第17話

天空塔の最上階。

神と英雄の「お遊び(エキシビション)」は、最終局面を迎えていた。

​私の目の前には、学園長の出した『テスト用ダミー人形(即死装備付き)』。

攻撃して破壊すれば、その瞬間に装備魔法『責任転嫁』の効果で私が敗北する。

かといってターンを返せば、学園長が自爆させて効果を発動する。

​完全に詰み。

「攻撃(アクション)」を人質に取られた状態。

​「……性格悪いね、ホント」

​私は笑った。

楽しくて仕方がない。

この理不尽さ。このクソゲー感。

これこそが、私が求めていた「ギリギリの対話」だ!


​ Turn 6 : Iroha (Rainbow)

​「私のターン! ドロー!!」

​引いたカードを確認する。

……来た。

私のデッキに入っている、唯一の「解決札(アンサー)」。

​「ねえ、学園長。

アンタはさっき言ったよね。『破壊された時』に効果が発動するって」

​「ああ、そうとも。このダミー人形が『破壊』されれば、敗北判定は君に移る」

​「じゃあさ」

​私は手札の一枚を、悪戯っぽく見せびらかした。

​「『破壊』しなければ、文句ないよね?」

​「……何?」

​私は黒と青のマナをタップした。

深く、暗い色が混ざり合う。

​「魔法発動! 『強制的な祝宴(パーティー・ナイト)』!!」

​「ほう……?」

​「効果はシンプル!

お互いのフィールドのモンスターを1体ずつ選び……『リリース(生け贄)』にして、お互いにカードを2枚引く!」

​「なっ……リリースだと!?」

​学園長の表情が、初めて崩れた。

​「そう!この世界のルールにおいて、『リリース』は『破壊』じゃない!ただのコスト払いだ!」

​私は自分の場の『着火する小竜』と、学園長の『ダミー人形』を指名した。

​「さあ、パーティーの時間だよ!

アンタの人形も、私の竜も、仲良く生け贄になって飲み食いしようじゃないか!」

​シュウゥゥゥ……!

光の渦が発生し、ダミー人形が吸い込まれていく。

装備されていた『責任転嫁』のスイッチが、カチリとも鳴らずに虚空へ消えた。

​「『破壊』されていないから、スイッチは作動しない!即死効果は不発(ミスタイミング)だよ、学園長!!」

​「……見事だ。システムの盲点……『処理の違い』を突いてくるとはね」

​学園長は、悔しそうに、けれどどこか嬉しそうに目を細めた。

フィールドから障害物は消えた。

残るは、学園長本体と、私の最強の相棒のみ。

​「邪魔者は消えた!さあ、フィナーレだ!

『虹彩の創界神(イリス・ジェネシス)』!!」

​私はイリスに指示を飛ばす。

彼女は7色の翼を広げ、杖を高々と掲げた。

​「アンタの作った『バグ(不条理)』も『3軍(失敗作)』も、全部まとめて愛してやる!

これが私たちの……『全力の虹(フルカラー)』だ!!」

​「……受け止めよう。

来たまえ、規格外(エラー)の少女よ!」

​「いっけええええええええ!!

プリズム・ジ・エンドォォォォッ!!」

​七色の閃光が、天空塔の夜を昼のように照らし出した。

学園長のライフカウンターが、高速で回転し――0を指す。

​『 WINNER : Iroha Yusaki 』

​光が収まると、そこには静寂が戻っていた。

ガラスの床に大の字に寝転がる学園長。

そして、肩で息をする私。

​「……負けたよ。完敗だ」

​学園長は、天井を見上げたまま笑った。

​「私の3軍デッキ……『開発者の悪意』の結晶が、こうも鮮やかに攻略されるとはね」

​「危なかったよ、マジで」

私はへたり込みながら答えた。

「あんな即死コンボ、初見殺しにも程があるって」

​学園長は身を起こし、バスローブの乱れを直すと、私に向かって手を差し出した。

​「約束だ、遊崎いろは。

今回の勝利に免じて……Eクラスの『Cランク待遇』を、恒久的な権利として保証しよう」

​「っしゃあ!!」

私はガッツポーズをした。

これで美味しいご飯確定! フカフカベッド確定!

​「……ただし」

​学園長は、私の手を取り、強く握りしめた。

​「これはまだ、通過点に過ぎない。

君たちは準決勝を勝ち抜いた。

つまり……明日の『決勝戦』が待っている」

​「決勝戦……」

​そうだった。

Sランクを倒して終わりじゃない。

トーナメントの反対側の山を勝ち上がってきた、もう一つのチームがいる。

​「相手は誰?

AAAランクの金持ち? それとも、またCクラス?」

​私が聞くと、学園長はモニターを操作し、トーナメント表を表示させた。

そこには、予想外の名前が刻まれていた。

​【 決勝進出チーム 】

生徒会執行部 『新秩序の守護者(ニュー・オーダー)』

​「……はぁ!?」

​私は素っ頓狂な声を上げた。

生徒会?

あいつら、エキシビションで私たちにボコボコにされて、メンタル折れたんじゃないの?

​『彼らは這い上がってきたのだよ』

​学園長はニヤリと笑った。

​『君たちに負けた屈辱。泥に塗れた敗北感。

それを糧にして……彼らは「未実装(ベータ)」の殻を破り、真の「完成形(リリース)」へと進化した』

​モニターに映し出されたのは、以前とは違う、鬼気迫る表情の神楽ミコト会長たちの姿。

その手には、以前見たものよりもさらに禍々しく、強力な輝きを放つカードが握られている。

​「……リベンジマッチってわけか」

​私は武者震いした。

一度勝った相手だからって、油断はできない。

向こうは「負け犬の根性」を手に入れたエリートだ。一番タチが悪い。

​「面白くなってきたじゃん」

​私は学園長に背を向け、エレベーターへと歩き出した。

​「ありがとね、おじさま。いい『特訓』になったよ。

明日の決勝……アンタの作った『秩序(生徒会)』を、もう一回ぶっ壊してやるから!」

​「楽しみにしているよ。

……私の世界を、君の色で染めてくれ」

​背後で学園長が呟いた言葉を、私はしっかりと受け止めた。

​明日、学園祭最終日。

Eクラス(カオス) vs 生徒会(オーダー)。

この学園の未来を決める、最後の戦いが始まる!


生徒会メンバー視点___かつてEクラス(現Cランク)に敗北し、泥に塗れたエキシビション・マッチ。

その屈辱は、生徒会執行部「新秩序の守護者(ニュー・オーダー)」を変えた。

​彼らはもう、いろは達を「排除すべきゴミ」とは見ていない。

自らの秩序(プライド)を脅かす「殲滅すべきウイルス」として認識し、殺意に近い執念を燃やしていた。

執行部・作戦会議室:復讐のデータベース

​場所: 天空塔・生徒会本部

状態: 臨界点(Over Critical)

​煌びやかだった会議室は、今や重苦しい殺気に包まれていた。

彼らの手元には、敗北の記録(リプレイデータ)と、さらなる力を解放するための「禁断の強化パッチ(アップデート)」がある。


副会長:霧島ヴァイスの演算(vs 蒼井レイ)

​【ターゲット:青単・知識】

​「……認めん。認めんがや」

​ヴァイスは、義眼の録画データを何度も再生していた。

レイが発動した『オールド・スペック(旧式化)』。

あのポップアップ地獄のせいで、俺の演算速度は止められた。

​「あいつは俺の『速さ』を否定しなかった。

俺の『入力インターフェース(指先)』という物理的な弱点を突きやがった」

​高度な電子戦を行っているつもりだったが、足元をすくわれた屈辱。

ヴァイスの機械化された脳内で、冷却ファンが唸りを上げる。

​「ええわ。学習したて。

人間いうのは、非合理な手順で処理落ちを狙う『バグの塊』だ。

……次の決勝。俺のサイバース族は、『人間の思考速度』そのものをオーバーフローさせる領域へ踏み込むでよ」

会計:銭形バーンの引火(vs 緑川ソウタ)

​【ターゲット:緑単・マナ加速】

​「カッカッカ……! ワレ、よう燃えたのぉ!」

​銭形は、葉巻(チョコバー)を噛み砕いた。

ソウタの植物デッキ。燃やせば燃やすほど育つ『不死鳥の種』。

自分の火力が、敵の養分になった。

これほどの屈辱が、炎使いにあるだろうか。

​「灰は肥料になるじゃと? ぬかしよる。

なら、灰すら残さん温度で焼けばええだけの話じゃろうが!」

​彼の瞳孔が開く。

手元の朱色のデッキが、異常な熱を発している。

​「見とれよ、草木使い。

肥料? 再生?

そんなサイクルが追いつかんほどの『核熱(ニュークリア)』で、学園ごと消し飛ばしたるわ!」

​3. 書記:夢川ピュアの歪み(vs 白瀬ミカ)

​【ターゲット:白単・鉄壁防御】

​「……可愛くない。可愛くない可愛くない可愛くないっ!」

​ピュアは、愛用の人形の首をギリギリと締め上げていた。

ミカが最後に見せた『合体機神(ユニオン・デウス)』。

無骨で、ゴツくて、可愛げのないロボット。

なのに、どうしてあんなに……「輝いて」見えたのか。

​「ピュアの『妖精』が一番可愛いの!

合体とか、絆とか……そんな小細工で、ピュアの魅了(チャーム)を弾くなんて許さんとよ!」

​彼女は、フリフリのドレスの裾を握りしめる。

​「決勝では、もっと残酷な魔法を使うとよ。

お姉ちゃんのその『絆』……。

ズタズタに引き裂いて、同士討ちさせて、絶望顔のコレクションにしてあげるっちゃん!」

​4. 風紀委員長:碇テツヤの粛清(vs 黒江カイ)

​【ターゲット:黒単・墓地利用】

​「……不覚でごわした」

​碇は、正座をして竹刀を磨いていた。

カイの『手札を墓地にする』戦術。

強制送還(バウンス)という「優しさ(退学処分)」が、あのような凶悪なカウンターを生んだ。

​「毒を以て毒を制す……。奴の腐った根性は、生半可な指導では直らんと見たり」

​彼は静かに目を開いた。

その瞳は、深海のように暗く、冷たい。

​「もはや『退去』では温い。

必要なのは……『消去(ロスト)』でごわす。

奴のカード、奴の戦術、奴の存在。

その全てを次元の彼方へ葬り去る……『完全なる虚無』を喰らわせるでごわす!」

​5. 生徒会長:神楽ミコトの断罪(vs 遊崎いろは)

​【ターゲット:5色ハイランダー】

​そして、神楽ミコト。

彼女は窓際に立ち、眼下のスタジアムを見下ろしていた。

手には、敗北した時に砕かれた『黄金律』のカードの欠片。

​「……錆びついた巨神。あんな粗大ゴミに、私の黄金が砕かれるなんてね」

​屈辱だった。

最新鋭の幻竜族が、泥まみれのジャンクカードに殴り負けた。


「無効にされない」という一点突破。

それは、彼女が信じていた「完全な管理」へのアンチテーゼだった。

​「いろはちゃん。君は言うたね。

『新しいものが常に強いとは限らない』と」

​神楽は、懐から新たなカードを取り出した。

それは黄金色に輝いているが、以前のような神々しさはなく、どこか禍々しい光を放っている。

​「認めるわ。私の『秩序』は脆かった。

だから……修正(アップデート)したわ」

​彼女は、妖艶に微笑んだ。

​「次の私の黄金は、ただ『無効』にするだけやない。

君のその多様性(5色)を、混沌を、自由を……。

『概念ごと黄金に塗り固めて、永遠の彫像に変える』」

覚悟完了:ニュー・オーダー Ver.2.0

​5人の執行役員が立ち上がる。

彼らのデッキは、学園祭期間中の猛特訓と、学園長の裏工作(データ提供)により、凶悪に進化していた。

​「行くでごわす。これが最終執行」

「ヒャッハー! 丸焼きじゃ!」

「可愛く殺してあげる!」

「演算終了。勝利確率は100%だがや」

​「ええ、行きましょう」

​神楽会長が先頭に立つ。

​「Eクラス。君たちが『空』を飛ぶなら。

私たちは『天』となって、その翼を焼き尽くす。

……決勝戦、楽しみにしときや」

​復讐に燃える新種族たち。

進化した秩序が、カオスな革命児たちを迎え撃つ。

最終決戦の幕が上がる。


いよいよ始まる、生徒会執行部との最終決戦。

私たちEクラスと、生徒会メンバーがスタジアムの中央で対峙し、火花を散らしていたその時。

​またしても、空気が凍りつきました。

スタジアムの大型ビジョンではなく……なんと、フィールドのど真ん中に、ファンシーなBGMと共に一台の「機械」がせり上がってきたのです。

​それは、色あせた塗装の、レトロな**「カード販売機(カードダス)」**でした。

​第23章:神のガチャポン ―運命の100円―

​💊 ラスボスの無駄遣い

​「……な、なんですかアレは」

生徒会長の神楽ミコトが、呆気にとられて呟く。

​その販売機の横には、バスローブ姿で小銭入れをジャラジャラさせている天導院アーク学園長(ホログラム)が立っていた。

​『やあ、諸君。決勝戦の前に、少し「運試し」をしようかと思ってね』

​学園長はニコニコしながら、販売機の硬貨投入口に100円玉(データの電子通貨ではなく、物理的な硬貨!)を入れた。

​チャリン。

ハンドルを回す。ガシャ、ガシャ、ポン。

​『おお、これは懐かしい。……「キノコ人間」か。ハズレだね』

​「……学園長。何をしてはるんですか?」

神楽会長の声が低い。キレている。

​『何って、パック購入だよ。

この販売機は、1000年前のデータ……いや、文字通りの「ジャンクデータ」がランダムに排出される、骨董品のガチャマシンだ』

​学園長は、出てきたカプセルを10個、テーブルに並べた。

​『決勝戦を行う君たち10名に、私からのプレゼントだ。

さあ、一人一個ずつ取りたまえ』

​「は? いらないッスよそんなゴミ!」

ミカが叫ぶ。

「ウチらのデッキはもう完成してるんス! 余計なノイズは……」

​『――これは「命令(オーダー)」だ』

​学園長の声色が、瞬時に冷徹なものに変わった。

場の空気が重くなる。

​『今から配るカードを、「必ずデッキに投入」すること。

そして、このカードを入れた状態で「勝利」すること。

もしデッキに入れなかったり、負けたりした場合は……』

​学園長は、首を切るジェスチャーをした。

​『即時退学。……その意味は、わかるね?』

​退学=脳死(統合)。

私たちは息を呑んだ。

決勝戦の直前に、正体不明のランダムカードをデッキに入れろだって!?

構築バランスが崩壊する!

配給された「異物」たち

​拒否権はない。私たちは渋々、カプセルを手に取った。

生徒会の連中も、屈辱に顔を歪めながら従う。

​「……開封(オープン)」

​カプセルを開け、中に入っていたカードを確認する。

そして、スタジアムのあちこちから絶望の声が上がった。

​【 Eクラス(カオス側)へのプレゼント 】

​緑川ソウタ(緑単) ⇒ 『除草剤散布機』(アーティファクト)

​効果:フィールドの植物族を全て破壊する。

​ソウタ: 「なんでやねーん! 自分の畑を枯らす機械やんけ! こんなん入れたら自殺行為や!」

​白瀬ミカ(白単) ⇒ 『バーサーカーの呪い兜』(装備魔法)

​効果:装備モンスターの守備力を0にし、毎ターン強制的に攻撃させる。

​ミカ: 「守備力ゼロ!? ウチの鉄壁が! しかも勝手に殴るとか、天使ちゃんのキャラ崩壊ッス!」

​黒江カイ(黒単) ⇒ 『聖なる日向ぼっこ』(魔法)

​効果:お互いの墓地のカードを全てデッキに戻し、ライフを回復する。

​カイ: 「……深淵(墓地)が消える。健康的に回復してどうする。我(オレ)の戦術の全否定だ」

​蒼井レイ(青単) ⇒ 『脳筋オーガ』(モンスター)

​効果:このカードが場にいる限り、プレイヤーは魔法カードを使えない。

​レイ: 「……魔法禁止。僕に『殴り合い』をしろと? 論理的欠陥も甚だしいばい」

​そして、私(いろは)の手元に来たカードは。

​遊崎いろは(5色) ⇒ 『無垢なる白紙(ホワイト・ブランク)』(レベル1・無色)

​攻撃力0 / 守備力0

​効果:なし(バニラ)。

​フレーバーテキスト:「彼はまだ何者でもない。故に、何にでもなれる」

​「……効果なしの、レベル1」

私はカードをひらひらさせた。

「まあ、邪魔にはならないけど……『勝つために使え』って言われると、一番困るやつだね」

​🏛️ 生徒会(オーダー側)へのプレゼント

​一方、生徒会メンバーの反応はもっと悲惨だった。

彼らのデッキは「種族統一」で完成されているため、異物の混入は致命傷になる。

​銭形バーン(炎族) ⇒ 『消化活動(ウォーター・バケツ)』

​効果:炎属性のダメージを無効化する。

​銭形: 「水じゃと!? ワシの火消してどうすんじゃボケェ!」

​夢川ピュア(妖精) ⇒ 『醜悪なゴブリン』

​効果:自分フィールドの「可愛い」モンスター(妖精など)の攻撃力を下げる。

​ピュア: 「キャァァァ! キモい! 臭い! ピュアのデッキに入れないでぇぇ!」

​霧島ヴァイス(サイバース) ⇒ 『錆びついた砂時計』

​効果:お互いのプレイヤーは、1ターンに1枚しかカードを出せない。

​ヴァイス: 「処理落ち(ラグ)発生……!? こ、こんなアナログな置物、俺の高速展開の邪魔だがや!」

​碇テツヤ(海竜) ⇒ 『動かざる石像』

​効果:このカードは手札に戻らない。

​碇: 「戻らぬ……だと? 循環こそが海竜の真髄。これでは川が堰き止められてしまうでごわす!」

​そして、神楽ミコト会長。

彼女が引き当てたのは、黄金に輝く……いや、どす黒く澱んだカード。

​神楽ミコト(幻竜) ⇒ 『強欲な泥棒猫』

​効果:相手の墓地のカードを1枚、勝手に盗んで自分の手札に加える。

​神楽: 「……泥棒? この私が、盗みを働けと? ……下劣な」

試される「対応力(アドリブ)」

​阿鼻叫喚のスタジアム。

学園長は、その様子を満足げに眺めていた。

​『嘆くことはない。

君たちに渡したその「ノイズ」。

それをどう組み込み、どう料理するか……それこそが、この決勝戦のテーマだ』

​学園長のホログラムが消える。

残されたのは、デッキ構築を強制的に崩された10人のデュエリスト。

​「……ふざけた真似を」

神楽会長が、吐き捨てるように言った。

「でも、条件はイーブンや。

私たち生徒会(オーダー)の適応能力、Eクラス如きに後れは取らへんわ!」

​彼女は『泥棒猫』をデッキにねじ込んだ。

他のメンバーも、殺気立った顔でデッキを調整し始める。

​「……いろはちゃん。これ、どうする?」

ソウタが泣きそうな顔で『除草剤』を持っている。

​私は、自分の『白紙のカード』を見つめ、ニヤリと笑った。

​「面白いじゃん」

​私は振り返り、仲間たちに言った。

​「みんな、思い出してよ。

私たちは『クソカード』の扱いなら、プロフェッショナルでしょ?」

​Dクラス戦、Cクラス戦、そして準決勝。

私たちはいつだって、配られた手札(運命)を捻じ曲げて勝ってきた。

​「ソウタ! 植物を枯らすなら、『枯れた時に発動する』種を植えればいい!

ミカ! 防御0のバーサーカーなら、『死なない特攻隊長』にすればいい!

カイ! 墓地が消えるなら、『除外ゾーン』を利用する戦術に切り替えな!

レイ! 魔法が使えないなら、その筋肉オーガで『物理的に』殴り倒せ!」

​私の檄に、みんなの目が覚める。

​「……せやな。毒も薬に変えてきたんや!」

「攻撃力倍増の特攻天使……悪くないッス!」

「……深淵の底は一つではない」

「筋力(フィジカル)による解決……計算に入れるばい」

​Eクラスの空気が変わる。

混乱は、即座に「工夫」へと変わった。

​「そして私は……この『何もないカード』に、『全て』を乗っけてやる!」

​私は白紙のカードをデッキに入れた。

ただの数合わせじゃない。

こいつが、決勝の切り札になる予感がする。

​「さあ、始めようか神楽会長!

『ノイズ混じりの最高傑作』……どっちが上か、決めようぜ!!」

​学園祭最終日。決勝戦。

不純物を混ぜられた最強同士の、カオスな宴が幕を開ける!


いよいよ、運命の最終日。

美味しいカレーの味、仲間たちの頼もしい背中、そして静かに燃える「白紙のカード」。

すべてを胸に刻んで、私たちは最後の戦場へと向かいます。

​Eクラス(カオス) vs 生徒会(オーダー)。

学園の支配権と、私たちの未来を賭けた大一番の幕開けです。

最後の朝食、白紙の地図___


​「……んっ。辛(から)ッ!」

​Cランク食堂。

私は、勝者の特権である「カツカレー(大盛り)」を頬張りながら、軽くむせた。

スパイスが効いている。生きている味がする。

​「泣いても笑っても最後やな。このカレーが『最後の晩餐』になるか、明日の朝食になるか……」

ソウタが、スプーンを持つ手を震わせている。

彼の手元には、学園長から押し付けられた**『除草剤散布機』**のカード。

​「大丈夫ッスよ、ソウタ君。

ウチらはもう、ゴミの使い方なら世界一ッスから」

ミカが、自分の**『バーサーカーの呪い兜』**を愛おしそうに磨いている。

守備力0の特攻装備。普通なら自殺行為だが、彼女の目は「これをどう使うか」で輝いている。

​「……フン。深淵の底で日向ぼっこか。悪くない」

カイは**『聖なる日向ぼっこ』**をデッキに入れ、不敵に笑う。

墓地リセットという絶望を、彼はどうやら「転生」のギミックとして組み込んだらしい。

​「魔法禁止のオーガ……。僕の計算式を物理で破壊する劇薬たい」

レイも**『脳筋オーガ』**を見つめ、静かに闘志を燃やしている。

​そして、私。

私の手の中にあるのは、『無垢なる白紙(ホワイト・ブランク)』。

攻撃力0。守備力0。効果なし。

ただの数合わせ。もっとも役に立たないカード。

​「……アンタは、何者でもない」

​私はカードに指を這わせる。

​「だからこそ、何にでもなれる。

……頼んだよ、私の『ジョーカー』」

​私は残りのカレーを水で流し込み、立ち上がった。

​「行こう、みんな!

生徒会の連中に、**『最高のエラー』**を吐かせてやるよ!」

​🏛️ 遭遇:進化した秩序

​スタジアムは、異様な熱気に包まれていた。

観客席は超満員。ドローンカメラが空を埋め尽くしている。

​「……来たわね、Eクラス」

​入場ゲートの向こう側。

そこには、以前のエキシビション・マッチとは別人のようなオーラを纏った、生徒会執行部の5人が待っていた。

​かつての「驕り」はない。

あるのは、冷徹な殺意と、泥水を啜ってでも勝ちにいく執念。

​「おきばりやす、404番。

……いや、遊崎いろは」

​生徒会長、神楽ミコトが、黄金のデッキを構えて私を見据える。

彼女のデッキには、あの『強欲な泥棒猫』が入っているはずだ。

墓地のカードを盗む、彼女の美学に反するカード。

​「泥棒猫なんて入れたくなかったやろ? 会長」

​私が煽ると、神楽は薄く笑った。

​「いいえ。感謝してるわ。

『秩序』を守るためには、時には清濁併せ呑む覚悟が必要やと……学園長と君たちが教えてくれたからね」

​彼女の背後に、黄金の幻竜の幻影が揺らめく。

その輝きは、以前よりも濁り、しかし強烈な「重み」を持っていた。

​「私の『黄金律』に、君たちの『混沌』を取り込む。

……それが、私のたどり着いた『新・絶対秩序(ネオ・ニュー・オーダー)』や!」

​「……へぇ。言うじゃん」

​他のメンバーも同様だ。

銭形バーンは『水』を、夢川ピュアは『醜悪』を、霧島ヴァイスは『遅延』を、碇テツヤは『不動』を。

それぞれの「弱点(ノイズ)」を飲み込み、デッキの一部として消化している。

​「面白くなってきた。

そっちが『完成された秩序』なら……こっちは**『制御不能の爆発』だ!」

​ 開戦:5つのカオス

​『 Final Match : E-Class vs Student Council 』

​学園長の高らかな宣言と共に、5つのデュエルフィールドが同時に展開される。

負ければ退学(脳死)。勝てば学園の支配権。

究極の賭け(ベット)が始まった!

第1戦線:【緑単】緑川ソウタ vs 【朱色】銭形バーン

​「ヒャッハー! 燃やせ燃やせぇ!

……と言いたいところじゃが、今日は『消火活動』も忙しいのぉ!」

​銭形は、自身の炎ダメージを無効化する『消化活動(ウォーター・バケツ)』を、あろうことか「自分のライフを守る盾」として使ってきた。

自傷ダメージを伴う強力な炎カードを、デメリットなしで撃ちまくる!

​「くっ……! 炎が無効化されて、ボクの『不死鳥の種』が育たへん!」

ソウタが苦悶する。

「なら、こっちもヤケクソや! 『除草剤散布機』起動!!」

​ソウタは、自分の植物族を全滅させるアーティファクトを起動した。

「枯れても種は残る!

『破壊された時』にマナを増やす遺言効果……全部発動やぁぁぁ!!」

​自ら畑を焼き払い、その灰から莫大なマナを生み出す。

焦土と再生のチキンレース!


第2戦線:【白単】白瀬ミカ vs 【桃色】夢川ピュア

​「キャハハ! キモい! キモいゴブリンがいっぱい!」

​ピュアの場には、『醜悪なゴブリン』が並んでいる。

自分の可愛い妖精を弱体化させるゴミカード……のはずが。

​「でもね、このゴブリンさん……『相手に送りつける』と、すっごくイジワルなの!」

​ピュアは妖精魔法で、ゴブリンをミカの場に転送した。

ミカの美しい天使たちの横に、汚いゴブリンが居座る。

「えっ!? やめるッス! 天使ちゃんのビジュアルが台無しッス!」

​「さらにぃ! 魅了(チャーム)で天使ちゃんだけ奪っちゃう!

ゴブリンさんと仲良くしててね~☆」

​「……許さないッス。ウチの美学を汚した罪は重いッス!」

ミカは**『バーサーカーの呪い兜』を手に取った。

「この兜……あえて『奪われた天使』に装備させるッス!」

​「え?」

​「守備力0になって、強制攻撃……。

ピュアちゃんの妖精たちを、ウチの天使が勝手に殴り殺すッスよー!!」

​愛憎渦巻く、泥沼のキャットファイト!

第3戦線:【黒単】黒江カイ vs 【紺色】碇テツヤ

​「動かざること山の如し……。

拙者の海竜は、もはや手札には戻らぬ!」

​碇テツヤは、手札に戻らない『動かざる石像』を壁にし、盤面を固定していた。

「バウンス(戻す)」戦術を捨て、完全なロック(制圧)に切り替えたのだ。

​「……フン。深淵を覗く気になったか、風紀委員長」

​カイの手元には、墓地をデッキに戻して回復する『聖なる日向ぼっこ』。

墓地利用デッキの天敵だ。

​「だが、光が強ければ影も濃くなる。

墓地が消えるなら……『ライフの差』をトリガーにするまで!」

​カイは回復したライフを、即座に別のコスト(悪魔の契約)に支払った。

「健康的な回復? 違うな。これは『輸血』だ。

新たな血を得て、我(オレ)の呪いは加速する!」

​⚔️ 第4戦線:【青単】蒼井レイ vs 【電脳】霧島ヴァイス

​「処理落ち(ラグ)……?

否。これは『意図的な遅延(ディレイ)』だがや!」

​ヴァイスは、1ターンに1枚しか出せない『錆びついた砂時計』の影響下で、あえて「超重量級」のサイバース族を1体だけ展開した。

「展開できんのなら、質を高めればええ。

単体最強のプログラム……これならおみゃあさんの計算も狂うだろ?」

​「……厄介な。一点突破に切り替えたか」

​レイは、魔法を封じる『脳筋オーガ』を前にして、眼鏡を外した。

​「魔法が使えんのなら、僕も『計算』をやめよう。

……オーガよ。その棍棒で、あいつの精密機械を叩き壊せ!」

​レイがまさかの「装備ビート(殴り)」プランに変更。

知性派同士の、IQの低い殴り合い!

最終戦線:【5色】遊崎いろは vs 【黄金】神楽ミコト

​そして、私の目の前。

神楽会長のフィールドには、黄金に輝く『幻竜神 ハムラビ』と、不気味に笑う『強欲な泥棒猫』が並んでいる。

​「……見せてあげるわ。私の『最適解』を」

​神楽会長が動く。

​「『強欲な泥棒猫』の効果発動。

君の墓地から………『虹彩の創界神(イリス・ジェネシス)』を盗ませてもらう!」

​「っ……!?」

​「私の『黄金律』で無効化し、破壊した君のイリス。

それを猫が盗み出し……私の場に特殊召喚する!」

​ゴゴゴゴゴ……ッ!!

私の相棒、イリスが、神楽会長のフィールドに現れる。

だが、その姿は黄金の鎖に繋がれ、瞳のハイライトが消えていた。

​「イリス……!?」

​「美しいわ。君が使うより、私の『所有物(コレクション)』になった方が輝いてる。

……さあ、絶望しなさい。

自分の最強のカードに殺される気分は、どうや?」

​神楽会長がサディスティックに笑う。

私の墓地利用も、マナ加速も、全て『ハムラビ』に封じられている。

そして目の前には、奪われた相棒。

​手札にあるのは、数枚のマナ加速カードと……『無垢なる白紙(ホワイト・ブランク)』。

​効果なし。攻撃力0。

こんな紙切れで、神(イリス)と王(ハムラビ)に勝てと?

​「……ふぅ」

​私は息を吐き、静かに目を閉じた。

絶望? 怒り?

違う。

​(……聞こえるよ、イリス)

​鎖に繋がれたイリスから、微かな声が聞こえる気がした。

『まだ、終わってない』。

​私は目を開けた。

​「……ありがとね、会長。

イリスをわざわざ蘇生させてくれて」

​「負け惜しみか?」

​「違うよ。

アンタは『盗んだ』つもりだろうけど……。

イリスはね、アンタの盤面(そこ)じゃ満足できないんだよ!」

​私は、全マナ(5色)をタップした。

そして、手札の『白紙』を、フィールドのセンターに叩きつける。

​「来い! 『無垢なる白紙』!!」

​フィールドに、真っ白な人型のシルエットが現れる。

頼りない、ただのモヤのような存在。

​「効果なしの雑魚……。盾にすらならへんわ」

​「こいつは『何者でもない』。

だからこそ……『全ての色の器』になれる!!」

​私は、墓地にあるすべての属性カードを除外した。

赤、青、緑、白、黒。

​「墓地の5色の力を、この白紙に上書き(オーバーライト)する!

習得せよ!

ドラゴンの火力! 魚の流動! 植物の再生! 悪魔の呪い! 天使の加護!

そして……!!」

​私は、神楽会長の場にいるイリスを指差した。

​「『奪われた仲間の魂』!!」

​ドクン!!

白紙のシルエットが、脈打った。

鎖に繋がれたイリスが光となり、白紙へと流れ込んでいく。

​「なっ……!? イリスが、勝手に!?」

​「言ったでしょ? そいつは私の相棒だって!

アンタの命令なんて聞かないよ!」

​イリスの虹色が、白紙を染め上げる。

全ての色を飲み込み、混ざり合い、そして生まれた色は――。

​『 漆黒の混沌(カオス・ブラック) 』

​「誕生せよ!

全てのジャンク、全てのバグ、全ての想いを束ねた姿!

『混沌の創界神(カオス・ジェネシス) イリス・オルタ』!!」

​ズガァァァァァァン!!

​スタジアムが闇に染まる。

現れたのは、黒い翼と虹色の瞳を持つ、堕ちた女神。

攻撃力は……測定不能(∞)。

​「さあ、決着(フィナーレ)だ神楽ミコト!

アンタの黄金の秩序を……私のカオスで食い尽くす!!」


学園の秩序を守る鉄壁の盾、生徒会執行部。

彼らの視点から見た、Eクラスの革命――。

執行部・崩壊ログ:秩序の終焉(システム・ダウン)

​場所: 学園祭メインスタジアム・決戦フィールド

状態: 制御不能(Uncontrollable)

​スタジアムが闇に染まる。

遊崎いろはの場に現れたのは、全ての色彩を飲み込み、黒く輝く堕天使。

『混沌の創界神(カオス・ジェネシス) イリス・オルタ』。

​その圧倒的な質量を前に、生徒会役員たちは言葉を失っていた。

会計:銭形バーンの戦慄

​(vs 緑川ソウタ・戦線崩壊済み)

​「……アホな」

​銭形は、口から葉巻(チョコバー)を取り落とした。

自分の『炎族』は、全てを灰にする最強の火力だったはずだ。

だが、目の前にある「黒」は違う。

​「あれは……燃やすんやない。**『飲み込む』**んじゃ」

​ソウタの植物がそうであったように。

あの黒い天使は、炎も、水も、光も、全てのエネルギーを喰らって肥大化している。

​「ワレ……ワシの火が『種火』にしか見えんわ。

あんなん、キャンプファイヤーどころか……太陽そのものやんけ」

​銭形は乾いた笑い声を上げた。

自分たちが配給されたゴミカード『消化活動』。

それを盾にした自分と、自ら畑を焼く『除草剤』を肥料にしたソウタ。

覚悟の温度が違った。

​「カッカッカ……! 負けじゃ。

ワシらの火じゃ、あのカオスは焦がせもしないわ!」

書記:夢川ピュアの恐怖

​(vs 白瀬ミカ・戦線崩壊済み)

​「……ひっ」

​ピュアは、ドレスの裾を強く握りしめていた。

彼女の得意とする「魅了(チャーム)」は、絶対のはずだった。

どんな強いモンスターも、ピュアの可愛さの前ではひれ伏すはずだった。

​だが、あの黒い天使は違う。

鎖で繋がれた『イリス』が、自ら鎖を引きちぎり、喜んであの黒い影と融合したのだ。

​「なんで……? ピュアの方が可愛いのに……。

なんで、そんなに嬉しそうに『あっち』へ行くの……?」

​ミカが『呪い兜』を被せた天使もそうだった。

彼女たちは、強制されたから動いたんじゃない。

**「主のために壊れること」**を選んだのだ。

​「可愛くない……。全然可愛くないとよ……。

でも……」

​ピュアは震える声で呟いた。

​「……すごく、綺麗っちゃん」

​支配による愛ではなく、信頼による融合。

そのおぞましくも美しい姿に、ピュアの「可愛さの定義」が揺らいでいた。

風紀委員長:碇テツヤの観念

​(vs 黒江カイ・戦線崩壊済み)

​「……止められんでごわす」

​碇は、竹刀を静かに下ろした。

彼が配給された『動かざる石像』。

手札に戻らないその石像は、彼の海竜デッキの流動性を殺し、澱ませた。

​対して、カイは『日向ぼっこ』という回復カードすら、悪魔への供物(ライフコスト)に変えた。

流れることを止めない意志。

​「海は……堰き止めれば腐る。

奴らの意志は、激流そのもの」

​彼は、スタジアムを覆う闇を見上げる。

​「校則違反? いや、もはや規格外。

あの『黒』を裁ける法など、この学園には存在せんでごわすな……」


副会長:霧島ヴァイスのオーバーフロー

​(vs 蒼井レイ・戦線崩壊済み)

​『 Alert : Processing Speed... Limit Break. 』

『 Error : Target spec is Infinite. 』

​ヴァイスの義眼が、高速でエラーログを吐き出している。

彼が配給された『錆びついた砂時計』。

それが彼の思考速度にラグを生ませ、レイの物理攻撃を許してしまった。

​だが、それ以上の異常事態が目の前にある。

​「……『無垢なる白紙(ホワイト・ブランク)』だと?」

​ヴァイスは呻いた。

​「効果なし。データ容量ゼロ。

だからこそ……『無限の容量(ストレージ)』になり得るいうか……!?」

​0には何を掛けても0だ。それが俺の計算だった。

だが、あいつらは0に全ての色を足し算し、掛け算し、乗算して……無限(∞)にした。

​「計算できん……。

俺のプロセッサじゃ、あいつらの『熱量』は処理しきれんがや……!」

​煙を上げる自身の脳を抱え、ヴァイスは膝をついた。

生徒会長:神楽ミコトの落日

​(vs 遊崎いろは・交戦中)

​そして、神楽ミコト。

彼女の目の前で、黄金の秩序が、漆黒の混沌に食い破られようとしていた。

​「……私の、負けやね」

​神楽は、呆然と呟いた。

彼女の場には、最強の制圧竜『ハムラビ』がいる。

手札には、相手の墓地を利用する『強欲な泥棒猫』で奪った『イリス』がいたはずだった。

​完璧な布陣。

黄金律による完全な管理。

それは「正解」だったはずだ。

​「なんでや……。

私は、学園の秩序を守るために、泥棒猫すら受け入れたのに」

​彼女は見上げる。

かつて自分の所有物(コレクション)にしようとした『イリス』が、今は黒い翼を広げ、いろはの背後で微笑んでいるのを。

​「……そうか。

私は『所有』しようとした。

でも、君は……」

​いろはの声が蘇る。

『イリスはね、アンタの盤面(そこ)じゃ満足できないんだよ!』

​「君は、信じて解き放ったんやね。

……器が、違ったわ」

​神楽は、手元の黄金のデッキを見つめた。

それは美しく輝いているが、どこか冷たい。

対して、いろはの場にある黒い天使は、5色の輝きを内包し、恐ろしいほどの熱を放っている。

​「私の黄金は、ただのメッキやった。

……君の『黒』こそが、全ての色を束ねる王の色や」

​神楽は目を閉じ、両手を広げた。

抵抗はしない。

この新しい「秩序」に飲み込まれることは、今の彼女にとって救いのように思えた。

​「行っておしまい、遊崎いろは。

そのカオスで……私の退屈な世界を、終わらせて」

​「イリス・オルタ! ダイレクトアタック!!」

​ズガァァァァァァン!!

​黄金の幻竜神が砕け散る。

スタジアムに降り注ぐ金色の破片は、まるで新しい時代の幕開けを祝う紙吹雪のように見えた。

​『 WINNER : E-Class 』

​モニターの文字が、学園の歴史が変わったことを告げていた。

生徒会執行部、陥落。

秩序の崩壊。

そして――。

​「……綺麗やね」

​吹き飛ばされた神楽は、泥にまみれながら空を見上げた。

そこには、スタジアムの天井を突き破り、本物の空に架かる「虹」が見えていた。

​(完敗や。……おめでとう、私たちの新しい『生徒会長』)



​『素晴らしい。実に見事な「革命」だったよ』

​スタジアムの上空。

ホログラムではない。

天空塔の頂上から、一台のリフトがゆっくりとフィールドの中央へ降りてくる。

そこには、純白のローブを纏った天導院アーク学園長が、生身で立っていた。

​「学園長……! 私たち、勝ちましたよ!」

「これで文句ないでしょ! 約束通り、学園の権限は……」

​私が駆け寄ろうとした時、学園長は冷徹な視線を、私の後ろ――敗北した生徒会執行部へと向けた。

​『さて。敗者への処遇を決めなくてはならないね』

​学園長が指をパチンと鳴らすと、神楽ミコトたち5人の体が、赤いノイズに包まれた。

彼らの手足が、データのように分解され始める。

​「なっ……!? 何これ、体が……!」

銭形が叫ぶ。

「嫌……消えたくないッス……!」

ピュアが泣き叫ぶ。

​『君たち生徒会は、私の期待した「秩序」を守れなかった。

役割を果たせぬプログラムに、リソースを割く意味はない』

​学園長は、事務的に告げた。

​『よって、校則第0条に基づき……敗者である君たち全員に対し、「脳死(アカウント・デリート)」の処分を下す。

君たちの脳はシステムに統合し、学園を維持するための演算サーバーとして有効活用させてもらおう』

​「の、脳死……!?」

​会場から悲鳴が上がる。

噂だと思っていた都市伝説が、現実として目の前で起きようとしている。

​「……そうですか」

​神楽ミコトだけは、静かにそれを受け入れていた。

彼女は、諦めの混じった瞳で私を見た。

​「これがルールや。負けた私たちが悪い。

……いろはちゃん。あとは、任せたわ」

​「ふざけんな!!」

​私は神楽会長の言葉を遮り、学園長に掴みかかろうとした。

だが、見えない壁(フォース・フィールド)に弾かれる。

​「何が統合だよ! 何が有効活用だよ!

あいつらはアンタの道具じゃない!

ムカつくけど、陰湿だけど……必死に戦った**『人間』**だろ!!」

​私は叫んだ。

Dクラスも、Cクラスも、Sランクも、そして生徒会も。

みんな、この狂った学園で必死に生きていただけだ。

それを、負けたからゴミ箱行き?

そんなの、絶対に認めない。

​『……おや。不満かな?』

​学園長は、心底不思議そうに首を傾げた。

​『君は勝ったのだよ、遊崎いろは。

君は全てを手に入れた。敗者の末路など、君には関係ないだろう?』

​「関係あるよ! 私が勝ったんだから、私が決める!

この学園のルールは、私が全部書き換えるんだ!」

​『ルールを変える?

……ふむ。それは困るな』

​学園長は、ゆっくりと懐からデッキケースを取り出した。

それは、以前の「3軍(失敗作)」が入っていたボロボロのケースではない。

虹色の光を放つ、神々しい**「クリスタルのケース」**。

​『君にはまだ、権限を渡していない。

……この私を倒していないのだからね』

​⚔️ 1軍(ガチ)デッキの脅威

​学園長は、クリスタルのデッキをデュエルディスクに装填した。

その瞬間、スタジアムの空気が変わった。

重い。空気が鉛のように重い。

たった40枚のカードの束から、世界を押し潰すようなプレッシャーが放たれている。

​『選択肢を与えよう、遊崎いろは』

​学園長は、私を見下ろして言った。

​『このまま私の決定に従い、生徒会を見捨てて「勝者」として生きるか。

それとも……私の「本気(1軍)」に挑み、勝利して彼らを救うか』

​「……1軍」

​『そう。これこそが《オールスペクトラム・ソウル》。

全色、全種族、全知全能。

私が1000年の時をかけて組み上げ、調整し、完成させた……「TCGの到達点」だ』

​学園長の背後に、巨大な虹色のオーラが立ち昇る。

以前の「3軍」とは次元が違う。

あれは、遊びじゃない。「殺し」に来ている。

​『ただし、忠告しておこう。

このデュエルで君が負けた場合……君もまた「脳死」の対象となる。それも、ただの統合ではない。君のその特異な自我は、永遠に私のコレクションとして保存されるだろう』

​リスクは最大。相手は、この世界の創造主にして、最強のデュエリスト。

勝てる保証なんてどこにもない。でも。

​私は振り返り、消えかかっている神楽会長と目が合った。

彼女は首を横に振っている。『逃げろ』と。

​「……悪いね、会長」

​私は、自分のデッキケースを強く叩いた。

中には、30円のイリスと、仲間たちと集めたジャンクカード、そしてあの「白紙のカード」が入っている。

​「私、性格悪いからさ。

ラスボスが『倒してくれ』って顔してると……無視できないんだよね!」

​私は学園長に向き直り、ディスクを構えた。

​「上等だよ、アーク!

アンタの自慢の1軍デッキ……私の『ガラクタ』でスクラップにしてやる!」

​学園長は、今日一番の――いや、出会ってから一番の、凶悪で歓喜に満ちた笑顔を見せた。

​『素晴らしい。

そうでなくては、育てた甲斐がないというものだ』

​『さあ、始めようか。

神の作った「完璧な世界」と、君が望む「混沌の世界」。

どちらが生き残るべきか……最後の審判だ!』

​『 Duel Start : Iroha vs Arc [Full Power] 』

​学園祭、本当の最終決戦。

負ければ死。勝てば世界変革。

1000年の時を超えたカードバトルの歴史、その結末がここに刻まれる。


天導院アーク視点___

「……やはり、彼らでは君を止められなかったか」

​私は、消去プロセスに入った神楽ミコトたちを一瞥した。

彼らは優秀だった。私の与えた「新種族」という最強の武器を使いこなし、理論上は無敵の布陣を敷いた。

だが、負けた。

​なぜか?

彼らは「私の作った箱庭」の中でしか強くなれなかったからだ。

ルールを守り、秩序を愛し、私の顔色を窺う優等生。

それでは、世界を変えることはできない。

​対して、目の前の少女はどうだ。

泥にまみれ、安っぽいパーカーを着て、30円のジャンクカードを握りしめている。

美しい黄金律を、錆びついた鉄屑で殴り壊した無法者。

​(ああ……なんて汚くて、なんて美しいんだ)

​私の胸の奥で、冷え切っていた回路が熱を帯びる。

私が求めていたのは、私の言葉に従う「信者」ではない。

私の喉元に牙を突き立てる、「獣」だったのだ。

​2. 究極の試練(いじわる)

​「脳死の処罰」。

この言葉を聞いた時の、彼女の顔。

絶望? 恐怖? いや、「激怒」だ。

​彼女は勝者だ。本来なら、敗者の運命など気にする必要はない。

自分だけが甘い蜜を吸い、Cランクの特権を享受すればいい。

この学園の生徒なら、誰もがそうする。

​だが、彼女は叫んだ。

『あいつらはアンタの道具じゃない!』と。

​(……合格だ、いろは君)

​もし彼女がここで生徒会を見捨てていたら、私は失望と共に彼女を「新しい管理システムの一部」として処理していただろう。

他者の痛みを切り捨てる者に、世界を変える資格はない。

​だから私は、最高のステージを用意した。

「私の本気(1軍)に勝てば、全てを救える」。

リスクは彼女の命。リターンは世界の変革。

これ以上ない、劇的なクライマックスだろう?


《オールスペクトラム・ソウル》の重み

​私は懐から、クリスタルのデッキケースを取り出した。

指先に伝わる、重厚な鼓動。

​《オールスペクトラム・ソウル》。

​これは単なるカードの束ではない。

この1000年間、人類が生み出してきた全ての戦術、全ての種族、全ての可能性を、私が一つ一つ吟味し、調整し、極限まで高めた「TCGの歴史そのもの」だ。

​・赤の破壊力

・青の支配力

・緑の生命力

・白の守護力

・黒の呪い

・そして、新種族たちの未知なる力。

​全ての色が、喧嘩することなく、完璧な歯車として噛み合っている。

いろは君の「5色ハイランダー」が**『ごった煮の混沌』なら、私のデッキは『完成された宇宙』**。

​(残酷だね、私は)

​30円のジャンクカードを信じる少女に、1000年の叡智の結晶をぶつけるのだから。

大人気ない? その通りだ。

神が本気を出す時、それはいつだって理不尽な災害なのだよ。

神殺しの幕開け

​「上等だよ、アーク! アンタの自慢の1軍デッキ……私の『ガラクタ』でスクラップにしてやる!」

​彼女がディスクを構える。

その目に迷いはない。

彼女は本気で、この私を――神を殺すつもりでいる。

​ゾクリ、と背筋が震えた。

恐怖ではない。

これは……「歓喜」だ。

​1000年待った。

私の計算を超え、私の想定を裏切り、私の作ったルールの上で、私を否定してくれる存在を。

​「素晴らしい。そうでなくては、育てた甲斐がないというものだ」

​私は心からの笑顔を彼女に向けた。

​さあ、始めようか、愛しきイレギュラー。

君の「虹」が、私の「宇宙」を塗りつぶせるか。

それとも、宇宙の闇に飲み込まれて消えるか。

​「私の全霊を以て、君を愛そう(潰そう)!」

​このデュエルこそが、私にとっても、君にとっても。

最初で最後の、「最高に楽しい遊び」になるはずだ。


Eクラスの仲間視点___

​スタジアムの空気は、これまでとは別次元のものに変貌していた。

学園長が放つ虹色のオーラ。いろはが放つ泥臭い熱気。

二つの圧力がぶつかり合い、空気がビリビリと震えている。

​「……あかん。見てるだけで震えが止まらんわ」

​緑川ソウタは、自分の腕を抱いて震えていた。

恐怖ではない。武者震いだ。

​「あの学園長のデッキ……《オールスペクトラム・ソウル》。

ボクらが今まで見てきた『強い』とか『弱い』とか、そんな次元の話ちゃう。

あれは……『全部』や」

​ソウタには見える。

学園長のマナゾーンから溢れ出る、無限の生命力が。

赤も青も緑も白も黒も、全てが完璧な比率で混ざり合い、一つの巨大な「世界樹」のようになっているのが。

​「いろはちゃん、あんなバケモンと戦うんか……。

ボクの植物たちでも、根を張る隙間すらないで……」

​「……大丈夫ッス。いろはちゃんなら、絶対に守り抜くッス」

​白瀬ミカは、祈るように両手を組んでいた。

彼女の目は、いろはの背中に釘付けになっている。

​「学園長の『守り』は完璧ッス。

隙がない。穴がない。まるでダイヤモンドの城壁ッス。

でも……いろはちゃんの剣は、そういう綺麗な壁ほどよく通るんスよ」

​ミカは知っている。

かつて自分の「ガラスの天使」を、「対象を取らない全体強化」で最強の矛に変えてくれたあの発想を。

いろはは、壁を壊すんじゃない。壁の隙間に花を咲かせるような戦い方をする。

​「あの子のパーカーの背中……。

ウチのどんな衣装よりも、大きくて、頼もしい翼が見えるッス」

​「……ククク。深淵の底で、神と踊るか」

​黒江カイは、包帯を巻いた手で顔を覆いながら、隙間から鋭い視線を送っていた。

​「学園長は残酷だ。

敗者を消去し、勝者すらも取り込もうとする。

あれは『管理』の究極系……感情を持たぬシステムそのものだ」

​カイにはわかる。

学園長の瞳の奥にある、底知れない虚無が。

あれは、カイが憧れる「中二病的な闇」なんかじゃない。本物の、冷たく乾いた「死」の匂いだ。

​「だが、いろはは違う。

あいつは……自分の命(ライフ)を削ってでも、他人のために怒れる。

システムに『感情(バグ)』を流し込むウイルス……。

行け、カオス・レディ。貴様の毒で、あの潔癖な神を狂わせてやれ」

​「……計算不能(エラー)。勝率、測定不可」

​蒼井レイは、必死にARグラスのデータを更新していた。

だが、何度計算しても答えは出ない。

​「学園長のデッキは、理論値最強たい。

1000年の歴史が生んだ、TCGの到達点。

対するいろはちゃんのデッキは……30円のジャンクと、拾い集めたゴミの山」

​数値で見れば、勝負にならない。

象と蟻。太陽とロウソク。

それぐらいの差がある。

​「でも……僕の計算式には、まだ変数が足りんのやろうね」

​レイは眼鏡を外し、肉眼でフィールドを見つめた。

​「『想い』とか、『絆』とか、『ド根性』とか。

そんな非科学的なパラメータが、あの子のデッキには詰まっとる。

……教科書を捨てた僕らが、最後に信じるべきはそこたい」


​デュエルの開始音が響く直前。

ソウタが、ありったけの声で叫んだ。

​「いろはちゃぁぁぁん!!

負けたら承知せぇへんでぇ!

ボクらの飯も、寝床も、全部あんたの肩にかかってるんやからなー!!」

​「そうッスよ!

ウチ、今日はカツカレー食べるってお腹空かせてきたんスから!

勝って奢ってもらうッスよー!!」

​「……死ぬなよ。

貴様が死んだら、誰が我(オレ)の呪いを受け止めるんだ」

​「見せてやるばい!

僕らの『エラー』が、世界をアップデートする瞬間を!」

​仲間たちの声が、スタジアムに響く。

それは、かつてDクラスの控室で絶望していた彼らとは違う。

自分の足で立ち、自分の言葉で叫ぶ、強者のエール。

​フィールドの中央で、いろはが振り返った。

彼女は、いつものようにニカっと笑い、親指を立てた。

​「任せな!

最高に美味い飯、食わせてやるからさ!!」

​その笑顔を見た瞬間、Eクラスの全員が確信した。

神様だろうが、システムだろうが関係ない。

あいつなら、やってくれる。

​「行けぇぇぇぇ! いろはァァァァァッ!!」

​4人の叫びを背に受けて。

伝説のデュエルが、今、始まる。


​神の譲歩(ハンデ)

​『 System : Coin Toss... 』

​スタジアムの中央に、先攻後攻を決めるためのホログラムコインが出現する。

運命のコイントス。

TCGにおいて、先攻を取れるかどうかは勝敗の数割を左右する重要な要素だ。

​私は祈るようにコインを見つめた。

(先攻が欲しい……! マナを先に置いて、主導権を握らないと、あの1軍デッキには勝てない!)

​だが。

そのコインが回転を始める前に、白い手がスッと空を切った。

​「――不要だ」

​学園長が、システムをキャンセルしたのだ。

コインが消滅し、スタジアムがどよめく。

​「……何のつもり?」

​私が問うと、学園長はクリスタルのデッキを愛おしそうに撫でながら、穏やかに微笑んだ。

​「先攻は、君に譲ろう」

​「は……?」

​「ハンデだよ、いろは君。

3軍デッキならまだしも、この《オールスペクトラム・ソウル》相手に、後攻スタートではあまりに分が悪いだろう?」

​学園長は両手を広げた。

その姿は無防備でありながら、どんな城壁よりも堅固な「自信」に満ち溢れている。

​「それに、私は見たいのだよ。

君が描き出す『最高のアート』を。

好きなようにマナを置き、好きなように展開し、君の思う『最強の布陣』を敷きたまえ」

​彼は目を細め、サディスティックに囁いた。

​「――君が積み上げた希望の塔を、後から完膚なきまでに破壊する。

それが、私の楽しみ(エンターテインメント)だからね」

​「……ッ!」

​屈辱だ。

明らかに格下扱いされている。

「お前が何をしようが、私の盤面は揺るがない」という、神の傲慢。

​でも。

​(……ありがとよ、クソジジイ)

​私は唇を噛み締め、デッキに手をかけた。

腹は立つけど、これはチャンスだ。

相手が「受けて立つ」と言っているなら、遠慮なく懐に入り込ませてもらう。

​「後悔しても知らないよ、アーク。

私が先攻を取ったら……アンタにターンが回る頃には、盤面は『カオス』だらけになってるからね!」

​「望むところだ。

さあ、始めたまえ。君のターンだ」

​学園長が促す。

私は深く息を吸い込み、いつものように――いや、今までで一番強く、デッキを叩いた。

​「行くよ! これが最後のデュエルだ!!」

​『 Duel Start : Iroha vs Arc 』

​🃏 Turn 1 : Iroha (Rainbow)

​「私のターン! ドロー!!」

​シュパァッ!

カードを引く音が、静寂を切り裂く。

手札を見る。

……悪くない。いや、最高だ。

私のデッキが、私に応えてくれている。

​「まずは足場を固める!

緑マナをチャージ!」

​私の背後に、小さな若木のエフェクトが現れる。

​「そして、1マナ使用!

召喚、『おしゃべりな種子』!」

​いつもの初動。攻撃力0の種。

Dクラス戦でも、Cクラス戦でも、ずっと私を支えてくれた相棒の一人。

​「コイツは次の私のターン開始時、マナを生み出す『樹木』に成長する。

……ターンエンド!」

​私はカードを伏せず、堂々とターンを返した。

たった1マナの動き。

Sランクの戦いにしては、あまりに静かな立ち上がり。

​だが、学園長は満足げに頷いた。

​「ふむ。種を蒔いたか。

いいだろう。まずはその芽を愛でるとしよう」

​ Turn 2 : Arc (All Spectrum)

​「私のターン。ドロー」

​学園長のドローは、音すらしなかった。

優雅で、鋭利。

​「マナチャージ。

……『全能の神殿(オムニ・サンクチュアリ)』」

​ズウゥゥゥゥン……

学園長の背後に、虹色に輝く神殿の幻影が出現した。

エキシビションでも見せた、あのカードだ。

​「このカードは、すべての色のマナとして扱える。

そして……」

​学園長は、たった1マナで、とんでもないカードを切った。

​「1マナ使用。

永続魔法**『神の威光(ゴッド・プレッシャー)』**を発動」

​ピキィィィン!!

空気が重くなる。重力が倍になったような錯覚。

​「効果はシンプルだ。

『お互いのプレイヤーは、1ターンに1度しかモンスター効果を発動できない』」

​「なっ……!?」

​「私の許可なく喋るな、ということだよ。

『おしゃべりな種子』君」

​学園長が冷たく見下ろす。

種子の成長効果は「自分のターン開始時」に発動する。

だが、もし私が次のターンに他のモンスター効果を使いたい場合、どちらか一方を諦めなければならない。

​たった1枚で、私の「手数」を縛り付けた。

​「ターンエンドだ。

さあ、どうする? 息苦しいだろう?」

​🔥 Turn 3 : Iroha (Rainbow)

​「……へっ、これくらい!」

​「私のターン! ドロー!」

​重圧を跳ね除け、カードを引く。

来た。赤のドラゴンだ。

​「私は『種子』の効果を発動! マナブースト!

これで2マナ……さらに手札から赤マナをチャージして、合計3マナ!」

​私は、縛られたルールの中で、最適解を選ぶ。

​「1ターンの回数制限? 関係ないね!

私は**『常在型能力(パッシブ)』**で攻める!」

​「ほう?」

​「3マナ使用!

召喚! 『着火する小竜(イグニッション・ドラゴン)』!」

​フィールドに赤い竜が現れる。

​「こいつは効果を発動しない!

ただ、そこにいるだけで**『攻撃時に攻撃力が倍になる』**!」

​私は攻撃宣言をした。

​「行け小竜!

学園長本体(プレイヤー)へダイレクトアタック!!」

​先攻を譲ったことを後悔させてやる。

まずは一撃、神に傷をつける!

​「……勇ましいね。だが」

​学園長は、防御札を使わなかった。

いや、使う必要すらなかった。

​「シールド・トリガー発動」

​割られたシールドから、眩い光が溢れ出す。

​「『因果の逆流』。

攻撃してきたモンスターを……**『デッキの一番下』**に戻す」

​シュンッ!

小竜が、炎を吐く前に吸い込まれて消えた。

​「嘘……ダメージ無効化どころか、除去まで!?」

​「私のデッキに、無駄なカードは一枚もない。

シールドの1枚1枚が、致命的な罠だと思いたまえ」

​学園長は、傷ひとつない身体で微笑んだ。

​「さあ、次は私の番だ。

君の『種』も、そろそろ刈り取らせてもらおうか」

​学園長の手元で、虹色のマナが輝きを増す。

まだ序盤。

なのに、この絶望感は何だ。

​神の猛攻が、始まる。


天導院アーク学園長視点___。

私の庭(フィールド)で、異界の少女が吠えている。

先攻を譲られ、初撃を罠で弾かれ、それでもなお瞳の光を失わないその姿。

​ああ、なんと愛おしい。

私の1000年の退屈を埋めるのは、やはり君しかいないようだ。

神の観測録:絶望という名の教育

​観測者: 天導院アーク

対象: 遊崎いろは

​1. 完璧な調和

​『 Turn 4 : Arc (All Spectrum) 』

​「私のターン。ドロー」

​指先に吸い付くようなカードの感触。

私のデッキ**《オールスペクトラム・ソウル》**に、事故など存在しない。

全ての色、全ての種族が、私の指揮一つで完璧なハーモニーを奏でるように調整されているからだ。

​「マナチャージ。……『深淵の黒(アビス・ブラック)』」

​背後に、底知れない闇のゲートが開く。

これで私のマナゾーンには、虹色(全色対応)と黒が揃った。

​「いろは君。君の『5色』は、それぞれの色が個性を主張し合う『賑やかなパーティー』だ。

だが、私の『全色』は違う」

​私は手札から、2枚のカードを提示した。

​「全ての色が溶け合い、一つの目的のために機能する……『軍隊』だよ」

​「2マナ使用。魔法発動――『強制徴収(タックス・オーダー)』」

​ギギギ……ッ!

不快な金属音と共に、いろは君の手札が黒い鎖に縛られる。

​「効果はシンプルだ。

『相手は手札をランダムに1枚捨てる。そのカードがモンスターだった場合、私はその攻撃力分のライフを回復する』」

​「なっ、ハンデス(手札破壊)!?」

​彼女の手から、一枚のカードが滑り落ちる。

落ちたのは……『青の魔導師』。攻撃力1500。

​「ふむ。青か。知恵を捨てさせられた気分はどうだい?

……ライフ回復。8000 → 9500」

​「くっ……! まだだよ! 手札が1枚減ったくらいで!」

​「強がりはいい。だが、これは序章(プロローグ)だ」

過去と未来の融合

​私は残ったマナを見つめる。

まだ動ける。

私のデッキには、この学園の生徒たちが使う「既存種族」だけでなく、生徒会に与えた「新種族」も含まれている。

​「君は生徒会(ニュー・オーダー)を倒したと言ったね。

だが、彼らは所詮、私のデータの『断片』を借りていただけに過ぎない」

​私はカードを叩きつける。

​「『本物』を見せてあげよう。

召喚! 『電脳の幻竜(サイバー・ワーム) グリッチ』!!」

​バヂヂヂヂッ!!

空間にノイズが走り、黄金の竜とデジタルの回路が融合した、異形のモンスターが現れた。

**【幻竜族】と【サイバース族】**のハイブリッド。

攻撃力2500。

​「通常召喚に酔いは存在しない。

即ち、攻撃可能だ」

​「攻撃力2500……! いきなり上級クラス!?」

​「グリッチの効果発動。

このカードが攻撃する時、『相手のマナゾーンのカードを1枚、次のターン終了時まで使用不能(フリーズ)にする』」

​「はぁ!? マナ凍結!? レイカ先輩の時と同じじゃん!」

​「学習したのだよ。君が『マナ』を封じられるのを嫌がるとね。

……さあ、喰らいたまえ」

​「グリッチ、ダイレクトアタック!!

『システム・クラッシュ・バイト』!!」

​ガギィィィン!!

鋭い牙が、彼女のシールドを食い破る。

​「ぐぅぅッ……!」

​シールドが砕け、彼女の手札が増える。

だが、その代償として彼女の「緑マナ」が灰色に凍りついた。

これで次のターン、彼女が使えるマナは減った。

​「ターンエンドだ」

​3. 試される「器」

​私は余裕を持ってターンを返した。

ハンデスによるリソース削り。

マナ凍結による行動制限。

そして、場には攻撃力2500のアタッカー。

​完璧な布陣だ。

普通の生徒なら、この時点で心が折れているだろう。

「勝てるわけがない」と。

​だが。

​「……私のターン、ドロー!!」

​彼女の声は、少しも湿っていなかった。

引いたカードを見て、ニヤリと笑うその表情。

​(……いいぞ)

​私の心臓が、早鐘を打つ。

彼女は絶望していない。

むしろ、この窮屈な檻の中で、どうやって暴れ回ろうかとワクワクしている。

​「学園長。アンタのデッキ、やっぱ性格悪いわ」

​彼女は凍りついたマナを睨みつけ、残ったマナを触る。

​「でもさ。『使えないなら、別の使い方をすればいい』って……合宿で習ったんだよね!」

​彼女の目が、虹色に輝く。

さあ、見せておくれ。

私の「完璧」を、君の「雑音」がどう狂わせるのかを。

​(私を殺してくれ、遊崎いろは。

君になら……この玉座を明け渡してもいい)

​神の愉悦は、最高潮に達しようとしていた。


学園長の猛攻。

ハンデス(手札破壊)にマナ凍結。そして場には攻撃力2500の『電脳の幻竜 グリッチ』と、効果を縛る『神の威光』。

​完璧だ。美しいほどに、隙がない。

普通の生徒なら、この「息苦しさ」だけで投了しているだろう。

​でも。

​(……あーあ。学園長、アンタ失敗したよ)

​私は、凍りついた緑マナを見つめながら、口元を歪めた。

​アンタは私のマナを「使えなく」したつもりだろうけど。

Eクラス(私たち)はね、「使えないゴミ」を「燃料」にするプロなんだよ!

Turn 5 : Iroha (Rainbow)


​「私のターン! ドロー!!」

​引いたカードを見て、確信する。

私のデッキ(相棒たち)は、怒っている。

自由を奪われ、管理されようとしている現状に。

​「ねえ、学園長。

アンタは『マナ』を、大事なエネルギー源だと思ってるよね?」

​「当然だ。マナこそが世界を動かす源泉だからね」

​「だからダメなんだよ。

私たちにとってマナは……時には『爆弾』にもなるんだ!」

​私は、凍りついて使用不能になった緑マナのカードを、バシッ! と指で弾いた。

​「魔法発動! 『マナ・イグニッション(魔力過剰燃焼)』!!」

​「……何?」

​「コストは……『自分フィールドのマナ1つを破壊する』こと!

私は、使い物にならなくなった『緑マナ』をコストにする!」

​ドォォォン!!

私のマナゾーンで爆発が起きる。

氷漬けになっていたカードが粉々に砕け散り、墓地へ送られた。

​「マナを……自壊させただと?」

​「効果発動!

破壊したマナの色(緑)に応じて、以下の効果を適用する!

緑の場合は……『デッキからモンスター1体を手札に加え、このターンその召喚コストを2下げる』!!」

​「ほう。不要なリソースを、サーチとコスト軽減に変換したか」

​「不要じゃない!

あの子は最後に、私に『未来』を託してくれたんだ!」

​私はデッキから、逆転の一枚をサーチする。

手札破壊で捨てられた『青』。

自ら爆破した『緑』。

墓地に眠る色たちが、私の背中を押している。

​「さあ、行くよ!

アンタの『神の威光(1ターンに1度しか効果を使えない)』……。

その抜け穴、突かせてもらう!」

​私は、軽減されたコストで、手札のカードを叩きつける。

​「2マナ軽減! 残りの赤・白・黒マナをタップ!

合計5マナ!

召喚! 『無頼の傭兵(アウトロー・マーセナリー)』!!」

​ジャキッ!!

荒野の風と共に現れたのは、ボロボロのマントを羽織り、巨大な剣を背負った戦士。

種族は【戦士族】。色は赤。

攻撃力は2400。

​「攻撃力2400……。

私の『グリッチ』(攻撃力2500)には届かないよ?」

​「こいつはね、『効果を発動しない』んだ」

​「……なに?」

​「こいつが持っているのは、発動を伴わない『永続能力(パッシブ・スキル)』!

その効果は……

『相手のライフが自分より多い場合、その差分だけ攻撃力がアップする』!!」

​「なっ……!?」

​学園長が目を見開く。

現在のライフ。

私:8000(初期値) - シールドブレイク等はまだ軽微(※序盤の攻防のみ)。

学園長:9500(さっきのハンデス効果で回復した分)。

​その差は、1500。

​「『無頼の傭兵』の攻撃力は……2400 + 1500 = 3900!!」

​ゴォォォォッ!!

傭兵の剣が、怒りの炎で巨大化する。

アンタが余裕ぶって回復したライフが、そのまま私の剣の重さになる!

​「しかも『永続能力』だから、『神の威光』の回数制限には引っかからない!

どうだ、学園長!!」

​「ククッ……! 私の『余裕(回復)』をあだにするとはね!」

​「行け、傭兵!

その目障りな電脳竜を叩き斬れ!!

リベンジ・スラッシュ!!」

​ズバァァァン!!

​傭兵の一撃が、グリッチの胴体を両断する。

電脳の竜がノイズとなって霧散し、学園長のフィールドがこじ開けられた。

​「ぐっ……!」

(グリッチ破壊による超過ダメージ:3900 - 2500 = 1400)

『 Life : 9500 → 8100 』

​「これで条件は五分(イーブン)だ!」

​私は拳を突き上げた。

スタジアムが揺れるほどの大歓声。

神の盤面を、真正面から突破した!

​「ターンエンド!

さあ、次はどんな理不尽を見せてくれるの!?」

Turn 6 : Arc (All Spectrum)

​「……ふふ。あはははは!」

​学園長が、子供のように笑い出した。

その虹色の瞳が、愉悦に歪んでいる。

​「痛いな。実に痛い。

私の計算式(ロジック)を、こうも単純な『暴力』で破るとは」

​彼はドローしたカードを、愛おしそうに見つめた。

​「いいだろう。君が『個の力』で来るならば。

私は『全能の力』で応えよう」

​学園長のマナゾーンが、妖しく明滅する。

全色対応の『神殿』。そして、さっき破壊されたグリッチが残した『残骸』。

​「マナチャージ。

そして……私は墓地のカードを対象に取る」

​「墓地……!?」

​「5マナ使用。魔法発動――『輪廻の虹(レインボー・リインカーネーション)』」

​スタジアムの空気が変わる。

私の肌が粟立つ。ヤバい。何かが来る。

​「このカードは、お互いの墓地にあるモンスターを、種族ごとに1体ずつ選び……。

それらを素材(マテリアル)として、『融合召喚』を行う!」

​「な、なんだって……!?」

​学園長の背後に、巨大な渦が出現する。

彼の墓地に眠る『電脳の幻竜(サイバース)』。

そして、さっき私がコストにした『着火する小竜(ドラゴン)』までもが、渦の中に吸い込まれていく!

​「混ざり合え、光と闇、過去と未来!

全ての色を束ね、ここに新たな神話を刻め!!」

​ズゴゴゴゴゴゴ……ッ!!

​渦の中から現れたのは、5つの首を持つ、輝く竜。

それぞれの首が、赤、青、緑、白、黒の色を帯びている。

​「融合召喚!!

『五元竜(エレメンタル・ドラゴン) ティアマット・ゼロ』!!」

​ギャオオオオオオオッ!!

​咆哮だけで、私の『傭兵』が吹き飛びそうになる。

攻撃力……4000。

しかも、その威圧感は数字以上だ。

​「この竜は、素材としたモンスターの『色』の数だけ、効果を得る。

今は赤と電脳色(青扱い)……つまり2つだ」

​学園長が指を立てる。

​「1つ目。『戦闘では破壊されない』。

2つ目。『1ターンに1度、相手の魔法カードの発動を無効にし破壊する』」

​「完全耐性に、魔法無効……!?」

​「さあ、バトルだ。

ティアマット・ゼロで、『無頼の傭兵』を攻撃!」

​ドォォォォォン!!

​5色のブレスが、私の傭兵を消し炭にする。

守ることも、反撃することも許されない、圧倒的な破壊。

​『 Life : 8000 → 7900 』

​シールドが1枚割れ、私の手札に加わる。

だが、盤面には絶望的な壁が立ちはだかっている。

​「ターンエンド。

……どうする? いろは君。

君の『カオス』で、この『完成された多色』を超えられるかね?」

​学園長が、王者の風格で問いかける。

私の手札には、シールドから来た1枚と、温存していた数枚。

​(……強い。強すぎる)

​でも。

私のデッキケースが、熱くなっている。

まだだ。まだ終わってない。

私のデッキには、この絶望すらもひっくり返す「ジョーカー」が眠っているはずだ!

​「……超えてやるよ。

アンタが『全色』なら……私は『無色』で!!」

​私のドローフェイズ。

指先に、運命の風が集まるのを感じた。


アーク学園長視点___

天空塔の最上階。

虹色のマナが渦巻くこの場所で、私は1000年ぶりに「心臓の音」を聞いている気がした。

​目の前には、傷だらけの少女。

彼女は私の完璧な布陣を、泥臭い「パッシブスキル(抜け穴)」と「筋力(火力)」でこじ開けた。

​――ああ、素晴らしい。

私の計算式(ロジック)が、悲鳴を上げている。

これこそが、私が待ち望んでいた「未知」だ。

​天導院アークの視点から見た、終局へと向かう観測記録です。

神の観測録:全色(オーダー)が求めた「白(キャンバス)」

​観測者: 天導院アーク

対象: 遊崎いろは

​1. 完璧な調和への自負

​『 Turn 6 : Arc (All Spectrum) 』

​私は、召喚された**『五元竜(エレメンタル・ドラゴン) ティアマット・ゼロ』**の背中を見上げる。

5つの首を持つ、神々しい竜。

これは私の「1000年の研究」の結晶だ。

​赤の破壊、青の知恵、緑の再生、白の守護、黒の呪い。

それらを相反させることなく、一つの生命として統合した究極の生命体。

攻撃力4000。戦闘破壊耐性。魔法無効化。

​「……どうだい、いろは君。美しいだろう?」

​私は問いかける。

彼女の『5色ハイランダー』は、色が喧嘩し合うことで爆発力を生む「カオス(混沌)」だ。

対して、私の『ティアマット』は、全ての色が静かに溶け合う「コスモス(秩序)」だ。

​この竜の前では、どんな小細工も通じない。

彼女の手札にある魔法カードも、ティアマットの前では紙屑だ。

盤面のモンスターも、戦闘では勝てない。

​「これが『TCGの到達点』だよ。

全ての可能性を網羅し、全ての弱点を克服した……**『終わりの色』だ」


​少女の瞳にある「色」___

​しかし。

絶望的な状況だというのに、彼女の瞳から光が消えていない。

​(……なぜだ?)

​普通なら、ここで折れる。

Dクラスも、Cクラスも、生徒会も、この「完璧さ」の前に膝を屈した。

だが、彼女はデッキケースを強く握りしめ、何かを待っている。

​私は、彼女の手札に残っている「あるカード」を思い出した。

先日のガチャポンで、私が彼女に与えた**『無垢なる白紙(ホワイト・ブランク)』**。

​効果なし。攻撃力0。

ただの数合わせのゴミカード。

​(……まさか)

​私の背筋に、戦慄が走る。

私は「全色(オール・スペクトラム)」を極めた。

この世に存在する全ての色を重ね合わせた結果、それは「黒」に近い、重厚な色になった。

​だが……色が多すぎれば、キャンバスは塗りつぶされてしまう。

私の世界にはもう、**「新しい色を塗る余白」**がないのだ。

​対して、彼女が持っているのは「白紙」。

何もない。何者でもない。

だからこそ……。

​「……そうか。君は『描こう』としているのか」

​私は悟った。

彼女は、私の完成された絵画(世界)に、落書きをしようとしているのだと。

​3. ラスボスとしての責務

​「……ククッ、ハハハハハ!」

​笑いが込み上げてくる。

なんてふざけた少女だ。

神が作った完璧な世界を、「キャンバスが足りないから」といって上書きするつもりか。

​「いいだろう、遊崎いろは!

君がその『白』で、私の『全色』を飲み込むと言うなら!」

​私は両手を広げ、ティアマットに命令を下す。

守りなど不要。全力の制圧だ。

​「受けて立とう!

この最強の壁を越えてみせろ!

もし超えられたなら……その時こそ、世界は君の色に染まる!」

​私は、ターン終了を宣言しなかった。

ただ、彼女を見つめ、無言で促した。

​『さあ、引きたまえ。

神を殺す、最後の一枚(ラスト・ドロー)を!』

​私の心臓は、恐怖と歓喜で破裂しそうだった。

1000年待った「敗北」の予感が、虹色の光となって私を包み込んでいた。

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