第17話
天空塔の最上階。
神と英雄の「お遊び(エキシビション)」は、最終局面を迎えていた。
私の目の前には、学園長の出した『テスト用ダミー人形(即死装備付き)』。
攻撃して破壊すれば、その瞬間に装備魔法『責任転嫁』の効果で私が敗北する。
かといってターンを返せば、学園長が自爆させて効果を発動する。
完全に詰み。
「攻撃(アクション)」を人質に取られた状態。
「……性格悪いね、ホント」
私は笑った。
楽しくて仕方がない。
この理不尽さ。このクソゲー感。
これこそが、私が求めていた「ギリギリの対話」だ!
Turn 6 : Iroha (Rainbow)
「私のターン! ドロー!!」
引いたカードを確認する。
……来た。
私のデッキに入っている、唯一の「解決札(アンサー)」。
「ねえ、学園長。
アンタはさっき言ったよね。『破壊された時』に効果が発動するって」
「ああ、そうとも。このダミー人形が『破壊』されれば、敗北判定は君に移る」
「じゃあさ」
私は手札の一枚を、悪戯っぽく見せびらかした。
「『破壊』しなければ、文句ないよね?」
「……何?」
私は黒と青のマナをタップした。
深く、暗い色が混ざり合う。
「魔法発動! 『強制的な祝宴(パーティー・ナイト)』!!」
「ほう……?」
「効果はシンプル!
お互いのフィールドのモンスターを1体ずつ選び……『リリース(生け贄)』にして、お互いにカードを2枚引く!」
「なっ……リリースだと!?」
学園長の表情が、初めて崩れた。
「そう!この世界のルールにおいて、『リリース』は『破壊』じゃない!ただのコスト払いだ!」
私は自分の場の『着火する小竜』と、学園長の『ダミー人形』を指名した。
「さあ、パーティーの時間だよ!
アンタの人形も、私の竜も、仲良く生け贄になって飲み食いしようじゃないか!」
シュウゥゥゥ……!
光の渦が発生し、ダミー人形が吸い込まれていく。
装備されていた『責任転嫁』のスイッチが、カチリとも鳴らずに虚空へ消えた。
「『破壊』されていないから、スイッチは作動しない!即死効果は不発(ミスタイミング)だよ、学園長!!」
「……見事だ。システムの盲点……『処理の違い』を突いてくるとはね」
学園長は、悔しそうに、けれどどこか嬉しそうに目を細めた。
フィールドから障害物は消えた。
残るは、学園長本体と、私の最強の相棒のみ。
「邪魔者は消えた!さあ、フィナーレだ!
『虹彩の創界神(イリス・ジェネシス)』!!」
私はイリスに指示を飛ばす。
彼女は7色の翼を広げ、杖を高々と掲げた。
「アンタの作った『バグ(不条理)』も『3軍(失敗作)』も、全部まとめて愛してやる!
これが私たちの……『全力の虹(フルカラー)』だ!!」
「……受け止めよう。
来たまえ、規格外(エラー)の少女よ!」
「いっけええええええええ!!
プリズム・ジ・エンドォォォォッ!!」
七色の閃光が、天空塔の夜を昼のように照らし出した。
学園長のライフカウンターが、高速で回転し――0を指す。
『 WINNER : Iroha Yusaki 』
光が収まると、そこには静寂が戻っていた。
ガラスの床に大の字に寝転がる学園長。
そして、肩で息をする私。
「……負けたよ。完敗だ」
学園長は、天井を見上げたまま笑った。
「私の3軍デッキ……『開発者の悪意』の結晶が、こうも鮮やかに攻略されるとはね」
「危なかったよ、マジで」
私はへたり込みながら答えた。
「あんな即死コンボ、初見殺しにも程があるって」
学園長は身を起こし、バスローブの乱れを直すと、私に向かって手を差し出した。
「約束だ、遊崎いろは。
今回の勝利に免じて……Eクラスの『Cランク待遇』を、恒久的な権利として保証しよう」
「っしゃあ!!」
私はガッツポーズをした。
これで美味しいご飯確定! フカフカベッド確定!
「……ただし」
学園長は、私の手を取り、強く握りしめた。
「これはまだ、通過点に過ぎない。
君たちは準決勝を勝ち抜いた。
つまり……明日の『決勝戦』が待っている」
「決勝戦……」
そうだった。
Sランクを倒して終わりじゃない。
トーナメントの反対側の山を勝ち上がってきた、もう一つのチームがいる。
「相手は誰?
AAAランクの金持ち? それとも、またCクラス?」
私が聞くと、学園長はモニターを操作し、トーナメント表を表示させた。
そこには、予想外の名前が刻まれていた。
【 決勝進出チーム 】
生徒会執行部 『新秩序の守護者(ニュー・オーダー)』
「……はぁ!?」
私は素っ頓狂な声を上げた。
生徒会?
あいつら、エキシビションで私たちにボコボコにされて、メンタル折れたんじゃないの?
『彼らは這い上がってきたのだよ』
学園長はニヤリと笑った。
『君たちに負けた屈辱。泥に塗れた敗北感。
それを糧にして……彼らは「未実装(ベータ)」の殻を破り、真の「完成形(リリース)」へと進化した』
モニターに映し出されたのは、以前とは違う、鬼気迫る表情の神楽ミコト会長たちの姿。
その手には、以前見たものよりもさらに禍々しく、強力な輝きを放つカードが握られている。
「……リベンジマッチってわけか」
私は武者震いした。
一度勝った相手だからって、油断はできない。
向こうは「負け犬の根性」を手に入れたエリートだ。一番タチが悪い。
「面白くなってきたじゃん」
私は学園長に背を向け、エレベーターへと歩き出した。
「ありがとね、おじさま。いい『特訓』になったよ。
明日の決勝……アンタの作った『秩序(生徒会)』を、もう一回ぶっ壊してやるから!」
「楽しみにしているよ。
……私の世界を、君の色で染めてくれ」
背後で学園長が呟いた言葉を、私はしっかりと受け止めた。
明日、学園祭最終日。
Eクラス(カオス) vs 生徒会(オーダー)。
この学園の未来を決める、最後の戦いが始まる!
生徒会メンバー視点___かつてEクラス(現Cランク)に敗北し、泥に塗れたエキシビション・マッチ。
その屈辱は、生徒会執行部「新秩序の守護者(ニュー・オーダー)」を変えた。
彼らはもう、いろは達を「排除すべきゴミ」とは見ていない。
自らの秩序(プライド)を脅かす「殲滅すべきウイルス」として認識し、殺意に近い執念を燃やしていた。
執行部・作戦会議室:復讐のデータベース
場所: 天空塔・生徒会本部
状態: 臨界点(Over Critical)
煌びやかだった会議室は、今や重苦しい殺気に包まれていた。
彼らの手元には、敗北の記録(リプレイデータ)と、さらなる力を解放するための「禁断の強化パッチ(アップデート)」がある。
副会長:霧島ヴァイスの演算(vs 蒼井レイ)
【ターゲット:青単・知識】
「……認めん。認めんがや」
ヴァイスは、義眼の録画データを何度も再生していた。
レイが発動した『オールド・スペック(旧式化)』。
あのポップアップ地獄のせいで、俺の演算速度は止められた。
「あいつは俺の『速さ』を否定しなかった。
俺の『入力インターフェース(指先)』という物理的な弱点を突きやがった」
高度な電子戦を行っているつもりだったが、足元をすくわれた屈辱。
ヴァイスの機械化された脳内で、冷却ファンが唸りを上げる。
「ええわ。学習したて。
人間いうのは、非合理な手順で処理落ちを狙う『バグの塊』だ。
……次の決勝。俺のサイバース族は、『人間の思考速度』そのものをオーバーフローさせる領域へ踏み込むでよ」
会計:銭形バーンの引火(vs 緑川ソウタ)
【ターゲット:緑単・マナ加速】
「カッカッカ……! ワレ、よう燃えたのぉ!」
銭形は、葉巻(チョコバー)を噛み砕いた。
ソウタの植物デッキ。燃やせば燃やすほど育つ『不死鳥の種』。
自分の火力が、敵の養分になった。
これほどの屈辱が、炎使いにあるだろうか。
「灰は肥料になるじゃと? ぬかしよる。
なら、灰すら残さん温度で焼けばええだけの話じゃろうが!」
彼の瞳孔が開く。
手元の朱色のデッキが、異常な熱を発している。
「見とれよ、草木使い。
肥料? 再生?
そんなサイクルが追いつかんほどの『核熱(ニュークリア)』で、学園ごと消し飛ばしたるわ!」
3. 書記:夢川ピュアの歪み(vs 白瀬ミカ)
【ターゲット:白単・鉄壁防御】
「……可愛くない。可愛くない可愛くない可愛くないっ!」
ピュアは、愛用の人形の首をギリギリと締め上げていた。
ミカが最後に見せた『合体機神(ユニオン・デウス)』。
無骨で、ゴツくて、可愛げのないロボット。
なのに、どうしてあんなに……「輝いて」見えたのか。
「ピュアの『妖精』が一番可愛いの!
合体とか、絆とか……そんな小細工で、ピュアの魅了(チャーム)を弾くなんて許さんとよ!」
彼女は、フリフリのドレスの裾を握りしめる。
「決勝では、もっと残酷な魔法を使うとよ。
お姉ちゃんのその『絆』……。
ズタズタに引き裂いて、同士討ちさせて、絶望顔のコレクションにしてあげるっちゃん!」
4. 風紀委員長:碇テツヤの粛清(vs 黒江カイ)
【ターゲット:黒単・墓地利用】
「……不覚でごわした」
碇は、正座をして竹刀を磨いていた。
カイの『手札を墓地にする』戦術。
強制送還(バウンス)という「優しさ(退学処分)」が、あのような凶悪なカウンターを生んだ。
「毒を以て毒を制す……。奴の腐った根性は、生半可な指導では直らんと見たり」
彼は静かに目を開いた。
その瞳は、深海のように暗く、冷たい。
「もはや『退去』では温い。
必要なのは……『消去(ロスト)』でごわす。
奴のカード、奴の戦術、奴の存在。
その全てを次元の彼方へ葬り去る……『完全なる虚無』を喰らわせるでごわす!」
5. 生徒会長:神楽ミコトの断罪(vs 遊崎いろは)
【ターゲット:5色ハイランダー】
そして、神楽ミコト。
彼女は窓際に立ち、眼下のスタジアムを見下ろしていた。
手には、敗北した時に砕かれた『黄金律』のカードの欠片。
「……錆びついた巨神。あんな粗大ゴミに、私の黄金が砕かれるなんてね」
屈辱だった。
最新鋭の幻竜族が、泥まみれのジャンクカードに殴り負けた。
「無効にされない」という一点突破。
それは、彼女が信じていた「完全な管理」へのアンチテーゼだった。
「いろはちゃん。君は言うたね。
『新しいものが常に強いとは限らない』と」
神楽は、懐から新たなカードを取り出した。
それは黄金色に輝いているが、以前のような神々しさはなく、どこか禍々しい光を放っている。
「認めるわ。私の『秩序』は脆かった。
だから……修正(アップデート)したわ」
彼女は、妖艶に微笑んだ。
「次の私の黄金は、ただ『無効』にするだけやない。
君のその多様性(5色)を、混沌を、自由を……。
『概念ごと黄金に塗り固めて、永遠の彫像に変える』」
覚悟完了:ニュー・オーダー Ver.2.0
5人の執行役員が立ち上がる。
彼らのデッキは、学園祭期間中の猛特訓と、学園長の裏工作(データ提供)により、凶悪に進化していた。
「行くでごわす。これが最終執行」
「ヒャッハー! 丸焼きじゃ!」
「可愛く殺してあげる!」
「演算終了。勝利確率は100%だがや」
「ええ、行きましょう」
神楽会長が先頭に立つ。
「Eクラス。君たちが『空』を飛ぶなら。
私たちは『天』となって、その翼を焼き尽くす。
……決勝戦、楽しみにしときや」
復讐に燃える新種族たち。
進化した秩序が、カオスな革命児たちを迎え撃つ。
最終決戦の幕が上がる。
いよいよ始まる、生徒会執行部との最終決戦。
私たちEクラスと、生徒会メンバーがスタジアムの中央で対峙し、火花を散らしていたその時。
またしても、空気が凍りつきました。
スタジアムの大型ビジョンではなく……なんと、フィールドのど真ん中に、ファンシーなBGMと共に一台の「機械」がせり上がってきたのです。
それは、色あせた塗装の、レトロな**「カード販売機(カードダス)」**でした。
第23章:神のガチャポン ―運命の100円―
💊 ラスボスの無駄遣い
「……な、なんですかアレは」
生徒会長の神楽ミコトが、呆気にとられて呟く。
その販売機の横には、バスローブ姿で小銭入れをジャラジャラさせている天導院アーク学園長(ホログラム)が立っていた。
『やあ、諸君。決勝戦の前に、少し「運試し」をしようかと思ってね』
学園長はニコニコしながら、販売機の硬貨投入口に100円玉(データの電子通貨ではなく、物理的な硬貨!)を入れた。
チャリン。
ハンドルを回す。ガシャ、ガシャ、ポン。
『おお、これは懐かしい。……「キノコ人間」か。ハズレだね』
「……学園長。何をしてはるんですか?」
神楽会長の声が低い。キレている。
『何って、パック購入だよ。
この販売機は、1000年前のデータ……いや、文字通りの「ジャンクデータ」がランダムに排出される、骨董品のガチャマシンだ』
学園長は、出てきたカプセルを10個、テーブルに並べた。
『決勝戦を行う君たち10名に、私からのプレゼントだ。
さあ、一人一個ずつ取りたまえ』
「は? いらないッスよそんなゴミ!」
ミカが叫ぶ。
「ウチらのデッキはもう完成してるんス! 余計なノイズは……」
『――これは「命令(オーダー)」だ』
学園長の声色が、瞬時に冷徹なものに変わった。
場の空気が重くなる。
『今から配るカードを、「必ずデッキに投入」すること。
そして、このカードを入れた状態で「勝利」すること。
もしデッキに入れなかったり、負けたりした場合は……』
学園長は、首を切るジェスチャーをした。
『即時退学。……その意味は、わかるね?』
退学=脳死(統合)。
私たちは息を呑んだ。
決勝戦の直前に、正体不明のランダムカードをデッキに入れろだって!?
構築バランスが崩壊する!
配給された「異物」たち
拒否権はない。私たちは渋々、カプセルを手に取った。
生徒会の連中も、屈辱に顔を歪めながら従う。
「……開封(オープン)」
カプセルを開け、中に入っていたカードを確認する。
そして、スタジアムのあちこちから絶望の声が上がった。
【 Eクラス(カオス側)へのプレゼント 】
緑川ソウタ(緑単) ⇒ 『除草剤散布機』(アーティファクト)
効果:フィールドの植物族を全て破壊する。
ソウタ: 「なんでやねーん! 自分の畑を枯らす機械やんけ! こんなん入れたら自殺行為や!」
白瀬ミカ(白単) ⇒ 『バーサーカーの呪い兜』(装備魔法)
効果:装備モンスターの守備力を0にし、毎ターン強制的に攻撃させる。
ミカ: 「守備力ゼロ!? ウチの鉄壁が! しかも勝手に殴るとか、天使ちゃんのキャラ崩壊ッス!」
黒江カイ(黒単) ⇒ 『聖なる日向ぼっこ』(魔法)
効果:お互いの墓地のカードを全てデッキに戻し、ライフを回復する。
カイ: 「……深淵(墓地)が消える。健康的に回復してどうする。我(オレ)の戦術の全否定だ」
蒼井レイ(青単) ⇒ 『脳筋オーガ』(モンスター)
効果:このカードが場にいる限り、プレイヤーは魔法カードを使えない。
レイ: 「……魔法禁止。僕に『殴り合い』をしろと? 論理的欠陥も甚だしいばい」
そして、私(いろは)の手元に来たカードは。
遊崎いろは(5色) ⇒ 『無垢なる白紙(ホワイト・ブランク)』(レベル1・無色)
攻撃力0 / 守備力0
効果:なし(バニラ)。
フレーバーテキスト:「彼はまだ何者でもない。故に、何にでもなれる」
「……効果なしの、レベル1」
私はカードをひらひらさせた。
「まあ、邪魔にはならないけど……『勝つために使え』って言われると、一番困るやつだね」
🏛️ 生徒会(オーダー側)へのプレゼント
一方、生徒会メンバーの反応はもっと悲惨だった。
彼らのデッキは「種族統一」で完成されているため、異物の混入は致命傷になる。
銭形バーン(炎族) ⇒ 『消化活動(ウォーター・バケツ)』
効果:炎属性のダメージを無効化する。
銭形: 「水じゃと!? ワシの火消してどうすんじゃボケェ!」
夢川ピュア(妖精) ⇒ 『醜悪なゴブリン』
効果:自分フィールドの「可愛い」モンスター(妖精など)の攻撃力を下げる。
ピュア: 「キャァァァ! キモい! 臭い! ピュアのデッキに入れないでぇぇ!」
霧島ヴァイス(サイバース) ⇒ 『錆びついた砂時計』
効果:お互いのプレイヤーは、1ターンに1枚しかカードを出せない。
ヴァイス: 「処理落ち(ラグ)発生……!? こ、こんなアナログな置物、俺の高速展開の邪魔だがや!」
碇テツヤ(海竜) ⇒ 『動かざる石像』
効果:このカードは手札に戻らない。
碇: 「戻らぬ……だと? 循環こそが海竜の真髄。これでは川が堰き止められてしまうでごわす!」
そして、神楽ミコト会長。
彼女が引き当てたのは、黄金に輝く……いや、どす黒く澱んだカード。
神楽ミコト(幻竜) ⇒ 『強欲な泥棒猫』
効果:相手の墓地のカードを1枚、勝手に盗んで自分の手札に加える。
神楽: 「……泥棒? この私が、盗みを働けと? ……下劣な」
試される「対応力(アドリブ)」
阿鼻叫喚のスタジアム。
学園長は、その様子を満足げに眺めていた。
『嘆くことはない。
君たちに渡したその「ノイズ」。
それをどう組み込み、どう料理するか……それこそが、この決勝戦のテーマだ』
学園長のホログラムが消える。
残されたのは、デッキ構築を強制的に崩された10人のデュエリスト。
「……ふざけた真似を」
神楽会長が、吐き捨てるように言った。
「でも、条件はイーブンや。
私たち生徒会(オーダー)の適応能力、Eクラス如きに後れは取らへんわ!」
彼女は『泥棒猫』をデッキにねじ込んだ。
他のメンバーも、殺気立った顔でデッキを調整し始める。
「……いろはちゃん。これ、どうする?」
ソウタが泣きそうな顔で『除草剤』を持っている。
私は、自分の『白紙のカード』を見つめ、ニヤリと笑った。
「面白いじゃん」
私は振り返り、仲間たちに言った。
「みんな、思い出してよ。
私たちは『クソカード』の扱いなら、プロフェッショナルでしょ?」
Dクラス戦、Cクラス戦、そして準決勝。
私たちはいつだって、配られた手札(運命)を捻じ曲げて勝ってきた。
「ソウタ! 植物を枯らすなら、『枯れた時に発動する』種を植えればいい!
ミカ! 防御0のバーサーカーなら、『死なない特攻隊長』にすればいい!
カイ! 墓地が消えるなら、『除外ゾーン』を利用する戦術に切り替えな!
レイ! 魔法が使えないなら、その筋肉オーガで『物理的に』殴り倒せ!」
私の檄に、みんなの目が覚める。
「……せやな。毒も薬に変えてきたんや!」
「攻撃力倍増の特攻天使……悪くないッス!」
「……深淵の底は一つではない」
「筋力(フィジカル)による解決……計算に入れるばい」
Eクラスの空気が変わる。
混乱は、即座に「工夫」へと変わった。
「そして私は……この『何もないカード』に、『全て』を乗っけてやる!」
私は白紙のカードをデッキに入れた。
ただの数合わせじゃない。
こいつが、決勝の切り札になる予感がする。
「さあ、始めようか神楽会長!
『ノイズ混じりの最高傑作』……どっちが上か、決めようぜ!!」
学園祭最終日。決勝戦。
不純物を混ぜられた最強同士の、カオスな宴が幕を開ける!
いよいよ、運命の最終日。
美味しいカレーの味、仲間たちの頼もしい背中、そして静かに燃える「白紙のカード」。
すべてを胸に刻んで、私たちは最後の戦場へと向かいます。
Eクラス(カオス) vs 生徒会(オーダー)。
学園の支配権と、私たちの未来を賭けた大一番の幕開けです。
最後の朝食、白紙の地図___
「……んっ。辛(から)ッ!」
Cランク食堂。
私は、勝者の特権である「カツカレー(大盛り)」を頬張りながら、軽くむせた。
スパイスが効いている。生きている味がする。
「泣いても笑っても最後やな。このカレーが『最後の晩餐』になるか、明日の朝食になるか……」
ソウタが、スプーンを持つ手を震わせている。
彼の手元には、学園長から押し付けられた**『除草剤散布機』**のカード。
「大丈夫ッスよ、ソウタ君。
ウチらはもう、ゴミの使い方なら世界一ッスから」
ミカが、自分の**『バーサーカーの呪い兜』**を愛おしそうに磨いている。
守備力0の特攻装備。普通なら自殺行為だが、彼女の目は「これをどう使うか」で輝いている。
「……フン。深淵の底で日向ぼっこか。悪くない」
カイは**『聖なる日向ぼっこ』**をデッキに入れ、不敵に笑う。
墓地リセットという絶望を、彼はどうやら「転生」のギミックとして組み込んだらしい。
「魔法禁止のオーガ……。僕の計算式を物理で破壊する劇薬たい」
レイも**『脳筋オーガ』**を見つめ、静かに闘志を燃やしている。
そして、私。
私の手の中にあるのは、『無垢なる白紙(ホワイト・ブランク)』。
攻撃力0。守備力0。効果なし。
ただの数合わせ。もっとも役に立たないカード。
「……アンタは、何者でもない」
私はカードに指を這わせる。
「だからこそ、何にでもなれる。
……頼んだよ、私の『ジョーカー』」
私は残りのカレーを水で流し込み、立ち上がった。
「行こう、みんな!
生徒会の連中に、**『最高のエラー』**を吐かせてやるよ!」
🏛️ 遭遇:進化した秩序
スタジアムは、異様な熱気に包まれていた。
観客席は超満員。ドローンカメラが空を埋め尽くしている。
「……来たわね、Eクラス」
入場ゲートの向こう側。
そこには、以前のエキシビション・マッチとは別人のようなオーラを纏った、生徒会執行部の5人が待っていた。
かつての「驕り」はない。
あるのは、冷徹な殺意と、泥水を啜ってでも勝ちにいく執念。
「おきばりやす、404番。
……いや、遊崎いろは」
生徒会長、神楽ミコトが、黄金のデッキを構えて私を見据える。
彼女のデッキには、あの『強欲な泥棒猫』が入っているはずだ。
墓地のカードを盗む、彼女の美学に反するカード。
「泥棒猫なんて入れたくなかったやろ? 会長」
私が煽ると、神楽は薄く笑った。
「いいえ。感謝してるわ。
『秩序』を守るためには、時には清濁併せ呑む覚悟が必要やと……学園長と君たちが教えてくれたからね」
彼女の背後に、黄金の幻竜の幻影が揺らめく。
その輝きは、以前よりも濁り、しかし強烈な「重み」を持っていた。
「私の『黄金律』に、君たちの『混沌』を取り込む。
……それが、私のたどり着いた『新・絶対秩序(ネオ・ニュー・オーダー)』や!」
「……へぇ。言うじゃん」
他のメンバーも同様だ。
銭形バーンは『水』を、夢川ピュアは『醜悪』を、霧島ヴァイスは『遅延』を、碇テツヤは『不動』を。
それぞれの「弱点(ノイズ)」を飲み込み、デッキの一部として消化している。
「面白くなってきた。
そっちが『完成された秩序』なら……こっちは**『制御不能の爆発』だ!」
開戦:5つのカオス
『 Final Match : E-Class vs Student Council 』
学園長の高らかな宣言と共に、5つのデュエルフィールドが同時に展開される。
負ければ退学(脳死)。勝てば学園の支配権。
究極の賭け(ベット)が始まった!
第1戦線:【緑単】緑川ソウタ vs 【朱色】銭形バーン
「ヒャッハー! 燃やせ燃やせぇ!
……と言いたいところじゃが、今日は『消火活動』も忙しいのぉ!」
銭形は、自身の炎ダメージを無効化する『消化活動(ウォーター・バケツ)』を、あろうことか「自分のライフを守る盾」として使ってきた。
自傷ダメージを伴う強力な炎カードを、デメリットなしで撃ちまくる!
「くっ……! 炎が無効化されて、ボクの『不死鳥の種』が育たへん!」
ソウタが苦悶する。
「なら、こっちもヤケクソや! 『除草剤散布機』起動!!」
ソウタは、自分の植物族を全滅させるアーティファクトを起動した。
「枯れても種は残る!
『破壊された時』にマナを増やす遺言効果……全部発動やぁぁぁ!!」
自ら畑を焼き払い、その灰から莫大なマナを生み出す。
焦土と再生のチキンレース!
第2戦線:【白単】白瀬ミカ vs 【桃色】夢川ピュア
「キャハハ! キモい! キモいゴブリンがいっぱい!」
ピュアの場には、『醜悪なゴブリン』が並んでいる。
自分の可愛い妖精を弱体化させるゴミカード……のはずが。
「でもね、このゴブリンさん……『相手に送りつける』と、すっごくイジワルなの!」
ピュアは妖精魔法で、ゴブリンをミカの場に転送した。
ミカの美しい天使たちの横に、汚いゴブリンが居座る。
「えっ!? やめるッス! 天使ちゃんのビジュアルが台無しッス!」
「さらにぃ! 魅了(チャーム)で天使ちゃんだけ奪っちゃう!
ゴブリンさんと仲良くしててね~☆」
「……許さないッス。ウチの美学を汚した罪は重いッス!」
ミカは**『バーサーカーの呪い兜』を手に取った。
「この兜……あえて『奪われた天使』に装備させるッス!」
「え?」
「守備力0になって、強制攻撃……。
ピュアちゃんの妖精たちを、ウチの天使が勝手に殴り殺すッスよー!!」
愛憎渦巻く、泥沼のキャットファイト!
第3戦線:【黒単】黒江カイ vs 【紺色】碇テツヤ
「動かざること山の如し……。
拙者の海竜は、もはや手札には戻らぬ!」
碇テツヤは、手札に戻らない『動かざる石像』を壁にし、盤面を固定していた。
「バウンス(戻す)」戦術を捨て、完全なロック(制圧)に切り替えたのだ。
「……フン。深淵を覗く気になったか、風紀委員長」
カイの手元には、墓地をデッキに戻して回復する『聖なる日向ぼっこ』。
墓地利用デッキの天敵だ。
「だが、光が強ければ影も濃くなる。
墓地が消えるなら……『ライフの差』をトリガーにするまで!」
カイは回復したライフを、即座に別のコスト(悪魔の契約)に支払った。
「健康的な回復? 違うな。これは『輸血』だ。
新たな血を得て、我(オレ)の呪いは加速する!」
⚔️ 第4戦線:【青単】蒼井レイ vs 【電脳】霧島ヴァイス
「処理落ち(ラグ)……?
否。これは『意図的な遅延(ディレイ)』だがや!」
ヴァイスは、1ターンに1枚しか出せない『錆びついた砂時計』の影響下で、あえて「超重量級」のサイバース族を1体だけ展開した。
「展開できんのなら、質を高めればええ。
単体最強のプログラム……これならおみゃあさんの計算も狂うだろ?」
「……厄介な。一点突破に切り替えたか」
レイは、魔法を封じる『脳筋オーガ』を前にして、眼鏡を外した。
「魔法が使えんのなら、僕も『計算』をやめよう。
……オーガよ。その棍棒で、あいつの精密機械を叩き壊せ!」
レイがまさかの「装備ビート(殴り)」プランに変更。
知性派同士の、IQの低い殴り合い!
最終戦線:【5色】遊崎いろは vs 【黄金】神楽ミコト
そして、私の目の前。
神楽会長のフィールドには、黄金に輝く『幻竜神 ハムラビ』と、不気味に笑う『強欲な泥棒猫』が並んでいる。
「……見せてあげるわ。私の『最適解』を」
神楽会長が動く。
「『強欲な泥棒猫』の効果発動。
君の墓地から………『虹彩の創界神(イリス・ジェネシス)』を盗ませてもらう!」
「っ……!?」
「私の『黄金律』で無効化し、破壊した君のイリス。
それを猫が盗み出し……私の場に特殊召喚する!」
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
私の相棒、イリスが、神楽会長のフィールドに現れる。
だが、その姿は黄金の鎖に繋がれ、瞳のハイライトが消えていた。
「イリス……!?」
「美しいわ。君が使うより、私の『所有物(コレクション)』になった方が輝いてる。
……さあ、絶望しなさい。
自分の最強のカードに殺される気分は、どうや?」
神楽会長がサディスティックに笑う。
私の墓地利用も、マナ加速も、全て『ハムラビ』に封じられている。
そして目の前には、奪われた相棒。
手札にあるのは、数枚のマナ加速カードと……『無垢なる白紙(ホワイト・ブランク)』。
効果なし。攻撃力0。
こんな紙切れで、神(イリス)と王(ハムラビ)に勝てと?
「……ふぅ」
私は息を吐き、静かに目を閉じた。
絶望? 怒り?
違う。
(……聞こえるよ、イリス)
鎖に繋がれたイリスから、微かな声が聞こえる気がした。
『まだ、終わってない』。
私は目を開けた。
「……ありがとね、会長。
イリスをわざわざ蘇生させてくれて」
「負け惜しみか?」
「違うよ。
アンタは『盗んだ』つもりだろうけど……。
イリスはね、アンタの盤面(そこ)じゃ満足できないんだよ!」
私は、全マナ(5色)をタップした。
そして、手札の『白紙』を、フィールドのセンターに叩きつける。
「来い! 『無垢なる白紙』!!」
フィールドに、真っ白な人型のシルエットが現れる。
頼りない、ただのモヤのような存在。
「効果なしの雑魚……。盾にすらならへんわ」
「こいつは『何者でもない』。
だからこそ……『全ての色の器』になれる!!」
私は、墓地にあるすべての属性カードを除外した。
赤、青、緑、白、黒。
「墓地の5色の力を、この白紙に上書き(オーバーライト)する!
習得せよ!
ドラゴンの火力! 魚の流動! 植物の再生! 悪魔の呪い! 天使の加護!
そして……!!」
私は、神楽会長の場にいるイリスを指差した。
「『奪われた仲間の魂』!!」
ドクン!!
白紙のシルエットが、脈打った。
鎖に繋がれたイリスが光となり、白紙へと流れ込んでいく。
「なっ……!? イリスが、勝手に!?」
「言ったでしょ? そいつは私の相棒だって!
アンタの命令なんて聞かないよ!」
イリスの虹色が、白紙を染め上げる。
全ての色を飲み込み、混ざり合い、そして生まれた色は――。
『 漆黒の混沌(カオス・ブラック) 』
「誕生せよ!
全てのジャンク、全てのバグ、全ての想いを束ねた姿!
『混沌の創界神(カオス・ジェネシス) イリス・オルタ』!!」
ズガァァァァァァン!!
スタジアムが闇に染まる。
現れたのは、黒い翼と虹色の瞳を持つ、堕ちた女神。
攻撃力は……測定不能(∞)。
「さあ、決着(フィナーレ)だ神楽ミコト!
アンタの黄金の秩序を……私のカオスで食い尽くす!!」
学園の秩序を守る鉄壁の盾、生徒会執行部。
彼らの視点から見た、Eクラスの革命――。
執行部・崩壊ログ:秩序の終焉(システム・ダウン)
場所: 学園祭メインスタジアム・決戦フィールド
状態: 制御不能(Uncontrollable)
スタジアムが闇に染まる。
遊崎いろはの場に現れたのは、全ての色彩を飲み込み、黒く輝く堕天使。
『混沌の創界神(カオス・ジェネシス) イリス・オルタ』。
その圧倒的な質量を前に、生徒会役員たちは言葉を失っていた。
会計:銭形バーンの戦慄
(vs 緑川ソウタ・戦線崩壊済み)
「……アホな」
銭形は、口から葉巻(チョコバー)を取り落とした。
自分の『炎族』は、全てを灰にする最強の火力だったはずだ。
だが、目の前にある「黒」は違う。
「あれは……燃やすんやない。**『飲み込む』**んじゃ」
ソウタの植物がそうであったように。
あの黒い天使は、炎も、水も、光も、全てのエネルギーを喰らって肥大化している。
「ワレ……ワシの火が『種火』にしか見えんわ。
あんなん、キャンプファイヤーどころか……太陽そのものやんけ」
銭形は乾いた笑い声を上げた。
自分たちが配給されたゴミカード『消化活動』。
それを盾にした自分と、自ら畑を焼く『除草剤』を肥料にしたソウタ。
覚悟の温度が違った。
「カッカッカ……! 負けじゃ。
ワシらの火じゃ、あのカオスは焦がせもしないわ!」
書記:夢川ピュアの恐怖
(vs 白瀬ミカ・戦線崩壊済み)
「……ひっ」
ピュアは、ドレスの裾を強く握りしめていた。
彼女の得意とする「魅了(チャーム)」は、絶対のはずだった。
どんな強いモンスターも、ピュアの可愛さの前ではひれ伏すはずだった。
だが、あの黒い天使は違う。
鎖で繋がれた『イリス』が、自ら鎖を引きちぎり、喜んであの黒い影と融合したのだ。
「なんで……? ピュアの方が可愛いのに……。
なんで、そんなに嬉しそうに『あっち』へ行くの……?」
ミカが『呪い兜』を被せた天使もそうだった。
彼女たちは、強制されたから動いたんじゃない。
**「主のために壊れること」**を選んだのだ。
「可愛くない……。全然可愛くないとよ……。
でも……」
ピュアは震える声で呟いた。
「……すごく、綺麗っちゃん」
支配による愛ではなく、信頼による融合。
そのおぞましくも美しい姿に、ピュアの「可愛さの定義」が揺らいでいた。
風紀委員長:碇テツヤの観念
(vs 黒江カイ・戦線崩壊済み)
「……止められんでごわす」
碇は、竹刀を静かに下ろした。
彼が配給された『動かざる石像』。
手札に戻らないその石像は、彼の海竜デッキの流動性を殺し、澱ませた。
対して、カイは『日向ぼっこ』という回復カードすら、悪魔への供物(ライフコスト)に変えた。
流れることを止めない意志。
「海は……堰き止めれば腐る。
奴らの意志は、激流そのもの」
彼は、スタジアムを覆う闇を見上げる。
「校則違反? いや、もはや規格外。
あの『黒』を裁ける法など、この学園には存在せんでごわすな……」
副会長:霧島ヴァイスのオーバーフロー
(vs 蒼井レイ・戦線崩壊済み)
『 Alert : Processing Speed... Limit Break. 』
『 Error : Target spec is Infinite. 』
ヴァイスの義眼が、高速でエラーログを吐き出している。
彼が配給された『錆びついた砂時計』。
それが彼の思考速度にラグを生ませ、レイの物理攻撃を許してしまった。
だが、それ以上の異常事態が目の前にある。
「……『無垢なる白紙(ホワイト・ブランク)』だと?」
ヴァイスは呻いた。
「効果なし。データ容量ゼロ。
だからこそ……『無限の容量(ストレージ)』になり得るいうか……!?」
0には何を掛けても0だ。それが俺の計算だった。
だが、あいつらは0に全ての色を足し算し、掛け算し、乗算して……無限(∞)にした。
「計算できん……。
俺のプロセッサじゃ、あいつらの『熱量』は処理しきれんがや……!」
煙を上げる自身の脳を抱え、ヴァイスは膝をついた。
生徒会長:神楽ミコトの落日
(vs 遊崎いろは・交戦中)
そして、神楽ミコト。
彼女の目の前で、黄金の秩序が、漆黒の混沌に食い破られようとしていた。
「……私の、負けやね」
神楽は、呆然と呟いた。
彼女の場には、最強の制圧竜『ハムラビ』がいる。
手札には、相手の墓地を利用する『強欲な泥棒猫』で奪った『イリス』がいたはずだった。
完璧な布陣。
黄金律による完全な管理。
それは「正解」だったはずだ。
「なんでや……。
私は、学園の秩序を守るために、泥棒猫すら受け入れたのに」
彼女は見上げる。
かつて自分の所有物(コレクション)にしようとした『イリス』が、今は黒い翼を広げ、いろはの背後で微笑んでいるのを。
「……そうか。
私は『所有』しようとした。
でも、君は……」
いろはの声が蘇る。
『イリスはね、アンタの盤面(そこ)じゃ満足できないんだよ!』
「君は、信じて解き放ったんやね。
……器が、違ったわ」
神楽は、手元の黄金のデッキを見つめた。
それは美しく輝いているが、どこか冷たい。
対して、いろはの場にある黒い天使は、5色の輝きを内包し、恐ろしいほどの熱を放っている。
「私の黄金は、ただのメッキやった。
……君の『黒』こそが、全ての色を束ねる王の色や」
神楽は目を閉じ、両手を広げた。
抵抗はしない。
この新しい「秩序」に飲み込まれることは、今の彼女にとって救いのように思えた。
「行っておしまい、遊崎いろは。
そのカオスで……私の退屈な世界を、終わらせて」
「イリス・オルタ! ダイレクトアタック!!」
ズガァァァァァァン!!
黄金の幻竜神が砕け散る。
スタジアムに降り注ぐ金色の破片は、まるで新しい時代の幕開けを祝う紙吹雪のように見えた。
『 WINNER : E-Class 』
モニターの文字が、学園の歴史が変わったことを告げていた。
生徒会執行部、陥落。
秩序の崩壊。
そして――。
「……綺麗やね」
吹き飛ばされた神楽は、泥にまみれながら空を見上げた。
そこには、スタジアムの天井を突き破り、本物の空に架かる「虹」が見えていた。
(完敗や。……おめでとう、私たちの新しい『生徒会長』)
『素晴らしい。実に見事な「革命」だったよ』
スタジアムの上空。
ホログラムではない。
天空塔の頂上から、一台のリフトがゆっくりとフィールドの中央へ降りてくる。
そこには、純白のローブを纏った天導院アーク学園長が、生身で立っていた。
「学園長……! 私たち、勝ちましたよ!」
「これで文句ないでしょ! 約束通り、学園の権限は……」
私が駆け寄ろうとした時、学園長は冷徹な視線を、私の後ろ――敗北した生徒会執行部へと向けた。
『さて。敗者への処遇を決めなくてはならないね』
学園長が指をパチンと鳴らすと、神楽ミコトたち5人の体が、赤いノイズに包まれた。
彼らの手足が、データのように分解され始める。
「なっ……!? 何これ、体が……!」
銭形が叫ぶ。
「嫌……消えたくないッス……!」
ピュアが泣き叫ぶ。
『君たち生徒会は、私の期待した「秩序」を守れなかった。
役割を果たせぬプログラムに、リソースを割く意味はない』
学園長は、事務的に告げた。
『よって、校則第0条に基づき……敗者である君たち全員に対し、「脳死(アカウント・デリート)」の処分を下す。
君たちの脳はシステムに統合し、学園を維持するための演算サーバーとして有効活用させてもらおう』
「の、脳死……!?」
会場から悲鳴が上がる。
噂だと思っていた都市伝説が、現実として目の前で起きようとしている。
「……そうですか」
神楽ミコトだけは、静かにそれを受け入れていた。
彼女は、諦めの混じった瞳で私を見た。
「これがルールや。負けた私たちが悪い。
……いろはちゃん。あとは、任せたわ」
「ふざけんな!!」
私は神楽会長の言葉を遮り、学園長に掴みかかろうとした。
だが、見えない壁(フォース・フィールド)に弾かれる。
「何が統合だよ! 何が有効活用だよ!
あいつらはアンタの道具じゃない!
ムカつくけど、陰湿だけど……必死に戦った**『人間』**だろ!!」
私は叫んだ。
Dクラスも、Cクラスも、Sランクも、そして生徒会も。
みんな、この狂った学園で必死に生きていただけだ。
それを、負けたからゴミ箱行き?
そんなの、絶対に認めない。
『……おや。不満かな?』
学園長は、心底不思議そうに首を傾げた。
『君は勝ったのだよ、遊崎いろは。
君は全てを手に入れた。敗者の末路など、君には関係ないだろう?』
「関係あるよ! 私が勝ったんだから、私が決める!
この学園のルールは、私が全部書き換えるんだ!」
『ルールを変える?
……ふむ。それは困るな』
学園長は、ゆっくりと懐からデッキケースを取り出した。
それは、以前の「3軍(失敗作)」が入っていたボロボロのケースではない。
虹色の光を放つ、神々しい**「クリスタルのケース」**。
『君にはまだ、権限を渡していない。
……この私を倒していないのだからね』
⚔️ 1軍(ガチ)デッキの脅威
学園長は、クリスタルのデッキをデュエルディスクに装填した。
その瞬間、スタジアムの空気が変わった。
重い。空気が鉛のように重い。
たった40枚のカードの束から、世界を押し潰すようなプレッシャーが放たれている。
『選択肢を与えよう、遊崎いろは』
学園長は、私を見下ろして言った。
『このまま私の決定に従い、生徒会を見捨てて「勝者」として生きるか。
それとも……私の「本気(1軍)」に挑み、勝利して彼らを救うか』
「……1軍」
『そう。これこそが《オールスペクトラム・ソウル》。
全色、全種族、全知全能。
私が1000年の時をかけて組み上げ、調整し、完成させた……「TCGの到達点」だ』
学園長の背後に、巨大な虹色のオーラが立ち昇る。
以前の「3軍」とは次元が違う。
あれは、遊びじゃない。「殺し」に来ている。
『ただし、忠告しておこう。
このデュエルで君が負けた場合……君もまた「脳死」の対象となる。それも、ただの統合ではない。君のその特異な自我は、永遠に私のコレクションとして保存されるだろう』
リスクは最大。相手は、この世界の創造主にして、最強のデュエリスト。
勝てる保証なんてどこにもない。でも。
私は振り返り、消えかかっている神楽会長と目が合った。
彼女は首を横に振っている。『逃げろ』と。
「……悪いね、会長」
私は、自分のデッキケースを強く叩いた。
中には、30円のイリスと、仲間たちと集めたジャンクカード、そしてあの「白紙のカード」が入っている。
「私、性格悪いからさ。
ラスボスが『倒してくれ』って顔してると……無視できないんだよね!」
私は学園長に向き直り、ディスクを構えた。
「上等だよ、アーク!
アンタの自慢の1軍デッキ……私の『ガラクタ』でスクラップにしてやる!」
学園長は、今日一番の――いや、出会ってから一番の、凶悪で歓喜に満ちた笑顔を見せた。
『素晴らしい。
そうでなくては、育てた甲斐がないというものだ』
『さあ、始めようか。
神の作った「完璧な世界」と、君が望む「混沌の世界」。
どちらが生き残るべきか……最後の審判だ!』
『 Duel Start : Iroha vs Arc [Full Power] 』
学園祭、本当の最終決戦。
負ければ死。勝てば世界変革。
1000年の時を超えたカードバトルの歴史、その結末がここに刻まれる。
天導院アーク視点___
「……やはり、彼らでは君を止められなかったか」
私は、消去プロセスに入った神楽ミコトたちを一瞥した。
彼らは優秀だった。私の与えた「新種族」という最強の武器を使いこなし、理論上は無敵の布陣を敷いた。
だが、負けた。
なぜか?
彼らは「私の作った箱庭」の中でしか強くなれなかったからだ。
ルールを守り、秩序を愛し、私の顔色を窺う優等生。
それでは、世界を変えることはできない。
対して、目の前の少女はどうだ。
泥にまみれ、安っぽいパーカーを着て、30円のジャンクカードを握りしめている。
美しい黄金律を、錆びついた鉄屑で殴り壊した無法者。
(ああ……なんて汚くて、なんて美しいんだ)
私の胸の奥で、冷え切っていた回路が熱を帯びる。
私が求めていたのは、私の言葉に従う「信者」ではない。
私の喉元に牙を突き立てる、「獣」だったのだ。
2. 究極の試練(いじわる)
「脳死の処罰」。
この言葉を聞いた時の、彼女の顔。
絶望? 恐怖? いや、「激怒」だ。
彼女は勝者だ。本来なら、敗者の運命など気にする必要はない。
自分だけが甘い蜜を吸い、Cランクの特権を享受すればいい。
この学園の生徒なら、誰もがそうする。
だが、彼女は叫んだ。
『あいつらはアンタの道具じゃない!』と。
(……合格だ、いろは君)
もし彼女がここで生徒会を見捨てていたら、私は失望と共に彼女を「新しい管理システムの一部」として処理していただろう。
他者の痛みを切り捨てる者に、世界を変える資格はない。
だから私は、最高のステージを用意した。
「私の本気(1軍)に勝てば、全てを救える」。
リスクは彼女の命。リターンは世界の変革。
これ以上ない、劇的なクライマックスだろう?
《オールスペクトラム・ソウル》の重み
私は懐から、クリスタルのデッキケースを取り出した。
指先に伝わる、重厚な鼓動。
《オールスペクトラム・ソウル》。
これは単なるカードの束ではない。
この1000年間、人類が生み出してきた全ての戦術、全ての種族、全ての可能性を、私が一つ一つ吟味し、調整し、極限まで高めた「TCGの歴史そのもの」だ。
・赤の破壊力
・青の支配力
・緑の生命力
・白の守護力
・黒の呪い
・そして、新種族たちの未知なる力。
全ての色が、喧嘩することなく、完璧な歯車として噛み合っている。
いろは君の「5色ハイランダー」が**『ごった煮の混沌』なら、私のデッキは『完成された宇宙』**。
(残酷だね、私は)
30円のジャンクカードを信じる少女に、1000年の叡智の結晶をぶつけるのだから。
大人気ない? その通りだ。
神が本気を出す時、それはいつだって理不尽な災害なのだよ。
神殺しの幕開け
「上等だよ、アーク! アンタの自慢の1軍デッキ……私の『ガラクタ』でスクラップにしてやる!」
彼女がディスクを構える。
その目に迷いはない。
彼女は本気で、この私を――神を殺すつもりでいる。
ゾクリ、と背筋が震えた。
恐怖ではない。
これは……「歓喜」だ。
1000年待った。
私の計算を超え、私の想定を裏切り、私の作ったルールの上で、私を否定してくれる存在を。
「素晴らしい。そうでなくては、育てた甲斐がないというものだ」
私は心からの笑顔を彼女に向けた。
さあ、始めようか、愛しきイレギュラー。
君の「虹」が、私の「宇宙」を塗りつぶせるか。
それとも、宇宙の闇に飲み込まれて消えるか。
「私の全霊を以て、君を愛そう(潰そう)!」
このデュエルこそが、私にとっても、君にとっても。
最初で最後の、「最高に楽しい遊び」になるはずだ。
Eクラスの仲間視点___
スタジアムの空気は、これまでとは別次元のものに変貌していた。
学園長が放つ虹色のオーラ。いろはが放つ泥臭い熱気。
二つの圧力がぶつかり合い、空気がビリビリと震えている。
「……あかん。見てるだけで震えが止まらんわ」
緑川ソウタは、自分の腕を抱いて震えていた。
恐怖ではない。武者震いだ。
「あの学園長のデッキ……《オールスペクトラム・ソウル》。
ボクらが今まで見てきた『強い』とか『弱い』とか、そんな次元の話ちゃう。
あれは……『全部』や」
ソウタには見える。
学園長のマナゾーンから溢れ出る、無限の生命力が。
赤も青も緑も白も黒も、全てが完璧な比率で混ざり合い、一つの巨大な「世界樹」のようになっているのが。
「いろはちゃん、あんなバケモンと戦うんか……。
ボクの植物たちでも、根を張る隙間すらないで……」
「……大丈夫ッス。いろはちゃんなら、絶対に守り抜くッス」
白瀬ミカは、祈るように両手を組んでいた。
彼女の目は、いろはの背中に釘付けになっている。
「学園長の『守り』は完璧ッス。
隙がない。穴がない。まるでダイヤモンドの城壁ッス。
でも……いろはちゃんの剣は、そういう綺麗な壁ほどよく通るんスよ」
ミカは知っている。
かつて自分の「ガラスの天使」を、「対象を取らない全体強化」で最強の矛に変えてくれたあの発想を。
いろはは、壁を壊すんじゃない。壁の隙間に花を咲かせるような戦い方をする。
「あの子のパーカーの背中……。
ウチのどんな衣装よりも、大きくて、頼もしい翼が見えるッス」
「……ククク。深淵の底で、神と踊るか」
黒江カイは、包帯を巻いた手で顔を覆いながら、隙間から鋭い視線を送っていた。
「学園長は残酷だ。
敗者を消去し、勝者すらも取り込もうとする。
あれは『管理』の究極系……感情を持たぬシステムそのものだ」
カイにはわかる。
学園長の瞳の奥にある、底知れない虚無が。
あれは、カイが憧れる「中二病的な闇」なんかじゃない。本物の、冷たく乾いた「死」の匂いだ。
「だが、いろはは違う。
あいつは……自分の命(ライフ)を削ってでも、他人のために怒れる。
システムに『感情(バグ)』を流し込むウイルス……。
行け、カオス・レディ。貴様の毒で、あの潔癖な神を狂わせてやれ」
「……計算不能(エラー)。勝率、測定不可」
蒼井レイは、必死にARグラスのデータを更新していた。
だが、何度計算しても答えは出ない。
「学園長のデッキは、理論値最強たい。
1000年の歴史が生んだ、TCGの到達点。
対するいろはちゃんのデッキは……30円のジャンクと、拾い集めたゴミの山」
数値で見れば、勝負にならない。
象と蟻。太陽とロウソク。
それぐらいの差がある。
「でも……僕の計算式には、まだ変数が足りんのやろうね」
レイは眼鏡を外し、肉眼でフィールドを見つめた。
「『想い』とか、『絆』とか、『ド根性』とか。
そんな非科学的なパラメータが、あの子のデッキには詰まっとる。
……教科書を捨てた僕らが、最後に信じるべきはそこたい」
デュエルの開始音が響く直前。
ソウタが、ありったけの声で叫んだ。
「いろはちゃぁぁぁん!!
負けたら承知せぇへんでぇ!
ボクらの飯も、寝床も、全部あんたの肩にかかってるんやからなー!!」
「そうッスよ!
ウチ、今日はカツカレー食べるってお腹空かせてきたんスから!
勝って奢ってもらうッスよー!!」
「……死ぬなよ。
貴様が死んだら、誰が我(オレ)の呪いを受け止めるんだ」
「見せてやるばい!
僕らの『エラー』が、世界をアップデートする瞬間を!」
仲間たちの声が、スタジアムに響く。
それは、かつてDクラスの控室で絶望していた彼らとは違う。
自分の足で立ち、自分の言葉で叫ぶ、強者のエール。
フィールドの中央で、いろはが振り返った。
彼女は、いつものようにニカっと笑い、親指を立てた。
「任せな!
最高に美味い飯、食わせてやるからさ!!」
その笑顔を見た瞬間、Eクラスの全員が確信した。
神様だろうが、システムだろうが関係ない。
あいつなら、やってくれる。
「行けぇぇぇぇ! いろはァァァァァッ!!」
4人の叫びを背に受けて。
伝説のデュエルが、今、始まる。
神の譲歩(ハンデ)
『 System : Coin Toss... 』
スタジアムの中央に、先攻後攻を決めるためのホログラムコインが出現する。
運命のコイントス。
TCGにおいて、先攻を取れるかどうかは勝敗の数割を左右する重要な要素だ。
私は祈るようにコインを見つめた。
(先攻が欲しい……! マナを先に置いて、主導権を握らないと、あの1軍デッキには勝てない!)
だが。
そのコインが回転を始める前に、白い手がスッと空を切った。
「――不要だ」
学園長が、システムをキャンセルしたのだ。
コインが消滅し、スタジアムがどよめく。
「……何のつもり?」
私が問うと、学園長はクリスタルのデッキを愛おしそうに撫でながら、穏やかに微笑んだ。
「先攻は、君に譲ろう」
「は……?」
「ハンデだよ、いろは君。
3軍デッキならまだしも、この《オールスペクトラム・ソウル》相手に、後攻スタートではあまりに分が悪いだろう?」
学園長は両手を広げた。
その姿は無防備でありながら、どんな城壁よりも堅固な「自信」に満ち溢れている。
「それに、私は見たいのだよ。
君が描き出す『最高のアート』を。
好きなようにマナを置き、好きなように展開し、君の思う『最強の布陣』を敷きたまえ」
彼は目を細め、サディスティックに囁いた。
「――君が積み上げた希望の塔を、後から完膚なきまでに破壊する。
それが、私の楽しみ(エンターテインメント)だからね」
「……ッ!」
屈辱だ。
明らかに格下扱いされている。
「お前が何をしようが、私の盤面は揺るがない」という、神の傲慢。
でも。
(……ありがとよ、クソジジイ)
私は唇を噛み締め、デッキに手をかけた。
腹は立つけど、これはチャンスだ。
相手が「受けて立つ」と言っているなら、遠慮なく懐に入り込ませてもらう。
「後悔しても知らないよ、アーク。
私が先攻を取ったら……アンタにターンが回る頃には、盤面は『カオス』だらけになってるからね!」
「望むところだ。
さあ、始めたまえ。君のターンだ」
学園長が促す。
私は深く息を吸い込み、いつものように――いや、今までで一番強く、デッキを叩いた。
「行くよ! これが最後のデュエルだ!!」
『 Duel Start : Iroha vs Arc 』
🃏 Turn 1 : Iroha (Rainbow)
「私のターン! ドロー!!」
シュパァッ!
カードを引く音が、静寂を切り裂く。
手札を見る。
……悪くない。いや、最高だ。
私のデッキが、私に応えてくれている。
「まずは足場を固める!
緑マナをチャージ!」
私の背後に、小さな若木のエフェクトが現れる。
「そして、1マナ使用!
召喚、『おしゃべりな種子』!」
いつもの初動。攻撃力0の種。
Dクラス戦でも、Cクラス戦でも、ずっと私を支えてくれた相棒の一人。
「コイツは次の私のターン開始時、マナを生み出す『樹木』に成長する。
……ターンエンド!」
私はカードを伏せず、堂々とターンを返した。
たった1マナの動き。
Sランクの戦いにしては、あまりに静かな立ち上がり。
だが、学園長は満足げに頷いた。
「ふむ。種を蒔いたか。
いいだろう。まずはその芽を愛でるとしよう」
Turn 2 : Arc (All Spectrum)
「私のターン。ドロー」
学園長のドローは、音すらしなかった。
優雅で、鋭利。
「マナチャージ。
……『全能の神殿(オムニ・サンクチュアリ)』」
ズウゥゥゥゥン……
学園長の背後に、虹色に輝く神殿の幻影が出現した。
エキシビションでも見せた、あのカードだ。
「このカードは、すべての色のマナとして扱える。
そして……」
学園長は、たった1マナで、とんでもないカードを切った。
「1マナ使用。
永続魔法**『神の威光(ゴッド・プレッシャー)』**を発動」
ピキィィィン!!
空気が重くなる。重力が倍になったような錯覚。
「効果はシンプルだ。
『お互いのプレイヤーは、1ターンに1度しかモンスター効果を発動できない』」
「なっ……!?」
「私の許可なく喋るな、ということだよ。
『おしゃべりな種子』君」
学園長が冷たく見下ろす。
種子の成長効果は「自分のターン開始時」に発動する。
だが、もし私が次のターンに他のモンスター効果を使いたい場合、どちらか一方を諦めなければならない。
たった1枚で、私の「手数」を縛り付けた。
「ターンエンドだ。
さあ、どうする? 息苦しいだろう?」
🔥 Turn 3 : Iroha (Rainbow)
「……へっ、これくらい!」
「私のターン! ドロー!」
重圧を跳ね除け、カードを引く。
来た。赤のドラゴンだ。
「私は『種子』の効果を発動! マナブースト!
これで2マナ……さらに手札から赤マナをチャージして、合計3マナ!」
私は、縛られたルールの中で、最適解を選ぶ。
「1ターンの回数制限? 関係ないね!
私は**『常在型能力(パッシブ)』**で攻める!」
「ほう?」
「3マナ使用!
召喚! 『着火する小竜(イグニッション・ドラゴン)』!」
フィールドに赤い竜が現れる。
「こいつは効果を発動しない!
ただ、そこにいるだけで**『攻撃時に攻撃力が倍になる』**!」
私は攻撃宣言をした。
「行け小竜!
学園長本体(プレイヤー)へダイレクトアタック!!」
先攻を譲ったことを後悔させてやる。
まずは一撃、神に傷をつける!
「……勇ましいね。だが」
学園長は、防御札を使わなかった。
いや、使う必要すらなかった。
「シールド・トリガー発動」
割られたシールドから、眩い光が溢れ出す。
「『因果の逆流』。
攻撃してきたモンスターを……**『デッキの一番下』**に戻す」
シュンッ!
小竜が、炎を吐く前に吸い込まれて消えた。
「嘘……ダメージ無効化どころか、除去まで!?」
「私のデッキに、無駄なカードは一枚もない。
シールドの1枚1枚が、致命的な罠だと思いたまえ」
学園長は、傷ひとつない身体で微笑んだ。
「さあ、次は私の番だ。
君の『種』も、そろそろ刈り取らせてもらおうか」
学園長の手元で、虹色のマナが輝きを増す。
まだ序盤。
なのに、この絶望感は何だ。
神の猛攻が、始まる。
天導院アーク学園長視点___。
私の庭(フィールド)で、異界の少女が吠えている。
先攻を譲られ、初撃を罠で弾かれ、それでもなお瞳の光を失わないその姿。
ああ、なんと愛おしい。
私の1000年の退屈を埋めるのは、やはり君しかいないようだ。
神の観測録:絶望という名の教育
観測者: 天導院アーク
対象: 遊崎いろは
1. 完璧な調和
『 Turn 4 : Arc (All Spectrum) 』
「私のターン。ドロー」
指先に吸い付くようなカードの感触。
私のデッキ**《オールスペクトラム・ソウル》**に、事故など存在しない。
全ての色、全ての種族が、私の指揮一つで完璧なハーモニーを奏でるように調整されているからだ。
「マナチャージ。……『深淵の黒(アビス・ブラック)』」
背後に、底知れない闇のゲートが開く。
これで私のマナゾーンには、虹色(全色対応)と黒が揃った。
「いろは君。君の『5色』は、それぞれの色が個性を主張し合う『賑やかなパーティー』だ。
だが、私の『全色』は違う」
私は手札から、2枚のカードを提示した。
「全ての色が溶け合い、一つの目的のために機能する……『軍隊』だよ」
「2マナ使用。魔法発動――『強制徴収(タックス・オーダー)』」
ギギギ……ッ!
不快な金属音と共に、いろは君の手札が黒い鎖に縛られる。
「効果はシンプルだ。
『相手は手札をランダムに1枚捨てる。そのカードがモンスターだった場合、私はその攻撃力分のライフを回復する』」
「なっ、ハンデス(手札破壊)!?」
彼女の手から、一枚のカードが滑り落ちる。
落ちたのは……『青の魔導師』。攻撃力1500。
「ふむ。青か。知恵を捨てさせられた気分はどうだい?
……ライフ回復。8000 → 9500」
「くっ……! まだだよ! 手札が1枚減ったくらいで!」
「強がりはいい。だが、これは序章(プロローグ)だ」
過去と未来の融合
私は残ったマナを見つめる。
まだ動ける。
私のデッキには、この学園の生徒たちが使う「既存種族」だけでなく、生徒会に与えた「新種族」も含まれている。
「君は生徒会(ニュー・オーダー)を倒したと言ったね。
だが、彼らは所詮、私のデータの『断片』を借りていただけに過ぎない」
私はカードを叩きつける。
「『本物』を見せてあげよう。
召喚! 『電脳の幻竜(サイバー・ワーム) グリッチ』!!」
バヂヂヂヂッ!!
空間にノイズが走り、黄金の竜とデジタルの回路が融合した、異形のモンスターが現れた。
**【幻竜族】と【サイバース族】**のハイブリッド。
攻撃力2500。
「通常召喚に酔いは存在しない。
即ち、攻撃可能だ」
「攻撃力2500……! いきなり上級クラス!?」
「グリッチの効果発動。
このカードが攻撃する時、『相手のマナゾーンのカードを1枚、次のターン終了時まで使用不能(フリーズ)にする』」
「はぁ!? マナ凍結!? レイカ先輩の時と同じじゃん!」
「学習したのだよ。君が『マナ』を封じられるのを嫌がるとね。
……さあ、喰らいたまえ」
「グリッチ、ダイレクトアタック!!
『システム・クラッシュ・バイト』!!」
ガギィィィン!!
鋭い牙が、彼女のシールドを食い破る。
「ぐぅぅッ……!」
シールドが砕け、彼女の手札が増える。
だが、その代償として彼女の「緑マナ」が灰色に凍りついた。
これで次のターン、彼女が使えるマナは減った。
「ターンエンドだ」
3. 試される「器」
私は余裕を持ってターンを返した。
ハンデスによるリソース削り。
マナ凍結による行動制限。
そして、場には攻撃力2500のアタッカー。
完璧な布陣だ。
普通の生徒なら、この時点で心が折れているだろう。
「勝てるわけがない」と。
だが。
「……私のターン、ドロー!!」
彼女の声は、少しも湿っていなかった。
引いたカードを見て、ニヤリと笑うその表情。
(……いいぞ)
私の心臓が、早鐘を打つ。
彼女は絶望していない。
むしろ、この窮屈な檻の中で、どうやって暴れ回ろうかとワクワクしている。
「学園長。アンタのデッキ、やっぱ性格悪いわ」
彼女は凍りついたマナを睨みつけ、残ったマナを触る。
「でもさ。『使えないなら、別の使い方をすればいい』って……合宿で習ったんだよね!」
彼女の目が、虹色に輝く。
さあ、見せておくれ。
私の「完璧」を、君の「雑音」がどう狂わせるのかを。
(私を殺してくれ、遊崎いろは。
君になら……この玉座を明け渡してもいい)
神の愉悦は、最高潮に達しようとしていた。
学園長の猛攻。
ハンデス(手札破壊)にマナ凍結。そして場には攻撃力2500の『電脳の幻竜 グリッチ』と、効果を縛る『神の威光』。
完璧だ。美しいほどに、隙がない。
普通の生徒なら、この「息苦しさ」だけで投了しているだろう。
でも。
(……あーあ。学園長、アンタ失敗したよ)
私は、凍りついた緑マナを見つめながら、口元を歪めた。
アンタは私のマナを「使えなく」したつもりだろうけど。
Eクラス(私たち)はね、「使えないゴミ」を「燃料」にするプロなんだよ!
Turn 5 : Iroha (Rainbow)
「私のターン! ドロー!!」
引いたカードを見て、確信する。
私のデッキ(相棒たち)は、怒っている。
自由を奪われ、管理されようとしている現状に。
「ねえ、学園長。
アンタは『マナ』を、大事なエネルギー源だと思ってるよね?」
「当然だ。マナこそが世界を動かす源泉だからね」
「だからダメなんだよ。
私たちにとってマナは……時には『爆弾』にもなるんだ!」
私は、凍りついて使用不能になった緑マナのカードを、バシッ! と指で弾いた。
「魔法発動! 『マナ・イグニッション(魔力過剰燃焼)』!!」
「……何?」
「コストは……『自分フィールドのマナ1つを破壊する』こと!
私は、使い物にならなくなった『緑マナ』をコストにする!」
ドォォォン!!
私のマナゾーンで爆発が起きる。
氷漬けになっていたカードが粉々に砕け散り、墓地へ送られた。
「マナを……自壊させただと?」
「効果発動!
破壊したマナの色(緑)に応じて、以下の効果を適用する!
緑の場合は……『デッキからモンスター1体を手札に加え、このターンその召喚コストを2下げる』!!」
「ほう。不要なリソースを、サーチとコスト軽減に変換したか」
「不要じゃない!
あの子は最後に、私に『未来』を託してくれたんだ!」
私はデッキから、逆転の一枚をサーチする。
手札破壊で捨てられた『青』。
自ら爆破した『緑』。
墓地に眠る色たちが、私の背中を押している。
「さあ、行くよ!
アンタの『神の威光(1ターンに1度しか効果を使えない)』……。
その抜け穴、突かせてもらう!」
私は、軽減されたコストで、手札のカードを叩きつける。
「2マナ軽減! 残りの赤・白・黒マナをタップ!
合計5マナ!
召喚! 『無頼の傭兵(アウトロー・マーセナリー)』!!」
ジャキッ!!
荒野の風と共に現れたのは、ボロボロのマントを羽織り、巨大な剣を背負った戦士。
種族は【戦士族】。色は赤。
攻撃力は2400。
「攻撃力2400……。
私の『グリッチ』(攻撃力2500)には届かないよ?」
「こいつはね、『効果を発動しない』んだ」
「……なに?」
「こいつが持っているのは、発動を伴わない『永続能力(パッシブ・スキル)』!
その効果は……
『相手のライフが自分より多い場合、その差分だけ攻撃力がアップする』!!」
「なっ……!?」
学園長が目を見開く。
現在のライフ。
私:8000(初期値) - シールドブレイク等はまだ軽微(※序盤の攻防のみ)。
学園長:9500(さっきのハンデス効果で回復した分)。
その差は、1500。
「『無頼の傭兵』の攻撃力は……2400 + 1500 = 3900!!」
ゴォォォォッ!!
傭兵の剣が、怒りの炎で巨大化する。
アンタが余裕ぶって回復したライフが、そのまま私の剣の重さになる!
「しかも『永続能力』だから、『神の威光』の回数制限には引っかからない!
どうだ、学園長!!」
「ククッ……! 私の『余裕(回復)』をあだにするとはね!」
「行け、傭兵!
その目障りな電脳竜を叩き斬れ!!
リベンジ・スラッシュ!!」
ズバァァァン!!
傭兵の一撃が、グリッチの胴体を両断する。
電脳の竜がノイズとなって霧散し、学園長のフィールドがこじ開けられた。
「ぐっ……!」
(グリッチ破壊による超過ダメージ:3900 - 2500 = 1400)
『 Life : 9500 → 8100 』
「これで条件は五分(イーブン)だ!」
私は拳を突き上げた。
スタジアムが揺れるほどの大歓声。
神の盤面を、真正面から突破した!
「ターンエンド!
さあ、次はどんな理不尽を見せてくれるの!?」
Turn 6 : Arc (All Spectrum)
「……ふふ。あはははは!」
学園長が、子供のように笑い出した。
その虹色の瞳が、愉悦に歪んでいる。
「痛いな。実に痛い。
私の計算式(ロジック)を、こうも単純な『暴力』で破るとは」
彼はドローしたカードを、愛おしそうに見つめた。
「いいだろう。君が『個の力』で来るならば。
私は『全能の力』で応えよう」
学園長のマナゾーンが、妖しく明滅する。
全色対応の『神殿』。そして、さっき破壊されたグリッチが残した『残骸』。
「マナチャージ。
そして……私は墓地のカードを対象に取る」
「墓地……!?」
「5マナ使用。魔法発動――『輪廻の虹(レインボー・リインカーネーション)』」
スタジアムの空気が変わる。
私の肌が粟立つ。ヤバい。何かが来る。
「このカードは、お互いの墓地にあるモンスターを、種族ごとに1体ずつ選び……。
それらを素材(マテリアル)として、『融合召喚』を行う!」
「な、なんだって……!?」
学園長の背後に、巨大な渦が出現する。
彼の墓地に眠る『電脳の幻竜(サイバース)』。
そして、さっき私がコストにした『着火する小竜(ドラゴン)』までもが、渦の中に吸い込まれていく!
「混ざり合え、光と闇、過去と未来!
全ての色を束ね、ここに新たな神話を刻め!!」
ズゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
渦の中から現れたのは、5つの首を持つ、輝く竜。
それぞれの首が、赤、青、緑、白、黒の色を帯びている。
「融合召喚!!
『五元竜(エレメンタル・ドラゴン) ティアマット・ゼロ』!!」
ギャオオオオオオオッ!!
咆哮だけで、私の『傭兵』が吹き飛びそうになる。
攻撃力……4000。
しかも、その威圧感は数字以上だ。
「この竜は、素材としたモンスターの『色』の数だけ、効果を得る。
今は赤と電脳色(青扱い)……つまり2つだ」
学園長が指を立てる。
「1つ目。『戦闘では破壊されない』。
2つ目。『1ターンに1度、相手の魔法カードの発動を無効にし破壊する』」
「完全耐性に、魔法無効……!?」
「さあ、バトルだ。
ティアマット・ゼロで、『無頼の傭兵』を攻撃!」
ドォォォォォン!!
5色のブレスが、私の傭兵を消し炭にする。
守ることも、反撃することも許されない、圧倒的な破壊。
『 Life : 8000 → 7900 』
シールドが1枚割れ、私の手札に加わる。
だが、盤面には絶望的な壁が立ちはだかっている。
「ターンエンド。
……どうする? いろは君。
君の『カオス』で、この『完成された多色』を超えられるかね?」
学園長が、王者の風格で問いかける。
私の手札には、シールドから来た1枚と、温存していた数枚。
(……強い。強すぎる)
でも。
私のデッキケースが、熱くなっている。
まだだ。まだ終わってない。
私のデッキには、この絶望すらもひっくり返す「ジョーカー」が眠っているはずだ!
「……超えてやるよ。
アンタが『全色』なら……私は『無色』で!!」
私のドローフェイズ。
指先に、運命の風が集まるのを感じた。
アーク学園長視点___
天空塔の最上階。
虹色のマナが渦巻くこの場所で、私は1000年ぶりに「心臓の音」を聞いている気がした。
目の前には、傷だらけの少女。
彼女は私の完璧な布陣を、泥臭い「パッシブスキル(抜け穴)」と「筋力(火力)」でこじ開けた。
――ああ、素晴らしい。
私の計算式(ロジック)が、悲鳴を上げている。
これこそが、私が待ち望んでいた「未知」だ。
天導院アークの視点から見た、終局へと向かう観測記録です。
神の観測録:全色(オーダー)が求めた「白(キャンバス)」
観測者: 天導院アーク
対象: 遊崎いろは
1. 完璧な調和への自負
『 Turn 6 : Arc (All Spectrum) 』
私は、召喚された**『五元竜(エレメンタル・ドラゴン) ティアマット・ゼロ』**の背中を見上げる。
5つの首を持つ、神々しい竜。
これは私の「1000年の研究」の結晶だ。
赤の破壊、青の知恵、緑の再生、白の守護、黒の呪い。
それらを相反させることなく、一つの生命として統合した究極の生命体。
攻撃力4000。戦闘破壊耐性。魔法無効化。
「……どうだい、いろは君。美しいだろう?」
私は問いかける。
彼女の『5色ハイランダー』は、色が喧嘩し合うことで爆発力を生む「カオス(混沌)」だ。
対して、私の『ティアマット』は、全ての色が静かに溶け合う「コスモス(秩序)」だ。
この竜の前では、どんな小細工も通じない。
彼女の手札にある魔法カードも、ティアマットの前では紙屑だ。
盤面のモンスターも、戦闘では勝てない。
「これが『TCGの到達点』だよ。
全ての可能性を網羅し、全ての弱点を克服した……**『終わりの色』だ」
少女の瞳にある「色」___
しかし。
絶望的な状況だというのに、彼女の瞳から光が消えていない。
(……なぜだ?)
普通なら、ここで折れる。
Dクラスも、Cクラスも、生徒会も、この「完璧さ」の前に膝を屈した。
だが、彼女はデッキケースを強く握りしめ、何かを待っている。
私は、彼女の手札に残っている「あるカード」を思い出した。
先日のガチャポンで、私が彼女に与えた**『無垢なる白紙(ホワイト・ブランク)』**。
効果なし。攻撃力0。
ただの数合わせのゴミカード。
(……まさか)
私の背筋に、戦慄が走る。
私は「全色(オール・スペクトラム)」を極めた。
この世に存在する全ての色を重ね合わせた結果、それは「黒」に近い、重厚な色になった。
だが……色が多すぎれば、キャンバスは塗りつぶされてしまう。
私の世界にはもう、**「新しい色を塗る余白」**がないのだ。
対して、彼女が持っているのは「白紙」。
何もない。何者でもない。
だからこそ……。
「……そうか。君は『描こう』としているのか」
私は悟った。
彼女は、私の完成された絵画(世界)に、落書きをしようとしているのだと。
3. ラスボスとしての責務
「……ククッ、ハハハハハ!」
笑いが込み上げてくる。
なんてふざけた少女だ。
神が作った完璧な世界を、「キャンバスが足りないから」といって上書きするつもりか。
「いいだろう、遊崎いろは!
君がその『白』で、私の『全色』を飲み込むと言うなら!」
私は両手を広げ、ティアマットに命令を下す。
守りなど不要。全力の制圧だ。
「受けて立とう!
この最強の壁を越えてみせろ!
もし超えられたなら……その時こそ、世界は君の色に染まる!」
私は、ターン終了を宣言しなかった。
ただ、彼女を見つめ、無言で促した。
『さあ、引きたまえ。
神を殺す、最後の一枚(ラスト・ドロー)を!』
私の心臓は、恐怖と歓喜で破裂しそうだった。
1000年待った「敗北」の予感が、虹色の光となって私を包み込んでいた。
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