5
「それでは、準備が整いましたのでお立ち下さい」
どれくらい待っただろう。
前触れも無く声がした。
従わない理由もないので、素直に立ち上がる。
「良き来世を」
また声がする。
すると、まるで立ち眩みの様に視界が歪んだ。
思わず目を閉じる。
──耳元で、何か音が聞こえる。
何だろうか、わからない。
目を開こうとするが、開かない。
いや、違う。開いているのに見えないのだ。
どうやら僕は暗闇の中にいるらしい。
いやそれとも、もう影に、成ったのか?
影になった体が闇に溶け、自分と周りとの境が無くなっているのだ。魂が引き裂かれるような感覚に襲われる。
それは想像を絶する苦しみだった。
いやだ、早く、助けて────。
頭が、心が、恐ろしい程に乱れている。
どこからか、ガラガラと何かが崩れる様な音が聞こえる。
すると、音に合わせて視界に光が射し込んできた。
自分の影が輪郭を顕わにしていく。
良かった、助かった。
どうやらここは窯の中らしい。
漂う白塵の向こうに、石造りのアーチが見える。
花瓶の影に成ると聞いてはいたが、まさかここからのスタートとは思わなかった。
辺りが静かになる。
このまま、冷えるまで待つのか。
まあ良い。
焦らずいこう。
時間はいくらでもあるのだ。
*
日が暮れる頃になって、僕──僕の『本体』はようやく窯から出された。
工房の中は夕日に照らされ、燃えている。
愛おしい、現世の景色だ。
こんな姿ではあるが、戻れたことは純粋に嬉しい。
今は、他の焼き物と一緒に床へ並べられている。
影──僕の体は、本体である花瓶が動かされる度にその形を変えた。その度に全身がバラバラになるような苦痛を感じる。
暗闇にいた時よりはいくらかマシだが、辛いことには変わりない。内臓もないのに吐き気がする。
こんなのが、ずっと続くのか。
そんなことを考えていると、一人の男がこちらへ近付いて来た。その影が僕と重なる。ああ、ひどく、苦痛だ。
男は職人なのだろう、一つ一つ焼き物を手に取ってまじまじと見ている。
陶芸のことはよくわからないが、周りの作品を見るに腕は良さそうだ。光源の角度によってちらりと見える『本体』も、なかなか素敵なデザインだった。
彼から見て『僕』の出来はどうなのだろうか。
どうせなら素晴らしい出来であって欲しいものだ。
男が隣の茶碗を手に取った。
そして──、
カシャン。
と、投げ割った。
出来が、悪かったのだろうか。
……ふいに、恐怖が僕を襲う。
もし僕の出来が悪かった場合、いったいどうなるのだろう。割られてしまうのか。
そうしたら、またあの世に戻されるのだろうか。
それとも、砕け散りゴミとして存在していくのか。
嫌だ。
ゴミ屑の影なんか絶対に嫌だ。
それに砕け散った後、僕の心は何処へ行く?
全ての欠片の影に宿るのか。それともどれか一つに?
どちらにせよ、辛そうだ。
嫌だ。
男の手が僕の『本体』に伸びる。
ちょっと待ってくれ。
しかし、僕には何の抵抗も出来ない。
影は自ら動くことは出来ない。
そして──、
カシャン。
僕は、ばらばらに砕け散った。
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