第13話
AAAランク「チーム・ノーブル」との交流会を終え、決戦を翌日に控えた深夜。
私は、Cランク寮の個室で、一枚のカードを見つめていた。
『虹彩の創界神(イリス・ジェネシス)』。月光を浴びてキラリ輝くイリスを優しい手つきで撫でる。
レオは言った。「30円の紙切れ」と。
確かに、令和の時代ではそうだった。
でも、この未来に来てから、彼女は何度も私を救ってくれた。まるで、最初からこの世界で戦うことを知っていたかのように。
「……そういえば、変だよね」
ふと、今更すぎる疑問が脳裏をよぎる。
なんで私なんだろう?
事故? 偶然?
それにしては、私の「5色ハイランダー」は、この世界のシステム(マナ&リリース)に噛み合いすぎている。
まるで、「このゲーム」が私を呼んだみたいに。
『――良い勘(センス)だ。ようやくその問いに辿り着いたか』
「うわっ!?」
部屋の窓が音もなく開き、月光と共に一人の男が立っていた。
ホログラムじゃない。生身の、圧倒的な質量。
天導院アーク学園長。
「が、学園長!? ここ、女子寮ですよ!?」
「細かいことは気にするな。
……来たまえ。君に話しておかなければならないことがある」
彼は私の返事も待たず、虚空へ歩き出した。
慌てて追いかけると、そこには見えない「光の階段」が、天空塔の頂上へと伸びていた。
1000年の停滞と、たった一つのバグ___
天空塔、真実の間
天空塔の最上階。
そこは、学園都市の全てを見下ろせる、神の視点の場所だった。
風が強い。でも、寒くはない。
「……単刀直入に聞くよ、学園長」
私は、欄干に背を預ける彼に問いかけた。
「私を呼んだのは、アンタなの?」
学園長は夜景を見つめたまま、静かにグラスを傾けた。
「半分正解で、半分間違いだ。
君を呼んだのは私ではない。……この『世界(システム)』そのものだ」
「システム?」
「いろは君。君はこの未来のTCG『シールド&ソウル』をどう思う?」
「どうって……。
すごいよ。VR技術も、カードの演出も。
でも……みんな『正解』ばかり探してる気がする。Dクラスみたいにマニュアル通りだったり、AAAクラスみたいに強カードに頼ったり」
「その通りだ」
学園長が振り返る。その虹色の瞳に、深い憂いが浮かんでいた。
「この1000年で、人類はTCGを『解き明かして』しまった。
AIが数億回のシミュレーションを行い、全てのデッキの勝率、相性、最適解を算出する。
今のプロリーグを見てごらん。
互いにミスなく、感情もなく、ただ計算通りにカードを出し合い、0.1%の確率差で勝敗が決まる。
……そこにはもう、『熱』も『ドラマ』もない」
彼は自嘲気味に笑った。
「皮肉なものだ。
『完璧』になった瞬間、ゲームは『死んだ』のだよ」
🃏 招かれた理由
「だから、システムは求めた。
計算不能な要素。
AIが理解できない、非合理で、無駄が多くて……それでいて、とてつもないエネルギーを持つ『異物』を」
学園長が指差したのは、私の胸ポケット。
そこに入っている『イリス』だ。
「そのカード……『虹彩の創界神』は、過去と未来を繋ぐ鍵(キー)。
1000年前、誰にも使われず、ストレージの底で眠っていた彼女の『無念』と『渇望』が……未来のシステムと共鳴した。
そして、彼女を愛した唯一の人間――遊崎いろはを、この時代に引きずり込んだのだ」
ぞわり、と鳥肌が立った。
事故じゃなかった。
私の相棒が、私を呼んだんだ。
『もっと輝きたい』『もっと暴れたい』って。
「私はただ、その扉を開けたに過ぎない。
……停滞したこの世界を、君という猛毒(スパイス)で掻き回すためにね」
SSランクの「脳死」の意味
「……じゃあ、もう一つ聞くよ」
私は、一番恐ろしい問いを口にした。
「SSランク以上の試合で、負けたら『脳死』するってルール……あれは何?」
学園長の表情から、感情が消えた。
「……あれは、罰ではない。『統合』だ」
「統合?」
「進化に行き詰まったこの世界を維持するには、膨大な演算能力が必要だ。
SSランクに到達するほどの優秀な脳……それをシステムに取り込み、新たな『演算リソース』として再利用する」
私は息を呑んだ。
負けたら死ぬんじゃない。
負けたら、この管理社会の一部(パーツ)にされるんだ。
「貴島マニュアル君のように、思考を放棄した者はシステムに食われる。
だが、君は違う。
君はシステムを食い破り、書き換える可能性を持っている」
学園長は私に近づき、顔を覗き込んだ。
「いろは君。
もし君が、私(ラスボス)に負ければ……君のその『カオスな脳』は、システムを更新するための最高の餌になるだろう。
だが、君が勝てば」
彼は、夜空に手を広げた。
「この世界は、君のものだ。
ルールも、常識も、命の扱いさえも……君が望むままに書き換えられる」
覚悟の色
全ての謎が繋がった。
私がここにいる理由。
負けられない理由。
そして、この戦いが単なる「ゲーム」ではない理由。
震える。
でも、不思議と恐怖はない。
「……そっか。
イリスが私を呼んだなら、応えてあげなきゃね」
私は『イリス』を取り出し、月明かりにかざした。
「それにさ、学園長。
アンタも待ってるんでしょ?
自分の作った完璧で退屈な世界を、ぶち壊してくれる奴を」
学園長は目を見開き、そして愉快そうに笑った。
「ククク……ハハハッ!ああ、その通りだ!
私は退屈している! 絶望している!だから育てた! 煽った!君なら、あるいは……!」
彼は私の手を取り、恭しく口づけを落とした。
それは騎士の誓いか、悪魔の契約か。
「期待しているよ、遊崎いろは。
明日のAAAクラス戦。そしてその先のSランク戦。
勝ち上がってきなさい。
……君が私の喉元に牙を突き立てるその瞬間まで、私は『最強の壁』であり続けよう」
「言われなくても!」
私は彼の手を振りほどき、背を向けた。
「アンタも、エリートたちも、この世界も。
全部まとめて、私の色に染めてやるから!」
エレベーターの扉が閉まる。
最後に見た学園長の顔は、この世界に来て初めて見る、心からの笑顔だった。
宿舎に戻った私は、デッキを広げた。
30円のカード。ジャンクの寄せ集め。
でも、これが世界を変える鍵だ。
「……重いね、お前ら」
カードの重みが、今までとは違って感じる。
でも、悪くない重さだ。
「よし! 寝る!
明日は金持ち軍団をボコボコにして、美味い朝飯を食うんだ!」
私は布団に潜り込んだ。
迷いはない。
全ての真実を知った今、やるべきことは一つだけ。
「全力で、遊び尽くす!」
AAAランク「チーム・ノーブル」との、価値観を賭けた戦い。
30円のジャンクカードが数億円の資産を打ち砕いたあの瞬間、スタジアムは確かに揺れた。
私たちは勝った。ついにベスト4。
次は準決勝、Sランク「五帝」との決戦だ。
……そう思っていた。
けれど、この学園のラスボス(学園長)は、やっぱり性格が悪かった。
緊急特番:エキシビション・マッチ___
『緊急速報! 緊急速報!』
勝利の余韻に浸る間もなく、スタジアム中にサイレンが鳴り響いた。
モニターが赤く明滅し、あのパジャマ姿(今は着替えてバスローブ姿だった)の学園長が映し出される。
『おめでとう、Eクラスの諸君。見事なジャイアント・キリングだった。
これで君たちは準決勝進出……と言いたいところだが』
学園長はワイングラスを回しながら、意地悪く微笑んだ。
『君たちの「無法な強さ」を危惧する声が上がっていてね。
Sランクとの決戦の前に……学園の「治安維持」を担当する彼らが、君たちの適性を審査したいそうだ』
「治安維持……?」
私の呟きと共に、スタジアムの天井が開いた。
そこから降りてきたのは、5つの煌びやかなポッド。
シュウゥゥゥ……!
白煙と共に現れたのは、今まで見たどの生徒とも違う、異質なオーラを纏った5人組だった。
制服のデザインが違う。腕章には『生徒会執行部』の文字。
そして何より――彼らのデュエルディスクから放たれている光の色が、おかしい。
赤でも青でもない。
黄金、桃色、蛍光ブルー……見たこともない「未知の色」だ。
🏛️ 新秩序の守護者(ニュー・オーダー)
「……騒がしいですね、下層エリアは」
先頭に立った人物が、宙に浮いたまま私を見下ろした。
純白の制服に、黄金の刺繍。性別不詳の美貌。
生徒会長、神楽(かぐら)ミコト。
「初めまして、404番。君たちの『自由』は目に余る。これ以上、学園の秩序(オーダー)を乱すなら……私が『却下』するしかないやね」
神戸弁?
いや、それより今の言葉の圧。空気が重い。
「おいおい、何様だよ。私たちは正規のルールで勝ってきたんだけど?」
私が言い返すと、ミカの後ろからフリフリのドレスを着た幼女(?)が飛び出してきた。
「だーめ! 勝てばいいって問題じゃないとよ!」
書記の夢川ピュアだ。
「ミカちゃんのそのツギハギだらけの翼……可愛くないっちゃん!
学園の美観を損ねる『汚物』は、ピュアが消毒してあげる!」
「お、汚物って……ひどいッス!」
ミカが涙目になる。
「……フン。スペック不足の旧型(レガシー)どもが」
全身サイボーグのような男、副会長の霧島ヴァイスが、空中にウィンドウを展開しながらレイを睨む。
「おみゃあさんの計算、トロすぎてあくびが出るがや。
最新の演算処理(プロセッサ)で、最適化(デリート)したるわ」
「兄ちゃん、ええ薪(まき)もっとるやんけ!」
真っ赤なスーツの男、会計の銭形バーンが、ソウタの植物デッキを見て舌なめずりをした。
「よう燃えそうじゃあ! ワシの炎でキャンプファイヤーしたるワレェ!」
「……そこな不審者(カイ)! 貴様の服装は校則第666条違反でごわす!」
最後に、バンカラスタイルの風紀委員長、碇テツヤが竹刀を突きつける。
「その邪気眼、その包帯……軟弱千万! 薩摩の海に沈めて根性叩き直してやるでごわす!」
「……だりぃ。いきなり説教かよ」
カイが面倒そうに頭をかく。
未実装(アンリリース)の脅威
個性の大渋滞だ。
でも、ふざけているようで、彼らから感じるプレッシャーはAAAランク以上。
Sランクにも匹敵するかもしれない。
「……学園長。これはどういうこと?」
私がモニターを睨むと、学園長は楽しそうに答えた。
『彼らは特別だ。
私の権限により、まだ一般には解放されていない「新種族(ベータ・データ)」の使用を許可されている』
「新種族……!?」
『幻竜、サイバース、妖精、炎族、海竜……。
既存の5色の枠組みには収まらない、未知なる力。
君の「5色ハイランダー」が過去の遺産(レガシー)なら、彼らは未来の可能性(フューチャー)だ』
なるほどね。
私たちが「過去」の力で戦うなら、こっちは「未来」の力で潰しに来たってわけか。
未実装カードとか、ゲーマーとしては垂涎モノだけど……敵に回すと厄介極まりない。
神楽会長が、黄金に輝くカードを掲げた。
「そういうことやね。
君たちのデッキは『解析済み』。でも、君たちは私たちのカードを知らない。
……この情報格差(アドバンテージ)を覆せるか、見せてもらうわ」
「エキシビション・マッチや!」
「負けた方はトーナメント辞退……ってのはどう?」
「ヒャッハー! 燃やし尽くしたる!」
生徒会メンバーが、それぞれターゲット(私たち)の前に立つ。
いろは(5色) vs 神楽ミコト(黄金・幻竜)
レイ(青単) vs 霧島ヴァイス(電脳・サイバース)
ミカ(白単) vs 夢川ピュア(桃色・妖精)
ソウタ(緑単) vs 銭形バーン(朱色・炎族)
カイ(黒単) vs 碇テツヤ(紺色・海竜)
「……上等だよ」
私はパーカーの袖をまくり、不敵に笑った。
「見たことないカード? 新しいルール?
最高じゃん。攻略しがいがあるってもんだよ!
『新発売(ニューリリース)』の味、確かめさせてもらおうか!」
「ふふっ、強がりもそこまでやね。
――執行開始(デュエル・スタンバイ)!」
学園祭トーナメント・準決勝直前。
突如として始まった、運営側(生徒会)からの粛清イベント。
未知の色が、私たちの5色に襲いかかる!
Eクラスの「5色(レガシー)」に対し、未知の「新種族(ニュー・タイプ)」を引っ提げて立ちはだかる生徒会執行部。
彼らの視点から見たEクラスは、単なる敵ではなく、「アップデートされるべき旧時代のバグ」として映っていた。それぞれの強烈な自我(と方言)を交えた、開戦直前の独白である。
執行部・作戦ログ:旧世代の粛清___。
場所: スタジアム上空・生徒会専用ポッド内
時刻: エキシビション・マッチ開始直前
眼下には、泥だらけのパーカーを着た少女――遊崎いろはと、その仲間たちが並んでいる。
学園長に「虹色」と称賛され、観客の期待を一身に背負うその姿。
(……不愉快やね)
生徒会長、神楽ミコトは、黄金に輝くデッキを指先で撫でた。
「学園長も人が悪いわ。あんな『雑音(ノイズ)』を放置するなんて。
……総員、準備はええな?
私たちの仕事は、あの子たちを『正しい場所(ゴミ箱)』へ還してあげることや」
神楽の指令に、4人の執行役員たちがそれぞれの獲物をロックオンする。
副会長:霧島ヴァイスの視点(vs 蒼井レイ)
【ターゲット:青単・知識(コントロール)】
「……あくびが出るがや」
俺の義眼が、対面の眼鏡野郎――蒼井レイの戦術データを高速解析する。
『ドロー』『手札破壊』『打ち消し』……。
ふん、典型的すぎる青単だ。人間が手計算で回すにはそれが限界なんだろう。
だが、俺の【サイバース族】は違う。
1ターンに数十回の特殊召喚、相互リンクによる盤面制圧。
人間の脳処理速度では追いつけない「電脳の速度」こそが、俺の正義だ。
「おい、そこの旧型(レガシー)。
おみゃあさんの計算式、俺の演算プロセッサの前じゃ『ソロバン』みたいなもんて知っとるきゃ?
……覚悟しやぁ。1ナノ秒で論破(デリート)したるでよ」
会計:銭形バーンの視点(vs 緑川ソウタ)
【ターゲット:緑単・マナ加速(ランプ)】
「カッカッカ! 笑いが止まらんのぉ!」
ワシの目の前におる緑色のチビ――緑川ソウタ。
あいつのデッキは「植物」じゃ。マナを貯めて、デカい木を生やす。
平和ボケした戦術じゃのぉ。
ワシの【炎族】は、そんな悠長なことはせん。
殴る? いやいや、野蛮じゃのぉ。
ワシらはカードの効果で、相手のライフを直接「焼く(バーン)」んじゃ!
「兄ちゃん、知っとるか?
木ぃいうんはな、よう燃えるんじゃあ!
なんぼマナ貯めても、ライフが尽きたら終わりじゃろ?
ワシの特大火力で、その自慢の森ごと灰にしたるワレェ!」
書記:夢川ピュアの視点(vs 白瀬ミカ)
【ターゲット:白単・鉄壁防御(パーミッション)】
「むぅ……。やっぱ可愛くないとよ」
ピュアは、対面の白瀬ミカをジッと見つめた。
機械仕掛けの翼、ゴツゴツした鎧。
あんなの「天使」じゃない。ただのロボットだ。
ピュアの使う【妖精族】こそが、本当のファンタジーなのに!
「ねえねえ、お姉ちゃん。
その天使さんたち、ピュアのお友達にしてあげるっちゃん!」
妖精族の力は「魅了(コントロール奪取)」。
相手のモンスターを奪い、自分の手駒にする。
大好きなお姉ちゃんの天使たちに裏切られて、ボコボコにされる時の顔……。
あぁ、想像しただけでゾクゾクする!
「覚悟しいね。ピュアの『可愛さ』は、お姉ちゃんの『守り』なんかじゃ防げんとよ?
えへっ☆」
風紀委員長:碇テツヤの視点(vs 黒江カイ)
【ターゲット:黒単・墓地利用(リアニメイト)】
「……不潔でごわす」
拙者の竹刀が、微かに震える。
対面の包帯男――黒江カイ。
服装の乱れもさることながら、奴の戦術が気に入らん。
「墓地」を触るなど、死者への冒涜。衛生的にも精神的にも有害でごわす。
だが、拙者の【海竜族】の前では、その不潔な戦術は通じぬ。
海竜の力は「バウンス(手札戻し)」。
破壊はせぬ。墓地には送らぬ。
ただ、手札という「初期位置」へ強制送還するのみ!
「墓地利用? させんでごわす!
貴様のモンスターは、土に還ることすら許さん!
全て手札に戻し、何もできぬまま溺れるがいい!」
生徒会長:神楽ミコトの視点(vs 遊崎いろは)
【ターゲット:5色ハイランダー(カオス)】
そして、私――神楽ミコトの相手は、この騒動の元凶。
404番、遊崎いろは。
「……君のデッキ、5色も使ってるそうやね」
私は空中に浮いたまま、彼女を見下ろした。
赤、青、緑、白、黒。
欲張りで、節操がなくて、とっ散らかった色。
学園長はそれを「虹」と言ったけれど……私には「濁った泥水」にしか見えへんわ。
私の使う【幻竜族】の色は、ただ一色。
「黄金(ゴールド)」。
他のどの色にも染まらず、全ての色を支配する王の色。
「君の『自由』は、ただの『無秩序』や。
そんなものが許されたら、学園の法が崩れる」
私は手元の黄金のカードを掲げた。
その効果は「万能無効(パーフェクト・カウンター)」。
モンスター効果も、魔法も、罠も。
あらゆるアクションを「却下」し、無に帰す絶対的な法(ルール)。
「教えてあげるわ、404番。
世界に必要なのは、無限の可能性なんかじゃない。
たった一つの、完璧な『秩序(コード)』やということをね」
開戦:未知の領域へ___
「――執行開始(デュエル・スタンバイ)!」
私の号令と共に、5つのデュエルフィールドが同時に展開される。
Eクラスの連中は、まだ気づいていない。
自分たちがこれから戦う相手が、既存の「対策(メタ)」が一切通用しない、未知の領域(アンリリース)の住人だということに。
「さあ、見せてみなさい。
君たちの『ジャンク』が、私たちの『最新鋭』に、傷一つでもつけられるものならね!」
黄金の光が、スタジアムを埋め尽くす。
虹色vs黄金。
色を巡る戦争が、今始まる。
スタジアムを埋め尽くす、見たこともない光の奔流。
黄金、電脳色、桃色、朱色、紺色……。
私たちの知っている「5色(基本色)」の理(ことわり)の外側にある、未知の領域。
生徒会執行部。
彼らは単なるエリートじゃない。この世界の「運営(デベロッパー)」側に近い存在だ。
「……へえ。それが『新発売(ニューリリース)』の輝きってわけ?」
私はパーカーのフードを被り直し、目の前に浮遊する神楽ミコトを睨みつけた。
「綺麗だけどさ。ちょっと**『作り物』**っぽくない?」
「減らず口やね。その穢れた口、私の黄金律(ルール)で塞いであげるわ」
神楽会長が優雅に腕を振るう。
同時に、5つのフィールドでデュエルの火蓋が切って落とされた。
第1戦線:黒江カイ vs 碇テツヤ
『 Theme : Graveyard vs Bounce (墓地と強制送還) 』
右手のモニターで、カイが悲鳴を上げている。
「なっ……!? 我(オレ)の怨霊たちが、墓地に行かないだと!?」
カイの黒単デッキは、破壊されたモンスターが墓地へ行き、そこから蘇ることで真価を発揮する。
だが、風紀委員長・碇テツヤの【海竜族】は、それを許さなかった。
「甘いでごわす! 不潔なゾンビなど、校舎(フィールド)にも墓地にも残さん!海竜魔法『強制退去命令(バウンス・オーダー)』!」
ザパァァァン!!
紺色の津波が、カイのモンスターを飲み込む。
破壊ではない。それらは全て、カイの「手札」へと押し戻された。
「手札に戻れば、蘇生もクソもないでごわす!
貴様のリソースは永遠に増えん! 溺れて死ぬがいい!」
「くっ……! 死なせてくれない、だと……!?」
第2戦線:緑川ソウタ vs 銭形バーン
『 Theme : Growth vs Burn (成長と焦土) 』
左手では、ソウタが脂汗を流している。
「あかん! マナを貯める前にライフが削れる!」
会計・銭形バーンの【炎族】は、戦闘を行わない。
彼が指を鳴らすたびに、ソウタのライフが直接爆発している。
「ヒャッハー! 兄ちゃん、悠長に畑仕事しとる場合かぁ?
効果発動! 『焦土の税収』!
相手がマナをチャージするたび、500ダメージを与える!」
「ぐあぁっ! マナを置くだけで燃える!?」
「金(マナ)より命(ライフ)じゃろうが!
さっさと燃え尽きんかいワレェ!!」
第3戦線:白瀬ミカ vs 夢川ピュア
『 Theme : Defense vs Charm (防御と魅了) 』
「ひ、卑怯ッス! 返して! ウチの天使ちゃんを返してッス!」
ミカが泣き叫んでいる。
彼女の自慢の鉄壁ブロッカーが、あろうことか敵陣に移動していた。
書記・夢川ピュアの【妖精族】。その能力は「NTR(コントロール奪取)」だ。
「えへっ☆ ミカちゃんのが一生懸命育てた天使さん、ピュアのこと好きになっちゃったみたい!
ほら、元のご主人様を攻撃して?」
「やめるッス! こっち見ないでッス! ウチを殴らないでぇぇ!!」
味方に殴られる絶望。
物理的な防御力が高ければ高いほど、裏切られた時のダメージはデカい。
第4戦線:蒼井レイ vs 霧島ヴァイス
『 Theme : Calculation vs Processing (計算と演算) 』
そして、レイも追い詰められていた。
「速い……! 僕の思考が追いつかん……!」
副会長・霧島ヴァイスの【サイバース族】。
彼が使う召喚法は、既存の「特殊召喚」の枠を超えていた。
「遅いがや。おみゃあのターンはもう終わりだ。
俺のターン! 展開(アクセス)! 展開! 展開!!
リンク1、リンク2、リンク3……相互リンク完了!!」
ピピピピピ……!
電脳色の光が、幾何学模様を描いて盤面を埋め尽くす。
1ターンに10回以上の召喚。
人間の処理能力を超えた、圧倒的なソリティア。
「これが『電脳支配(サイバー・ドミネーション)』だ。おみゃあさんのアナログな脳みそじゃ、フリーズするのがオチだて」
「くっ……! パターンが……読めん!」
第5戦線:遊崎いろは vs 神楽ミコト
『 Theme : Freedom vs Order (自由と秩序) 』
仲間たちが、未知の初見殺しに苦しんでいる。
でも、助けに行く余裕はない。
私の目の前にいるのが、一番ヤバい奴だからだ。
『 Duel Start : Iroha vs Mikoto 』
「先攻は頂くわ。
……黄金のマナチャージ」
神楽会長の手元で、金色の光が灯る。
赤でも青でもない、第6のマナ。
「1マナ使用。召喚、『黄金律の番人(ゴールド・ガーディアン)』」
現れたのは、全身が金色の鱗に覆われた小さな竜。
ステータスは低い。でも、嫌な予感がする。
「私のターン!
様子見だ……赤マナチャージ!
1マナ、『着火する小竜』!」
私がカードを出そうとした、その瞬間。
「――『却下』やね」
神楽会長が冷たく告げた。
「は?」
「『黄金律の番人』の効果発動。
相手がモンスターを召喚しようとした時、自身をリリースすることで……その召喚を『無効』にし、破壊する」
パァァァン!!
私の小竜が、場に出る前に金色の光に弾かれ、消滅した。
「なっ……召喚無効!? 1マナで!?」
「言うたでしょう? 秩序に従えと。
私の許可なく、盤面に立つことすら許さへんわ」
これが【幻竜族】。
そして「黄金(ゴールド)」の力。
相手のアクションに対し、後出しで「NO」を突きつける『万能無効(パーフェクト・カウンター)』**!
「タチが悪すぎるでしょ……!
なら、魔法だ! 『マナ・スプラウト』!」
「それも『却下』。
手札から『黄金の検閲官』を捨てて、魔法の発動を無効化」
「嘘でしょ!?」
何も通らない。
モンスターも、魔法も。
私が何かをしようとするたびに、神楽会長は涼しい顔で「却下」する。
「無駄やと言ってるの。
君の『自由』で『カオス』なプレイング……。
そんな不確定なノイズは、私の黄金の前ではただのゴミくずや」
神楽会長の背後に、巨大な後光が差す。
「フィニッシュやね。
顕現しなさい。黄金律の頂点……
『断罪の幻竜神(ジャッジメント・ワーム) ハムラビ』!!」
ゴゴゴゴゴ……!!
スタジアムが黄金に染まる。
雲を裂いて現れたのは、神々しくも冷酷な、金色の巨竜。
「このカードが存在する限り、相手はカードの効果を発動できない」
「……効果発動、禁止?」
「そう。君に許されるのは、バニラ(効果なし)のモンスターで殴りかかることだけ。
……まあ、攻撃力4000のハムラビの前では、それも無意味やけどね」
完全なる詰み(ロック)。
私のデッキの強みである「多様な効果」「アドリブ」「奇策」。
その全てを、ルールレベルで封じ込められた。
「終わりやね、404番。
君の虹色は、金メッキの下に埋もれて消えなさい」
絶体絶命。
これが「未実装(アンリリース)」の力。
学園の秩序を守る、絶対的な壁。
でも。
私は、パーカーのポケットの中で、一枚のカードを握りしめた。
路地裏のショップで見つけた、AIが「非推奨」としたジャンクカード。
(……ありがとね、神楽会長)
私は俯いたまま、口元を歪めた。
(アンタが『新しい力』に頼りきったお堅いエリートで……助かったよ)
「……ねえ、会長」
私は顔を上げた。
その目に、諦めの色はない。
「アンタの『黄金』は、確かに強いよ。
何でも無効にして、ルールで縛って……完璧だ」
私はドローしたカードを、高々と掲げる。
「でもさ。『無効にされない』って書いてあるカードなら……どうする?」
「……は?」
神楽会長の表情が、初めて曇った。
「見せてあげるよ!
最新鋭のバグ(新種族)を駆除するのは……いつだって、泥臭い『パッチ(修正プログラム)』だってことをね!!」
生徒会執行部が操る「新種族」と「未知のルール」。
その圧倒的な理不尽の前に、Eクラスは全滅寸前まで追い込まれました。
しかし、私たちには切り札がある。
路地裏のショップで、埃を被りながら私たちを待っていた**「旧時代の遺産(ジャンク)」**たちが。
最新鋭のシステム(秩序)を、泥臭いバグ(混沌)が食い破る。
**反撃開始(カウンター・アクション)**だ!
第24章:解き放て! ジャンク・レボリューション!
🤖 Iroha vs Mikoto:錆びついた神殺し
『 Theme : Unstoppable (止まらないモノ) 』
「……『無効にされない』やと?」
神楽ミコト会長が、怪訝そうに眉をひそめる。
彼女の背後には、効果発動を禁じる**『断罪の幻竜神 ハムラビ』。
そして手札には、召喚を無効にする『黄金律』**のカウンターカードが握られているはずだ。
「そうだよ。アンタの『黄金』は、あらゆるアクションに対して『NO(却下)』を突きつける。
……だったら、**『問答無用でYESと言わせる』**カードを使えばいい!」
私は、全マナ(8マナ)をタップした。
色はバラバラ。でも、関係ない。
「このカードは、墓地にあるカードが20枚以上ある時、手札から特殊召喚できる!
この召喚は**『チェーンブロックを作らない』**!
つまり――アンタの『無効化』が割り込む隙間なんて、最初から存在しないんだよ!!」
「なっ……チェーンを組まない特殊召喚!?」
私が叩きつけたのは、イラストが判別できないほど錆びついた、茶色の機械巨人のカード。
「起動せよ! 旧時代の最終兵器!
『錆びついた巨神(ラスティ・コロッサス)』!!」
ズズズズズ……ドォォォン!!
スタジアムの床を突き破り、全身が赤錆に覆われた、無骨な巨人が出現した。
黄金の輝きとは対照的な、汚くて、重々しい鉄塊。
「くっ……! 出てきたところで、ただの鉄屑や!
ハムラビの効果で、そいつの効果は発動できない!」
「残念。『ラスティ・コロッサス』に発動する効果なんてないよ。
こいつにあるのは、たった一つの**『永続能力(パッシブ・スキル)』**だけ!」
私は巨神の肩に飛び乗り、叫んだ。
「このモンスターは……『このカード以外の、あらゆるカードの効果を受けない』!!」
「は……!?」
「破壊されない。除外されない。バウンスされない。コントロールも奪われない。
そして、ステータス変動も受けない!」
そう。こいつは、ただそこに「在る」だけの巨人。
魔法も罠もモンスター効果も、黄金の法(ルール)さえも、錆びついた装甲の前では無意味!
「攻撃力は……4500!
アンタの『ハムラビ』(攻撃力4000)を、殴り倒すには十分だろ!?」
「ば、馬鹿な!? 私の黄金律が……通じない!?」
「行けぇぇぇ! ラスティ・コロッサス!
その金メッキ、剥がしてこい!!
アイアン・フィスト・ジャッジメントォォォ!!」
ガギィィィン!!
錆びついた拳が、黄金の竜の顎を粉砕した___。
Kai vs Tetsuya:手札(ここ)が俺の墓地だ
「手札に戻す? ……感謝するぞ、風紀委員長」
右手のモニター。
カイの『怨霊』たちは、碇テツヤの『海竜』によって全て手札に戻されていた。
盤面はガラ空き。
「これで弾切れでごわす! 潔く散れ!」
「ククク……。貴様は知らんようだな。
我(オレ)のデッキにとって、手札とは『第二の墓地』であることを」
カイの手札が、どす黒く発光する。
「手札に戻った『怨霊』たちは、手札から捨てられることで……『怨念の呪い』となって相手に襲いかかる!」
カイは、戻されたばかりの手札を全て墓地へ投げ捨てた。
「発動! 『ハンド・オブ・デッド(死者の手)』!
手札から捨てられた枚数×1000ポイントのダメージを与え、その数だけ相手のカードを破壊する!」
「なっ、戻したカードを弾丸にしただと!?」
「お望み通り『退去』してやったぞ?
……その代償、貴様のライフで払ってもらおうか!」
Sota vs Zenigata:燃えカスは肥料になる
「燃える? 上等や! 灰は最高の肥料なんやで!」
左手のモニター。
ソウタの植物たちは、銭形バーンの『炎族』によって焼き尽くされていた。
だが、ソウタは笑っていた。
「見とけよ会計!
ボクが買ってきたのは、『不死鳥の種(フェニックス・シード)』や!」
「あぁん?」
「このカードは、『炎属性のダメージ』を受けた時、そのダメージを無効にし……マナブーストに変換する!!」
ボォォォッ!!
銭形の放った火炎放射が、種に吸い込まれ、爆発的な勢いで新芽が吹き出す。
「な、なんじゃワレェ! ワシの火力が吸われとる!?」
「おおお! 燃えれば燃えるほど育つ!
ありがとうな! おかげで20マナ到達や!
反撃の『世界樹』、生やすでぇぇぇ!!」
炎を食らって巨大化した植物が、銭形を飲み込んでいく。
Mika vs Pure:合体変形、完了ッス!
「ウチの天使ちゃんを奪う? ……残念でしたッス!」
ミカのフィールド。
夢川ピュアの『魅了』によって、天使たちが奪われそうになっていた。
だが、ミカは慌てず、ドライバー(型デバイス)を構えた。
「奪われる前に……**『合体』**すればいいッス!」
「えっ? 合体?」
「魔法発動! 『緊急合体(ユニオン・スクランブル)』!
場の天使たちをパーツとして連結!
一つになれば、もう誰も奪えないッス!」
ガシャン! ガシャン! ガシャン!
複数の天使が物理的に合体し、巨大な要塞天使へと変形する。
「誕生! 『聖なる合体機神(ユニオン・デウス)』!
このカードは『1体』として扱うため、個別の魅了は無効ッス!」
「か、可愛くなーい! なにそのゴツいロボット!?」
「可愛さよりロマンッス!
全門斉射! ラブリーなハートを撃ち抜くッスよ!」
Rei vs Weiss:処理落ち(ラグ)を狙え
「……演算速度が速すぎるのが、君の欠点たい」
レイのフィールド。
霧島ヴァイスの『サイバース』が、超高速で展開を続けている。
だが、レイは静かに一枚のカードを発動していた。
「永続魔法……『オールド・スペック(旧式化)』」
「なんだそれは? 俺の処理速度には影響ないがや!」
「ああ、君には影響ない。
だが……『通信プロトコル』には影響する」
レイが発動したのは、互いのプレイヤーに「無駄な確認作業」を強制する、いにしえの遅延カード。
「このカードがある限り、特殊召喚するたびに**『確認ポップアップ』**が表示され、手動で『OK』を押さなければならない」
「は……? いちいちOKを押すだと?」
ヴァイスの目の前に、大量のポップアップウィンドウが出現する。
『召喚しますか? Y/N』
『リンクしますか? Y/N』
「う、うっとうしい! 俺の展開スピードが……指が追いつかん!」
「君の脳は速くても、入力インターフェースは手動たい。
……無限のポップアップ地獄で、処理落ち(タイムアウト)するがいい」
決着:虹色の凱旋
5つの戦場で、同時に逆転劇が起きる。
「新種族」の圧倒的なパワーを、「ジャンクカード」の理不尽な効果が食い破ったのだ。
「……そ、そんな……私の秩序が……」
神楽会長の『ハムラビ』が、私の『錆びついた巨神』に踏み潰され、光となって消える。
無敵の黄金律が、ただの物理攻撃(パンチ)で粉砕された。
「言ったでしょ、会長」
私は、膝をついた神楽ミコトを見下ろした。
「新しいものが常に強いとは限らない。
古くて、汚くて、忘れ去られたものの中にも……**『牙』**は残ってるんだよ」
『 WINNER : E-Class (All Games) 』
モニターに表示される、Eクラス全勝の文字。
スタジアムが、爆発的な歓声……いや、どよめきに包まれる。
「勝った……勝っちゃったよ!」
「生徒会を全滅させた!?」
「あいつら、マジで何者だ!?」
私はパーカーのポケットに手を突っ込み、学園長のいる天空塔を見上げた。
「……見たか、学園長。
これが私たちの『答え』だ」
未実装の最新データすらも踏み越えた。
もう、誰も私たちを「まぐれ」とは呼ばない。
「行くよ、みんな!
次こそ本番。Sランクとの準決勝だ!」
私たちは泥と油と焦げ跡にまみれながら、堂々とスタジアムを後にした。
その背中は、どんなエリートよりも大きく、そして鮮やかに輝いていた。
生徒会執行部(未実装カード使い)を撃破し、いよいよSランク「五帝」との準決勝を迎える私たち。
しかし、この学園の支配者・天導院アーク学園長は、順当な力と力のぶつかり合いなんて許してくれなかった。
準決勝当日。スタジアムの控室に呼び出された私たちEクラスと、対戦相手であるSランクの5人を待っていたのは、「最悪のハンデ戦」の通達。
「……なんだ、これは」
Sランク序列1位、サイラス・ヴォーンが眉をひそめていた。
私たちEクラスと、Sランクの面々が集められた控室のテーブルの上には、無骨なジュラルミンケースが10個、並べられている。
「おい404! テメェらが何か仕組んだんか!」
赤髪のグレンが私に噛み付いてくる。
「知らないよ。私たちだって呼び出されたんだから」
その時、部屋のモニターが点灯し、バスローブ姿の学園長が現れた。
『やあ、勝ち残った10名の精鋭たちよ。調子はどうかな?』
「学園長。このケースは何ですか?
私たちは準決勝の準備があるのですが」
サイラスが冷徹に問う。
『それが準備だよ、サイラス君。……今回の準決勝は、特別ルールで行う』
学園長は、楽しそうに指を立てた。
『君たちの「マイデッキ」の使用を、全面的に禁止する』
「は……?」
全員の声が重なった。
『そのケースの中に入っているのは、私が夜なべして組み上げた「特製デッキ」だ。
今回の準決勝は、全員そのデッキを使用して戦ってもらう』
「はぁ!? ふざけんな!
ワシの『爆炎竜』を使わせろや! 他人の組んだデッキなんかで本気が出せるか!」
グレンが机を蹴り飛ばす。
『拒否権はないよ。
もし自分のデッキを使用した場合は……レギュレーション違反として「即時退学(ゲームオーバー)」とする』
「た、退学!?」
ソウタとミカが青ざめる。
退学になれば、当然「脳死(統合)」の対象だ。
『さあ、開けてみたまえ。
君たちの新しい「相棒」を』
支給されたのは「産業廃棄物」
私たちは恐る恐るケースを開けた。
そこに入っていたデッキの一番上――「切り札(エース)」となるカードを見て、全員が絶句した。
「な、なんやこれ……」
ソウタが震える手でカードを拾い上げる。
『怠け者の大樹(スロース・ツリー)』
コスト: 10マナ
攻撃力: 0 / 守備力: 20000
効果: このカードは攻撃できない。毎ターン、自分はマナを全て失う。マナを支払えなかった場合、自壊し、自分は敗北する。
「よ、弱すぎる……!
ただの巨大な置物やんけ! しかも維持コストでマナ全部食われるて、ただの金食い虫や!」
他のメンバーも悲鳴を上げる。
ミカ(vs 姫宮ルナ戦用):
『ガラスの天使』
効果:何かの効果の対象になった瞬間、破壊される。攻撃力は高いが、くしゃみ一回で死ぬレベルの虚弱体質。
カイ(vs 影山シノブ戦用):
『反抗期の死霊』
効果:50%の確率で命令を無視して、コントローラー(自分)を攻撃してくる。
「……反抗期だと? 深淵の王たる我(オレ)に?」
レイ(vs ネオ・ピクセル戦用):
『文字化けした魔導書』
効果:テキストが解読不能(ランダム効果)。使うまで何が起こるかわからない。
そして、私の手元にあるカードは。
『運命の道化師(ジョーカー・オブ・ディスティニー)』
コスト: 5
攻撃力: 1000
効果: コイントスを3回行う。全て表なら勝利する。一つでも裏なら、自分は敗北する。
「……ははっ。
1/8で勝ち、7/8で即死か。
ギャンブルってレベルじゃないね。ロシアンルーレットだよ」
Sランクたちの絶望___。
一方、Sランクのエリートたちは、もっと深刻なダメージを受けていた。
「ありえない……!
『旧式演算機(レガシー・コンピューター)』**だと!?」
サイラスがカードを握りつぶしそうになっている。
効果:計算処理を手動で行う必要がある。計算を間違えると爆発する。
「なんだこのトカゲはぁぁぁ!
『臆病な火トカゲ』!?
相手の場にモンスターがいると、怖がって手札に戻るだと!?
こんなもんでどうやって殴ればええんじゃ!!」
グレンが吠える。
エリーゼ(紫)には「自分の手札を捨て続ける人形」。
タイタン(白)には「守ると壊れる盾」。
ネオ(青)には「バグだらけのAI」。
全員に配られたのは、「要介護(ケア)必須」の、文字通りのクソ雑魚カードだった。
学園長の狙い___
『不満そうだね。だが、これが「真の強さ」を測る試験だ』
モニターの学園長は、冷徹に告げた。
『強いカードで勝つのは当たり前だ。サルでもできる。
だが、真のデュエリストならば……どんなに弱く、扱いづらいカードでも、その「可能性」を引き出し、勝利に導けるはずだ』
『君たちに課せられたミッションは、その「ポンコツ」たちを介護し、守り、育て……フィニッシャーとして輝かせること。さあ、証明してみせたまえ。
君たちの腕(スキル)が一流なのか、それともカードパワーにおんぶに抱っこの三流なのかを』
プツン。通信が切れる。
控室は、Sランクたちの怒号とため息に包まれた。
「こんなゴミで戦えるか!」
「私の美学に反するわ!」
でも。
私はデッキを広げ、その構成を確認しながら……ニヤリと笑っていた。
「……いろはちゃん? 笑っとる場合か?」
レイが心配そうに聞いてくる。
「いやさ。これって、私たちの得意分野じゃない?」
私は『運命の道化師』を指先で弾いた。
「Sランクの連中は、『完成された強さ』しか知らない。
マイナスをゼロにして、プラスに変える……そんな泥臭い『介護プレイング』なんて、やったことないでしょ?」
私は、絶望するソウタたちの肩を叩いた。
「思い出してよ。
私たちの元のデッキだって、周りから見れば『ゴミ』の寄せ集めだったじゃん。
それをここまで強くしたのは誰?」
ソウタがハッとする。
「……せや。ボクらや」
ミカが顔を上げる。
「ウチらはずっと、弱いカードを工夫して使ってきたッス……!」
「そうだよ。
『要介護』? 上等じゃん。
手のかかる子ほど可愛いってね!」
私はSランクのエリートたちに向かって宣言した。
「ねえ、そこのエリート様たち!
その『ゴミ』の使い方、私たちが教えてあげようか?」
「……ッ、舐めるなよ404!」
グレンが噛み付く。
「ワシは『覇王』じゃ! どんなゴミでも武器に変えてみせるわ!」
サイラスも、静かに闘志を燃やしている。
「……非合理なテストだ。だが、クリアしなければ次はない。
僕の演算能力で、この『ガラクタ』を最適化してみせる」
腐ってもSランク。彼らのプライドにも火がついたようだ。
こうして、準決勝の幕が上がる。
最強のデッキ同士のぶつかり合いではない。
どれだけ「どうしようもないクソカード」を愛し、守り、使いこなせるか。
これは、デュエリストとしての「器」を試す、究極のハンデ戦!
「行くよ、道化師(ジョーカー)さん!
アンタの運命、私がねじ曲げてあげる!」
学園長・天導院アーク視点___
天空塔の最上階、ペントハウス。
準決勝の開始直前、モニター越しに生徒たちの絶望と混乱を見下ろす天導院アーク学園長の、静かなる独白。
私は知っている。
一見「ゴミ」にしか見えないそのデッキの中に、たった一本だけ通された「黄金の勝ち筋(ゴールデン・ルート)」があることを。
幕間:神の夜なべと、隠された解法
時刻: 準決勝前夜 深夜3時
場所: 天空塔・学園長執務室
広い部屋の床一面に、数千枚のカードが散らばっていた。
学園の支配者たる私が、パジャマ姿で床に這いつくばり、一枚一枚丁寧にスリーブ(保護袋)にカードを入れている。
「ふふっ……。この組み合わせは意地悪すぎるかな?」
「いやいや、これくらい負荷をかけないと、彼らの脳は活性化しない」
私は楽しかった。
完璧に計算された最強デッキを回すのは、もう飽きた。
今、私が熱中しているのは、「理論上、最弱のカードをどうやって勝たせるか」というパズルだ。
私は、完成した10個のデッキケースを愛おしそうに撫でた。
「完成だ。私の可愛い『問題児(欠陥構築)』たち」
このデッキたちは、決して「勝てないデッキ」ではない。
ただ、勝つためのルートが、針の穴を通すように細く、そして複雑なだけだ。
エリートたちへの失望と期待___
時刻: 準決勝当日
場所: モニター室
モニターには、配給されたデッキを見て激昂するSランクたちの姿が映っている。
「……嘆かわしいね、グレン君」
彼は『臆病な火トカゲ』を見て吠えている。
『相手がいると手札に戻る』?
そうだよ。だからこそ、このカードは「召喚時効果(CIP)」を何度でも使い回せる最強のエンジンになり得るのだ。
攻撃できないなら、効果で焼けばいい。
「攻撃力」という数値に囚われている彼には、その「機能美」が見えていない。
サイラス君も頭を抱えている。
『旧式演算機』。計算を間違えると爆発する?
ならば、「爆発を利用」すればいい。
自分の場を更地にすることで発動するコンボを、私はそのデッキに忍ばせておいたはずだ。
「柔軟性がない。君たちの『最強』は、与えられたレールの上を走る速さでしかない」
🃏 Eクラスへの試練と「答え」
対して、Eクラスの反応は悪くない。
絶望しながらも、どこか「面白がって」いる。
「さあ、気づけるかな? ソウタ君」
彼の手にある『怠け者の大樹(スロース・ツリー)』。
毎ターンマナを全て失う、維持コストの塊。
普通に使えば自滅する。
だが、このデッキには『強制転移(ギフト)』が入っている。
この厄介な大樹を、「相手に押し付ける」ことができれば?
相手はマナを全て失い、維持できずに自滅(敗北)する。
最強のロックカードへと変貌するのだ。
「ミカ君の『ガラスの天使』もそうだ」
対象になったら壊れる。
ならば、「対象を取らない全体強化」だけで戦えばいい。
あるいは、「破壊された時に発動する遺言効果」**と組み合わせれば、彼女は不死鳥のように蘇る。
そして、遊崎いろは君。
君に渡した『運命の道化師』。
3回のコイントス。全て表なら勝利、一つでも裏なら敗北。
確率は1/8。
運ゲー? とんでもない。
そのデッキの底には、一枚だけ魔法カードが眠っている。
『逆転する運命(リバース・フェイス)』。
効果は、「コイントスの結果を全て逆転させる」。
つまり、裏が出れば出るほど勝ちになる。
これを使えば、敗北条件は一転して「勝利条件」となるのだ。
私はワイングラスを傾け、モニターの中の少女に語りかけた。
「カードに『ゴミ』などない。
使い手が『ゴミ』だと思った瞬間に、そのカードは死ぬのだ」
私は夜なべして、全てのデッキに「勝ち筋」を組み込んだ。
それは、AIの計算では弾き出せない、人間ならではの閃きと愛が必要なルート。
「Sランクの諸君。君たちの『エリートとしてのプライド』が邪魔をして、この細い糸が見えるかな?
Eクラスの諸君。君たちの『泥臭い執念』で、この糸を手繰り寄せられるかな?」
これは、デュエルではない。
「解読(リーディング)」の試験だ。
カードの声を聞け。
制作者(私)の意図を読め。
「さあ、始めようか。
私の『愛』を、攻略してみせたまえ」
学園長は、サディスティックな笑みを浮かべ、開戦のボタンを押した。
この理不尽なゲームの「攻略本」は、彼らの頭の中にしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます