第8話 幕の裏で芝居は決まる

夏休みが終わり、部活が再開した。


次の舞台は文化祭。

三年生の引退公演となる「卒業する君たちへ」。


原野監督が三年生を主役に書き下ろした脚本で、魔法学校の卒業式を描いた物語だ。

杖を置き、人間の世界へ旅立つ三人の魔法使いたち。

友情、選択、別れ……まるで、今の三年生そのものを映したような作品だった。


すずは脚本にも手を入れていて、どこか誇らしげに言った。


「まひるの見せ場、ちゃんと作ったからね」


演じているときより、よっぽど楽しそう。

すずは、こっち側の仕事が本当に好きなんだと思う。


私たちは先生役と生徒役の掛け持ち。

魔法生徒として杖を振っていたかと思えば、次の場面では指導教師。

セリフの切り替えに頭が追いつかない。


しかも空いている時は、照明や音響も担当する。


「これ、全部、今まで先輩らがやってたん?」


「うん。慣れてたふうに見えてたけど、今になって凄さわかるね」


本当に、先輩たちはすごい。

ようやく、その背中の意味がわかってきた気がした。


彩芽も変わった。

敢闘賞の涙のあと、スイッチが入ったみたいに、基礎練も裏方も真面目にこなす。

もちろん、演技も。

以前とは完全に別人のようだった。




***




練習は順調だった。

みんなの熱が上がっているせいか、セリフも動きも揃ってきている。


「ここ、テンポ速くなってきたね」


すずが音響をセットしながら言う。

たぶん、全員の体が“本番が近い”って感じ取っているんだと思う。


公演まであと十日。

舞台装置や衣装を合わせた通し練習の準備に入った。


照明備品を倉庫から運んでいると、部室の前で彩芽が数人の女子に囲まれているのが見えた。


以前の彩芽がいた派手グループの女子たち。

同じ班になったことはあっても、私はなんとなく距離を取っていた人たちだ。


私たちの存在に気づくと、彼女たちは何も言わずにそそくさと去っていく。


「え、なに今の……」


「もめ事?」


すずが小声で聞く。


「何かあったん?」


「別に何にも」


彩芽は淡々と答え、そのまま衣装を広げ始めた。


「ほらほら、今日は大道具と衣装合わせ! 急ぐよ!」


明るく振る舞っているけれど、目の奥にわずかな揺れがあった。

言葉にできない何かを隠すように。


それでも作業は止まらない。

段ボール箱に絵を描き、大道具にして、衣装ローブの裾に魔法文字を縫い付ける。

やることはいくらでもあった。




***




いよいよ明日は文化祭。


ショートホームルームが終わり、いつものように部室に入る。

けれど、空気がどこかおかしい。


先に来ていた三年生は、誰も喋っていなかった。


部室の奥、大道具の棚。

みんなで作った舞台装置が――無惨に壊されていた。


「ちくしょう、あいつら!」


彩芽は飛び出そうとする。


「待って、彩芽!」


ほのか部長が素早く腕をつかんで止めた。


「みんな、まだ使えるもの、確認して。

それと、すず、監督呼んできて」


いつもはふんわりしているのに、声は冷静で鋭かった。


衣装はロッカーに入れてあったので無事。

音響や照明も手をつけられていない。

壊されていたのは、大道具と小道具だった。


すずが監督を連れて戻る。


「いったい、なにがあったん?」


原野監督の問いに、ほのか部長はすぐ向き直った。


「みんな、自分の家に“今日は遅くなる”って連絡して。

監督、すみませんけど、連れて帰るってフォローしてください」


原野監督は驚いたように目を見開き、「……わ、わかった」とスマホを取り出した。


「さあ、手分けして直すよ! みんな!」


ほのか先輩、ほんとうにすごい。

私たちが固まっている間に、もう全員を前へ引っ張っていた。


誰かを責める時間なんて、ここにはない。




***




みんなが黙々と修理を始めた。


破れた背景の絵を、テープで丁寧に補修する。

折れた木製の柱は釘と板で補強。

トントンと響く釘の音が、壊れた気持ちまで少しずつつなぎ直していく。


「美結先輩、すごく早いですね。背景描くの」


「当たり前やん。元・美術部やし」


筆の動きが妙に早いと思ったら、そういうことか。


「え、先輩、美術部だったんですか?」


「うん。でも、あめ玉一個で拉致られた。ほのかに」


「あっ、私と同じチュッパチャプスで?」


「そう。ほのかの必殺技やからね。断れんよ」


私たちが笑うと、周りもつられて笑った。


「そこ、しゃべってたら帰れへんよー!」


ほのか先輩が柔らかく言う。

さっきまでの“部長モード”から、いつもの穏やかさが戻っていた。


絵の具の匂いが、部室に少しずつ広がる。


……いろんな人が集まって、一つの劇をつくっている。


さっきの怒りも不安も消えて、ただ静かに、舞台を作る楽しさだけが満ちていった。

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