第3話 悪意の奔流

 11歳の時、ハリウッド映画主演のオファーが届いた。


 前例がなさ過ぎる快挙にマスコミの浮かれ具合もあさっての方向を向いていたのを覚えている。

 ろくに通っていない小学校を取材され、自称『僕の親友』が僕を褒める動画が何百万回も再生されたり、僕が読んでた英会話のテキストがその年のベストセラーになったりしていた。


 そんな歪ながらも満たされていた僕の世界を粉々にぶち壊したのはSNSの捨て垢が投稿した一件のポストだった。


△△ two eater △△


【足利バロン@matome-baron99】

子役の阿賀都郁人は権力者たちから性的虐待を受けていた。

見返りは天才子役としての地位と名誉。

こんな男の子を性の捌け口にする芸能界ってヤバくないですか?

それとも権力者たちを虜にしてしまう彼がヤバいですか?

♡68K 12315K viewer


△△ △△ △△ △△ △△ △△


 ポストの続きには画像が貼られていた。

 僕が大御所の芸能人やプロデューサーたちの前で上半身裸になって立たされているものだったり、ホテルの部屋に一緒に入っていくものであったり、そういう目線でみればそういうふうに見える写真ばかりだった。

 実際のところは僕が彼らから個人的にレッスンを受けていたというだけだ。


 先述のとおり、僕が持つ他人の内心を感じる力は芸能の才能に変換された。

 そのため、僕の才能に魅せられて自分の芸を継がせやい、自分の手で天才を作り上げたいという大人たちが自然と集まってきた。

 特に年齢を重ね最盛期が過ぎ去った大物ほどその意志が強かった。


 日本映画界の象徴的大俳優。

 世界に名を轟かせるアクションスター。

 人間国宝候補の歌舞伎役者。

 ロック界に革命を起こした伝説のミュージシャン。

 パリコレのランウェイを散歩道のように歩くスーパーモデル等。


 彼らは惜しみなく僕に芸を仕込んでくれた。

 そこにいかがわしいやりとりなどあるはずもなく、純粋に芸と向き合い続けただけの時間だった。

 だから、根も葉もないただのデマとして流される————僕たちはそう思っていた。



△△ two eater △△


【TELL ME NOW@JKレポーター】

阿賀都ヒデヤくんへの性加害は絶対風化させちゃいけない。

権力を持っているからって犯罪を犯しても許されるなんて前例は作っちゃダメだ。

オールドメディアが口を噤むなら、みんなの声を束ねて世の中を動かそう!

♡287K

30987K viewer


△△ △△ △△ △△ △△ △△


 小さな火種が、たったひとつの正義感に溢れる投稿によって業火と化した。


【アャカ】

阿賀都くんかわいそうすぎる!!

キモいおじたちは全員罰されるべき!!


【沢蟹】

芸能界は元々そういうところ

子役なんて誰がやっても大差がないから偉い人に気に入られたヤツがキャスティングされる

親も完全にグルで子供が成功するためなら、我慢して抱かれるように指示してる

そして子供は親に逆らえない


【菊池綾子@男女平等2.0の衝撃、15万部突破】

芸能人の煌びやかさと闇は表裏一体

権力者の男たちに嬲られて、サバイバーとなった子供たちは成功者になるが自分達が耐えられた試練は必要な試練だと思いこみ、業界の体質を改善しようとしない


【青鬼胸デカ】

加害者の中にオバさんもいるんですが、それはスルー?

    

【マツボックス@matsu-boxxx】

事件に関わったのは、

松金晋太郎(60 ♂)

ジェフリー大神(61♂)

浦上仙兵衛(52 ♂)

RICALD(48 ♂)

白鳥アヒル(57 ♀)

平成生まれのジジババやば過ぎだろ……


【桜庭シンジ】

なんやこのメンツ……

大河ドラマでも作るつもりか?


【矢張楯力】

大御所も大御所だな

オールドメディアが怖がって触ろうとしないネタなワケだ

two eater舐めんなよ

海外まで届くようにこんがり焼いてやるからな


△△ △△ △△ △△ △△ △△


 それは悪意ではなかったのかもしれない。

 誰もが正義感に燃えていた。


「芸能界の権力者が無力な子どもを食い物にしているのをマスコミという第四の権力も擁護している」というスキャンダラスな設定は多くの人を惹きつけた。

 我らはこの世界に蔓延る悪を倒そうとするレジスタンスである! これは聖戦である! と信じ、無実の芸能人をSNSの中で中傷し尽くした。


 やがて、それはスポンサーへの不買運動や脅迫電話にエスカレートした。

 そこでようやく、ネットの戯言と無視できるわけではないと関係者の事務所が動き、記者会見を開くこととなり、濡れ衣をかけられた五人と僕が出席することとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る