第7話「影が紡ぐ笑顔」
王宮での生活に慣れてきたある日、ノアはジャファルに恐る恐る願い出た。
「ジャファル様。僕のこの力が、もっと国の人々の役に立てるのなら……王宮の外でも、使わせてはいただけないでしょうか」
市場での出来事を思い出すたび、ノアの胸は温かくなった。自分の力が、誰かの笑顔に繋がった。あの喜びを、もう一度感じたかったのだ。
その言葉を聞いたジャファルの顔が、ぱっと輝いた。しかし、すぐに心配そうな表情になる。
「もちろんだ、ノア。君の力は民の救いだ。だが、君の体に負担がかかるのではないか?無理はさせたくない」
「大丈夫です。あの時よりも、ずっと力の制御がうまくできるようになってきました。それに……皆が喜んでくれるのが、僕も、嬉しいんです」
はにかみながらそう言うノアの姿に、ジャファルは愛おしさを隠しきれないといった表情で頷いた。
「わかった。だが、必ず私が共に行く。それが条件だ」
その日から、ノアはジャファルと共に国中を巡るようになった。
王の行列が訪れた街や村で、ノアは人々のために「影の天蓋」を広げた。
灼熱の太陽の下で農作業をしていた人々は、突然現れた涼しい日陰に驚き、そしてノアの姿を見て、心からの感謝を捧げた。
「これで日中の作業が捗る!」
「ありがとうございます、ノア様!」
子供たちが今まで遊べなかった広場で、歓声を上げて元気に駆け回る。
老人たちが、涼しい日陰に椅子を持ち寄って、楽しそうに談笑している。
日差しを気にせず、人々が街角で交流し、笑顔を交わす。
ノアが作り出した影の下で、国は少しずつ活気を取り戻していった。自分の力が、人々の暮らしを豊かにし、笑顔を紡いでいる。その事実は、ノアの心に確かな自信と、今までに感じたことのないほどの大きな喜びを与えてくれた。
虐げられ、蔑まれてきた「忌み子」ではない。
自分は、誰かの役に立てる存在なのだ。
そう思えるようになったことで、ノアの表情は日に日に明るくなっていった。俯きがちだった顔は上がり、澄んだ青い瞳は柔らかな光を湛えるようになった。
そんなノアの変化を、ジャファルは誰よりも近くで感じていた。
民から「ノア様」と呼ばれ、はにかみながらも嬉しそうに微笑むノア。
子供たちに囲まれ、少し困ったように、けれど優しく頭を撫でてやるノア。
その一つ一つの表情が、ジャファルの心を強く掴んで離さない。
(ああ、愛おしい)
私の至宝。私の光。
日に日に輝きを増していくノアの姿を見るたびに、ジャファルの独占欲と愛情は、まるで砂漠の太陽のように、ますます熱く燃え上がっていくのだった。
彼はノアが誰かと親しく話しているだけで、面白くないと感じる自分に気づいていた。ノアの柔らかな笑顔は、自分だけに向けられていればいい。
この奇跡のような存在を、誰にも渡したくない。自分だけのものにして、この腕の中に永遠に閉じ込めてしまいたい。
そんな黒い情念が、民を愛する賢王の心の奥底で、静かに、だが確実に育ち始めていた。
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