第6話 襲撃者、あらわる

 何故だか分からないが、『死神が引っ越してきた』という噂がたちどころに冒険者の間に広まってしまったらしい。


 ここ、ヴィーゼの大平原は、四つの国にぐるっと囲まれるような形で位置する場所であり、どの国にも属さない無主地だ。


 それが、余計に話をややこしくさせているのかもしれない。


 前にこの辺りを通りすがった冒険者たちは、『死神はどこかの国を転覆させようと企んでいるのでは』なんて話をしていた。


 もちろん、そんなつもりは一切ない。私はただみんなと仲良くしたいだけなのに! そのために、こんなにかわいいお家に引っ越したのに!


「あ~っ! どうしていつもこうなるのよ~っ!」


「ご安心くださいご主人様。ソフィアはいつもあなた様の隣にいますよ」


「あーうん、ありがとう。あ~あ、どうすればいいのかなぁ! 私、そんなに怖いかなぁ⁉」


「適当にあしらわれて、ソフィアは悲しいです……」


 それは、急に唇がくっつきそうなぐらい顔を近づけながら言ってきたそっちが悪い。


 友達を作り、普通の女の子としての人生を歩むため、百年続いた引きこもり生活から脱したはいいものの。


 人生とは、そう上手くはいかないものらしい。


 思えば私は、子供の頃から他人と接する機会がほとんどなかった。言うなれば、コミュニケーションLv.1なのだ。


 そんな私がいきなり「よし、友達を作ろう!」と意気込んだところで、上手くいかないのは当然なのかもしれない。


「はぁ……」


 ——ん? 何だか外が騒がしいぞ。

 もしかして、やっと私と友達になってくれる人が……?


「死神ー! ここにいるんだな! 出てこい!」


 いや、この声のトーンは違うな。

 誰だか分からないけど、そんなにドアを激しく叩かないで! 壊れちゃうでしょ!


「えっと、どなたですか? あと、私は別に死神じゃ……」


「お前が死神だな! って、い、意外とかわいいな……だ、だが! そんなことは関係ない! 我らアル・ティエラ聖戦士団が、貴様の首を討ちとってくれる!」


 アル・ティエラ聖戦士団。そう名乗った三人組は、服装から察するに左から魔術師ウィザード戦士ウォリアー聖職者プリースト


 今の台詞を言ったのは、戦士ウォリアーと思しき人だ。


 アル・ティエラは人族ヒューマンの王が統治する王国で、ヴィーゼの大平原に隣接する国の一つ。


 装備品や規模から察するに、この人たちはおそらくどこにでもいる普通の冒険者だろう。


 人より正義感と万能感が有り余っているという点では、普通ではないかもしれないが。


 押しかけられるのはすごく迷惑だが、私のせいで国が動いた、なんてことではなかったのは安心だ。


 それにしても正面玄関から、しかもわざわざドアをノックして乗り込んでくるなんて、律儀な襲撃者たちだなぁ。


「貴様の強力な魔力反応が王国にまで伝わってくるせいでみんなが怯えているんだ! 貴様が何を企んでいるのかは知らないが、我ら聖戦士団の目が黒いうちはこのアルカナム大陸での悪行は許さんぞ!」


「そうよ、そうよ!」


「その悪しき魂、浄化してさしあげましょう……」


「いやいや、誤解ですって! 私はただ、友達が……」


「ご主人様ぁぁぁぁぁっ! お下がりください! そこの無礼者は、ソフィアが断罪いたしますわぁぁぁぁぁぁっ!」


「えっ? ちょっ、ソフィア⁉」


 振り返ると、そこには鬼の形相でこちらへと駆け寄ってくるソフィアがいた。


 某緋の目族みたいにピカピカと目を光らせ、漆黒の大剣を手にものすごい勢いで突進してくるソフィアを、私は反射的に避ける。


「うわっ⁉ な、なんだこいつ⁉」


 ウォリアーが、持っていたハンマーでソフィアの剣をひと払い。

 ——すると。


「かはっ……ご、ご主人様……申し訳ございません、ソフィアはどうやらここまでのよう、です……」


 そう言って、バタッと倒れた。

 あーあ、下手に喧嘩なんか売るから……。


 まぁ、魔族ディーマンである彼女の職業を、ロマン優先で暗黒騎士ダークナイトにした私も悪いんだけど。


 耐久力が全種族の中で最低値の魔族ディーマンが、最前線で敵の攻撃を引き付けて戦う暗黒騎士ダークナイトでやっていくのはかなり難しい。


 上級者プレイヤーが運用するならともかく、勝手に動くNPCとなるともう悲惨だった。


 いち早く前衛に向かっていっては、即死。この子は一旦置いといて、後で復活させてあげよう。


「ふっ、弱いな! 死神の手下は!」


「大したことないわね!」


「最後まで忠義を尽くした、憐れなメイドの魂に救済あれ」


 いや、ソフィアは多分まだ死んでないからね?


「邪魔者もいなくなったところで、我ら聖戦士団と勝負だ! 死神!」


「ほ、ほんとにやるんですかー? 私、強いですよ? みなさんのこと、一撃で倒しちゃうかもしれませんよ?」


「聖戦士団の強さを舐めないでちょうだい!」


「私たちに浄化できぬ者など、あんまりない……」


「えー……戦うの、やだなぁ」


 ウィザードはすでに呪文を唱え始めているし、プリーストは杖を振って仲間に祈祷バフをかけ始めている。


 どうやら、戦うしかないようだ。

 けど、私が本気でやったら相手を殺しかねない。


 少し手加減して、大鎌を空中に向かって振るった。もちろん、何のスキルも発動していない。


 だが、それによって起こった風で後衛職の二人は向こうに吹き飛び、びっくりしたのかそのまま気絶してしまった。


「なっ……何だ、今の! 鎌を一振りするだけでこの風圧とは!」


 ウォリアーだけが地面に大鎚を突き立て、辛うじて耐えた。


「ええい! 仲間の仇だ! 覚悟しろ、死神!」


 私の体に、鉄製の大きなハンマーの一撃が当たる。

 だが、痛みどころか衝撃すら感じない。


 相手が攻撃を当てて油断した隙に、頭にげんこつを食らわせる。


「がっ——⁉」


 その一撃で脳震盪を起こしたのか、ウォリアーは私の足元にバタッと倒れ伏した。


「はぁ……困るなぁ、こういうの」


 そもそも、私に近接戦闘を挑む時点で無謀というものだ。


 私たちドラコイドは、STR物理攻撃力VIT物理防御力に上昇補正がかかる仕様となっているのだから。近接戦闘は得意中の得意分野だ。


 逆に、WIS回復スキルの回復量AGI敏捷性には欠けている……はずだが、レベルMaxなだけあって、他のプレイヤーと比べたら十分高い数値だっただろう。


 そうか。そういえば私はレベルMaxなのだ。そもそもあの人たちが私に挑みかかった時点で、勝敗は決していたのだろう。




 ——数日後。


 私の家の軒先に、一枚の紙がひっかかっていた。


 どこかから、誰かが落としたものが飛んできたのだろうか。

 おや、何か書かれているぞ。どれどれ?


『王都新聞 号外

 死神、Aランク冒険者ギルド【アル・ティエラ聖戦士団】を返り討ちにする!』


 ……うん。


 ちょっと待って! こんなの出されたら、私の悪評が余計に広まっちゃうでしょ!

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2025年12月30日 13:00
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2025年12月30日 16:00

異世界で死神と呼ばれてます~私は魔王を呪い殺しただけなのに~ 秋葉小雨(亜槌あるけ) @alche667

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