第2話 駆ける記憶

 スマートフォンに表示されている画面は『two eaterツーイーター』のタイムライン。

 このSNSは気軽に短い文章で投稿できることから、世界中で利用されており、日本国内においては総人口の7割がアクティブユーザーとなっている。

 それは世論の形成を担うことができる力を持っていると同義である。


△△ two eater △△


【小鳥@ginxkuro1256】

 皆さん聞いてください!

 俳優の和泉澤直人は私の友人の17歳の女子高生と関係を持ちました!

 彼女はTVドラマが好きなだけの普通の子で警戒心が薄いというか、憧れていた俳優さんに会えて舞い上がったところをつけ込まれてしまったのかもしれません!

 彼女は彼の将来のため黙っているつもりらしいですが、友だちとして見過ごせません!

 拡散お願いします!

 #拡散希望 #和泉澤直人 #舞台島嵐 #三崎キョウヤ

 ♡15K 1459K viewers

 

【アヤカ@loveXXayaka】

 幻滅しました。

 早く捕まってほしいです。


【柊@20代で億を稼ぐフリーランス】

 19歳だろうと女子高生と付き合うと犯罪です!

 気をつけてください!


【虎ノ門で働く弁護士@tigersgate-eyes】

 ↑適当なこと言わないでください。

 未成年との性交は条例によって規制されているだけで刑法には定められておりません。


【ちゃみ@heart-childhood】

 子役って自分達も小さな頃から性の対象として見られてるから

 その辺のモラルがないんだよ

 やれやれ、困ったものね


△△ △△ △△ △△ △△ △△



 ギロチンの処刑台をワクワクしながら見つめる大衆は好き勝手なことを言っている。

 反吐が出る。

 3年以上経って、ようやく日本に戻ってきたというのにtwo eater——SNSの残虐さは衰えていない。

 むしろ増すばかりだ。


 舌打ちしながらシフターを耳に装着しArcadia Shift Engineを起動する。

 こんな時は何もかも忘れるくらいかっ飛ばすしかない。


 ○  ●  ○  ●


 僕が降り立ったのは日本競馬を取りしきるHRAホース・レース・アソシエーションが作った星『ダービーレーサー』。

 ここではありとあらゆる種類の馬に乗って乗馬を楽しむことができる。

 日本各地のレース場を体験できるレースエリア。

 山や砂浜といった自然を体験できるネイチャーエリア。

 果てしなく続く平原を縦横無尽に駆けることができるフリーダムエリア。

 主にこの3つのエリアがこの星の売りだ。


 課金することで日本競馬界の往年の名馬を元にデザインされたVR馬をレンタルすることができる。

 僕は迷うことなく課金して、日本馬ではじめて凱旋門賞を獲った名馬を選択した。


「よろしく頼むよ。今日は誰よりも速く走りたい気分なんだ」


 彼の美しい芦毛を撫でながらお願いすると鼻を鳴らして応えてくれる。

 僕が鞍に跨ると彼はひとりでに走り出した。


 馬の最高速度は60キロ程度。

 だが、この馬の最高速度は70キロに達し、生身で風を受ける僕は嵐の中に取り込まれたように髪や肌を激しく叩かれた。

 だけどそれが心地よかった。

 燐太郎の話を聞いて嫌なものを見に行ってしまったが、記憶を上書きするために僕は彼を走らせた。

 身ひとつで走る馬に命を預けるスリルは凄まじい。

 間違って落馬すれば良くて大怪我、下手すら死すら有り得る。

 それでもただ、馬の意志に寄り添いながら果てしない平原を駆け抜ける。

 景色は流れ、全てが僕の後ろに飛んでいく。

 嫌な記憶も、消し去りたい過去も、失われた栄光も———




 僕は生まれつき他人の感情が見えたり聞こえたり味がしたりした。


 怒っている人からは炎の熱を。

 悲しんでいる人からは雨の匂いを。

 苦しんでいる人からは土の味を————と言った具合にその人と面と向かうとさまざまな感覚が流れ込んできた。


 それは普通に生きていく上では邪魔なものだったのだろうけど、物心ついた時から役者だった僕にとってはこの上ない武器となった。


 気難しい監督の絶え間ない炎が、名優の放つ稲妻のような厳しい光が、大女優の胸元に広がる海洋が、僕に生きるべき道を示してくれた。

 彼らの感情をなぞるようにして自分の芝居をこなせばたちまち周りが僕を天才だと持て囃した。


 芝居だけじゃない。

 歌もダンスも格闘技も、超一流の人間たちが集まる芸能界で僕は貪欲に学習を重ねていつしか天才子役と呼ばれるようになっていた。


 世界からの賞賛は他に代えられない快感だった。

 誰もが自分を称え、自分に夢中になる。

 あの時、この世界の主人公は僕でそれ以外は僕の人生という物語を彩る花か何かだと思っていた。


 その傲慢にバチが当たったのだ。

 しかも自分でなく、自分のそばにいた人たちに。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る