第7話 光が落ちても心は残る
夏休みに入ってすぐ。
私たちは、市民文化会館の舞台袖に立っていた。
緊張と期待が混ざった空気の中で、衣装チェック、大道具の最終確認。
幕裏では、誰もが落ち着かない足取りで準備を進めている。
そして、円陣。
「がんばっていこまい、おー!」
小さく声を合わせて、私たちはそれぞれの立ち位置へ散っていく。
「続いて、伊予西中学校の演技です」
アナウンスが流れた瞬間、客席のざわめきがすっと静まった。
開幕ベル。
そして、ゆっくりと幕が上がる。
――まぶしい。
照明が、まるで光の壁みたいに立ち上がる。
その向こうにあるのは、私たちが何度も練習して手に入れた物語。
セリフが、息を持って舞台を巡る。
誰の声も、真っすぐ観客へ飛んでいった。
そして、大団円。
舞台の中央で深く一礼する。
「ありがとうございました!」
――やり切った。
確かにそう思う。
でも、その奥に、ほんの少し――もっとできたかもしれない、そんな感覚が残っていた。
眩しい光のあとに置いていかれたのは、不思議な悔しさだった。
***
賞の発表式。
「初めに、敢闘賞……」
鼓動が痛いほど響く。
「伊予西中学校の皆さんです」
一瞬の静寂を破って、客席全体が拍手の渦になった。
「やったー、敢闘賞や!」
「いつも参加賞やったのに!」
「参加賞じゃないし、奨励賞やったし!」
「どっちも一緒やけん!」
みんなが抱き合って跳ね回る。
「えっ……ぐしゅ……えっ……」
ひときわ大きな泣き声。
「なんで、彩芽が一番泣いとんよ」
「だってぇ……ひぐっ……うわああん!」
その泣き顔につられて、みんなが笑って、そして泣きはじめた。
涙が混ざった笑顔で、会場中があたたかい空気に包まれていく。
***
控室近くの廊下。
みんなで道具を運んでいると、ほのか部長が叫んだ。
「今日は監督のおごり! なんでも食べてええって!」
「やったー! 伊予柑アイス三段重ね!」
「私はキャラメルバニラとパステルマーブルと……」
「一人一個までやけん!」
笑い声が廊下に響いて、いつまでも消えなかった。
***
「まひる」
廊下の奥から、その声が落ちてきた。
「……パパ」
ほのか部長はすぐ空気を読み、「ほな先行っとくけん」と手を振り、他のメンバーを引き連れていく。
すずも私の荷物を持って「あとでね」と目で合図してくれた。
私は、パパと並んで廊下のベンチに座った。
「ちょっと、背伸びた?」
「うん」
会話はぎこちない。でも、逃げ出すこともできなかった。
「出張でこっち来ててな。ママから今日のこと聞いた」
沈黙。
廊下のダウンライトがぽつぽつ灯り始める。
「芝居、また始めたんか?」
私は小さく頷く。
パパは、少し息を吸い、ゆっくり言葉を置いた。
「……あの頃は、やめさせるのがまひるのためやと思っとった。
芝居がまひるを苦しめてると思ってたし……ママが無理にさせてるんやと思ってた」
私はその言葉を飲み込む。
「でも今日のまひる、輝いとった。
本当は芝居が好きなんやって、見てたら分かった」
胸に、静かに落ちてくる言葉。
「ママのせいにしてたけど……たぶんほんまは、まひるとママだけが芝居に夢中でな。
置いていかれてる気がして、怖かったんやと思う。
オレには、何もしてやれん気がして……焦っとったんよ」
――知らなかった。
私の中で硬く固まっていた“わだかまり”が、少し溶けた。
「パパも……色々、大変だったんだね」
そう言うと、パパは少しだけ、ほっとしたように笑った。
「ごめん、私もう行かなきゃ。みんな、ファミレスで待ってるから」
「ああ。引き留めてごめんな」
立ち上がる。
廊下の空気が、少しだけ柔らかく感じた。
そして私は――伊予柑アイス三段重ねが待つ場所へ走っていった。
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