「それでは、準備が整いましたのでお立ち下さい」


 どれくらい待っただろう。

 前触れも無く声がした。

 従わない理由もないので、素直に立ち上がる。


「良き来世を」


 また声がする。

 すると、まるで立ち眩みの様に視界が歪んだ。

 思わず目を閉じる。


 ──耳元で、何か音が聞こえる。

 何だろうか、わからない。

 目を開こうとするが、開かない。

 いや、違う。開いているのに見えないのだ。


 どうやら僕は暗闇の中にいるらしい。

 いやそれとも、もう影に、成ったのか?

 影になった体が闇に溶け、自分と周りとの境が無くなっているのだ。魂が引き裂かれるような感覚に襲われる。


 それは想像を絶する苦しみだった。

 いやだ、早く、助けて────。


 頭が、心が、恐ろしい程に乱れている。

 どこからか、ガラガラと何かが崩れる様な音が聞こえる。

 すると、音に合わせて視界に光が射し込んできた。

 自分の影が輪郭を顕わにしていく。

 良かった、助かった。


 どうやらここは窯の中らしい。

 漂う白塵の向こうに、石造りのアーチが見える。

 花瓶の影に成ると聞いてはいたが、まさかここからのスタートとは思わなかった。


 辺りが静かになる。

 このまま、冷えるまで待つのか。

 まあ良い。

 焦らずいこう。

 時間はいくらでもあるのだ。


   *


 日が暮れる頃になって、僕──僕の『本体』はようやく窯から出された。


 工房の中は夕日に照らされ、燃えている。

 愛おしい、現世の景色だ。

 こんな姿ではあるが、戻れたことは純粋に嬉しい。

 今は、他の焼き物と一緒に床へ並べられている。


 影──僕の体は、本体である花瓶が動かされる度にその形を変えた。その度に全身がバラバラになるような苦痛を感じる。

 暗闇にいた時よりはいくらかマシだが、辛いことには変わりない。内臓もないのに吐き気がする。


 こんなのが、ずっと続くのか。

 そんなことを考えていると、一人の男がこちらへ近付いて来た。その影が僕と重なる。ああ、ひどく、苦痛だ。


 男は職人なのだろう、一つ一つ焼き物を手に取ってまじまじと見ている。

 陶芸のことはよくわからないが、周りの作品を見るに腕は良さそうだ。光源の角度によってちらりと見える『本体』も、なかなか素敵なデザインだった。


 彼から見て『僕』の出来はどうなのだろうか。

 どうせなら素晴らしい出来であって欲しいものだ。

 男が隣の茶碗を手に取った。

 そして──、


 カシャン。


 と、投げ割った。

 出来が、悪かったのだろうか。


 ……ふいに、恐怖が僕を襲う。


 もし僕の出来が悪かった場合、いったいどうなるのだろう。割られてしまうのか。

 そうしたら、またあの世に戻されるのだろうか。

 それとも、砕け散りゴミとして存在していくのか。


 嫌だ。


 ゴミ屑の影なんか絶対に嫌だ。

 それに砕け散った後、僕の心は何処へ行く?

 全ての欠片の影に宿るのか。それともどれか一つに?

 どちらにせよ、辛そうだ。


 嫌だ。


 男の手が僕の『本体』に伸びる。

 ちょっと待ってくれ。

 しかし、僕には何の抵抗も出来ない。

 影は自ら動くことは出来ない。

 そして──、


 カシャン。


 僕は、ばらばらに砕け散った。

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