第3話 2度目まして異世界

 スマホのアラームが部屋に響き、意識がゆっくりと浮上していく。

 タオルケットにくるまったまま片手だけを伸ばし、手探りでスマホを探してアラームを止めた。


 今日も一日が始まった。

 ああ……まだ水曜日。

 終わらなかった仕事の山を思い出し、気が重くなる。


 ノロノロと起き上がり、顔を洗い、メイクをして、寝癖のついた髪を直す。

 スウェットからアイロンの効いたシャツへ着替えながら、部屋の中を何気なく見渡した。


 テーブルの上には昨夜のビール缶と食べ残した浅漬け。そして――箱庭に目が止まった。

 座椅子に転がっていたフタを拾い、そっと元に戻す。


「変な夢見たなぁ……」


 思わず独り言が漏れた。


 ――あの精霊たち。

 ――一つ目の大男。

 ――荒地の開拓。


 現実に相当疲れてる証拠かもしれない。

 ゲームみたいなあの世界の続きが見られるなら……ちょっと見てみたいかも。

 そう思うと、ふっと笑みがこぼれた。

 そんなことを考えながら、私は玄関の扉を開け仕事に向かった。



 ◇◇◇



「小春ちゃーん。」


「ん……?」


「小春ちゃん。」


「え!? 誰!?」


 名前を呼ばれた瞬間、私はガバッと身を起こした。

 私は一人暮らしで、起こしてくれるのはスマホのアラームとここ数年決まっている。

 何が起こったのかとガバッと身を起こすと、プリプリと白い体を揺らす精霊が目の前にいた。


「え、ちょ、なんでいるの!?なんで、なんで、なんで!?」


「ぷぷ?」


「 ここ夢!? 現実!?」


「ぷぷぷ〜? どっちも現実、かな?」


「いやいや待って、意味わかんない!」


 私は周りを見回した。そこは箱庭の中の小屋の机の上――昨日と同じ場所。


「仕事から帰って……ベッドで寝たはずなんだけど?」


「うん、こっちでは小春ちゃん、二日くらい寝てたよ?」


「二日!? え、寝すぎじゃない!?」


「疲れてたんじゃない?」


 精霊はぷるんと揺れながら言う。


「感覚で言うと、眠ったと思ったら、すぐに朝が来た状態なんだけど……。」


「ノート。ノート。」


「ノート……?」


 精霊はぴょこぴょこと飛び回り、書棚の青い表紙のノートを指さした。

 私はノートを手に取り、開いてみる。びっしりと書かれた文字。

 ……これ、この間みたいに食べたいのかな?

 くるりと丸めてグイッと口元に押し付けると、精霊は全力で手を振った。


「ぷぷぷん!!」


「ご、ごめん。」


 確かに、ゆで卵より少し大きいサイズの精霊にノート一冊は無理そうだ。


「あまり読めないから〜。食べると分かるぷ。これ。」


 ページをめくるっていると、覗き込んでいた精霊が指し示した。

 そのページを一枚だけ丁寧に破り、そっと差し出す。


「これで……どう?」


 精霊はそれを大事そうに両手で持つと、もぐもぐ……と美味しそうに食べた。


「ふむふむ。このノート、前にここに住んでた人の日記みたいだね。

 で、答えなんだけどね。どちらも現実だよ。

 ここはね、“眠っている間だけ来られるもう一つの現実世界”なんだ。」


「二重生活じゃんそれ!」


 精霊は話し方がクールな感じに変わっていた。


「まあ、そうだねぇ。」


「というか、私がこっちで寝たらどうなるの?」


「向こうに戻るよ。さっきの逆。」


「……じゃあ24時間働くことになるんじゃ?」


「大丈夫大丈夫。時間のルールは不可思議なものさ。」


「本当に〜〜〜!?」


 会話をしていくうちに、私はだんだん理解してきた。

 こっちは夢でも幻でもなく、“私のもう一つの生活圏”なんだ。

 精霊はふわりと浮かびながら言う。


「次こっちで寝るときはベッドで寝た方がいいんじゃない?」


「そうだよね。体はずっとここに残ったままなんだもんね。」


「そうだよ〜。」


「うう〜でも…ちょっとそのまま使うには、抵抗が…」


 私は今夜眠る予定の古びたベッドをチラリと見た。



 ◇◇◇



 そのベッドは予想を超えるほど汚れていた。

 布団を持ち上げると、ぶわっと埃が舞い、私は盛大にむせ込んだ。


「ぶふっ!」


 大量の埃が舞い上がり、盛大にむせてバランスを崩しよろけた。

 精霊はぷよぷよしながら周りに浮かんで見守ってくれてはいる。

 が、なんの手助けにもなりそうにない。


「これは……重労働になりそう……」


「大丈夫〜?」


「うん。でもせめて寝れるくらいにはしないと。」


 私は腰に手を当て、荒れ果てた小屋を見回した。


 ――さて、どこから始めるか。


 そんなことを考えながら、私は大きく息を吐いた。


(続く)

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昼は平凡OL、夜は精霊の救世主 <スローライフは箱庭の中で> 水玉りんご @MIZUTAMA_RINGO

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