第6話「元相棒とスロットの神、リリスの究極の問い」

1.

魔王城の地下カジノ。


破られた壁の向こうに、人質のライムを抱えたギルバートが立つ。魔力スロットの前には、レバーを引いたまま硬直した宇喜多。その背後には、怒りに燃える魔王リリスがいた。


そして、リールが止まる。


「カチャン!」


スロットの窓に並んだ図柄は――「バナナ、バナナ、チェリー」。


「あー……」宇喜多は天を仰いだ。


魔力スロットにおいて、「バナナ、バナナ、チェリー」は、投入した金貨が半分だけ戻ってくるという『小当たり以下の絶妙な負け』である。


「なぜだ! なぜ、チェリーなんだ! あと一つ、バナナだったら『借金完済』だったのに!」


宇喜多は絶叫した。この僅かな負けが、彼に残された金貨と希望をさらに削り取った。


リリスの怒りは頂点に達していた。


「宇喜多昌幸! 私が何度言えばわかる! 貴様は軍師として、魔王軍を統率すべきだ! なのに、貴様は兵士を騙し、軍資金をギャンブルに注ぎ込む!もう我慢の限界だ!」


リリスの周りに、強力な魔力が渦巻き始める。


「違う、リリス! これは全て、『究極の兵站補給ルート開拓のための最終実験』なんだ! 僕がここで勝てば、魔王軍の金銭問題は全て解決する!」


「ふざけるな!」


リリスの魔法が宇喜多に向けて放たれようとした瞬間、ギルバートが人質のライムを突き出した。


「待て! 魔王リリス! その男に手出しするな! 宇喜多の才能を活かす唯一の方法は、俺たち人類が更生させることだ!」


ギルバートは剣を抜き、リリスに対峙する。


「貴様は! また魔王城に侵入したのか!」リリスは憤る。


「宇喜多の才能は、お前の下でクズになるばかりだ! ライム、お前もそうだ! 宇喜多の右腕だったお前が、なぜ魔王軍にいる!」ギルバートはライムを強く掴んだ。


ライムは苦しそうに叫んだ。


「ギルバート! 頼むから、俺を巻き込まないでくれ!俺はもう、お前の相棒じゃない! 俺は宇喜多の才能を信じてここにいるんだ!」


2.

この混戦の最中、宇喜多は静かに、そして冷静に状況を分析していた。彼のクズの才能が、最大限に発揮される瞬間だった。


(まずい。ギルバートがライムを人質にとっている。しかし、ライムは僕の右腕だ。彼を救う義務が…いや、ライムを人質に取らせた方が、僕の地位が安泰になる!)


宇喜多はライムを指差し、リリスに叫んだ。


「リリス! 見ろ! ライムは僕の右腕だ! 人類に奪われたことは、魔王軍の機密情報が漏洩したことを意味する! これは由々しき事態だ!」


「何を言っている! 今は貴様のギャンブルの罰が先だ!」リリスは叫ぶ。


闇金業者シルバーが、優雅に葉巻を燻らせながら、状況を楽しんでいた。


「フフフ。さすがは宇喜多殿。ご自身の問題を、いかに魔王軍の『戦略的損失』にすり替えるか。そのテクニックは、芸術的ですな」


ギルバートは宇喜多のクズぶりに、頭を抱えた。


「宇喜多! お前はライムを助けようとすらしないのか! ライムは元勇者パーティの魔法補佐、お前の元相棒だぞ!」


宇喜多は、ギルバートの言葉に一瞬怯んだが、すぐに冷徹な表情を貼り付けた。


「相棒? 馬鹿なことを言うな。僕は、金を貸してくれる人間が相棒だ! ギルバート、君は僕に金を貸すのか? 貸さないだろう? じゃあ、無関係だ!」


その言葉を聞いたライムは、絶望に顔を歪ませた。


「宇喜多…。お前はそこまでクズになったのか…」


3.

リリスは、宇喜多の人間性を疑いながらも、彼の言葉に乗らざるを得なかった。


「…分かった。ギルバート! ライムを解放しなさい。彼は魔王軍の幹部だ。お前たち人類が手を出すべきではない」


「解放はしない! 宇喜多を連れて、ここから撤退する! 宇喜多! お前の借金は、俺が全額、俺が負債者となって肩代わりする! だから、魔王軍を離れろ!」


ギルバートの究極の提案に、カジノ内は静まり返った。ギルバートは勇者としての使命よりも、宇喜多の更生を選んだのだ。


「ギルバート…お前、本気か?」宇喜多が震える声で問う。


「ああ、本気だ。お前は天才だ。その天才が、たかが金で人生を逆走させるのは許せない。だから、俺が借金を背負う。その代わり、お前は二度とギャンブルをするな」


宇喜多の目には、久しく忘れていた「人間的な感情」がよぎった。


その時、リリスが宇喜多の前に立ちはだかった。


「待ちなさい! 宇喜多の借金は、私が肩代わりしている! 貴様が手を出すな!」


リリスは、宇喜多を見据え、その目に深い悲しみを込めて、究極の問いを投げかけた。


「宇喜多。答えて。貴方は、借金を肩代わりする私と、ギャンブルを禁止するギルバート、どちらの元にいたい?」


宇喜多の天才的な頭脳は、即座に、二つの選択肢の持つ「クズ的メリット」を計算した。


  A.リリスの元に残る: 借金は増え続けるが、当面の返済義務がなく、軍師の地位を悪用した金策が可能。ただし、リリスの失望に耐える必要がある。


  B.ギルバートの元へ行く: 借金は完済されるが、ギャンブルを永久に禁止され、金策の道が断たれる。まともな勇者として働く地獄が待っている。


宇喜多は、両手を広げ、心底困ったような顔をした。


「そんなの、決められるわけないだろ! 僕は、どちらからも最高のメリットだけを享受したいんだ!」


宇喜多のその正直でクズすぎる答えに、リリスは呆然とし、ギルバートは絶望した。


その隙に、宇喜多は懐から取り出した毒酒(高級酒偽装品)を、リリスとギルバートの間に投げつけた。


「フンッ!」


毒酒の瓶は砕け、強烈な刺激臭がカジノ中に広がった。幹部たちが騒然となる。


宇喜多は、その混乱に乗じて、金貨の入った袋を抱え、カジノの裏出口に向かって走り出した。


「リリス! ギルバート! 僕は、誰も思いつかない第三の道を見つける!」


宇喜多の逃走劇が始まった。そして、その行く手には、新たな地獄が待っている。


(第6話 完)

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