第10話 この世は舞台、人はみな役者

中学校に入って三度目の春。


桜が咲いたと思えば、もう新学期。

新入部員を迎える季節が来た。


チラシを印刷して、ポスターを貼って、勧誘の準備は山ほどある。


「……何しゃべればいいんだろ」


掲示板の前でつぶやくと、隣の彩芽は妙に余裕のある顔をしていた。


「まひる、心配しすぎ。私、ちょっと当てあるし」


「当て……? メイク関係?」


「んー、まぁ……ちょっとね」


後ろから、すずが涼しい声で入ってくる。


「彩芽ファンクラブ、やないん?」


「です。です」


彩芽はぺこっと頭を下げておどけた。

私とすずは、耐えきれず吹き出す。


「ほんまにあるらしいんよ、ファンクラブ。

文化祭で目立っとったけん、新入生にも噂になっとるって」


「顔面力……感謝です。です」


窓から差し込む光が、私たちの足元にやわらかく広がった。




***




そして、新入生体験入部の日。


なんと、彩芽が入部希望者を五人も連れてきた。


「じゃーん! 彩芽メイク教室の生徒さんたちでーす!」


誇らしげなドヤ顔。

私はぽかんとして、すずが肩を震わせて笑っていた。


整列した新入生たちへ、原野監督が口を開く。


「今日は初日やな。新しい出会いに感謝します。

それと……もう一つ、みんなに大事な知らせがある」


空気が少しだけ張りつめる。


「……わし、今年で定年なんよ。

だから、これからは外部コーチに手伝ってもらうことにした」


周りがざわざわする。

誰? どんな人? みんなが同じ顔になる。


監督が部室側を向き、低い声で呼んだ。


「山本、みんなに挨拶して」


部室の扉が、ゆっくり開く。


その瞬間——


「えっ……ママ?」


反射的に声が出た。

新入部員の視線がいっせいに私へ向く。


すずも彩芽も目を丸くしたまま、私とママを交互に見ている。


「あ、山本は旧姓です。今は小田響子って言います」


少し照れながら言って、みんなに笑顔を向けた。


「初めまして。小田響子です。

みんなが全国に行けるよう、全力でサポートします」


体育館が、少しだけざわめいた。




***




練習が終わると、私は体育館を飛び出していた。

帰っていくママの背中を追いかける。


「ママー、ちょっと待って!」


堤防沿いで追いつくと、肩で息をしながらママを見上げた。


「大丈夫? そんなに走って」


ママは少し笑った。


「どうしてコーチなんて……?」


「原野監督に言われたの。

『まひるはもう歩き出してる。お前はどうするんや』って」


息が止まる。


ママは、そっと言葉を続けた。


「ママがコーチじゃ……嫌?」


「嫌じゃないよ。ただ……びっくりしただけ」


ママは、「だよね」と言うように小さく頷いた。


「決まるまでは内緒に、って言われてたの。特に生徒にはって」


たしかにあの人なら言いそうだ。

納得すると、胸のざわざわが少し落ち着いた。


するとママは、もう一度だけ歩きながら口を開いた。


「それから、もう一つ」


私もつい足を止める。


「パパがね、こっちに転勤してくるって。

それでまた一緒に暮らそうかって、言ってる」


「……えっ?」


「嫌?」


その言葉で、心の奥に一気に波が広がった。

驚きと混乱と、でも……そのどれも、嫌ではなかった。


胸の中で何かがほどけていくような気がして、思わず走り出していた。


「ちょ、まひる!? どうしたの!」


振り返って、叫ぶ。


「嫌なわけ、ないじゃない!」


ママは、ぽかんとしたあと、ふっと笑った。


そして私はまた走る。

遠くの空が、どこまでも青かった。


青春の開幕ベルが、胸の奥で鳴っていた。


(完)

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開幕ベルーー舞台に立つのがトラウマだった私が、なぜか演劇部のエースにされました 葉月やすな @yasnak

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