第4話 言葉が心に届かぬなら天には届かぬ

部室を出て廊下を歩いていると、視線を感じた。派手なメイクにゆる巻きヘア、明らかに“私の世界”とは別次元の女子がこちらをじろりとなぞるように見てくる。


葛城彩芽。

クラスの派手グループの中心人物で、笑えばみんなが笑い、言えばみんなが従う“リーダー格”。


――関わらないほうがいい。


そう本能が告げた私は、すばやく横を通り抜けようとした。


「……あんたメイクしてるやろ」


突然、呼び止められる。


「え、あ、これ……舞台用。演劇部で練習があるから……」


「そうかー、その手があったか……ふふっ」


意味深に笑った彼女はくるっと背を向け、そのまま何も言わず去っていった。


……なに? なんなの今の?


イヤな予感というより、ズレた予感。理解できない種類の違和感だけが残った。




***




翌日。部室に入ると、部長の横に“あの子”がいた。


「今日から入部してくれる子です」


「葛城彩芽。同じクラスやし、知っとると思うけど」


言うなり距離を詰めてきて、私の頬をつん、と指でつつく。


「へえ、ほんまに舞台用なんやな」


……近い。近すぎる。フレンドリーというよりもはや侵略。


「演劇部って、好きなだけメイクできるってことやろ?」

「舞台用って、どこまで派手にしてええん?」

「シャドウは? ラメは? カラーは??」


ついていけない。会話の速度と方向がジェットコースターみたい。


葛城さんは悪びれず言った。


「うち、メイク好きなんよ。服も髪も。けど学校やと“派手すぎ”言われるけん、先生にも睨まれとるし」


「??」


「でも演劇部なら正解やん」


――正解とは? 何に対する正解?


頭の中にいくつもハテナが浮かんだ。




***




葛城さんが入って数日後。

練習後に私とすずは部長に呼び止められた。


「ちょっと、頼んでもええかな?」


部室の隅に集められた私たちに、部長は困った顔で続けた。


「葛城さん、最近ぜんぜん来てへんじゃろ」


――やっぱり。


その気配はみんな感じていた。


「辞められると困るんよ。大会も近いし……同じクラスのふたりから、部活戻るように言ってもらえんじゃろか?」


部長のお願いは不思議と断れない。

私は不安で、すずの腕をぎゅっと掴んだ。


「どうしよう……すず……」


「何か考えてみる」




***




翌日、昼休み。


すずが一枚のメモを渡してきた。小さな文字がびっしり。


「これ、読みな」


「葛城さんの前で。ちょっと大げさでもいいから」


「えっ……む、無理だよ……」


「できるって。まひるならできる。行くよ」


すずはためらわない。

私は半ば引きずられるように、葛城さんのいる派手グループへ向かった。


心臓がドクドクとうるさい。


「葛城さん、ちょっといい?」


一斉に視線が私たちに突き刺さる。

すずが無言で頷いた。


「葛城さん……部活、戻ってきてくれないかな?」


葛城さんの顔から笑みが消える。


「うち、メイクしたくて演劇部入っただけやし」


「え……?」


「演劇とか興味ないし。基礎練ばっかでつまらんし」


そう言って、またグループの会話に戻ろうとする。


私は、深く息を吸った――覚悟を決める。


「……何、てめえの勝手ばっか並べやがって!!」


教室の空気が凍りつく。


「やめるなら、筋通して退部届出してけや!」

「その代わり、二度と演劇部の名前かたってメイクすんな!」

「メイク続けたいなら、とっとと部活来いや!」

「わかったか、このボケ!」


しん……と静まり返る教室。


誰もが固まっていた。

すずは隣で笑いをこらえて震えている。


――あれ? 怯えてる?


葛城さんは小さく、弱々しい声で言った。


「……分かったよ。ちゃんと行くけん」


やりすぎたかもしれない。でも──。


私はくるっと笑顔に切り替えた。


「じゃ、よろしくね。演劇部で待ってるから」


自分でも驚くほど自然に、にっこり笑えた。


席に戻って座り込むと、手が震えていた。汗が止まらない。


……また、人前で“演技”ができた。


芸能スクールに通っていたころの、あの空気。

胸の奥が熱くなり、確かに“何か”がよみがえっていた。

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