冬
ありふれた日
冬は嫌いだ。寒いし晴れないし、雪で靴も濡れる。
でも暖房で暖められた部屋の窓を開けた時の、肺に染みつくあの凍てついた風だけは好きだ。全てが洗われたような気分になる。
あれは、春も近い冬の日。あの時も、冷たい風が吹き込んでいた。私たちは教室の窓を開け放って遊んでいた。
先生がいなくなった教室には、私とR課ちゃん。M真ちゃん、M優ちゃんだけがいた。
紺色のブレザーを脱いで、肩に掛けた。開けた窓の縁に座る。窓のサッシがお尻の骨に刺さった。痛いと思いながら足を組む。
「みてみて」
三人が見る。私は顎に手を当てた。
「キミが転入生かい? ようこそ! 生徒会に☆」
作った声とウィンク。舌を鳴らすとワッと三人が盛り上がる。定番のネタのいけ好かない生徒会長だった。「もう一回! もう一回!」とM優ちゃんがねだる。M真ちゃんがカメラを構えた。
少し照れながら、もう一度構えた。パシャ。こうして黒歴史がスマホに残った。
こんな調子で三十分くらいバカ騒ぎをした。それでも時刻は十二時前だった。この日は卒業式で、帰りが早かったのだ。それで、皆でお昼を食べることになっていた。
早めに入ったびっくりドンキーは混んでいて、食べ終わったのは一時だった。
「……この後、どうする? 駅前?」
R課ちゃんが尋ねる。
私はI橋の手前で、あっち、と指を指した。「こっちの方ずっと気になってたんだよね」
指を指したI橋の河川敷には、ブランコと鉄棒がある。
M優ちゃんが真っ先に「いいね!」という。自転車通学のM真ちゃんが自転車を漕いだ。
こうして、河川敷で遊ぶことが決まった。高校生が河川敷で遊ぶのかよ、という感想はご容赦いただきたい。私たちはそういうやつらだ。
道中『一級河川 太平洋まで〇㎞』という看板に、「呪物かよ」「太平洋までの距離とか誰得?」とツッコみ。M真ちゃんの蛇行運転に轢かれそうになりながら河川敷に着いた。
河川敷は枯れ葉だらけ。ブランコも鉄棒も寂れていた。でもそんな河川敷に私たちははしゃいだ。
ブランコを漕ぎながら、R課ちゃんは言った。
「あたし、バイト辞めるって電話する」
スマホを操作する彼女を見て、拾った木の棒を振り回すのを止めた。
「お、ついにいく?」
「うん!」
力強く答える。でもその表情はすぐに不安そうな顔に変わった。
R課ちゃんは、ガストでバイトをしていて、びっくりドンキーでハンバーグを食べていた時から、バイト辞める! と意気込んでいた。
ブランコに座り、深呼吸をしてから電話を掛ける。それを鉄棒を撫でながら見た。
「……バイトのKです。今マネージャーさんいますか」
電話がつながった。ドキドキしながら見守った。M真ちゃんはカメラを構える。
強い風が吹き、寒かった。
バイトの帰りに酔っぱらいに絡まれたこと。怖かったこと。母の願い。辞めたい理由を話していく。彼女は至極真面目だった。嫌々ながらもきちんと説明していく。偉かった。
だがしかし問題はコイツ! この! 私の隣でツタを振り回すM優!
R課ちゃんが必死の思いで電話しているのに、どっから拾ってきたの? というくらい長いツタで、鉄棒をしばいている。バシン! バシン! その姿はさながらSM嬢。
「ちょ、やめろ!」
私は言う。
しかし、やめない。何かの快感に目覚めてしまったかのように豚(鉄棒)の尻を鞭(ツタ)で叩く。
「……といわれまして」
バシィ!
「お母さんシングルマザーで、心配かけたくなくて……」
バシィ!
「すみません……」
バシィ!
頭の上でぴぃぴぃ鳥が鳴く。笑ってはいけない。R課ちゃんは決死の思い出電話している。なのに隣で笑っていたら腹立つ。
けれど耐えきれなくなってとうとう噴きだした。
三者三様。必死に謝るR課、SM嬢のM優、優撮り続けるM真、そして私。完全にカオスだった。
R課ちゃんが電話を終えてため息を吐いた時、事態は収束した。
「……どうしたの?」
その時には、酸欠で膝から崩れ落ちていた。
そのあとツルで大縄をした。そんな冬。
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