死神になって100年が経ちました

第4話 死神、引っ越しをする

 みんなのために魔王を倒したはずが畏怖の対象になるのは心外だが、百年間ものあいだ釈明しようとせずに引きこもっていた私も悪い。


 正直、外に出るのがめんどくさいという気持ちもあった。


 前世では病院と家以外の場所にほとんど行ったことがないので、外に出たところで何をしたらいいのか分からないのだ。


 だからと言って百年も引きこもるなって? その通りです。


「さて、引っ越すと言ってもどこがいいかなぁ……やっぱり、プレイヤーハウスあそこかな?」


 アルカナムファブラ・オンラインでは、プレイヤーキャラ一体、そしてギルド一つごとに拠点を一つずつ作れる仕組みになっている。


 ギルドハウスは、ハウジング好きな仲間たちが見事な魔王城に仕立て上げてくれたが、それに対して私専用の拠点は実に地味だった。


 私がハウジングに興味を持たなかったため、外装は木造りの物置小屋同然。


 家具はデフォルトで置いてあるベッドとダイニングテーブルを除き何もない。代わりに、アイテムボックスが乱雑に置かれている。


 ゲームの中ならそれでよかった。けど、自分が実際に暮らすとなると話は別だ。アイテムボックスに囲まれた殺風景な部屋で寝るのはさすがに嫌だ。


 となると、拠点の片付けもしないといけないわけなのだが。


「う~ん……私、片付け苦手なんだよね……」


「ご安心ください、ご主人様。お掃除やお片付けはわたくしの得意分野ですわ」


 お任せください、とソフィア。


「ほんと? じゃあ、お願いしちゃっていいかな?」


「はい。ご主人様のお役に立てることがわたくしの幸せですもの」


 そう言って、ソフィアは口元にどこか艶っぽい笑みを浮かべる。


 普通に喋ってるだけなら、やっぱり完璧な美人なメイドなんだけどな。




 というわけで、私たちは【ワープ】魔法を使い、私専用の拠点プレイヤーハウスの場所へと降り立った。


 見晴らしのいい、一面緑の大草原。

 そこにぽつんと建つ一軒の木小屋が、私の拠点プレイヤーハウスだ。


「懐かしいですわね、ご主人様。ここに来るのも、百と四年ぶりでしょうか」


「あぁ……そういえば、そうだったね」


 四年、というのは、私がアルカナムファブラ・オンラインにハマってから、『古宮麗ふるみやうらら』としての人生を終えるまでの年月だ。


「このお家で過ごした日々のことが、目に浮かぶようですわ。あの頃は毎晩、小さなベッドに二人寄り添って愛を育んだものですわね……」


「存在しない記憶を作らないで?」


 アルカナムファブラ・オンラインは全年齢向けゲームなので、もちろんエッチな機能なんてものは存在しない。


 実は、ソフィアはプレイヤーキャラ一人につき一体作成できる『お助けパートナー』というNPCだった。


 その名の通りプレイヤーの補助が役目のキャラクターなのだが、ゲーム内では一言も喋らないNPCだったため、この世界に転生してくるまで、私はこの子の本性を知らなかった。


 綺麗な金髪と、魔法の杖のようにうねる左側頭部の角がチャームポイントで、クラシックなロングのメイド服に身を包んだクールビューティーなメイドさん。


 というイメージで作ったはずが、実態はこんな変態だったなんて。


 ギャップ萌えならぬ、ギャップ萎えだ。


 それにしても、改めて見るとお粗末だなぁ。この小屋。


 ゲーム内だと特に気にならなかったけど、いざこうして目の当たりにすると、一面緑の絶景の中にこの木小屋はかなり目立つ。


「さてさて、まずは外装からなんとかしようかね」


 アルカナムファブラ・オンラインでは、拠点の外見をプレイヤーが好きに作ることができた。


 いくつかのテンプレートがあって、それをプレイヤーが好みに合わせて改造するもよし、何も変更せずにそのまま使うもよし、という感じだった。


 私はハウジングに興味がなかったので、建築スキルの中で一番最初に手に入り、そして一番コストが少ない木小屋、通称『初期ハウス』をずっと使っていた。


 けれど、初期ハウスとは今日でおさらばだ。私はスキルメニューから、建築スキル一覧を開いた。


 ちなみに、この世界では、頭でスキルメニューのことを考えるだけで開くことができる。


 スキル使用も、『このスキルを使いたい』と思うだけで発動する。そしてどうやら、メニューは私にしか見えないらしい。


 ゲーム内では手動でメニューを開くか、画面下部のホットバーを操作して発動させていたので、それよりもさらにお手軽になったというわけだ。


「しかし、いろんなテンプレートがあるなぁ……どれにしようか迷うなぁ」


「ここはやはり、ご主人様の威厳をこれでもかというぐらい象徴するような、豪華絢爛でいかめしいお城がよろしいかと!」


 いわゆるシイタケ目のような、キラキラした目で訴えかけてくるソフィア。


「それだとイメージが悪いから引っ越すことにしたんでしょ? そんなんじゃダメだよ、友達が遊びに来づらいでしょ?」


 友達ができたら、やっぱりお家に呼んで遊びたいじゃない。


「そ、そうですか……」


 叱られた子犬のように、ソフィアはしゅんと俯く。正直、この表情はちょっとかわいいと思ってしまった。


「ソフィアだって、友達のお家が派手なお城だったらびっくりするでしょ?」


「友達? そんなものソフィアには必要ありませんわ。ご主人様さえいてくだされば——」


「ああ、ごめんごめん。あなたにそんなこと聞いた私が馬鹿だったわ」


 ソフィアにはもう、聞かないことにしよう。


 やっぱり、ここは『普通の民家スタイル』のテンプレートがいいかな?


 だって私は普通の女の子だもの。普通の女の子は、普通のお家に住んでいて然るべきだ。『普通の女の子』は普通、お城なんかに住んでない。


 って、『普通』がゲシュタルト崩壊しそうだ。


 建築スキルの中から【普通の民家スタイル】を選択すると、目の前の質素な木小屋がポンッと音を立て、たちどころに赤い屋根のお家に変化した。


「わぁ、かわいい!」


 某Sylvaniaシルバニアのファミリーが住んでいるドールハウスのような、メルヘンチックなお家が出来上がった。


 これが今日から私のお家だと思うと、なんだかワクワクしてくるよ。かわいいお家は全女の子の憧れだからね! 


 問題は部屋の掃除と内装だけど……その辺は、きっとソフィアがなんとかしてくれるよね!

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