第2話 大嫌いな義妹

第一幕



 お袋が再婚した。

 して、義妹ができたらしい。


 義理の父親となったのは、羽村酒蔵の社長だと説明された。

 そんなこと言われても、十五歳の俺には分からない世界だ。


 お袋が言うには、有名な企業らしいけど……ただの深夜バーの店員がよく知り合えたな、と思ったが、酒の繋がりならなくもないか。

 親の馴れ初めに興味はないけど、酒の力と言われると、この結婚も酔いが回って――なんじゃないかと心配になる。

 親の年齢で素直な恋愛ができているのか?


 まあ、余計なお世話だろうけど。当然ながら、事前の相談もなかったので、お袋から事実を伝えられたのは唐突だったし、もう既に事が進んで……終わっている段階だった。

 籍を入れた後でいきなり顔合わせがあったのだ。

 結婚の挨拶というか、結婚した、という挨拶だ。報告だな、これ。


「私が君の父になる――羽村いさぎだ、よろしく頼む、ワタル」

「……いきなり呼び捨てなんスね」

「こらワタル、初対面のお父さんに失礼でしょ」


 初対面のお父さんというワードだよ。

 そういうところなんだけど、お袋は自分の説明のなさを問題とは捉えてないらしい。


 ……確かに、親の再婚に子供の意見が必要なのか、と言われたら、ないだろう。大人は勝手に契約できる。我が子へ事前に相談するかどうかは、親のモラルの範疇だ。

 お袋にはそれがなかった。それだけのことだ。


「いいんだ、距離の詰め方を間違えたのは私だな……怒らないでやってほしい、みどりさん。……なら、まだ慣れないならワタル君と呼ぼうか?」


 提案してくれたが、嫌そうなのが分かりやすく目に見えた。

 社長という立場から、人を呼び捨てにする環境だったのだろう。

 きっと、生まれてからずっと、勝ち続けてきた男だ。その自信が態度に出ている。


 そして、俺は凡人だ。目の前に社長がいるからではなく、比較するまでもなく自覚している。

 デカい図体をしている新しい父が、より大きく見えていた。

 人の上に立つ人間を間近で見たのは初めてだった……。

 勝手に素っ気なくなるくらいには、俺は緊張していたのだ。


 恰幅の良い体にピチピチの高級スーツ。この人についていけば、なんでも成功しそうな期待感がある。……決して強面ではなく、見た目は優しそうだった……、子供に受けそうなクマさん、みたいな印象でもあった。


 クマ、を象徴するような、金髪の幼女も隣に座っている。


「呼び捨てでいいです。じゃあこっちは……お父さん、と呼びますか?」

「……ワタルは、みどりさんのことを、お袋、と呼んでいるそうだね?」

「ですね、お袋がそう呼べと言ったので」


 勝気な性格でポニーテールのお袋に、母さんと呼ぶのは似合わないと思ったのも事実だ。昔からお袋と呼んでいた。お袋と呼べ、と言われたのは事実だけど、そう言われる前からお袋のことはお袋、って感じだった。子供ながらに見破っていたのだろう……お袋の男勝りな部分を。


 クマにも引かない強気な性格が、社長にとっては珍しく、魅力的だったのかもしれない。

 ただ……、この父だから良かったとも言える。

 一歩間違えてお袋が過激に喧嘩を売っていたら、家庭が潰されていたかもしれない。旧・石尾(いしお)家が路頭に迷っていたかも……仮にそうなっても、お袋なら活路を見出していた気もするが。


「……お袋、と呼ぶなら、私のことは親父と呼びなさい」


 そう呼ばれたかった、と言った。

 確かに、隣の幼女が親父と呼ぶのは似合わないか。


「じゃあ――親父」

「うむ。で、紹介しよう――この子が愛娘のアイサだ。ワタルの妹になる……この子のこともよろしく頼むよ」


 紹介されると、幼女は親父の大きな手の裏に隠れてしまった。手のひらで包めそうな小さな顔が、手の裏から出たり、引っ込んだり……。


「すまない、この子は人見知りでな……あー、髪の色は、海外の血が混ざっているだけだ。……元妻が向こうの人なんだ。悪く言いたくはない……が、割りと性格が終わっている人だった。私が狂わせてしまった面もあるが……、とにかく、この子の親権だけはなんとか死守したのだ。私とこの子の見た目の差は気にしないでくれ」


 血は混ざっているものの、日本生まれの日本育ち、らしい。

 なので言葉が通じない、わけではない。


「……、よろしく、アイサ」

「…………し、く……」


 薄くだが、「よろしく」と、聞こえた声。

 再婚して、周りに知らない人がいるからではなく、元々からの引っ込み思案か。

 ……年齢は、まだ九歳。


 幼女は怯えて、段々と親父とソファの背もたれの隙間に隠れ……、いや、埋もれていった。

 まあ、九歳ならこんなものか、と思わず苦笑してしまった。


「……再婚は、したんだよな? なら、もうなにを言っても変わらないと思うけどさ……じゃあ、引っ越すってことか?」


「ええ、さすがにこのアパートじゃあ、家族全員では暮らせないでしょう? 近くの、川沿いの新築マンションに引っ越すつもりよ。場所はもう決まってるの。内見も済ませて契約も終えてる――あとは荷物をまとめて移動するだけね。それが今週末よ」


 なにも聞いてない。

 事前に説明する、ということを嫌う人なのだろうか。だったなあ……。

 荷造り……、持っていくものはほぼないとは言え、だ。


「言ってなかった?」

「言ってないな。今日だってアポなしの顔合わせだし……俺が友達と遊びに行ってたらどうするつもりだったんだ?」


 その場合、容赦なく呼び出してくるだろうけど。


「みどり……、あれだけ連絡はしておけと言っただろうに」

「聞き飽きました」

「できてないから言っているんだが……」


 お袋を前にすると、企業の社長でも強くは言えないらしい……。惚れた弱みって、このことか。娘にも甘そうだし、デカい図体もあって肩身が狭そうな親父だ。

 ストレスの八つ当たりがくるとしたら俺だな……、今から戦々恐々だ。


「――ワタル」

「なに、お袋」


 これまで、特に勉強だ部活だ、と注文をつけてはこなかったお袋だったが……。


「あんたはこの人の息子になるのよ……義理であってもね。それに、アイサという妹がいるのだから、立派な兄になりなさい。これまで甘やかしてきた分、これから頑張れるわよね?」


 と、質問しながらも、強く「やりなさい」という意思が見えた。

 俺の返答は、もう決まっているようなものだろう。


「返事は?」

「分かったよ」


「目を逸らさず、言いなさい」

「干渉されるのが嫌な年頃だって分かるだろ」

「立場が変わったのだから弁えなさいと言ってるの。……あんたは社長の息子よ?」


 好きでなったわけじゃない、と言いたい。

 だが、新しい家族になるのに、その輪を乱すようなことは言いたくなかった。


 ――社長。

 と、社長よりも我が強いお袋。子供の俺がなにを言えるわけもなく――。

 そんな中で、義妹――アイサは甘やかされている。


 俺からすれば、「長男だから」と求められるハードルが高い時期に見る義妹のことは、正直に言って好きにはなれなかった。

 嫌いだった。


 ――口には出せないが、俺は義妹が、嫌いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る