第2話 麗、レフィになる

 目が覚めたら、そこはよく見知った病院の真っ白な景色ではなかった。


 険しい奇岩群の間を、まるでビル風のように強風がびゅんびゅんと吹き荒れている。


 大小さまざまの奇岩の合間を縫うように飛び回る翼竜人たち。


 地上に目をやれば、透き通った美しい滝壺の中で、しなやかなヒレのついたしっぽを持つ水竜人たちが水浴びをする姿が見られる。


 ここは竜の谷リンドシュルフト。古き竜の血を引く亜人たちが暮らす秘境。


 VRMMO『アルカナムファブラ・オンライン』にて、アバターの種族を竜人ドラコイドにした場合のスタート地点だ。


 だからなのかもしれない。目が覚めたとき、私がここの地面に寝転がっていたのは。




 私、古宮麗ふるみやうららは今から百年前、ゲーム内のアバターである『レフィ』として生まれ変わった。


 種族は竜人ドラコイド、レベルは最大の120。職業は呪術師ソーサラー


 名前の由来は、本名である『うらら』を音読みした「レイ」のもじりだ。


 つやめくローズピンクの髪は女の子の憧れ。だけど頭には悪魔のような太い角。


 背中には大きくてゴツい翼、腰から伸びるのは爬虫類のように鱗が張ったしっぽ。


 全身黒のゴスロリ風装備からは、大きな胸が大胆にも覗く。

 愛用武器は三日月のような大鎌。


 私の理想の女の子を体現したかのような、小悪魔キュートな美少女。それが『レフィ』だ。


 私は生まれつき、難病を抱えていた。だから、私の人生はいつも死と隣り合わせだった。


 体が弱かったため、小学校にすらほとんど行ったことがない。一日のうちに会話するのは、お見舞いに来てくれた親族か、看護師さんか、あるいは先生か。


 そんな退屈ですさんだ毎日を送る私は、読書に、漫画に、アニメに、そしてゲームにのめり込んだ。


 だけど、それでも心が完全に満たされることはなかった。

 普通の女の子になって、普通の青春を送る。そんな夢が諦められなかったからだと思う。


 同い年の女の子たちと同じように自分の足で学校に通って、友達と遊んで、勉強やバイトをしたり、恋をしてみたり。そんな人生に、わたしはずっと憧れていた。


 この世にフルダイブ型RPGが誕生したとき、私の人生は大きく変わった。


 広い大地を自分の足で踏みしめて、元気に駆け回って、世界を巡る大冒険をする。そして、同じ世界を旅する仲間たちと交友を深めることができる。


 そんなVRMMOの沼に、私はどっぷりと浸かってしまった。


 暇さえあればログインしていたし、課金もかなりしていた方だと思う。私の病気を憐れんでか、両親は私がお金を使うことに関して甘かった。


『アルカナムファブラ・オンライン』。私の理想郷。


 画面に映る仮想世界でしかなかったその世界の大地を今、私はこの足で踏みしめている。


 晩年は自分の足で歩くことさえできなかった私が、今は歩いたり走ったりするどころか、背中の翼で大空を駆け巡ることだってできる!


 自分の思い通りに動かすことのできる元気な体が手に入って、その上大好きなゲームの世界に、自分の理想の女の子を体現したアバターの姿で生まれ変われるなんて。


 こんなの、奇跡としか言いようがない。こうなったら、前世では幾度となく夢見た普通の女の子らしい青春を今世で取り戻すしかないよね!




 ——そう意気込んだはいいものの、まずはどうしたらいいのか。


 そうだ、生きるためには衣食住が必要だ。


 衣はインベントリ内の装備品でなんとかなりそうだし、食も料理スキルでなんとかなりそうだ。


 となると、残すは住。仮でもいいから、屋根があって、安全に寝られる場所を探さなきゃ。


 そう思い至った私は、竜の谷唯一の宿『嘶く黒馬こくば亭』へと向かった。


 そこで私は、とってもかわいくて人の良い店主さんと、常連さんたちと知り合い。


 そして同時に、この世界の現状を知った。


「あぁ、今日も仕事かぁ。毎日毎日魔物退治に明け暮れるせいで、あちこちが痛ぇや」


「でも、その分稼ぎも増えていいじゃねえか。ま、欲を言えば俺も休みたいけどな……魔王のやつめ、俺たちの仕事を増やしやがって」


「あーあ。いつか強い勇者様が現れて、魔王を倒してくれねぇかなぁ」


 魔王。これまた懐かしいワードだ、と思った。

 魔王はメインストーリー第一部にあたる【星の章】のラスボス。


 レベルキャップ解放アプデも入る前だったので、今戦ったらきっとものすごく弱く感じることだろう。


 そうか。この世界では、まだ魔王が生きているのか。

 となると、私がするべきことは一つ。魔王討伐だ。


 そうすれば、冒険者さんたちを日々の過労から救うことができるはず。それに世界も平和になるし、やらない手はない。


 というわけで私は、星降りのうつわ——魔王エストレーラの棲み処へと向かうことにしたのだった。

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