第3話 情けない兄貴なのに
家族が増え、生活環境が変わったが、住んでいた元の家と新しい家が近いので、通っている学校が変わることはなかった。友人関係も同じく。
ただ――学校の成績、社長の息子としての立ち振る舞い、人間関係などをお袋からごちゃごちゃと言われるようになった。
これが本来の口うるさい親なのかもしれないけど……だとしても縛り過ぎだ。
さらには、なにも言ってはこないが、親父からのプレッシャーもあった。
……これまで何事にも平均点しか取れていなかった凡人の俺に、なにを求めているのか……。
成績が良い、自慢できる息子が欲しいのだろうな。今更、取り返せるものではないのに。
これが毎日続く。……寝不足の日が増えていった。
常に胃が痛く、小便に赤色が混ざっていた日が何度もあった。
弱音は吐けなかった。吐いたところで、覆る我が家のルールではないからだ。
義妹――アイサの前では立派な兄を演じる必要があった。貼り付けた笑顔だけを見せていた。
ただ……あいつは俺の演技を見抜いているだろう。
当然ながら、義妹は俺に懐いていなかった。
たまには頼ってくる時があるが、他にいないから、という理由だな。
それを『心を許してくれている』とは誤解しない。
俺は、あいつとは違う世界の人間だから――。
次第に交友関係も狭まっていく。狭められた、が正しいが。
それでも続く関係性こそあるものの、俺から離れていった関係性も多い。
それどころではなかったから、後回しにしていて疎遠になっただけだ。
……悪いことをしたな、とも思えなかった。そんな余裕が俺にはなかったのだから。
結局、剣道部にも、昔から通っていた道場にも顔を出さなくなった。
剣道でも戦績がよくなかったし、毎日が、楽しくなくなってきたからだ。
ある日、姉弟子のエナに声をかけられたが、その時のことを俺はどうしても思い出せなかった。会話なんて一欠片すら覚えていない。
ただ――、エナの優しさを雑に扱ったのだろうとは、覚えていなくとも分かった。
それから、エナに遠慮が見えたから……、これは俺のせいとしか思えなかった。
そして――中三の、冬だった。
俺は簡単に決断できた。
迷いはなかった。
逆に、気が楽になったのだ。
「あ。死のう」
そう思った。
死ぬ前に、アイサが俺に相談をしてくれた。それが義妹の嗅覚なのか分からないが……、俺は最後になると思って、アイサにこれだけは言っておくことにした。
「アイサ。相談はこれで最後だ。あとは自分でがんばれよ」
「え、やだ。また兄さまにそーだんしたいんだけど……」
「でもなあ、女子のことは俺には分からないんだよ」
「そ、それでもっ」
粘るアイサを黙らせるため――は言い過ぎだが、兄らしいことをしてやろうと思ったのだ。
だから、アイサのために買っておいたコンビニのスイーツを差し出す。
幼女の手には大きいシュークリームだ。
「これ食べてがんばれ。な?」
「うん……」
スイーツを頬張った義妹からの視線。
俺は、目を逸らすことに必死だった。
もしも目が合ってしまえば、全てを見抜かれそうだと思ったから――。
……さて、義妹の疑惑も振り払い(無理やり話を逸らしただけだ)、死ぬことを決めたなら、後は実行するだけだ。
簡単に死ぬことができる方法を考えた結果、やっぱり電車のホームから飛び降りることにした――これ幸いと、最寄りの駅にはホームから飛び降りられないようにするための柵がなかったのだ。これは、俺に飛び降りろと言っているようなものだろ?
違うが――俺からすれば手招きされているようなものだった。
改札を抜け、ホームへ上がる。
人は多いが、俺が飛び降りる気でここまで来たと分かる人がどれだけいるか。
スマホに夢中な他人が、俺のことを気にかけているとは思えない。
やってきた電車に合わせて飛び降りれば、誰も俺のことを止められないだろう――よし。
『まもなく電車がまいります』と電子掲示板に表示があった。
次だ。これに、飛び込もう。
大勢の人に迷惑がかかるだろう。
だけど、これから死ぬ本人からすれば、どうだっていいことだった。
それを気にするなら……。気にするほどの余裕があるなら、俺は死のうとは思わない。
今も生きようと前を向いているはずだろう。
――並んでいる人を追い抜いて、前へ出る。
抜かされた人から文句はなかった。すぐに電車がやってくる。
俺へ向けたのか、警笛が響き渡り――――、真横から、衝撃があった。
まだ飛び降りすらしていないのに……、
――俺はホーム上で横倒しになっていた。
「……は? お前……――」
俺を突き飛ばしたのは、
アイサが、唇を噛んで、しかしがまんできずに泣き出してしまった。号泣だった。
声を上げて泣き出す義妹に、人の注目が集まる。
声をかけてきそうな大人が周りに集まってきて……――っ。
厄介なことになる前に、この場を離れよう。
俺に体重を預けて脱力している義妹を持ち上げ――っ、重たい妹だ、まったく!
まだ小さいとは言え九歳。脱力していれば普通に重たい人間だ。
アイサを抱っこし、駅から出る。
自殺しようとした兄を止めた妹、という事情を知らなければ、改札前にいる俺たちに注目する人はいなかった。
まあ、妹が号泣しているので、その声で人の注目を集めてしまうが……。
駅前にある、ちょっとした広場のベンチで義妹をなだめつつ……聞けば、アイサの本音を知ることができた。
この子にとっては、俺だって、頼りになる大人のひとりなのだと。
「ひう、ぐす……っ」
「……俺は、親の期待に応えられないぞ。受験勉強だって上手くいってない……。なにもできない凡人なんだ。親父の……あの人の息子には相応しくないだろ……」
よくない交友関係も増えていた。
お袋からのお小言、親父からのプレッシャーの逃げ道としては居心地が良かったのだ。
だって、そこには仲間がいたから。
……いつでも切れる、その場だけの関係性が、楽で、俺にはぴったりだった。
凡人ではダメで、天才になれないなら弾かれ者になるべきだ。……だとしても、俺はそこでも中途半端だった。なにがしたいんだか……結局、なにもできていない。
転がり落ちることもできないのかよ。
お袋も、親父も、気づいているだろう。内心ではもう諦めているのかもな。
直接、口で反抗することもできず、ただただ振るわない結果をふたりに見せるだけ。
こっちの心の底に溜まっているものを全て吐露すればいいのに、それもしない。言いたくて仕方ないことさえ言えない自分に、情けなくなってくる。
期待には応えられないけど慰めてほしい? もう無理するな、と言ってほしいのか。そんな本音が透けて見えるな……、気持ち悪い。こんなやつは死んだ方がいいだろ。
だから死のうと思った。……でも。
こいつは、そんな俺でも、兄だからと、言ったのだ。
「そういう兄さまでも、わたしにはひつよーなの……」
「……ガッカリするぞ。お前からの期待にさえ応えられない。俺はそんな兄だ」
両親から失望されているはずだ。
俺をさっさと切らないのは、やっぱり外面のためか?
それ以前に家族だから……、切れないのかもしれないが。
切るよりも自慢の息子にしてしまう方が楽と感じているのかもしれない。
あの人たちのタスクに含まれていれば、それは仕事になる。
これまでのように、達成できる問題だと思っている――か。
「期待にはこたえてほしいよ、もちろん」
「あのな……だから俺には、」
「――ダメだったから、って、いなくなってもいい『りゆー』にはならないんだよ?」
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