第3話「シルバーの利息、走る!地下カジノの死闘(大負け)」

1.

魔王城の地下カジノ。


ここは、魔王軍の幹部たちが日頃のストレスを発散し、軍資金をリリスにバレないように増やしたり溶かしたりする憩いの場である。しかし今、その静寂は、金属と魔力が衝突する激しい音で破られていた。


ギルバートは、兜を脱ぎ捨て、憤怒の表情でカジノ内に突入した。彼の眼下には、宇喜多の馬券を持つ男、シルバーがいた。


「シルバー! 宇喜多の馬券を渡せ! それを返済に充てる!」


ギルバートが剣を振るうが、シルバーは落ち着いていた。闇金業者の元締めである彼の後ろには、彼が雇った屈強なオークの用心棒が盾を構えている。


「おや、元勇者様。借金回収に、わざわざ魔王城までいらっしゃるとは。ご苦労なことです」シルバーは葉巻の煙を吐き出す。「残念ですが、この馬券はまだ結果が出ていない。それに、この馬券の配当は、私の『利息』分にしかなりませんよ」


「利息? 知るか! 宇喜多のクズがこれ以上負けないように、全て回収する!」


ギルバートは宇喜多を救いたいのではない。ただ、宇喜多のせいで世界が混乱し、彼自身の人生の歯車が狂うのが我慢ならないのだ。


その喧騒の中、宇喜多昌幸はカジノの片隅にある魔力スロットの修理台の下に隠れていた。彼は金貨5枚の馬券をポケットから出し、ひたすら愛でている。


「(頼む、シルバーの利息…お前だけが頼りだ。お前が勝てば、俺は自由になれる。リリスの土下座地獄から解放され、ギルバートの更生地獄からも逃れられる!)」


宇喜多の背後では、オーガの戦士たちがギルバートとシルバーの用心棒たちとの乱戦に巻き込まれ、カジノの設備が次々と破壊されていく。


そこへ、魔王リリスが激怒のオーラを纏いながら姿を現した。


「ギルバート! シルバー! 今すぐ争いをやめなさい!ここは私の城だぞ!」


リリスの魔力に、カジノの照明がバチバチと音を立てる。


「リリス様、ご覧ください。人類は、魔王城に侵攻する目的すら忘れ、一人のクズの馬券を巡って争っているのですよ」シルバーは冷笑する。「宇喜多は、魔王軍を内部から崩壊させる、最高の兵器かもしれませんな」


2.

その言葉に、リリスは激しく動揺した。


「違う! 宇喜多は…宇喜多は天才なんだ! きっと、この混乱も何かの戦略の…」


その瞬間、宇喜多が隠れていた修理台から、ガタガタと音が鳴った。


「(しまった! 息が苦しい!)」


宇喜多は、修理台の隙間から顔だけを覗かせ、両手を拝むように組んだ。


「リリス! 頼む! 今だけ、僕を見なかったことにしてくれ! 『勝機を見つけるための、極限状況下での瞑想』なんだ!」


リリスは絶望的な表情で宇喜多を見つめる。


「瞑想だと? お前はただ怖がっているだけだろう、宇喜多!」


「違う! 僕は、この緊迫した状況を観察しているんだ。人類軍と闇金業者が争うこの状況…これは『トリプル・スリー』と呼ばれるギャンブル戦術の一つなんだ!」


宇喜多が支離滅裂な言い訳を並べる最中、カジノ内の大スクリーンで、魔獣競馬「不死鳥杯」のレースが最終コーナーを回るところだった。


『最終直線! どの馬も横並び! 大混戦だーッ!』


リリス、ギルバート、シルバー、そして宇喜多の視線が一斉にスクリーンに釘付けになった。


「シルバーの利息…来い!」宇喜多は祈る。


「あの馬だ! クズ馬券め!」ギルバートは剣を収め、スクリーンを見つめる。


シルバーは不敵に笑う。「フフフ。どうせ、奴の人生と同じで、大した結果にはなりませんよ」


3.

実況が最高潮に達する。


『最低オッズの馬「シルバーの利息」! なんと最終コーナーで、大外から一気に加速! 奇跡の追い込みだーッ!』


「マジか!?」


宇喜多は修理台から飛び出した。


「やっぱり! 僕の天才的な洞察力は間違ってなかった! このどうしようもない馬は、僕の人生の鏡だったんだ!」


「走れ! 利息! お前が勝てば、宇喜多の利息はゼロだ!」ギルバートは、敵であるはずの宇喜多の馬を応援している。


しかし、その時、予想外の事態が発生した。


『あーっと!「シルバーの利息」! 最後の直線で、前の馬の影に怯えたのか、急に逆走を始めました! 何ということだーッ!』


魔獣「シルバーの利息」はゴール手前100メートルで急停止し、そのまま逆方向に走り始めた。


カジノ内は静まり返る。リリスは呆然とし、ギルバートは膝から崩れ落ちた。


宇喜多は、現実を受け入れられず、スクリーンに向かって絶叫した。


「何で逆走するんだ! 最終直線で逆走する馬なんていねぇだろ! そんなクズな馬、いねぇよ!」


『結果! 最下位! 最下位は「シルバーの利息」! 配当金、ゼロです!』


宇喜多は地面に座り込み、手中にある金貨5枚の馬券を虚しく握りつぶした。


「僕の…僕の明日の飯代が…」


4.

シルバーは静かに葉巻の灰を払った。


「見てください、リリス様。これが、宇喜多昌幸の人生を体現した瞬間です。彼は一瞬、頂点に立てる才能を持ちながら、最後の最後で、クズとしての本能が勝ってしまう」


宇喜多は、リリスとシルバーに、情けない顔で土下座した。


「リリス…。シルバー…。ごめんなさい。馬券は紙くずになりました。僕の金貨5枚は消えました。そして、僕の借金は…増えました」


宇喜多の金貨5枚の喪失により、魔王リリスが肩代わりしている借金の総額が、また僅かに増えたのだ。


ギルバートは、立ち上がり、宇喜多に剣を突きつけた。


「宇喜多! お前のせいで、魔王討伐どころか、俺の人生のモチベーションまで逆走した! 覚悟しろ!」


しかし、宇喜多は剣の切っ先を見つめながら、突然閃いたように顔を上げた。


「待て! ギルバート! これこそが、僕の立てた『究極の戦略』だ!」


「なんだと!?」


「いいか! 僕はわざと最弱の馬に賭けたフリをした! 真の目的は、人類側の最強戦力であるお前を、魔王軍が手を出せない『地下カジノ』に誘い込むこと! そして、闇金業者のシルバーと衝突させ、両者を疲弊させる! これで魔王軍は、無傷で人類軍の戦力を削れたことになる!」


宇喜多は、顔の油を拭きながら、必死に嘘の戦略を並べ立てる。


「つまり、僕は…全財産を失うという犠牲を払って、魔王軍を勝利に導いた、ということだ!」


リリスは目を見開いた。


「(な…なんて天才的な、嘘…!)」


シルバーは静かに笑った。


「なるほど。自己犠牲を伴う、見事な『クズ戦略』ですな。…ですが、宇喜多殿」


シルバーは、懐から新しい借用書を取り出した。


「あなたには、このカジノの破損費、そして私の用心棒への臨時ボーナス代、そして私への口止め料として、新たな借金を背負っていただきます」


新たな借金は、金貨500枚。


宇喜多は絶望の表情で、その借用書にサインした。


(第3話 完)

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