第5話 縮まらない距離
理香子さんからの連絡は、あれから少しずつ減っていった。
仕事が忙しいのか、それとも——もう、そういう気持ちじゃないのか。
どちらにしても、俺から無理に連絡する勇気はなかった。
会えなくなって気づいた。
俺が求めていたのは、体でも言葉でもなく、
彼女の心そのものだったんだって。
でもその心は、俺に向いていない。
どれだけ時間を重ねても、
俺たちの距離は、同じ場所に留まったままだ。
***
休日の午後。
カーテンの隙間から射し込む光が、ぼんやりと部屋の中を照らしている。
テーブルの上には、飲みかけのコーヒーと、開いたままのスマホ。
既読のつかないメッセージが、画面の中で静かに光っていた。
(もう、やめにしよう。)
そう思うたびに、胸の奥で何かがきしむ。
理香子さんを嫌いになれたら、きっと楽なのに。
***
気分転換に街を歩いた。
でも理香子さんに雰囲気が似ていたり、理香子さんの香りに近いものを感じると振り向いてしまう。
(俺…あの人のこと、めちゃくちゃ好きなんだな)
結局、何をしていても、頭の中はあの人で埋まっていた。
行きつけの店のカウンターで酒を飲む。
グラスの水面に浮かぶ、情けない自分の顔。
(このままじゃ、自分が壊れそうだな)
一人で来たから隣には誰もいないのに、あの人が隣にいると錯覚してしまう。
俺は残った酒を一気に飲んで、店を出た。
***
冷たい夜風に当たりながら、スマホを取り出す。
開いたのはあの人とのトーク画面。
「もう、会うのはやめよう」
そうメッセージを送り、横断歩道を渡るため信号が変わるのを待つ。
数分後、スマホが震えた。
「…急にどうしたの?」
(急になんかじゃ、ないのに)
「このまま俺とずるずる会うのは、理香子さんと彼との関係の邪魔になると思うから」
「…そんなこと、ないよ」
「一回、ちゃんと彼と話した方がいいと思う」
「…もう、会えないの?」
(それ言うの、狡いだろ)
俺は唇を噛み締めながら、返信を打つ。
「うん、会わない」
「…分かった、今までありがとう」
あの人からのメッセージに、あえて返信しなかった。
(これで、よかったんだ。これで…)
信号が青に変わり、再び歩く。
しばらくはきっと、街であの人を無意識に探してしまう。似た香りを感じるだけで、振り向いてしまうと思う。
少しずつでいい、無理しなくていい。
あの人と出会う前の、自分に戻るだけだ。
***
風呂から上がり、ベットに仰向けになる。
頭に浮かぶのは、あの人の顔。
あんなに楽しくて愛おしい時間を、自ら手放した。
これでよかったはずなのに、視界が歪むのは何故だ?
(あの人の、彼氏になりたかったな…)
でも、それだけで十分だったのかもしれない。
そう思えたのは、少し泣いたあとだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます