第2話 愛車、そして魔法

男の解体を終え、ブロック状の肉を串にさして赤熱化した手で加熱する。

味はわからない。味覚は例の実験の際に失った。


まあ味がわからなくても特に問題があるわけではないが、単純に娯楽が少なくなる。食事もできない、ゲームも持ってこれていない、景色といっても廃墟ばかり。


ううむ、あんな世界に生まれ育ったせいで倫理観がおかしくなっている。人を殺しても何の感傷もわかなくなっていた。あのMAD共に感情まで弄られただけかもしれないけど。


久しぶりに見た夜空は、昔妹と見た天の川を連想させる。


食事を終えて、あたりを見回すと男が淹れていたコーヒーが目に入る。近づいて椅子に座り、コーヒーをカップに注いで啜る。そういえば、前世の楽しみはコーヒーだった気がする。懐かしさはあるが、相変わらず味はしない。だが、分からないはずなのに、コーヒーの香りがするような気がする。


味覚と記憶が結びついているというのは案外本当の話なのかもしれない。


前世の記憶を思い出したせいで、妹に会いたいという気持ちが一層深まる。


はぁ、と深いため息をつく。こんなに姿が変わってしまっても、彼女は私を家族だと認めてくれるだろうか。


―――――


「『虹光閃撃アルカンシェル』。」


ローブを着た少女が、空中で魔法を発動させる。その一筋の光は電磁加速砲台レールキャノンの装甲を貫き、中まで焼き尽くす。


自動砲台は沈黙し、異変に気が付いた『機界』の兵士たちが兵舎から走り出て、こちらに銃口を向けて発砲してくる。その弾速は優に音速を超えていた。


少女はそれをひらりと避けて、杖を彼らに向ける。


「『収縮爆放コントラクション・バースト』!」


黒い閃光が走る。その光は瞬時に多くの兵を吸い込み、吸い込まれた力を開放する。


その結果は、地獄絵図。内臓や体のパーツがジグソーパズルのように吹き飛ばされ、血の池に浮かんでいる。

「ふう、ようやくひと段落かな」


その爆風でローブのフードがはがされ、彼女の素顔が露わになる。

その姿は、肩にかかるかどうかといった程度の金髪に輝く瞳を携えた神々しい姿であった。


飛行魔法を使い、自軍の陣地に戻る。

兵舎に入ると、部下たちが声をかけてくる。


「隊長!おかえりなさい!」

「機界のやつら、どうでした?」

「エル様、お疲れ様です!」


彼女は転生者である。魔界に生まれ育ち、地球の制圧に派遣されている。


魔界には、魔導王国と聖法王国の二大国のみがあり、技術体系もそれぞれ違う。文明レベルは中世ほど。まさにザ・ファンタジーである。


彼女は魔導王国の平和な田舎に生まれた。農家の一人娘として生まれ、生まれたときに前世を思い出し、最初に考えたことは、いかにしてこのことを隠し通すかということであった。


しばらくは子供らしく田舎で農作業をしながら暮らしていた。しかしその頭の良さを見込まれ、6歳にして貴族に養子として迎え入れられた。7歳で首都に行き、魔法学校に入学する。


魔界ではあらゆる人々が魔法を使う。しかし魔法を詳しく学び、それを使うのに適した魔力量と知識があれば、さらに強力な魔法を使うことができるようになるのだ。


聖法王国では『神』を信じることによって『奇跡』を行使するという考え方ではあるものの、そこまで内容が変わるわけではない。単純に魔法をどう考えるかというだけの問題だ。


首都の魔法学校の試験を受け、入学する。前世というアドバンテージがある彼女にとって試験はかなり簡単なものだった。また神の思し召しなのかはわからないが、魔力量も歴代の英雄に匹敵するほどだ。


15歳で魔法学校を卒業し、魔導士号を得る。魔導士号とは魔法使いのトップに与えられる称号で、国の中でも数百人しか存在しない。


そして16歳で地球や機界との戦争に出る。英雄の一角として部隊を率い、多くの吉報を国に届けてきた。


21歳の今、日本に派遣されていた。


そんな彼女は、兄を探していた。いつかは会えるのではないかと。先に死んだ兄が、どこかに転生しているのではないかと。


まだ、見つけることはできていないが。


兵舎で食事をし、自分の天幕へと移動する。服を着替えてベッドに倒れこみ、ため息をつく。


「はぁ、なんであんなに元気に振舞えるんだろうなぁ…?」


エルは一人思案に暮れる。彼女の前世の故郷はここ、日本だ。あの大災害を生き残った人々を殺すたびにズシリと心が重くなる。


彼女は隊長という立場を持ってはいるが、実際に率いることはほぼない。そこまで大切だとも思えないというのが本心だ。


それよりも、また兄に会いたい。


―――――


一晩をビルの屋上で過ごし、朝を迎える。残ったコーヒーを飲み、帝国の駐屯地を目指す。昨日の夜、帝国の通信電波を感知したのだ。現在地から40キロほど。かなり遠いが、機構を使えばそう大した距離ではない。


「よし」

コーヒーをバックパックに入れ、周辺を見渡す。忘れ物は…なさそうだ。


何かを忘れたところでそこまで困るわけではないが、再調達が難しいものもある。


まずは専用兵装の回収だ。ここ日本に来てからそう時間が経っているわけではない。ほぼ潜入のような入国だったため、大きな荷物は持ってこれなかった。本国でメインに使っていた兵装は帝国が輸送してくれたらしい。


スラスタを使い、ビルの上を跳んでいく。朝の空気はやはりおいしい。だが、途中で死体を見つけては吐き気が込みあがってくる。


10分ほどで輸送地点へ到着。帝国からの情報をもとに物資を探す。


「あった…こんな技術まで作ってたのか…技術発展が早いな」

カモフラージュされた金属製ケース。景色に溶け込んでいる。事前の情報がないとそう簡単には見つからないだろう。


指を変形させ、端子を出す。

ケースについたアダプタに端子を差し込む。


『…認証完了。自動人形オートマタ識別番号0号、オーリ・フール。専用兵装ユニークウェポン黒纏双刀ノワールを開放します。帝国への貢献を期待します』


「…了解」


ロックが解放され、私の刀が姿を現す。それはおよそ刀とは言えないものであった。鍔もない。柄はむき出し。おまけに先端の形すら角ばっている。


正直、見た目だけなら鉄塊と言われても何ら違和感はない。


しかしその実、科学者たちによって改造を繰り返され共和国の戦車を一撃で切り裂くほどの力を持ったバケモノだ。


鞘をつけ、軍服のコートの後ろに2本の刀を佩く。


2本の愛刀が手元に戻ってきたことに安堵しながらも落胆する。この刀は私の身を守り敵を殺す兵器でありながら、私を監視する道具でもある。


まあ、電磁加速砲レールガンやハンドガンだけでは心もとない。近距離戦闘が十分にこなせなければ私は魔導士クラスには勝てないからだ。


本国の上層部は私の強さを近距離戦であると判断したようだが、近距離戦のみで生き残れるはずもない。そういった天才や英雄の類ではないのだ。遠距離戦と近距離戦を見極めて戦わなければならない。


後輩にはなぜか慕われているが、私は卑怯な臆病者でしかない。新世代の自動人形オートマタには性能で劣る。


故に、経験と勘、戦況の判断に長けた。隠れ潜み、戦線を横から破壊するというのが私の共和国に対する戦法だった。


私は自動人形オートマタとして最古参だ。しかし、最初の戦場は運で生き残ったといっても過言ではない。今は経験でしっかりと生き残っているという自信があるが、昔は戦い方など知りはしなかった。戦場に出たからこそ身についた経験だ。


さて、早く基地に向かわなくては。自動人形オートマタの人権は帝国でも最低レベルだ。文句を言われるのはもちろん、何をされるか分かったものではない。


もう一つの兵装を探す。コンテナサイズの輸送ボックスを見つけ、再び端子を差し込む。


『認証完了。帝国軍の所属を確認。装甲二輪アームドバイク戦乙女ヴァルキリーを開放します』


コンテナが開き、中にゴツいバイクが見える。

「おお!私の愛車!無事だったか!」


走り寄って頬を摺り寄せる。


戦乙女ヴァルキリーは全ての作戦実行自動人形オートマタに与えられる二輪車バイクで、移動用と戦闘用の二つの役割を持つ。


戦乙女とはよく言ったものだ。戦いの神、オーディンの直轄部隊である戦乙女。それを作り出した自分たちを神であるとでも思っているのだろうか。


「ふむ、大きな損傷はなさそうだな、良かった」


このバイクは私が首都のジャンク屋でパーツを買い集めて改造した、私の趣味の集大成ともいえるものだ。本来のスレンダーなモデルから大きく外れ、ゴツい、強い、デカいの三拍子がそろっている。


そして、黒纏双刀と機腕、機足のカラーに合わせ、真っ黒にカラーリングをした。


デカすぎて直接本国から持ってくることができなかったため、数年ぶりの再会だ。


我ながらいいものができたと思っている。戦乙女・改ヴァルキリー・カスタムとも呼べるものだ。


後輩には随分と呆れられたが、私の前世からの『自分の車を持ちたい』という夢の成就の証でもあるし、戦車の主砲が直撃しても装甲が少し歪む程度で済む信頼の置ける愛車だ。


数年前に起こった共和国初のレーザー兵器による強襲作戦からも生き残った幸運のお守りだ。なんせ無理矢理に正面突破をしたのに壊れなかった。奇跡かな?


あの兵器はカッコ良かったなぁ…残りカスのような少年心が騒がしかった。どうやら私のスペックではレーザー兵器は搭載できないようだが。


残念。

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