第2話 襲来:一つ目の男

 精霊たちのただならぬ様子に胸がざわついていた。


 そのとき――。


 バンッッ!!


 小屋の扉が蹴破られたように開き、乾いた風が砂を巻き上げながら吹き込む。


 私は「わっ」と声を上げ、その勢いに尻餅をついた。


 床に倒れた姿勢のまま入口を見上げた瞬間、息が止まる。


 そこに立っていたのは、灰色のローブをまとった大柄な男。


 深く被られたフードの奥には――本来あるはずの“顔”がなかった。


 代わりに、中央にひとつだけ。


 ギョロリ、と巨大な目玉が張りついていた。


 その目が左右に動き、やがて私へと向けられる。


 パチリ……と不気味な瞬き。


「この世界の者ではないな」


 低く反響する声に、背中が凍った。


「ひっ……あ、あの……気がついたら、ここにいて……」


 言っていることが自分でも分からない。


 ただ、迫り来る恐怖から逃れたくてじりじりと後ずさる。


 男はゆっくりと歩み寄り、淡々と言い放った。


「お前は“必要のない存在”だ。……去れ」


 胸の奥がズキリと痛む。

 
“存在を否定される”という言葉の重みが、恐怖とともにのしかかる。


 ──そうだよ。どうせ私なんて。

 ──どうせ私なんて。

 ──私なんて、必要ない。


 視界が滲んだ。

 俯いて唇を噛む。


 そのとき、男が腕を持ち上げた。


 袖の隙間から光がチラリと走る。


 ナイフだ。


 よく研がれた刃が月光のように光り、スッと振り下ろされる軌跡を描く。


「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!」


 私は思わず顔を背け、両腕で頭をかばった。


 バリンッッ!!


 空間そのものが砕け散ったような衝撃に、身体が床へ叩きつけられる。


「っ……!」


 息がうまく吸えない。視界が揺れる。


 それでも、早く逃げなければと必死に目を開ける。


 ……男の姿は、跡形もなく消えていた。


 ◇◇◇


 しばらく震えながら小屋の外を確認したが、大男は本当にどこにもいなかった。


 代わりに残されたのは、静まり返った荒地と、乾いた風の音だけ。


「……はぁ」


 荒れた小屋の中を見渡し、さっきまで10匹ほどいた精霊たちの姿が見えないことに気づく。


 唯一残った“ゆで卵の子”だけが、机の上でぼんやりと空を見上げていた。


「ねぇ……何が起こったの?」


 声をかけても返ってくるのは、インコの独り言のような「クチュクチュプチチチ……」という音だけ。

 言葉を忘れてしまったかのようだ。


 このまま、帰れなくなるんじゃないだろうか。


 不安が胸を占めていく。


 あたり一面荒地で、お店も集落も見えない。


 むやみに歩き回るのも危険だと思い、本棚にあったいくつかの古びた書物を引っ張り出し目を通す。


「読めない文字……困ったなぁ」


 パラパラとめくっていると、ゆで卵の精霊がよちよち近づいてきた。

 動作が小さな子供のようで、どこか救われる。


 机の上の本を両手で抱えて片付けようと立ち上がったとき、一枚の紙がひらりと滑り落ちた。


「あっ……!」


 精霊がその紙を両手でつかみ、


「もぐっ」


 ……食べた。


「あーーー!!」


 慌てて取り上げようとするも、両腕は本で塞がっている。


 みるみる紙は小さな身体の中へ吸い込まれていった。


「だ、大丈夫なの……?」


 すると精霊は満足そうに口元をぬぐい、ぽつりと言った。


「平気ぷー」


「しゃ、喋った!?紙食べたから!?」


 私は急いで本を棚に戻し、精霊に近づく。


 つぶらな瞳に、先ほどまでの虚ろさはない。


「他のみんなは力を使い果たして散り散りぷ。でも、僕は偶然その紙に書かれた“知識”を食べて、ちょっとだけ回復したぷ。」


「さっきの一つ目男は何?なんで襲ってきたの……」


 精霊は自分の卵肌なお腹を人なでして話し始めた。


「ここは“土地の生命力”で守られているぷ。でも見ての通り荒れ果てて、精霊も弱ってる。そこを領主が何かを察知して偵察を送り込んだんだぷー。」


 私は自分の体を腕で抱きしめ、震えを抑える。


「私……殺されそうになった。“必要のない存在”だって……」


「別の世界から来た人は、“恩恵をもたらす存在”。領主にとっては邪魔ぷー。でもみんなの力を合わせて追い払ったから、もう大丈夫。」


 小さな手をパタパタ振りながら、精霊は懸命に説明した。


「“土地の生命力”は……ここを“人の来たい場所”にすると復活するはずぷ。」


「あぁ、なるほど……だからお祭りなんだね!」


 私は静かに目を閉じた。


 正直、私に何ができるかなんてわからない。


 でも――ここに必要としてくれる存在がいる。

 存在そのものを否定してきた何かに、負けたくない。


 ゆっくりと息を吸って、精霊を見つめた。


「……よ〜し!わかった。一緒にやってみよっか。」


 精霊の顔がぱぁっと明るくなりプルプルと震える。


 こうして私は、荒れ果てた土地と小さな精霊とともに、

 はじめての“一歩”を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る