第4話「借金賢者と史上最低のマルチ商法、リリスの疑念」
1.
魔王城の自室。金貨500枚という新たな借金を背負い、宇喜多昌幸は文字通り、部屋の隅で毛布にくるまっていた。昨日から何も食べていない。
「ちくしょう…金貨500枚…飯代どころじゃない、一ヶ月分の生活費だ。あの時の僕の土下座は、500枚分の価値があったのか…いや、なかった!」
宇喜多は絶望していたが、彼の頭脳は、常にどうしようもない状況を打開する「クズ的なひらめき」を求めてフル回転していた。
「そうだ。僕は軍師だ。魔王軍のトップレベルの地位だ。この地位を、軍事以外で活用しない手はない!」
宇喜多は立ち上がり、軍師として与えられている最高機密の羊皮紙を取り出した。そこに書かれているのは、人類軍の動向や兵站の記録ではない。
『大賢者式・絶対儲かる!魔王軍式金儲けのカラクリ』という、怪しすぎるタイトルの資料だった。
そのカラクリとは、魔王軍の兵士たちに「特定の魔導具を高額で購入させ、新たな購入者を紹介すれば報酬が得られる」という、史上最低のマルチ商法である。
「よし。これしかない。兵士たちが、魔王討伐よりも『不労所得』に目を輝かせれば、魔王軍の士気は上がる!…いや、違う。俺の金庫が潤う!」
宇喜多は早速、魔王軍の幹部を自室に招集した。やって来たのは、真面目なオーガの戦士、頭は良いがすぐに金に目がくらむリザードマンの魔術師、そしてただただ宇喜多を崇拝しているゴブリンの斥候の3人だ。
宇喜多は、テーブルに並べられた粗悪な『開運の魔石』を指差した。
「諸君。これは魔王軍の兵站システムを革新する、『夢のシステム』だ」
宇喜多は汗を拭い、みじめなほど必死な笑顔を貼り付けた。
「この『開運の魔石』は、軍費ではなく、『自己投資』だ。これを金貨5枚で購入し、他の兵士に広めるんだ。この魔石は、持っているだけで『魔力玉遊戯』の勝率が1%アップする。どうだ、驚愕だろう?」
オーガの戦士が戸惑う。
「しかし、宇喜多殿。魔力玉遊戯の勝率は、魔力と運に依存するはず…」
「違う! これは『気持ち』の問題だ! 勝率が上がると思い込むことが、魔力を引き出す! そして、この魔石を他の兵士に紹介し、その兵士がまた別の兵士を紹介すれば、紹介料として金貨1枚が君たちに入る!」
リザードマンの魔術師が目を輝かせた。
「つまり、下位の兵士を買わせれば、我々が儲かるということですか!」
「そうだ! 最終的に、このシステムが全魔王軍に浸透すれば、君たちは働かずに借金が完済できる。人間軍の討伐? 軍事作戦? そんなものは、『不労所得』が自動で入ってくるようになるまで、放っておけばいい!」
宇喜多のクズ論に、リザードマンとゴブリンは完全に心を奪われた。オーガの戦士だけは、顔を引きつらせていた。
2.
昼。魔王城の庭園。
魔王リリスは、宇喜多の軍師としての行動が、どうにも腑に落ちなかった。彼は連日、軍事予算を競馬に突っ込み、最終的には人類の最強戦力をカジノに誘い込むという「意味不明の戦略」で成果を出したことになっている。
「宇喜多は、本当に天才なのか、ただのクズなのか…」
リリスは、庭園で訓練する魔王軍の兵士たちに目をやった。
その兵士たちの様子が、いつもと違う。彼らは剣の訓練をする代わりに、皆で集まって何やら高額な石を見せ合っているのだ。
「オーガよ。何を訓練している」リリスが声をかける。
オーガの戦士は慌てて敬礼した。
「はっ! 魔王様! 我々は今、宇喜多軍師殿が提唱された『開運の魔石』の販売戦略…ではなく、『兵士間の相互扶助システム』について熱心に学んでいるところであります!」
「相互扶助? その石は何だ」
「これは、持っているとギャンブルの勝率が1%上がるという、宇喜多軍師殿が開発した画期的な魔導具であります! しかも、これを広めれば、誰もが不労所得を得られる夢のシステムだそうで…」
リリスは顔が青ざめた。
「宇喜多昌幸…! あのクズ、魔王軍でマルチ商法を始めただと!?」
リリスは怒りに震えた。彼女が懸命に築き上げた魔王軍の士気が、宇喜多の「不労所得」という言葉で、完全にギャンブル中毒者の集団へと変わりつつあった。
3.
その頃、宇喜多は魔王城の裏口で、闇金業者シルバーと密会していた。
「シルバー。これが、今週分の利息だ」
宇喜多は、魔王軍兵士から巻き上げた金貨を、シルバーに手渡した。
「ほう。マルチ商法とは、相変わらずの発想ですな、大賢者殿」シルバーは金貨を数えながら笑う。「しかし、この方法も長くは持ちませんよ。貴方の悪評は、リリス様にも届き始めている」
宇喜多は、不安を隠せない。
「分かっている。だからこそ、僕は急いでいるんだ。このシステムがバレる前に、金貨500枚を完済して、シルバーの口止め契約を破棄したいんだ!」
「それは無理ですな」シルバーは冷たい視線を向けた。
「なぜだ!」
「宇喜多殿。貴方が背負っている借金は、もはや金額の問題ではない。貴方には『利息』を払い続けなければならない『運命』がある。なぜなら…」
シルバーは、宇喜多の顔に近づき、耳元で囁いた。
「…貴方を破滅させようとしているのは、私ではなく、貴方自身の天才的な才能だからですよ」
シルバーの言葉に、宇喜多は背筋が凍りついた。彼の才能は、世界を救うことではなく、いかにして誰も思いつかないクズな方法で、自らを地獄に落とし込むかに発揮されている。
4.
その夜、リリスは宇喜多の自室に踏み込んだ。
「宇喜多昌幸! 今すぐマルチ商法をやめなさい! 私が何のために貴方の借金を肩代わりしたと思っている!」
宇喜多は、魔力スロットの勝率計算をしていた手を止め、リリスに向き直った。
「リリス…。君は間違っている。これはマルチ商法じゃない。これは、『資本主義の世界への応用』だ。魔王軍の兵士たちは、世界征服という『単発のプロジェクト』から、『継続的な収益源』へと意識を変えているんだ!」
「継続的な収益源? それは、貴方の借金返済の種銭だろう!」
リリスは、宇喜多のデスクに散乱した「開運の魔石」を叩き割った。
「宇喜多。一つ聞く。あなたは、私が『魔王』だから、私の元にいるのか? それとも…私が『幼馴染』だから、私の元にいるのか?」
宇喜多は言葉を失った。
リリスは涙を浮かべた。
「もういい。軍師の仕事をしてくれないのなら、せめて魔王軍の兵士をこれ以上クズにしないでくれ」
リリスは部屋を立ち去った。その背中には、深い悲しみと失望が滲んでいた。
宇喜多は、リリスの後ろ姿を見つめながら、罪悪感に苛まれた。彼は本当は、リリスに借金を完済して、堂々と「幼馴染」として彼女の隣に立ちたい。
「(そうだ。マルチ商法はダメだ。もっと、早く、大きく儲けられるクズな方法を考えないと!)」
宇喜多の反省は、「方法の倫理」ではなく、「効率」にしか向かわなかった。
そして、彼の視線が、部屋の隅に転がっている、軍事用の『毒薬調合キット』に注がれた。
(第4話 完)
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