第7話 令和文化はボラティリティが高すぎる

「というわけで、本日のテーマは——

 **“令和カルチャー分散投資ツアー”**です!」


 翌日。

 待ち合わせ場所の駅前で、琴音が両手を広げた。


「分散投資……」


「いろんなジャンルをちょっとずつ触れて、

 **“自分に向いてる娯楽ポートフォリオ”**を構築する回ってことです」


「お前、本当に何でも投資用語にするな」


「ジェイスさんに合わせてるだけですよ」


 彼女の手には、今日の行き先が書かれたメモがあった。


・ゲームセンター

・アニメショップ

・VR体験

・カラオケ

・締めにラーメン


「盛りだくさんだな」


「息抜きは“ボラティリティ高め”の方が楽しいんですよ」


「そのボラティリティの使い方、合っているのか?」



ゲームセンターという高ボラ市場


 最初に連れて行かれたのは、

 駅ビルの中にあるゲームセンターだった。


 中に入るなり、

 まぶしいライトと大音量の音楽に、

 思わず足が止まる。


「……ここは、戦場か?」


「娯楽空間です。

 昔でいう“遊技場”? もっとカオスですけど」


 筐体と呼ばれる機械が並び、

 クレーンで景品を取る“UFOキャッチャー”、

 音楽に合わせてボタンを叩くゲーム、

 画面の中でキャラクターが暴れ回るゲーム。


「まずはこれですね」


 琴音が指さしたのは、

 巨大なぬいぐるみが入ったクレーンゲームだった。


「これ、よくある“期待値マイナスの遊び”なんですけど——」


「最初から酷い説明をするな」


「でも、**“損をしても許せる範囲だけ遊ぶ”**って意味では、トレードに似てますよ」


「なるほど。

 つまり、ここで負けても“生活費”には影響しない、と」


「そう。今日は“エンタメ枠”ですから。

 1,000円までって決めて遊びましょう」


「1,000円のストップロスか。悪くない」


 俺は両替機で硬貨を手にし、

 クレーンの前に立った。


「動き方は……?」


「これ、クレーンの力が弱いので、

 **“一発で完璧に掴む”より、

 “少しずつ出口に寄せる”**感じで狙った方がいいです」


「……相場でいう“コツコツ利益を積む”みたいなものか」


「まあ、そういうことにしておきましょう」


 一回目——

 クレーンの爪はぬいぐるみの耳をかすめ、

 ほとんど動かず。


「……想像以上に、“板が厚い”な」


「景品は流動性低いですからね」


 二回目、三回目。

 少し動くが、出口まではほど遠い。


「ナンピンしたくなるな」


「これ以上は**“ルール違反のナンピン”**ですよ。

 1,000円超えたら撤退です」


「わかっている」


 最後の100円。

 慎重に角度を合わせる。


「……!」


 ぬいぐるみが、

 ガコン、と音を立てて出口付近まで滑り落ち——

 ギリギリのところで止まった。


「惜しい!」


「これ以上は追わない」


 俺は、きっぱりと台から離れた。


「ルール通り撤退ですね。

 どうです、感想は?」


「相場よりタチが悪い」


「ぶっちゃけそうです。

 だから“エンタメと割り切れる範囲でだけやる”のが正解ですね」


「相場も、“ギャンブルとしての誘惑”に負けたら同じだな」


「はい、それを伝えるのに、

 UFOキャッチャーは地味に優秀な教材です」



アニメショップと、異世界転生の自己言及


 次に向かったのは、

 アニメグッズやコミックが並ぶショップだった。


「ここが、

 **“オタクセクターの時価総額”**が集まる場所です」


「比喩がひどい」


 店内には、

 アニメのキャラクターがプリントされたポスターや、

 フィギュア、キーホルダーなどが所狭しと並んでいる。


「これが、“異世界転生もの”の棚です」


 琴音が指さした先には、

 「転生したら〇〇だった件」系のタイトルがずらり。


「……」


 その中の一冊の帯が、

 目に飛び込んできた。


『転生投機家、令和相場で成り上がる』


「…………」


「……見なかったことにします?」


「いや、

 世の中というのは、常に俺より一歩先を行くものだな」


「いやまあ、ジェイスさんの場合、

 “転生”というより“転移で蘇生”ですけどね」


「この作者、どこまで理解して書いているんだろうな」


「多分ノリです」


 二人で笑う。


「でも、こういう作品が流行ってるってことは、

 “相場や投資をエンタメとして消費する人”も増えてるってことなんですよね」


「それ自体は悪くない。

 ただ——」


「ただ?」


「“勉強したつもり”になって相場に入ってくる若者が増えるだろうな、と思ってな」


「あー、それは確かに……」


 チャートどころか、

 漫画の必殺技感覚でレバレッジをかける若者。

 SNSでバズった手法を、

 検証もせず真似するだけの群れ。


 容易に想像がつく。


「そういうやつらの“最初の損切りルール”に、

 俺のノートが役立てばいいんだがな」


「じゃあ、いつか本にしましょう」


「ノートをか?」


「はい。

 **“令和に蘇った伝説の相場師ノート”**とかタイトルつけて」


「お前、何でも本にするな」



VR体験:現実と仮想の価格差


 次に連れて行かれたのは、

 VR(バーチャルリアリティ)体験施設だった。


「ヘッドセット被って、

 別世界を見るやつです」


「……俺はもう十分、別世界を見てきた気がするが」


「そう言わずに。

 相場のチャートを立体で見れるやつとかもありますよ」


「それは少し興味があるな」


 ヘッドセットを装着すると、

 視界一面に仮想世界が広がった。


 いくつものチャートが空中に浮かび、

 手を伸ばすと拡大したり縮小したりする。


「……これは、テープルームの未来形だな」


「テープルーム?」


「昔の相場師が集まって、

 ティッカーを見ながら売買していた部屋だ」


 手を動かすと、

 時間軸が変わる。

 日足から週足、

 週足から月足へ。


「こうしてみると、

 短期の乱高下は、長期から見ればただのノイズだな」


「“長期チャートで見る癖をつけましょう”って、

 よく本にも書いてあります」


「この世界の本も、

 なかなか侮れないな」


 仮想空間の中、

 俺は一つの銘柄の月足チャートを眺める。


 長い時間をかけて成長してきた企業。

 途中で何度も暴落し、

 それでも生き残ってきた跡。


(俺の人生も、

 月足で見れば、

 多少は上向いていると考えていいのだろうか)


 そんなことを考えながら、

 ヘッドセットを外した。


「どうでした?」


「現実より、

 VRのチャートの方が静かに見えるのが不思議だな」


「現実の数字の方が、“胃”に来ますからね」


「相場でも、

 “画面から一度離れて、全体像だけを見る”のは大事かもしれん」


「それ、今度トレード配信でネタにしましょ」



カラオケと、リスク許容度の限界


 次に連れて行かれたのは、

 カラオケボックスだった。


「ここが、

 日本の個人投資家——じゃなくて、

 日本人のストレス発散装置です」


「なぜそこで個人投資家が出てきた」


「投資もストレス溜まるじゃないですか」


 個室に入り、

 巨大な画面と、マイクが二本。


「歌え、と?」


「はい。

 勝った日は、相場以外でテンション発散しとくのがいいですよ。

 そうしないと、テンション高いまま市場に突っ込んじゃうんで」


「理屈だけ聞くと真っ当だな」


 だが——。


「何を歌えばいい?」


「じゃあまずは、

 **“相場っぽい歌”**から行きましょうか」


「そんなものがあるのか?」


「“天国と地獄を行き来する歌”とか、

 “ジェットコースターっぽい歌”とか」


「やめてくれ、トラウマが……」


 なんやかんやで、

 琴音が勝手に曲を入れ、

 俺も半ば勢いで歌わされた。


 結果——。


「……これが今日一番のリスクだった気がするな」


「歌うの、ボラティリティ高かったですね」


「ボラティリティの使い方が間違っている」


 喉の疲労を感じながらも、

 妙に胸が軽くなっている自分に気づいた。


(確かに、

 勝った日の興奮を、

 相場以外のところで使い切るのは悪くない)



締めのラーメンと、新たなルール


 最後に、

 小さなラーメン屋に入った。


 カウンター席に並んで座り、

 湯気の上がるどんぶりを前にする。


「これは……」


「家系ラーメンっていうやつです。

 脂と味のボリュームのボラティリティが高いです」


「お前、本当にボラティリティが好きだな」


 一口すすると、

 濃厚なスープが口の中に広がった。


「……これは、レバレッジが高すぎないか?」


「胃に対するレバレッジですね」


「俺の年齢だと、

 証拠金不足になりそうだ」


 二人で笑いながら、

 ラーメンをすすった。


「ジェイスさん」


「なんだ?」


「今日みたいな息抜き回、

 ちゃんと“ルールに書いておいた方がいい”と思います」


「そこまでか?」


「はい。

 大勝ちの後、

 “もっと勝てるんじゃないか”と思ってポジションサイズ上げて死ぬ人、めっちゃ多いんですよ」


「俺もその一人だったな」


「だからこそ、

 “勝ったら必ず一日休む”って、

  ノートのルールに昇格させてほしい」


「もう書いた」


「え?」


「昨夜、

 トレードノートの一番下に——」


6.大きく勝った翌日は、必ず相場から離れる。

 勝ちの興奮を持ったまま次のトレードをしない。


「……さすが相場師」


「昔の俺が守れなかったルールを、

 今度こそ守るためにな」


 ラーメンを食べ終え、店を出る。


 夜風が、少しだけ冷たい。


「令和の文化は、

 なかなかボラティリティが高いな」


「楽しめました?」


「ああ。

 **“勝った後に、ちゃんと遊ぶ”**というのは、

 思っていた以上に悪くない」


「じゃあ、

 次に大勝ちした時も、“息抜き回”やりましょう」


「その時は、

 また別のセクターに分散投資してくれ」


「じゃあ次は、

 温泉セクターとスイーツセクターですかね」


「それは、資金管理に気をつけないとな」


 二人で笑いながら、

 夜の街を歩いた。


 銃声で終わったはずの人生が、

 令和のネオンとカラオケとラーメンで、

 少しずつ上書きされていく。


(相場だけが人生じゃない。

 だが——

 相場とどう向き合うかで、

 人生の質は大きく変わる)


 そう思いながら、

 俺は明日からのチャートを

 少しだけ楽しみに思っている自分に気づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る