第9話 仕立て屋リエナの苦悩
「本当にこれで良かったのかしら……」
仕立て屋の女性がポツリと言葉を漏らした。
目の前には、金の装飾が散りばめられた絢爛な衣装。
それは、彼女が今まで作った“防具”の中でも、最高傑作の防具であった。
彼女は防具専門の仕立て人であった。
だからこそ、彼女は不安だった。
「はあ……」
溜息を溢しながら彼女は衣装を包み、外で待つ馬車に乗り込んでいった。
まさか、依頼主がこの国の宰相であることなど、知る由もない女性。
馬車に乗り込みながらふつふつと不安を募らせていた。
「大丈夫よ、私。自信を持って……」
女性はそう小さく呟いた。
女性を乗せた馬車は、そんな彼女の心境も知らず、大きく車輪を揺らしながら王宮へと向かっていった。
☆☆☆
「こちらでお待ちくださいませ、リエナ様」
「あ、はい」
リエナと呼ばれた仕立て屋の女性は王都にある一室、広く絢爛な客間の椅子にポツンと腰掛けていた。
(もし、あの事がバレたら……もしかして私、タダでは済まないんじゃ——)
女性は今すぐ逃げ出したい気持ちを抑えながら、椅子に座って待っていた。
唾をゴクリと飲み込んだ時だった。
大きな扉がギイィィと音を立てて開かれた。
現れたのは、依頼主——ではなく、一人の使用人の姿だった。
使用人の女性は言った。
「お待たせしました、リエナ様。その御衣装の贈り先である、エインハルト様の元へとご案内いたします」
「えっ!?」
リエナは思わず声を上げた。
その名はこの国の誰もが知る有名人だったからだ。
そして、その有名人こそが、この防具の贈られる相手だと知ったからであった。
エインハルト——それは、この国の勇者の名前。
リエナは知らぬ間に、勇者の身に着ける防具を作っていたのだと、その時に気がついた。
同時に、更に不安が増していた。
使用人の後をついていくリエナの足は小さく震えていた。
恐怖と期待と、ほんのわずかな好奇心がリエナの心に入り混じっていた。
使用人が足を止めた先は、リエナが案内された客間よりも更に重厚で絢爛な作りの大きな扉だった。
使用人は扉を二回叩き、言った。
「エインハルト様、仕立て屋のリエナ様をお連れいたしました」
「あぁ、案内してくれ」
澄んだ青年の声が聞こえると同時に、扉が開かれていった。
そこには、リエナが見聞越しにか見たことのなかった有名人——勇者エインハルトの姿があった。
リエナはその姿に一瞬見惚れるも、すぐさま頭を下げた。
「リ、リエナと申します。こ、この度は——」
そうリエナが震える声で言葉を紡ごうとしたとき、聞き覚えのある声——宰相がリエナの言葉を遮って言った。
「私がこの者に言って仕立てさせた防具です。これから向かうドラゴン討伐の時に少しでも貴方の力となれるように、と。——君、早く」
そう言いながら、勇者に衣装を渡すように促す宰相の男。
(この声は、確か依頼人の……)
リエナは心の中でそう思いながら、勇者エインハルトへと仕立てた衣装を差し出した。
「ど、どうぞ」
「二人ともありがとう、大切に着るよ」
「勇者様の為ですから。特に見た目もそうですが、勇者様が戦いやすいように動きやすく、軽さにもこだわって作ってもらいました」
「それは、ありがたい。軽いのに丈夫な防具は貴重だからね」
「はい、それはもう——これでドラゴンだけでなく、魔王も打ち倒してくださいな」
「うん、頑張るよ」
リエナはその言葉を最後に、使用人に促されるように部屋を後にした。
リエナは震えが止まらなかった。
最後、リエナは部屋を出る時に、ふと一瞬だけ顔を上げた。
その瞬間、宰相の男と目が合った。
鋭く冷たい、死をも思わせるその瞳に、リエナはただただ震えながらその場を離れたのだった。
後日、勇者の話はリエナの耳に入って来た。
新聞の見出しにも大きく取り上げられていたからだ。
「勇者様が、東の森に現れたドラゴンを打ち倒してくれるんだって! 昨日街を経ったらしいよ!」
「そういえば、見たか!? 今回の防具は更に強そうで、どんな攻撃も跳ね返してしまいそうだったよ!」
「仕立てたのは——リエナっていう仕立て屋らしい! これでドラゴン討伐に成功したらその仕立て屋は大繁盛間違いなしだな!」
「人気が出る前に先に予約しようかな」
そんな話が窓の外からリエナの耳に聞こえて来た。
王宮から帰ってから、リエナは店を閉めていた。
勇者の事の次第を見送るまで、新たな防具の依頼など受け付けられる気力はなかったからだ。
リエナは毎晩、震え怯えていた。
いつ、王の使いが来るのかと。いつ、自身のした事がバレるのかと——。
それから、数日が経ったある日。
事態は急変した。
王都はある話題で持ちきりとなっていた。
しかし、リエナは知らなかった。
店を閉め切り、ずっと部屋に閉じこもっていたリエナ。
彼女の元に、一人の王の使いがやって来たのだった。
「リエナ様、ご同行願います」
リエナは悟った。
あぁ、バレたのだ、と。
そしてすぐさま、自首しようとした。
「申し訳ございませんでした。お望みのものを作れず——」
「はい?」
「……?」
王の使いは、そう言いながら馬車に乗り込むリエナを見て不思議そうに首を傾げた。
リエナも同じように首を傾げる。
「私は裁かれるのでは——」
そう、リエナが口にした時だった。
群衆たちの一人が大きな声を叫びながら、街中の人々に向けて言い放った。
「勇者様が、ドラゴンを打ち倒して帰還されたぞ!!」
「……」
「あんなにも巨大なドラゴンを!? 流石勇者様だ!!」
「話によると、新たな防具のおかげで傷一つつかずに打ち倒したらしい!! その防具を作った仕立て屋に豪華な褒美が与えられるらしいぞ!!」
「え……」
リエナは耳を疑った。
そんなリエナを馬車の中へと押し込むように背を押しながら、王の使いが言った。
「リエナ様には、直接勇者様が礼を言いたいと——それで迎えに参りました。さあ、騒ぎになる前にどうぞ中へ」
そう促され、リエナは馬車へと乗り込んでいった。
リエナは揺られる馬車の中一人ポツリと呟いた。
「え……、バレてない?」
王宮へと到着したリエナを迎えたのは、国王、王妃、勇者などの華麗なる方々であった。
「貴方がリエナ殿か、素晴らしい仕立て屋と聞いている。此度の勇者がドラゴンを打ち倒したのも其方の仕立てた防具のおかげとのことだ」
威厳ある国王が、リエナへとそう言葉をかけた。
リエナは頭を下げながらその国王の言葉を一言一句逃すことなく聞いていた。
「リエナさん。貴女の作った防具のおかげで本当に助かりました。貴女は素晴らしい仕立て屋だ。本当にありがとう」
勇者エインハルトがリエナの仕立てた防具を身に纏いながらそう告げる。
「リエナ殿には、『宮廷防具仕立人』の称号を与えよう!!」
リエナの目には涙が浮かんでいた。
それは、リエナが最も目指していた称号だった。
リエナは嗚咽を漏らしながら、礼を口にする。
「あ……ありがとうっ、ありがとうございますっ……」
仕立て屋としての自分の力が認められたのだと。
夢だった『宮廷防具仕立人』になれたのだと。
リエナは感極まり、涙が止まらなかった。
そして、この結果に至った青年の言葉を思い返しながら、心の中で強く感謝した。
(あの時、あの青年の元に相談しにいって、本当に良かった……)
リエナは、自分は裁かれるのだと思っていたのだ。
それは、『この国の宰相の依頼を偽装した』という罪で。
リエナは、知らなかった。否、そこまで考えていなかった。
宰相の裏の策略を。
自身がその渦中に巻き込まれていたことを。
リエナはそれを知らずして、回避していた。
青年の言葉を信じたことによって。
勇者だって猫の手も借りたい 〜喫茶店のアルバイトをしていただけなのに、知らぬ間に異世界の事件を解決していたらしい〜 ゆらゆうら @yurayuura
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