第6話「王の過保護な日常」

 王宮での新しい生活は、ノアにとって戸惑いの連続だった。


 ジャファルが宣言した通り、ノアは文字通り「至宝」として扱われた。与えられた部屋は王族が使う一室で、天蓋付きのベッドは雲のように柔らかい。クローゼットには、シルクや極上の綿で仕立てられた、触れるのもためらわれるほど美しい衣服がずらりと並んでいた。


 食事は毎食、料理長が腕によりをかけた美食の数々がテーブルに並ぶ。以前の自分が食べていた冷たい残飯が、遠い昔の出来事のようだ。


 そして何より、ノアを戸惑わせたのは、王であるジャファルの過保護すぎるほどの溺愛ぶりだった。


「ノア、眠れたか?寒くはなかったか?」


 朝、目を覚ますと、なぜかジャファルがベッドサイドにいて、心配そうに顔を覗き込んでいる。


「食事は口に合うか?何か食べたいものがあれば、遠慮なく言うんだぞ」


 食事中も、彼は常にノアの隣に座り、甲斐甲斐しく世話を焼いた。自ら果物の皮を剥いてノアの皿に乗せたり、ノアが少しでも眉を寄せれば「何か問題でもあったか!?」と給仕を呼びつけようとする。


「散歩か?いいだろう。だが日差しは体に毒だ。私が影を作ってやろう」


 庭を散策しようとすれば、王であるジャファル自らがノアのために日傘を差し、一歩一歩、歩調を合わせてくれる。


 その様は、まるで壊れやすく美しいガラス細工を扱うかのようだった。


「あの、ジャファル様……。僕はそんなに、か弱くありませんから……」


 あまりの過保護ぶりに、ノアが恐縮して言うと、ジャファルは心外だという顔をした。


「何を言う。お前は私にとって、この国の何よりも大切な宝なのだ。埃一つ、つけさせたくないと思うのは当然だろう」


 真顔でそう言い切る王に、周囲の侍従たちは(また始まった)とでも言いたげな、温かいような呆れたような眼差しを向けている。ノアは恥ずかしさで顔を赤らめるしかなかった。


 虐げられ、無視されることしかなかった人生。


 自分の存在は、誰かにとって迷惑で、不快なものでしかないのだと、そう信じて生きてきた。


 だから、ジャファルの真っ直ぐすぎる愛情は、あまりにも眩しくて、くすぐったくて、どう反応していいのかわからなかった。


 けれど、それは決して不快ではなかった。


 むしろ、乾ききっていた心の砂漠に、清らかな水がゆっくりと染み渡っていくような、心地よさを感じていた。


「ノア、少し疲れた顔をしているな。今日はもう休むといい。私が側にいてやろう」


 夜、眠りにつくまでジャファルが手を握っていてくれることもあった。大きくて節くれだった、王の手。その手から伝わる温もりが、長年ノアを苛んできた孤独の悪夢を遠ざけてくれた。


 最初は戸惑うばかりだった過保護な日常。


 だが、その一つ一つが、ジャファルの偽りのない深い愛情の証なのだと気づいた時、ノアの心に少しずつ安らぎが芽生え始めていた。


 自分の居場所は、ここなのかもしれない。


 この、太陽のように温かく、少し過保護すぎる王様の隣が。


 そんな思いが、凍てついていたノアの心を、春の陽だまりのようにゆっくりと温めていく。ノアはまだ気づいていなかったが、彼の表情から固さが消え、柔らかな微笑みが浮かぶ時間が、少しずつ増えてきていた。

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