第5話 舞台の中心は、覚悟のあるものの場所

市民演芸大会の演目が決まった。


『スケ番、故郷に帰る』。

昭和から令和にタイムスリップしてきたスケ番と、現代でいじめられている少女ルルの奇妙な友情物語。

原野監督の完全オリジナル脚本だ。


役決めの最中、まこと先輩が口を開いた。


「スケ番は、まひるがいいと思います」


「……えっ、なんで」


「怒るとすごい迫力だし。ピッタリ」


あの日の“葛城事件”以来、私は演劇部内で半分ネタ的に「キレると怖いヤツ」扱いになっていた。


「似合いそう〜」

「声めっちゃ通るし」

「迫力あるよな」


次々に賛同の声が上がる。

原野監督はしばらく考え込んでいたが、ぽつりと言った。


「……やってみよか」


断る勇気はなかった。

でも、完全にイヤというわけでもなかった。


お芝居が楽しかった頃の気持ちが、少しずつ戻ってきているのも確かだった。

怖い気持ちと、やりたい気持ち。

その両方が胸の中で絡まり合い、心がぐちゃぐちゃになる。




***




翌日、部室。


「まひる、台本……読んだか?」


「そのことなんですけど、監督……」


「迷っとるんか?」


監督は穏やかに笑った。


「……はい」


「そやろな。顔に全部出とる」


理由はいくらでも言えた。

けど本当の理由は言えなかった。


“芝居なんかやめさせろ”


あの言葉が頭に浮かぶたび、胸の奥が冷たく締めつけられる。

照明の下に立つと、体が硬くなる。息が吸えなくなる。


「とりあえず読み合わせしてみよか。無理そうなら無理でええ。おまえの気持ちがいちばんや」


胸がじんと熱くなった。


「……わかりました」


監督を信じてみようと思った。




***




大会が近づくにつれ、練習は本気モードに入った。


体育館の舞台。床に貼られたビニールテープの立ち位置に沿って立つ。

蛍光灯の光が滲み、汗が頬を伝う。


「だからって、逃げてばっかじゃ、なんも変わらへんよ!」


台詞を放った瞬間、空気が震えた気がした。

けど足元はまだ揺れている。


「——ストップ」


原野監督の声が飛ぶ。

舞台の縁まで歩きながら、鋭い目つきで私を見る。


「悪くない。言葉になっとる。けど……顔が死んでるな」


「……死んでますか?」


「死んでる。スケ番が正義語る時はな、眼光が敵を刺すくらい鋭くなきゃあかん」


普段は優しい監督が、人が変わったみたいに厳しい。


私は深呼吸し、もう一度台詞に向き合った。

眉間に力を込め、拳を握るみたいに言葉を放つ。


「だからって、逃げてばっかじゃ、なんも変わらへんよ!!」


一瞬、体育館が“本番”になった。


監督が台本を閉じる。


「……うん、最初のころよりずっとええ。今のは“人”としてそこに立っとった」


背後からほのか部長の拍手が聞こえる。


「声の通りもええし、あとは間の取り方やね」


私はうつむきながらも頷いた。


「逃げてばっかじゃ、なんも変わらへんよ」――それは、私自身に向けた言葉でもあった。




***




振り付きの稽古が佳境に入り始めた頃、原野監督が声を上げた。


「ちょっと、みんな集まってな」


役者たちが集まると、監督は静かに言った。


「スケ番とルル、入れ替えてみよか」


「え……? 今なんて……?」


大会まであと一ヶ月。

突然すぎる提案に、空気がざわめいた。

監督は念を押すように続ける。


「誰が抜けてもすぐ代われるように、台詞はみんな覚えとるんよな?」


まこと先輩は台本を胸に抱えたまま、床を見つめて小さくつぶやいた。


「……どうしてですか……?」


三年生にとって最後の大会。

主役のルル役に全身全霊で取り組んできたまこと先輩の気持ちは、みんなが知っていた。


それでも監督は、静かに、そして重く、全員の顔を見渡していた。

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