第2話「全ツッパの夜明けと、追放戦士の諦め」

1.

夜が明けた魔王城。宇喜多昌幸は軍師会議に出席するため、重い足取りで謁見の間に向かっていた。


ローブのポケットには、昨日「不死鳥杯」の最弱馬に全ツッパした金貨5枚の馬券が収まっている。その馬券は、魔王軍の軍服よりも、彼にとってよっぽど重い。


謁見の間には、魔王リリスが既に玉座に座っていた。彼女の隣には、魔王軍の幹部たちが並んでいる。リリスの表情は昨夜の怒りから一転、どこか諦念と疲労の色が濃い。


「宇喜多、座れ。人類軍の動向について、報告を聞かせてもらうぞ」


「は、はい! リリス!」


宇喜多は額の汗を拭い、席に着いた。しかし、彼の報告資料は、前日オーガの戦士が持ってきた人類軍の進軍報告書ではなく、魔獣競馬のオッズ表を裏紙にしたものだった。


「報告します。人類側のギルバート隊が、我々の前線基地『嘆きの砦』に接近中です。しかし、これは…」


宇喜多は、オッズ表に書かれた競走馬の脚質データを見つめながら、報告を続ける。


「…これは罠の可能性が高い。ギルバートは単騎突撃を得意とする『短距離走者(スプリンター)』。彼は魔王城を『本命』と見ており、砦のような『穴場』には興味を示さないはず。よって、この進軍報告は『陽動』! 我々は、全軍を魔王城の守りに徹するべきです!」


リリスは首を傾げた。


「待て。それはお前の推測だろう? 根拠はどこにある?」


「根拠? 根拠は…あります! リリス! 僕とギルバートは、かつて同じパーティで戦った仲。奴の性格は、僕が一番よく知っている! 奴は『確実に勝てる場所』にしか全力を出さない! つまり、今は我々が『本命』ではない、と!」


宇喜多の目は、リリスではなく、オッズ表の「本命馬(魔王軍)」の欄を見ていた。リリスはため息をついた。宇喜多がギルバートを語る時、それはいつも馬券の予想に似ている。


その時、一人のスケルトン兵が慌てて駆け込んできた。


「報告! 魔王リリス様! 闇金『影の金庫』の元締め、シルバーが、城の入り口で『宇喜多昌幸の借金返済を要求する』と、騒ぎ立てております!」


リリスは頭を抱えた。


「シルバーが、なぜここに…」


宇喜多は小さくガッツポーズをした。


「(来た! シルバーは追い込み型だ! このタイミングで城に来るなんて、僕の人生の本命レースを邪魔しに来たんだ!)」


2.

一方、魔王城からほど近い森の中で、元勇者パーティの戦士ギルバートは、苛立ちながら休憩を取っていた。


「宇喜多め…。本当に、魔王軍の軍師になったというのか」


ギルバートは、かつて大賢者だった宇喜多を最も尊敬していた人物の一人だった。しかし、魔王城突入直前の裏切りで、尊敬は憎悪、そして今は諦めに変わっていた。


「討伐のモチベーションが上がらん…」


勇者パーティの他のメンバーは、宇喜多の抜けた穴を埋めようと必死だったが、ギルバートは違った。


「宇喜多は天才だ。彼の作戦は、常に誰も思いつかない『穴馬』を狙ったものだった。だが、彼が魔王軍の軍師になったところで、どうせやっていることは…」


ギルバートは、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。それは、宇喜多がパーティを離脱する直前に、こっそりギルバートに預けたものだ。


そこには、複雑な魔法陣の設計図ではなく、魔獣競馬の「次のGⅠレースの全予想」が、完璧な筆跡で記されていた。


『ギルバートよ。この予想に乗れば、一財産築ける。だが、これを公にしたら、俺は闇金に殺される。頼む、この予想で勝ったら、俺の借金の一部を代わりに払ってくれ』


その予想に乗ったギルバートは、驚くほど大勝した。しかし、宇喜多に借金を肩代わりする気など、微塵も起きなかった。なぜなら、その金は、宇喜多が失った軍資金と同じ額を、ギルバートが「個人資産」として稼いでしまっただけだからだ。


「魔王討伐より、ギャンブル…。あいつの天才性は、本当にクズのためだけに存在するのか」


ギルバートは立ち上がり、魔王城に向かって剣を構えた。


「行くぞ! 宇喜多を討伐する。…いや、違う。宇喜多を捕まえて、二度とギャンブルができない僻地に監禁してやる!」


ギルバートのモチベーションは、「世界平和」から「宇喜多の更生」へと、静かに、そして個人的にすり替わっていた。


3.

魔王城の地下カジノ。


リリスはシルバーを謁見の間に入れることを拒否し、彼の要求をカジノ内の個室で聞くことにした。リリスはシルバーの顔を見るたびに、宇喜多への憎しみが増すのを感じる。


「リリス様。宇喜多の利息が、今月も滞納しています。彼は軍師だそうですが、魔王軍の給料は、全て『魔力玉遊戯』に消えている。いい加減、本気で『担保』を頂きたい」


シルバーは、宇喜多に貸し付けた借用書をリリスの目の前に突きつける。その借用書には、最終的な担保として「宇喜多昌幸の寿命」と記されていた。


「待て、シルバー! 寿命を担保になどさせない! 宇喜多は軍師として働いている! 必ず、来月には…」


リリスが焦った様子を見せるのを見て、シルバーは不敵に笑った。


「リリス様。彼は働いていませんよ。今頃、彼は軍師会議と偽って、どこかの競馬場で全ツッパしている。…おや?」


シルバーは、カジノのモニターに映し出された、城外にある魔獣競馬場のライブ中継を指差した。


『さあ、GⅠ不死鳥杯! 最強の魔獣が激突する中、最低オッズの馬「シルバーの利息」に、謎の大口ベッターが入りました!』


リリスは愕然として立ち上がった。


「まさか…宇喜多!」


その瞬間、城内に轟音が響いた。


「何だ!?」


「魔王様! 人類軍が、城の裏口から侵入を試みています!」


オーガの幹部が報告する。リリスはハッとした。


「城の裏口…まさか、宇喜多の『戦術的離脱』は、人類軍の『本当の侵入経路』を知るための陽動だったのか!?」


リリスは一瞬、宇喜多の天才性を信じかけた。彼は、自分の逃走経路が、人類軍の穴場であることまで見抜いていたのかと。


しかし、その考えはすぐに吹き飛ぶ。


「魔王様、大変です! 裏口を破った人類軍のリーダーが、魔王軍の幹部を蹴散らして、まっすぐ地下カジノに向かっています!」


「なぜ地下カジノに!?」


オーガの戦士が答える。


「リーダーが叫んでいました! 『宇喜多! 貴様をギャンブル地獄から更生させる! 馬券を寄越せ!』と!」


リリスは頭を抱えた。


「人類軍のリーダー、ギルバートまで巻き込んで、このクズは一体どこまで世界を引っ掻き回すつもりだ!」


宇喜多昌幸のクズな才能は、世界平和を脅かす魔王軍よりも、真面目に魔王討伐をしようとする勇者パーティのモチベーションを先に破壊していた。


そして、その場にいたシルバーが、ニヤリと笑う。


「リリス様。私が借金回収のため、カジノ内でギルバート殿を足止めしましょう。ただし…その手間賃は、利息に上乗せさせていただきますよ」


魔王城の地下カジノで、元大賢者の借金と馬券を巡る、人類、魔王、闇金、そしてクズが入り乱れる壮絶な戦い(ギャンブル)の火蓋が切られようとしていた。


(第2話 完)

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