マーメイドランタン〜人魚ルミナと黒猫ミストの物語〜

メイノア

灯りの記憶


ゆらり、ゆらりと波の音。


あたたかな紅茶の湯気が、

ランタンのように立ちのぼる。


灯りの魔法が使える人魚・ルミナと、

黒猫のミストは、海のそばで暮らしていた。


静かな毎日。


けれど、かけがえのない日々だった。





ある日、

ミストはそっと目を閉じた。




風も鳴かず、波も泣かず、

ただ静かに旅立っていった。



残されたルミナは、

毎晩ランタンに灯りをともした。



「また、会いたい」



その祈りは、灯りの魔法となって、

海の底へと沈んでいく。



灯りの海の奥深く。



ぽつりと一つ、ランタンの光が揺れた。

白い猫が、その中から姿を現す。




――ミストだった。



けれど、名前も、

記憶も失っていた。



目の前には、ひとつの扉。

小さな手で、そっと扉を押した。




扉の先にあったのは、記憶のランタン。



いくつもの灯りが、海の中で静かに瞬いている。



ミストはそのひとつに宿り、

眠るように漂いながら、


思い出のかけらを探しはじめた。





その光が届いたのは、遠くシチリアの石の家。



夢を語れば叱られ、声を出せば怒鳴られた

少女――ナターシャ。


でも、彼女の胸にはまだ、

消えていない希望が残っていた。



ある夜。



灯りの猫は、言葉もなく、

そっと彼女のそばに座った。



幼いころに一度だけ見たことがある。





「…あれは、本当に、海の光だったの?」





ナターシャは誰にも聞こえない声でつぶやいた。


ミストは、小さく灯りを揺らす。




あの日見た光は本物だった。




そして今、




またこの場所に届いている――そのことを。





ナターシャの心に、灯りがともった。

それは、過去を癒すための光ではなかった。


未来へとつながる、小さな波だった。



そのとき、ミストの胸にも、

一筋のぬくもりが広がった。



忘れていた名前が、あたたかな声で響く。






「……ミスト」






ルミナは、感じていた。

祈りの灯りの中に、ミストの魂があることに。



光の粒にそっと魔法をかけると、


灯りが波になり、ランタンと

ミストの姿が現れた。



ランタンの中の灯りが、

静かに、懐かしくゆれている。



それは、ずっと探していた気配。



祈るように目を閉じると、

魔法がゆっくりと動きはじめた。



波がひとしずく、光になった。




ミストは、もう迷わなかった。





名前を取り戻した猫は、

ルミナの魔法で、新しい姿になって


この世界に還った。



人魚になったミストが、海へ舞い降りる。








灯りは、記憶だけを照らすものじゃない。







灯りは、あなたの中にある

「まだ言葉にならない何か」に、

そっと火をともしてくれる。



ルミナとミストは、もう離れない。

灯りとともに、未来を歩いていく。




こうして、灯りと魂がめぐりあった物語は

今もそっと語り継がれています。




そして――


人魚になったミストの新たな旅は、

またこの扉の向こうから、はじまるのです。




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