雨の弾丸

 長く休んでいたせいもあって、文化祭の私の知らない間に、役割は既に決まっていた。その名も——パネル係!

 私のクラスでは、キッキングスナイパーというアトラクションをすることになっていた(ざっくりいうと、動く筒にボールを蹴って当てるというゲームだ)。パネルは、そのアトラクションのスタッフルームを隠すためのものだ。

 自由にやっていい、とのことだったので、自由にやって嫌な顔されたのは内緒で……。私たちは真面目なグループだったので、夏休みも作業した。


 天気のいい日だった。白日の中、私とS香ちゃん(後の生徒会長。色々あって疎遠になる)は買い出しに行った。その日は偶々彼女と二人きりで、仲良く近くのカインズまで買い出しに行った。

「意外に遠くね?」

「それな」

「てか、ゆっくり自転車こぐの上手いね」

「私中学の時、これ極めたから」

 そんな会話をしていた時だった。

 ——ぽつ。

 頭に何かぶつかった。なんだろ、と思って上を見上げると、鼻先に小さな粒が降ってきた。粒は徐々に数を増していく。灰色のアスファルトを見ると、青鈍の点がいくつもできてる。

「雨だ……」

 暢気に、いつの間に空全体を覆った乱層雲を見上げた。

 この時の私は、このくらいの雨なら大丈夫っしょ! と思っていた。けれど予想に反して、雨粒は数を増していく。あれ……?

 S香ちゃんは、私に自転車を持たせ、カッパを取り出して羽織った。雨はこの時も強くなっていく。あれ……?

 傘を差す。マリリンモンローが寝そべった絵が広がる。「私の傘、マリリンモンローなんだよねー」「マジで? ……マジだ」

 嫌な予感がする暇もなかった。はま寿司の建物にさしかかった時——雨雲レーダーの赤、襲来。

 ざああああああああああああああああああああああ!

「うわ!」

「ヤバい……!」

 悲鳴をあげる。それもそのはず、雨は弾丸だった。風とともに横から打ちつける雨は体を殴っていく。撃ちつける雨の音は爆発音。ドコォ! ドコォ!

「や、やばい……! 死ぬ……!」

 声は横に流れてくる。雨もやばいが、風もやばい。踏ん張っていないととばされそうだった。S香ちゃんの押していた自転車が、彼女の体に、酔っぱらいの如く凭れ掛かってきていて、歩きにくそうだった。「だ、大丈夫……⁉︎」そう聞こうとした時、

 ボン!

 爆発音が聞こえて、まだ濡れていなかった顔が、びしょ濡れになった。私は瞬時に状況を理解した。もはや脊髄反射。

「か、傘がぁーーーーーーーーーーーーーー!」

 傘が捲れた。

「や、やばい……! 傘が! ひっくり返った……!」

 ドドドドドドド。無惨にも裏返った麗しのマリリンモンローの傘に、雨が溜まる音がする。

 傘を元に戻すと、滝のような水が流れ落ちた。ダバァ……! 雨ヤバ……。雨の脅威を思い知る。

 私とS香ちゃんは、お互いの生存を確認しながら、笑った。もう、可笑しくて仕方がなかった。絵に描いたようなカオス。まわりに人がいない。車さえない。こんな時に歩いているのは、私たち二人。

「あはははは! 傘ひっくり返ったー!」

「だはははは! やばーい」

 小学生の様にはしゃいだ。もう、小学生だった。無性に笑い出したくてたまらない。笑いが止まらない。

 カインズまでの一直線はすごかった。ドォーン! 真っ白な閃光が走る。「うわ! 雷! あははは!」「ヤバ! 怖い!」

 アスファルトを強く踏みしめた。靴からじゅわぁ……と肉汁のように水が出る。

 撃ちつける雨。流れる声。濡れた服。重たい靴。私は叫んだ。

「やばー!」

 S香ちゃんは笑って答えた。


 その十分後。私たちはなんとかカインズにたどり着いた。もはや何をしに来たのかすら、思い出せない。

「……写真、撮っていい? 記念撮影」

「いいよ」

 空っぽの駐車場を背に、加工アプリで写真を撮る。撮った写真には、びしょ濡れの女子二人が写っていた。前髪は濡れて海苔の様に張り付いて、カワイイとはほど遠い。

「……あは、」

 でもその写真を大事に保存する。

「写真、いる?」

「いらない」


 そんな夏。

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