法を使い、機界軍へと視線を向ける。遠見の魔法を使い、敵軍の装備を見るが、やはり奴隷階級だろう。あまりに装備がぼろすぎる。十年使った程度でできるような汚さじゃないぞあれ。


だが、こちらにも被害が出ているから、逃がすわけにはいかない。それこそお叱りものだ。

「『我等の旅路に希望あれ。しかして我等が敵に災禍の光を。災星紅輝カタストロフ・オブ・スカーレット』」


深紅の光が空を貫く。赤い光は、遠くに届き、拡散・減衰しにくいという性質を持つ。だからこそ、遠くにあるものを狙うにはこの魔法は最適なのだ。


一番単純な光属性魔法である『虹光閃撃アルカンシェル』とは魔力消費も性質も全く違い汎用性はないものの、必要な時にあると便利だ。


それにしても、詠唱とは何なのだろう、と少し考える。

慣れれば、詠唱なしでも発動できる。その分何故か魔力消費は上がるが。

そして詠唱というものがどういった意味を持つのかはいまだ解明されていない。

わかってるいるのは、詠唱を行えば魔力消費が減るということ、発動確率が上がることだけ。


首都の魔法オタク達にはさっさと解明してほしい。


まあ、とりあえず『災星紅輝』はしっかりと機界軍の兵器を貫き吹き飛ばし、周りにいた兵士たちも消し飛ばしていた。兵士たちは統率も取れず蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったのだが…途中でパタリと倒れてしまった。死んでるのかな、ありゃ。もし死んでるんだとしたら、機界のやつらも随分と残酷なことをするもんだね。どうせ抵抗できないようにしてあるんだろう。


地面に降り、生存者を探す。


「おーい、誰か生きてる奴はいる?」


苦痛の叫び声と断末魔は聞こえてくるが、ぴんぴんしてる奴はあまり見つからない。生き残った奴も目の前の光景を受け入れられないようだ。あんまり戦場を経験してないからかな。こいつらの任務はずっとただの虐殺だったみたいだし。まったくボンボンどもは役立たずだ。


これならまだほとんど魔法を使えない老兵のほうがましだね。自分のケツは自分で拭いてくれと言いたいところだが…まあ、肩書は隊長だし。


無属性魔法である『衝撃』を使い、瓦礫を吹き飛ばしていく。その下から出てくるのは、死体、死体、死体。結構吐きそう。


「あっ!エル様!生きてたんですか、てっきり死んだものだと…」


その声を聴き、ため息をつきながら振り返る。


「お前も生きてたの?アリア」

「あったり前ですとも!逆に私の魔法を知っていてなんで死ぬと思うんです?」

「じゃあなんでお前は私が死んだと思ったのさ」

「え?寝ぼけてたし…」

「そんなので魔導士が死ぬわけないじゃん。大体の魔導士は寝てても防御はできるよ。大規模魔法なんかは無理だけどね」

「バケモノ…てかキショイ…」

「お前も大概じゃん…?」


アリアがところで、と言葉を紡ぐ。

「こいつらどうします?エル様が育てた古参兵ってみんなどっか連れてかれましたよね?こいつらマジでただの新兵ですよね?」

「うん。魔導士まで成った奴も連れてかれたよ。どっかで生きてるといいけどね。あいつに魔法も教えてやったし」

「じゃあ戦えるのは…」

「多分私たちだけかな」

「終わった…」

「こんな役立たず共ならいてもいなくても同じさ」

「辛辣ぅ…」

「事実さ」


たくさんの足音が近づいてくる。遠距離攻撃用の兵器が壊されたので近寄らざるを得なくなったんだろう。いつの間にか私たちの基地を包囲しているあたり、やっぱり戦争慣れしている。


「それで、だ。こいつらが死ぬのは一向に構わないけど、一人で相手をさせられるのも面倒なんだよね。貴族からの風当たりがこれ以上強くなるのも嫌だし」

「まああの人たち、子供が死んだら怒りますもんね。送り出したのは自分なのに」

「もう貴族ってのも形骸化してるんだし、さっさと地位を諦めてほしいものさ」


現実逃避していると、アリアが単刀直入に聞いてくる。


「そんなことは置いておいて、結局どうするんです?」

「…治癒魔法使える?」

「無理です」

「だよねぇ…じゃあほっとくか」

「さっきの発言は何だったんです?」

「言い訳?」

「っはぁぁぁぁ…」


ねえ、ため息つくなよ。


「じゃあ、とりあえず殲滅でいいですか?」

「うん。まあしょうがないよね」

「それじゃ、行ってきますね。『影界潜行シャドウ・ダイブ』」


アリアが魔法を発動させる。彼女の属性は、『影』だ。超レア属性。影ってのは、光が遮られて出来るものだ。つまりは光との対比。


そして魔法の法則的に言うならば、『光への干渉及び隠蔽』みたいなことになるわけ。まあそんな法則に従ってるのかは知らないけど、ていうかどういうモノなのかもわかんないけど。彼女は影を操り、影に潜り、物質世界から自分を隠すわけだ。つまりはバケモン。


彼女が影の世界に潜る。

影の世界にいる間は、私たちを一方的に観測できるらしい。

まあ、魔力の痕跡を見ればどこにいるかは大体分かるけど。でも本人曰くそれをできること自体が化け物らしい。魔導士級は大体できる。新人だったら分かんないけど。


魔力の痕跡が強くなる。物質世界に出たんだろう。彼女が兵士の首をナイフで掻っ切る。音もなく一人死んだ。繰り返し影と現実を行き来し、様々な場所で兵士を殺す。…暗殺者だよねあれ。絶対本職暗殺者だよね。


魔法発動の準備。

私の役割は殲滅。彼女の役割は攪乱。

次は、私の番だ。


死体を見つけて騒ぎになったところに魔法を撃ち込む。

「『拡散虹光閃撃バスター・アルカンシェル』!」


数十本の光が空中で反射を繰り返し、敵を焼き貫く。

既にアリアは私の横にいた。


「…私的にはやっぱお前が一番キモイと思う」

「私はそんな魔法をバンバン打てるあなたの魔力と頭脳が一番おかしいと思いますけどね」


こいつとはここだけは相容れない。


森は焼き尽くされ、破壊され、死体が転がる地獄へと変貌した。この惨状を作り出した二人の化け物は、いつも通りのくだらない喧嘩をしていた。


―――――


帝国の戦闘データのほとんどが集まる管制室で、一人の研究員が頭を抱えていた。


「何なんだあいつらはッ!何だあれは!魔法だと!?ファンタジーもここまでくると子供のおとぎ話だボケッ!」

「落ち着いてください、主任!ここで騒いでもうるさいだけですから!」

「お前は気楽だろうな!博士に報告するのは誰だと思ってる!」

「うっ…」


ここは帝国の中枢。一人一人が群を抜く最高レベルの頭脳を有し、日々研究に励んでいる。


そして彼は研究員の一部をまとめる役割を担っている。奴隷たちを戦場へと送り込み、そのデータをほかの研究員に送る仕事で、『異常事態』が発生した場合に上の人間にそれを伝えるのも、また彼の役目だ。


そして今、帝国軍は様々な苦難に襲われていた。異常気象による食料生産率の低下。ゲリラへの対応。そして何より、魔法使い達。


魔法?ありえない。あり得るはずがない。これが研究員全員の総意である。

しかし現実というものは残酷だ。魔界のやつらは魔法を使う。炎を出し、水を出し、傷を治し、空を飛ぶ。


そして今目の前で再生されている、奴隷の脳チップから回収した映像データ。

白いローブを着た少女がその口で呪文を紡ぎ、光でもってすべてを吹き飛ばす。

メイド服を着た女性が影から飛び出し、そう鋭そうにも見えないナイフで首を掻っ切っている。


これを見た彼らは考える。


あまりに非現実。あまりに非合理的。

なぜあの文明レベルであんな破壊を行える?

私たちが信じてきた人間の『知恵』とはこうも無力なものであったか?と。


否。否。否。決してそうではない。あの兵器は古いガラクタだった。

だから、我々の技術の粋には決して勝てないはずだ。


彼らは自らの頭脳に自信を持っている。故に、自分が観測できないものを信じられないのだ。その自尊心こそが彼らの頭脳を曇らせているのだが。


そして彼らは一つの結論にたどり着く。

そうか、あいつをぶつけよう、と。


最高傑作のひとつである、自動人形。我々の最強の兵器としては程遠いが、一桁数字の古参達であれば。我々の信じられない現実魔法を否定してくれるのでは?


もう一度言おう。彼らは最高レベルの頭脳を有する。しかし、魔法という非現実が彼らの精神にストレスをかけ続けた結果、彼らの頭脳には完全にガタが来ていたのだ。お疲れ様。


―――――


一人の自動人形の元に指令が届く。

彼女は黒の長髪に勝気な目を携えている。

彼女はニヤリと笑い、上機嫌にバイクへと跨った。

彼女が去った後には大量の魔法使い達の死骸。その中には白いローブを纏った物もあった。


一人の自動人形の元に指令が届く。

彼女は燃え盛るような赤い髪を肩まで伸ばしている。彼女は喜色満面であった。

彼女は笑っていた。久しぶりの再会に思いを馳せた。戦友との共闘に心を躍らせた。そして彼女は目的地へと歩き出した。


一人の自動人形の元に指令が届く。

彼女は藍色の髪をツインテールにしている。その眼には大きな隈があった。

彼女は罵声を吐き捨て、己の喉を掻き毟る。かつて彼女は皆との再会を望んでいた。しかし、彼女は既にその優しい心を擦り減らしていた。


指令は次の通り。

『以下四名へと通達する。合流し、『光』を操る魔法使いを可及的速やかに排除せ      よ。異論は認められない。

 

オーリ・フール

アン・エンプレス

ドゥオ・チャリオット

トレス・グリム


活躍を期待する。何か必要であれば要請を送るように。

帝国軍 ロス博士』


そして最後の一人、オーリは今尚眠り続けていた。

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