2
男が自分の目の前で大きく円を描くように手を動かすと、何もなかった空間に光の穴のようなものが現われる。
「さあ、行きましょう」
しかし「さあ」と言われても、こんな
俺が躊躇していることに気が付いたのか、男がこちらへ手を差し伸べた。
「大丈夫で御座いますよ。別に、地獄へ連れて行こうというわけでは有りませんから」
「じゃあ、この穴は何処へ続いてるんだ?」
「あの世、で御座います」
「だから『あの世』って何処だよ」
だんだんと苛立ってきた俺を見かねてか、男が口を開いた。
「それでは、先に『あの世』ついての説明を致しましょう。貴方は、何か特定の宗教を信じてらっしゃいますか?」
「……いいや」
「宗教によって『あの世』のイメージは様々で、その解釈も様々ですが、
「まあ……」
「しかし、実際のところ、そんなものは有りません」
男ははっきり言い切った。
では、多くの宗教の考えは間違っているというのだろうか。
「ないとは言ってもですね、生前の行いによって、まあある程度の待遇は変わります。そういう意味では『有る』とも言えるのかも知れませんね」
男は笑ったが、特に面白くはない。
「じゃあ、あの世って何の為にあるんだ?」
俺は疑問をぶつけてみた。
こほん、と男は咳払いをした。
「輪廻転生、という考え方が有りますね。厳密に言うと違うのですが、あの世は、それを管理する為に存在しているのです」
「輪廻、転生……」
「はい。生き物が死ぬと、そのものは肉体を捨てて魂だけの状態になります。そして、その魂の総数には限りがあるのです」
「つまり、常に世界の生き物の数は同じ、ってことか?」
「大雑把に言えば、そうで御座います。死んだものの魂は我々が回収し、その後新たな肉体を授け、現世へと転生させるので御座います」
「ははあ、そこで待遇の差が出ると」
「そうで御座います。なるべくは幸福な生を与えるようしますが、善人ばかりでは世界は成り立ちません。悪人は悪人として、転生を繰り替えすことになります。適度に種の入れ替えも必要になりますから、絶滅させたり新種を作ったりという調整も必要になります」
「なるほど」
「さて、人間にせよ獣にせよ虫にせよ、魂を転生させる際に一番重要となることがあります」
男の顔つきが、一気に厳しくなる。
「回収した魂は、そのままでは転生させることが出来ません」
「どうして?」
「記憶が残ってしまっているからで御座います。そのまま転生させてしまうと、前世の記憶を残したまま、新たな生を生きることになってしまうのです」
聞いたことがある。生まれたばかりの子供が言葉を話したり、知り得るはずのないことを語ったりすることがあると。そういった前世の記憶を残したまま生まれて来ることは、古くから、希にあることらしい。本やテレビで、何度か聞いたことがある。
「なので転生させる前に、魂から前世の記憶を消す必要があるのです」
「どうやって?」
「生き物が死ぬと、まず我々はそれを放置します」
「俺のように?」
「はい。監視はしますが、基本的には何もしません。そうして、自然と自我を失うのを待つのです。こちらも労働力に限界がありますから、自然と記憶を無くしてくれるに越したことはないのですよ」
などとまるで人間のようなことを言う。この男は神か何かではないのだろうか。
「大抵は貴方のように数年も放っておけば、自然と記憶は真っ白になります。しかし、そのうちの半分程はですね、見た目には空っぽになっているのですが、実は内側に記憶を溜め込んでしまっているので御座います」
「内側?」
「心の奥底、とでも言いましょうか。とにかく、その状態のまま転生させるわけにはいきません。しかし、自然に空っぽにならない魂はですね、その後いくら放置しても、空っぽにはならないのです。それを未練というか希望というかはお任せいたしますが、とにかく、こちらとしては困ってしまうわけです」
「つまり、俺は困った奴、だと?」
「ああ、いえ、申し訳御座いません……ええ、そういった魂はですね、こちらで強制的に記憶を消すしかないのです」
「強制的に、記憶を?」
「はい。先程振りかけた粉、有りましたね?」
男は袋を取り出して言った。
「まずはこれが第一段階となります。この粉を振りかけられて、記憶がなくなればそれで完了。そうでない場合は……」
「第二段階に移る、と」
「そうで御座います」
男は『正解』とばかりに人差し指を立てて見せた。
「ええっと……一つ聞いて良い?」
「もちろんで御座います」
「正直、自分が死んだとか、これから記憶を奪われるとか、その辺も全く受け入れられてないんだけど……」
「それは……受け入れていただくしか……」
「生き返ることは、出来ないんだよね?」
「転生、という形になります」
「わかった。わからないけど、わかった。で、だ。俺が一番聞きたいのはさ」
「何で御座いましょう」
「その第二段階って、痛いの?」
「肉体的な痛みはありません」
「肉体的?」
「はい。もう肉体は有りませんので、物理的な痛みは御座いません」
「ああ、そう。物理的なね。じゃあさ」
「はい」
「精神的には、結構キツイ?」
「しかし、それもすぐに忘れてしまいますから」
男は笑顔で答えたが、俺が聞きたいのはそういうことではない。
俺は大きなため息を吐いた。
「選択枝は、ないんだな?」
「申し訳御座いませんが……」
「わかった。わかったよ」
腹を括って、一歩前へ出た。
学生の頃、不良という程では無かったが多少はやんちゃしたものだ。怖じ気づくのは好きじゃない。父親からも、ずっと「男らしくあれ」と言われて育ってきた。人生の最後に、悪あがきはしたくなかった。
「それでは、行きましょう」
男が「どうぞ」と道を譲る。
俺は短く息を吐いて気合いを入れると、光の穴の中へ飛び込んだ。
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