魔女狩り×魔女喰み[まじょがり×まじょばみ]

渡貫とゐち

第1話 蘇生と契約

 駅前にある大型ショッピングモールと、併設されている商業(オフィス)ビルが真っ赤に染まっていた。より強く燃えているのはガラス張りの商業ビルの方だった。


 駅を抜けて、東側から西側へ――空に届く火の手が見えている。

 稀に見る大規模火災の現場へ全速力で向かった。


 彼は、顔だけならおとなしそうな少年だった。

 羽村(はねむら)ワタル。


 彼の目的は、火事の渦中にいるかもしれない、妹の救出だった。


 火の回りが早いのか、消防車はまだ到着していなかった。

 避難する人たちの流れに逆らうように、歩道を乗り越えてバスターミナルを横断し、赤信号を無視してショッピングモールへ。


 並んでいる自転車を横目に、ワタルは火の手が薄そうな十階建ての駐車場へ向かった。

 車両でしか入れない入口。急な坂道を上がっていく。

 火の手が激しくなっていくが、ワタルは止まらずに坂道を駆け上がった。


 赤い炎、黒煙が増えていく。

 完全な屋内ではないので風も抜ける――ので、まだ空気はマシな方だ。

 それでも、ワタルの体をじわじわと蝕んでいっているが……。


 息も上がらない今のワタルは、些細なことには目を瞑る必要もなく、そもそも感じていなかった。――そんなことよりも。

 今は、あの子を助けるんだ。


「どこだ……、どこにいるんだ、アイサッ!」


 ボンッ、と、近くの車が爆発したらしい。

 爆風が抜け、一部の黒煙が晴れた――その先に。


 屋根のない駐車スペース。空から差し込んだ日の光が、まるでスポットライトのようにワタルの探し人――その足だけを照らしていた。


 車の陰にいるのは、きっと……。


「アイサッ!!」


 くるぶしからつま先だけしか見えていないが、それだけで充分だった。

 ワタルの目にはその足が妹であると分かっている。


 数時間前、いってらっしゃいと言ったばかりだ。私服にするには派手なドレスで着飾って、父が主催する会合に呼ばれていた――ようは客寄せパンダであり、父の自慢のために使われていると知っていながらも、笑顔を絶やさなかった十歳の女の子。


 ワタルにとっての光であり――守るべきお姫様だった……なのに。

 足だけで分かる。傷ひとつない白い肌が、今はやや黒く焦げてしまっている。

 血も出ているだろう……、靴は脱げ、靴下も破れ、その足は傷だらけだった。


 ……どうしてだ。

 なぜ、優しいあの子が、こんな目に遭うんだッ!!


「…………っ」


 車の陰を覗く。倒れている妹は、傷が多いが、原型は留めていた。

 火の手から逃げたけど、ここで力尽きてしまったのだろう……、だけどもう大丈夫。


 ワタルが――、兄が。

 安全なところまで連れていくから。


「アイサ」


 触れた瞬間、分かってしまったことがある。

 ……それでもワタルは妹の名前を呼んだ。呼び続けた。


「アイサ……っ」


 肩を揺する。だが、妹は目を覚まさない。

 ワタルとは違って生粋である、異国の血が混ざった金髪は、普段よりもくすんで見えていた。


 顔の色も灰色だ……血が通っているとは、思えなかった。

 おそるおそる、ワタルの手が妹の胸へ向かう。こんな時だからこそ、躊躇なく、膨らみかけている胸へ触れた。手のひらから感じる音が…………なかったのだ。


「……ふ、ざけるな……っ」


 動いていなかった。


 心臓は、止まってしまっている――。


 その時、意識を散らす、ボンッ、という音。

 火の手が回り、車が巻き込まれて炎上しているのだ。爆発がさらに炎を成長させている……。


 駐車されている車の数を考えれば、早く離れなければ連鎖する爆発に巻き込まれてしまうだろう。……消防車のサイレンが鳴り響いている。

 にもかかわらず、消防車はまだ現場に到着していなかった。……遅い。火の回りが早いことを考えても、到着があまりにも遅過ぎる。立地が悪い場所でもないのだ……なのに……。


 これも、『魔女』のせいなのだろうか。


「……お前に救われたこの命なんだぞ。だから、お前を守るって約束した。忠誠を誓ったんだ……なのに、先にお前が逝ってんじゃないぞ……っ!」


 妹の頬を強くつまんで、起きろと叫ぶ。

 ……しかし、既に絶命している妹が答えることはなかった。


 ……認めるしかなかった。


 商業ビルを包む大規模火災によって、妹は死んだのだ。


 両親へ連絡をしても、応答はなかった。メッセージの返信もない。

 そもそも親のスマホはこの場にある。


 だからもしかしたら……、両親も既に絶命している可能性がある。

 まさか、娘をここへ放り出して先に逃げているわけもないだろう……そんなことをしていたら、ワタルが先に親を殺している。


 妹を助けるために両親を殺せと命令されたら、できてしまえる親不孝者だ。

 そこは割り切っている――兄からすれば、妹孝行で不足がない。


 妹さえいればよかったのに。

 ……妹を失い、兄はひとりになった。


「…………」


 妹を抱え上げる。

 見上げれば黒煙であり、屋根もなかった。後ろには――迫る火の手があった。


 退路は断たれた。

 前方には、柵がないが、腰までの段差を乗り越えて少し進めば、空中だった。

 身投げするには絶好の場所とも言える。


 ……どうせあの日に死んでいた命である。


 妹に生かされた命。

 妹がいなくなった世界で兄だけが生きる理由もない。だったらここで散らせても……。


 本気でそう考えていたワタルの前に。


 空からふわりと降り立ったのは、赤い髪の魔女だった。


 魔女の口が開いた。

 大きな魔女の帽子と、全身を包む黒いローブが、あやしげな雰囲気を醸し出していた。


 その奇妙さは、彼女のセリフに、強い説得力を持たせている――――



「生き返らせてあげよっか?」



 ………………。

 帽子の先端が僅かに燃えていた。


 火の手から逃れた際に燃え移った残り火、ではなさそうだが……。


 魔女。

 姿が消えたと思ったら……どこへ行っていたんだ?


 タイミングよく姿を眩ませ、都合よくこうして目の前に現れる。

 そして、ワタルにとっては絶対に断れない誘惑だ。

 ……こんなの、悪魔の契約だ。


 分かってはいる。だが、たとえ悪魔との契約であっても、ワタルの中に「断る」という選択肢は最初からなかった。

 迷いはない。


「俺は、なにを捧げればいい?」


 この命と交換でも構わない。

 ワタルはそう言いかけた……だが。


「なにもいらないけど。少なくとも、ふたりからなにかを貰うことはないよね」


「…………お前は、」

「それでも契約するかな? この魔女と」


 赤髪の魔女が不敵に笑った。だけど、彼女だって震えていて、表情で見えているほどの余裕があるわけではなさそうだった。


 魔女として、悪役を振る舞っているだけ――のようにも見える。

 彼女の真意は分からない……が、このまま妹の死体を抱きしめるだけで日々が過ぎていくのなら、騙されてもいいと思ったのだ。


 ワタルが覚悟を決めた。

 魔女を見上げる。



「頼む。アイサを、助けてくれ」



 そして。


 羽村兄妹は「魔女」と「ドラゴン」が巻き起こした、地獄の戦いへ身を投じることとなった。

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