第5話「天才の悪知恵と闇の錬金術、元相方の影」
1.
魔王城の一角にある薬草園。軍事用の回復薬や毒薬の材料が栽培されている神聖な場所である。
宇喜多昌幸は今、真夜中にもかかわらず、その薬草園に忍び込んでいた。顔には黒い布を巻き、手には小さなスコップを持っている。完全なる泥棒の姿だ。
「マルチ商法は効率が悪すぎる。兵士から金貨5枚をチマチマ巻き上げても、500枚の借金は返せない。そうだ、ここは発想を変えるんだ。製造業だ」
宇喜多は天才的な頭脳と、大賢者時代の膨大な知識を、薬草園の「高額な毒草」の選定に集中させていた。
「これだ。『地獄の舌草』。通常は猛毒。だが、古代の錬金術の記録によれば、特定の魔石と混合し、3日3晩煮沸することで、『至高の陶酔をもたらす酒』に変わるはずだ。…いや、変わらないかもしれない。だが、誰も毒だと見破れないほどの代物にはなる!」
宇喜多の計画は単純だった。軍事機密の毒草を盗み、それを『伝説の高級酒』と偽って、魔王軍の幹部たちに高値で売りつけるのだ。幹部たちは金払いが良いうえ、酒豪が多い。
宇喜多は早速、地下にある調合室に籠もり、調合を開始した。大賢者が本来、人類の病を治すために使うべき知識が、今は兵士を騙して金を巻き上げるための「闇の錬金術」に使われている。
「くそっ、この魔石の配合比率が難しいな。比率を間違えたら、酒ではなく『即死毒』だ。だが、即死毒でもいい。少量ずつ売れば、『究極の酔い』だと言い張れる!」
宇喜多は悪魔のようなひらめきで、試作品の酒を完成させた。淡い緑色で、甘い香りがするが、舐めれば舌が痺れる代物だ。
2.
翌日、宇喜多は軍師会議を利用して、調合した酒を幹部たちに売り込み始めた。
「諸君! これは人類との戦争のストレスを解消するための、『大賢者特製・リフレッシュポーション』だ。一杯、金貨30枚。ただし、極秘ルート限定販売だ」
リザードマンの魔術師が目を輝かせた。
「金貨30枚!? それは高すぎる!」
「馬鹿め! 30枚は安い! なぜなら、これは『飲むだけで翌日の魔力回復量が倍増する』という、伝説の酒のレシピを再現したものだ。これを飲めば、君たちの出世も夢じゃない!」
「本当に効果があるのか?」オーガの戦士が疑いの目を向ける。
宇喜多は、演技力に全てを賭けた。
「もちろん、効果はある! …だが、この酒は『飲んだフリ』をするだけでも効果がある。つまり、持っているだけでステータスが上がるんだ! だから、飲まずに保管しておけ! そして、今すぐ僕に金貨を払え!」
宇喜多の支離滅裂な論理は、いつもの天才的な屁理屈で補強され、幹部たちは「伝説の酒」の噂に踊らされた。特に酒好きのオークの幹部たちは、宇喜多に我先にと金を渡し始めた。
宇喜多は金貨を集めながら、ほくそ笑む。しかし、彼の目の隅に、一人だけ冷めた視線を向ける男の姿があった。
魔王軍の「補給担当幹部・ライム」。彼は、かつて宇喜多の右腕として勇者パーティーの魔法補佐を担当していたという過去を持つ。
ライムは、宇喜多の才能を信じ、魔王軍に迎え入れるにあたり、リリスに熱心に働きかけ、宇喜多の地位と自身の責任を保証した人物だ。
「宇喜多。お前、また悪だくみをしているな。その酒、どうせ、薬草園の毒草だろう」ライムが小声で宇喜多に囁く。
「ライム…。相変わらず勘が鋭いな。…安心しろ。毒じゃなく、究極の二日酔いになる酒だ」
ライムはため息をついた。
「俺は、お前が『才能』を使って、まともな軍師として働くと信じて、お前をここに受け入れたんだぞ。なぜ、お前はいつも『クズの才能』ばかりを磨くんだ」
宇喜多は、ライムの真剣な眼差しから逃れるように、集めた金貨を懐に入れた。
「僕だって、やりたいさ! だけど、僕の借金は、世界征服よりも価値があるんだ! 早く返さないと、僕の人生が…逆走する!」
3.
その頃、魔王城の外壁では、元勇者パーティの戦士ギルバートが、再び潜入の機会を窺っていた。
「宇喜多のヤツ…。今度はマルチ商法だと? 魔王討伐どころか、魔王軍を内部崩壊させてどうする気だ」
ギルバートは、宇喜多が魔王軍の補給担当に収めたライムという人物の情報を入手していた。ライムは、宇喜多の右腕だった時期があり、そのクズな思考回路を理解できると踏んでいた。
「ライム…。お前なら、宇喜多を止める方法を知っているはず。協力してもらうぞ」
ギルバートは、魔王軍の厳重な警備を潜り抜け、ライムの部屋へと向かった。
一方、宇喜多は集めた金貨を手に、地下カジノへと走っていた。金貨500枚をシルバーに渡す前に、一気に倍に増やすという、彼にとって最も合理的で、最も危険な選択を取るためだ。
宇喜多は魔力スロットの前に立ち、金貨を投入した。
「よし。今回は勝てる。なぜなら、この金は『善意の搾取』から生まれた金だ! 悪意のない金だ!」
宇喜多がレバーを引くと、リールが回り始めた。
その時、背後からリリスの冷たい声が響いた。
「宇喜多昌幸! 待ちなさい!」
リリスは、宇喜多のマルチ商法を止めさせたばかりだというのに、彼がまた金策に走ったことを知り、激怒していた。
「リリス! 違う! これは『軍資金の予備調査』だ! あと一回だけ回させてくれ!」
宇喜多の言い訳は、もはや通用しない。リリスが魔法を発動させようとした、その刹那――
「ドーン!」という大きな音と共に、カジノの壁が破られた。
現れたのは、ギルバートだった。しかし、彼の表情は混乱している。
「ライム! なぜお前がここにいる!」ギルバートは、ライムを人質に取って魔王城に侵入したのだ。
ライムは、ギルバートに腹を立てていた。
「ギルバート! 頼むから、俺を宇喜多の更生道具にするのはやめてくれ!」
リリス、宇喜多、シルバー、そして魔王軍の幹部全員の視線が、一斉にカジノに集まった。宇喜多はレバーを引いたまま、目を見開いた。
「(最悪だ。また状況が複雑になった。ああ、リールが止まる…!)」
宇喜多の命運と、魔王軍の酒の売上、そして人類の運命を乗せたリールが、静かに停止した。
(第5話 完)
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