第8話 配信デビュー!令和の相場はコメント欄も騒がしい

「——で、チャンネル名はどうします?」


 ある日の放課後。

 カフェの隅のいつもの席で、琴音が真剣な顔をしていた。


「チャンネル名?」


「私の“投資系Vtuberチャンネル”ですよ。

 ジェイスさんをレギュラー講師にして、

 令和相場の“生き残り方”を教える番組にしたいんです」


「講師、ね……」


「だって、

 ルールノートの内容、普通に有料レベルですよ?

 それを、今のうちにタダでばらまいておけば——」


「ばらまくと言うな」


「——救える人、絶対増えます」


 琴音は、珍しく真面目な顔だった。


「SNSの投資界隈、

 “〇〇するだけで年利△%”とか、

 “この銘柄に全力ぶっこみ!”とか、

 煽り系コンテンツが多すぎるんですよ」


「だろうな」


「でも、本当に必要なのは——」


 琴音が、ジェイスのノートの1ページ目を指差した。


1.最初に決めた損切りラインを、絶対に下げない。

2.ナンピンは、勝っているポジションにだけ許す。

3.1回のトレードで失っていいのは、総資金の2%まで。


「こういう、“地味だけどガチで役立つやつ”です」


「地味、か」


「派手じゃないけど、“死なない技術”です。

 だから、配信やりましょう」


「……顔出しは?」


「いきなり核心つきましたね」


「俺は、

 この時代では身元不明の亡霊みたいなものだからな。

 顔を出すのは、色々とまずい気がする」


「大丈夫。

 ジェイスさんは“声だけ出演”でいきます。

 顔は2Dのキャラが勝手に喋ってる感じにするVtuber方式で」


「つまり、

 俺の声に、アニメの顔を貼り付けるのか?」


「そうです。最高じゃないですか」


「最高かどうかはわからんが……

 まあ、顔を晒さずに済むなら構わん」


「やった!」


 琴音は勢いよく立ち上がりかけて、

 店員に睨まれて小さく座り直した。



 数日後。

 琴音の部屋で、テスト配信が始まった。


 机の上にはノートPCとマイク、

 そしてジェイスのルールノート。


「じゃ、いきますよー。音声チェック、1、2、3」


「聞こえているか?」


「ちょっとマイクに寄りすぎです。

 もう少しだけ離れてゆっくり喋ってください」


「こうか?」


「そうですそれです。その声質、

 “落ち着いた謎の相場師”感がすごい」


「褒めているのか?」


「褒めてます。

 じゃ、テスト配信スタートっと」


 画面の向こうには、

 まだ登録者数二桁の、小さなチャンネル。


【生配信】

「令和に蘇った伝説の相場師(?)に、

初心者がガチで質問してみる枠」


「タイトルに疑問符がついているな」


「本気で“蘇った”って言い切ると、

 いろんな意味で炎上リスクが高いので」


「リスク管理が徹底しているな」


 配信開始から数分。

 画面の右側に、ぽつぽつとコメントが流れ始めた。


こんちゃー

初見です

伝説の相場師(?)ってなにw

釣りタイトルじゃないよね?


「お、来ましたね」


 琴音が笑顔でカメラに向かう。


「はいどうも、琴音です。

 今日は“謎の相場師さん”に来てもらってます。

 挨拶お願いします」


「……」


 マイクの前で、一拍置く。


「どうも。

 謎の相場師です」


声渋いw

おじさんっぽい

でも喋り方が落ち着いてる

ガチ勢の匂いする


「ガチ勢、とは?」


「本気でやってる人、って感じです。

 ——じゃあ、まず質問投げますね。

 “初心者が一番最初に覚えるべきこと3つ”」


「3つか」


 ジェイスは、ノートをめくりながら答えた。


「一つ、

 **“1回のトレードで全財産を失うような賭け方をしない”**こと」


いきなり重いw

レバMAXでFXやってる友達の顔が浮かんだ

それわかる


「二つ、

 **“どこで負けを認めるかを、エントリー前に決める”**こと」


損切りラインのこと?

それ決めてから入ったことないわ…

耳が痛い配信だ


「三つ、

 **“取り返したい時ほど、画面から離れる”**ことだ」


それが一番むずい

昨日それで溶かしました(白目)


 コメント欄が、妙にざわつく。


「今の3つ、

 全部ノートに最初から書いてあるルールなんですよ」


 琴音が、ノートの1ページ目をカメラに映す。


・1回のトレードの許容損失=資金の2%

・損切りラインはエントリー前に決める

・取り返したいと思ったら、その日は終了


2%ルールってやつか

本に書いてあったやつや

守れたことないけどな!←


「守れたことがないなら、

 今から“守る練習”をすればいい」


 ジェイスが、静かに言う。


「相場は、

 **“間違いを許さない教師”**だ。

 だが、

 **“小さい間違いを何度も繰り返して学ぶ時間”**くらいはくれる」


小さい間違いを何度も…

それができないから一撃で溶かすんだよなあ

急に良いこと言うじゃん

なんか本物っぽい



「じゃあ、

 コメント拾っていきますね」


 琴音がコメント欄をスクロールする。


Q. 損切りってどのくらいの幅にするのが正解ですか?


「来ました、損切り幅厨」


「腹の立つ呼び方だな」


「褒め言葉です。

 どうですか、ジェイスさん」


「“正解”はないが、

 “間違い”なら明確に存在する」


いきなり名言モード

間違い=?


「“チャートを見ずに、

 気分で損切り幅を決めること”だ」


ぐさっ

ぐさぐさっ


「損切り幅は、

 “チャートの構造”と“許容できる金額”の、

 両方から決める」


 ジェイスは、簡単なイメージを言葉で説明した。


「直近の安値を明確に割ったら、

 **“いったん下の世界に行く可能性”**が高くなる。

 だから、その少し下を損切りラインにする。

 それが“チャートの構造”だ」


「そして、

 その損切りまで行ったときに失う金額が、

 自分の資金の2%以内に収まるように、

 株数を調整する。これが“許容できる金額”の話だ」


なるほどわからん(白目)

要するに枚数減らせってこと?

それな

全力で入るから2%超えるんだよな


「**“全力で入ってから、どこで逃げるか考える”**のは、

 戦争で言えば、

 **“敵陣に突っ込んでから、退路を考える”ようなものだ」


あああああ耳が痛い

なんで昨日の自分にこの配信届かなかったんだ


「今届いているなら、“次の一手”からで間に合う」


 コメント欄が、一瞬だけ静かになった。


次から気をつけます(フラグ)

フラグ立てんなw

でもマジで2%ルール試してみるわ



 配信は、

 結局1時間ほど続いた。


 終盤には、

 視聴者数が最初の数倍に増えていた。


「想像以上に人来ましたね……」


「コメント欄の温度が高かったな」


「“今まで見た投資配信の中で一番胃が痛いけどためになる”ってコメント来てましたよ」


「褒めているのか?」


「めちゃ褒めてます」


 配信を終えたあと、

 琴音のスマホには通知が鳴りやまなかった。


新規チャンネル登録+300

切り抜き希望DM

コラボ依頼っぽいメッセージ


「……?」


「“損切り講座の切り抜き動画、作ってもいいですか?”って。

 これ、バズるかもしれません」


「バズる?」


「SNSで一気に広まるってことです」


「それは、

 相場で言うと?」


「**“出来高が一気に増えて、

 短期勢が集まってくる”**みたいな感じです」


「……バブルの匂いがするな」


「まだバブルじゃないです。

 ただ、

 **“注目セクターになりそうな前兆”**くらいです」


「そうか」


 ジェイスは、どこか複雑な顔をしていた。


(俺の言葉が、

 どこまで正しく伝わるだろうか)


 損切りの大事さだけが切り取られ、

 都合のいい部分だけ引用される未来が、ちらりと頭をよぎる。


 だが同時に、

 **“それでも届くなら、意味はある”**という感覚もあった。


「ま、バズったらバズった時に考えましょう」


 琴音が、あっけらかんと言った。


「それもそうだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る