残影

奈知ふたろ

Prologue

 兄が失踪して今年で七年になる。


 当時、僕は小学五年生。

 兄は十七歳だった。


 一学期終業式の日、兄は学校に行ってそれきり家に戻ってこなくなった。

 書き置きもなく、失踪するような心当たりなど誰も何も思い浮かばなかった。

 家はごく普通のサラリーマン家庭で家族仲は良く、聞くところによれば兄の学校生活や友人関係にも特にこれといった問題はなかったみたいだ。

 両親は警察に捜索願いを出し、頻繁に街頭に立ってビラ配りをした。

 けれど兄の消息に関する手がかりは何ヶ月経っても一切つかめなかった。


 そして月日は流れて七年目の今日、僕はあのときの兄と同じ歳になり、そして法律上、手続きをすれば兄は死亡したとみなされることになった。


 最近では両親が兄の話題を持ち出すことは滅多にない。

 兄がいない日常がごく当たり前の生活としてすっかり馴染んだいる。

 あの頃大好きだった彼の面影は僕の中で徐々に薄れ、もうあまりはっきり思い浮かべられなくなった。

 

 けれどそれなのにひとつだけ。

 失踪前日、兄が脈絡もなく僕に語って聞かせた言い伝えとそのときのそこはかとなく不穏な気配に満ちた兄の肉声が今でも鼓膜の奥にこびりついて離れない。

 

 そして語り終え、立ち上がって背を向けた兄の左手に何かが握られていたことも……。

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