第12話

「ん〜〜〜っ! 美味い! お肉が柔らかい! ソースが甘い!」

​私は、シャンデリアの輝くホールで、ローストビーフを山盛りにした皿を抱えていた。

周りはドレスやタキシード(制服の正装)で着飾ったエリートばかりだけど、知ったことか。

こちとらCランクの乾パン生活から這い上がってきたんだ。食える時に食う!

​「いろはちゃん、食べ過ぎや……恥ずかしいで」

レイが呆れ顔でジュースを飲んでいる。

「いーじゃん! 次の試合へのエネルギー充填だよ!」

​ソウタやミカたちも、ここぞとばかりにケーキバイキングに群がっている。

Eクラスの面々は、良くも悪くも会場で浮いていた。

​「……品がないわね」

​冷ややかな声。

振り向くと、ドレスアップした氷室レイカが立っていた。

濡れ髪でへたり込んでいた時とは違い、完璧な「氷の女王」に戻っている。

​「あ、レイカ先輩! さっきはどーも! この肉めっちゃ美味いよ!」

「……貴女ねぇ。これから始まるのは『理論交流会』よ?

少しは緊張感を持ちなさい」

​会場の照明が落ち、スポットライトが壇上を照らす。

そこには、Sランク序列5位、ネオ・ピクセルが浮遊するモニターと共に立っていた。

​『あー、テステス。

えー、これより「現環境におけるデッキ構築論」についての討論会を始めるよー。

ゲストは、今回の台風の目……Eクラスの皆さんでーす』

​パチパチパチ、と乾いた拍手が響く。

会場の視線が、一斉に私たちに突き刺さる。

それは称賛ではなく、「値踏み」するような視線だった。

議題:ハイランダーは「欠陥」か?

​ネオがホログラムを展開する。

そこに映し出されたのは、私のデッキレシピと、Eクラス全員の勝率データだった。

​『単刀直入に言うけどさ。君たちのデッキ、数学的に見ると「ゴミ」なんだよね』

​ネオは悪びれもせず言い放った。

​『5色ハイランダー? 事故率98%。

緑単に青タッチ? マナベースの歪みにより安定性低下。

君たちが勝てたのは、単なる「確率の偏り(上振れ)」……つまり「運」が良かっただけ。

再現性のない勝利に、学ぶべき理論(セオリー)なんてないよ』

​会場のエリートたちが頷く。

「確かに」「ただの運ゲーだろ」「次は負けるさ」

​私はフォークを置き、口元のソースを拭った。

なるほど。そう来たか。

​「……反論はあるかい? 404番」

​「あるよ」

​私は手を挙げ、堂々と壇上へと歩み寄った。

パーカー姿のままで、煌びやかなエリートたちの前に立つ。

​「ネオ君だっけ? 君の言う通りだよ。

私のデッキは効率が悪い。安定もしない。AIに組ませたら0点のデッキだ」

​「認めるんだ。なら、君たちがここにいるのは間違いだね」

​「でもさ」

​私は会場を見渡した。

​「『効率』って、そんなに偉いの?」

​ざわっ、と会場が揺れる。

​「君たちのデッキは完璧だ。

1ターン目にこれを出し、2ターン目にこれ、3ターン目で勝ち確。

まるで精密機械だね。

……で? それ、『対話』してる?」

​「対話……?」

ネオが眉をひそめる。

​「TCGってのはね、一人でパズルを解くんじゃない。

目の前の相手と、カードを通じて会話するんだよ。

『こう来たか』『ならこう返すぞ』『まさか、そんな手が!?』

……効率を極めすぎて『正解』しか選ばなくなったら、その会話はただの『定型文』になる」

​私は自分の胸に手を当てた。

​「私の5色ハイランダーは、毎回手札が違う。

だから毎回、違う会話が生まれる。

ピンチの時に引いた1枚が、予定調和をぶち壊す。

君たちが『運』とか『バグ』って呼んで切り捨ててるそれ……。

私ら古いゲーマーはね、『ドラマ』って呼んでるんだよ!」

​「ドラマ……」

会場の誰かが呟いた。

レイカが、ハッとしたように私を見ている。

​銀の理性、介入

​「――くだらないな」

​その場の空気を、絶対零度の声が切り裂いた。

会場の奥、VIP席から一人の男が歩いてくる。

銀髪のSランク序列1位。サイラス・ヴォーン。

​彼が歩くだけで、生徒たちが道を開ける。

圧倒的な「王」の風格。

​「ドラマ? 対話?

そんな不確定なものに縋るから、人間はいつまでも不完全なんだ」

​サイラスは私の目の前に立ち、冷徹な瞳で見下ろした。

​「我々が目指すのは『勝利』という結果のみ。

過程になど興味はない。

100回やって100回勝つ。それが『進化』だ。

君の言う『ロマン』とは、敗者の言い訳に過ぎない」

​「言い訳じゃないよ。生き様だよ」

私は睨み返す。

​「生き様か。……いいだろう」

​サイラスは薄く笑った。

​「ならば、次の準々決勝で証明してみせろ。

君の『ドラマ』とやらが、私の『完全論理(パーフェクト・ロジック)』通用するかどうか」

​彼は私に背を向け、会場全体に宣言した。

​「明日の第一試合。私、サイラス・ヴォーンが、このイレギュラーを処理する。

確率論の絶対性を、その身に刻んでやろう」

​会場がどよめき、そして熱狂に変わる。

事実上の宣戦布告。

学園最強の男からの、指名手配だ。

嵐の夜に

​交流会がお開きになり、私たちは寮への帰路についていた。

​「……あちゃー。言っちゃったねぇ、いろはちゃん」

レイが苦笑する。

「相手は序列1位ばい。しかも『銀単』……効率の権化たい」

​「ビビってんの、レイ?」

​「まさか。……君の演説、痺れたばい。

『効率よりドラマ』。僕も、計算ばかりして忘れていたかもしれん」

​ソウタも、ミカも、カイも、頷いている。

今日の交流会で、私たちははっきりと敵を認識した。

DやCクラスのような「有象無象」じゃない。

この世界の「正義」そのものと戦うんだ。

​「やるしかないよ」

​私は夜空を見上げた。

星が綺麗だ。でも、明日のスタジアムでは、もっとすごい星(スター)たちが輝くはずだ。

​「私の5色が『ゴミ』か『奇跡』か。

明日、最強の男に教えてやる!」


学園祭トーナメント、準々決勝の朝。

私は「今日こそサイラス(序列1位)と戦える!」と意気込んでスタジアムに入った。

しかし、そこで待っていたのは、対戦発表「緊急書き換え」と、天空からのドヤ顔メッセージだった。

音速と死霊と、大地の壁 ―AAランクの洗礼―

​ 学園長からの「待った」


​『おはよう、愛すべき「混沌」の諸君』

​スタジアムの巨大モニターに、パジャマ姿(!)の天導院アーク学園長が映し出された。

優雅にモーニングコーヒーを飲んでいる。

​「ちょっと学園長! 対戦表が変わってるんですけど!?」

​私は抗議した。

昨夜の宣言通りなら、今日の相手はサイラスのはずだ。

なのに、モニターに表示されている対戦相手は――『AAクラス連合:チーム・スペシャリスト』。

​『ふふっ。逸るな、いろは君。

いきなりラスボス(サイラス)では、物語の構成として美しくないだろう?』

​学園長は悪戯っぽく微笑んだ。

​『君たちはCクラス(環境操作)を倒した。あれは「盤面」への適応力を試す試験だった。

だが、Sランクへ至るには、もう一つ超えねばならない壁がある。

――それが「特化(スペシャライズ)」だ』

​学園長が指を鳴らすと、対戦相手のゲートが開く。

そこから現れたのは、異様なオーラを放つ5人の影。

​『AAランクとは、一つの戦術を極限まで尖らせた「職人」たちだ。

汎用性など捨て去り、一点突破に命を懸ける彼らの「刃」……。

君の欲張りな「5色」で、受けきれるかな?』

​「……なるほどね。段階を踏めってことか」

​私は舌打ちしつつも、デッキケースを撫でた。

確かに、いきなりサイラスとやるより、ここで経験値を稼げるのは悪くない。

​「いいよ、学園長! そのテスト、満点で通過してやる!」

遭遇:突き抜けた変人たち

​現れたAAランク連合のメンバーは、見るからにヤバそうだった。

​先頭に立つのは、レーシングスーツに身を包み、貧乏揺すりが止まらない男。

轟(とどろき)マッハ。

​「遅い遅い遅い! 開会式からここまで3分もかかってる!

俺のデッキならもう3回は勝負がついてるタイムだぜ!?」

​その後ろには、目の下に濃いクマを作った猫背の男。

ネクロ・タナカ。

​「……生きるの、めんどくさい……。

早く墓地に行きたい……あっちの方が賑やかだから……」

​そして、麦わら帽子を被った巨漢。

大地(だいち)マモル。

​「んだ。オラの畑を荒らす奴は、肥料にするべ」

​「……キャラが濃いばい」

レイが引きつった笑みを浮かべる。

「Cクラスみたいな『嫌がらせ』じゃない。純粋に『自分の世界』に入り込んどる」

​「行くよみんな!

相手が何かに特化してるなら、こっちは『対応力』で勝負だ!」

第1試合:【緑単】緑川ソウタ vs 【緑茶】大地マモル

​『 Theme : Expansion vs Fortress (拡大と要塞) 』

​「オラの『自然の要塞』は崩せねぇべ。

永続魔法『大地の根』!

自分の場のモンスターは、守備表示のまま攻撃できる!」

​マモルの場には、守備力5000超えの岩石や巨木が並ぶ。

鉄壁の防御を固めつつ、一方的に殴ってくる「要塞戦術」。

​「ぐぬぬ……! 硬い! しかも攻撃が痛い!」

ソウタの植物たちが次々と押し潰されていく。

​「でもな、おっちゃん!

根っこが深けりゃ深いほど……『吸い上げる』のも楽なんやで!」

​ソウタはニヤリと笑った。

​「魔法発動! 『寄生根(パラサイト・ルート)』!

相手の守備力が高いほど、ボクのマナ加速が倍増する!

おっちゃんのその硬さ、全部ボクの養分にさせてもらうわ!」

​「な、なんだべぇぇ!?」

​相手の「特化」を逆手に取った、過剰マナ吸収。

ソウタは溢れるマナで規格外の超大型獣を呼び出し、要塞ごと踏み潰した。

​WINNER : Sota

第2試合:【青単】蒼井レイ vs 【黒茶】ネクロ・タナカ


​『 Theme : Logic vs Occult (論理と死霊) 』

​「……死者は蘇る。何度でも……」

​タナカの**【死霊復活】**デッキは厄介だった。

倒しても、倒しても、墓地から這い上がってくるゾンビたち。

レイの「バウンス(手札に戻す)」戦術も、墓地利用の前では効果が薄い。

​「計算が狂う……。リソースが尽きないなんて」

レイが焦りを見せる。

​「……君の計算式に、『死』は含まれてる?

含まれてないなら、君の負け……」

​タナカが大量のゾンビで総攻撃を仕掛ける。

だが、レイは眼鏡を光らせた。

​「……ああ、計算済みたい。

君が『墓地』に依存しすぎているという点もな!」

​レイが発動したのは、青の除外魔法**『異次元への漂流』**。

​「墓地にあるカードを全て、ゲームから除外する!

蘇る場所がなくなれば、死者はただの死体たい!」

​「あ……あぁ……ボクの安住の地が……!」

​墓地を消滅させられ、タナカの戦術は崩壊した。

​WINNER : Rei

第3試合:【5色】遊崎いろは vs 【赤単】轟マッハ

​『 Theme : High-Lander vs Sonic-Speed (混沌と音速) 』

​そして、大将戦。

私の相手は、AAランク最強の速攻使い、轟マッハ。

​「おい404! お前のデッキ、5色なんだろ?

色が揃う前に終わらせてやるよ!

**『先行1ターン・キル』**を見せてやる!」

​『 Duel Start : Iroha vs Mach 』

​「俺の先攻! 赤マナチャージ!

1マナ、『速攻のゴブリン』!

さらに手札から0マナで『着火剤』を捨てて、追加で『火の玉小僧』召喚!

全員、プレイヤーへ攻撃!!」

​ドガガガッ!!

開始数秒。まだ私のターンすら来ていないのに、シールドが2枚割られた。

​「はっや!? ちょっとは落ち着きなよ!」

​「止まったら死ぬんだよ!

俺の辞書に『ブレーキ』の文字はねぇ!

ターンエンド! さあ、秒で返してきな!」

​私のターン。ドロー。

手札には……重いカードばかり。

マナを貯めている暇がない。次のターンには確実に殺される。

​「……くっ、速さには速さで対抗するしかないか」

​私は赤マナをチャージした。

​「1マナ使用! 魔法『一時的なバリケード』!

そして、ターンエンド!」

​「はぁ? 1マナの壁? そんなの俺のスピードで突き破るだけだ!

俺のターン! ドロー!

『音速の特攻兵』召喚! 全員で突撃ぃぃぃ!!」

​マッハの軍勢が、赤い残像となって襲いかかる。

私のバリケードなど、紙切れのように吹き飛ぶ。

​「終わりだ! ダイレクトアタック!」

​「……かかったな、スピード狂」

​私は、割られたシールドから手札に入ったカードを叩きつけた。

​「シールドトリガー(S・T)発動!

『タイム・ラグ(時間遅延)』!!」

​「あぁ!? トリガーだと!?」

​「このカードは、『相手のモンスターが攻撃した速度』をエネルギーに変換する!

あんたが速ければ速いほど……その反動はデカくなるんだよ!」

​ギィィィィン!!

空間が歪む。

音速で突っ込んできたマッハのモンスターたちが、見えない壁に激突し、その運動エネルギーが全て自分たちに跳ね返った。

​「うわぁぁぁぁっ!? 速すぎて……止まれねぇぇぇ!!」

​自損事故。

全モンスターが自壊し、そのダメージがマッハ自身へとフィードバックされる。

​「……スピード違反だよ、お兄さん」

​私はガラ空きになったマッハの懐に、トドメの一撃を叩き込んだ。

​「召喚! 『オレンジの恐竜(突進担当)』!

お返しだ! アクセル全開!!」

​WINNER : Iroha

​エピローグ:王手

​AAランク連合「チーム・スペシャリスト」。

彼らの「特化戦術」は脅威だったが、逆に言えば「弱点も明確」だった。

私たちは、その一点を突き崩すことで勝利をもぎ取った。

​「ふぅ……。勝った、勝った」

​私は汗を拭いながら、スタンドの最上段を見上げた。

そこには、腕を組んでこちらを見下ろすサイラス・ヴォーンの姿があった。

​彼の表情に、焦りはない。

だが、以前のような「無関心」でもない。

明確な「敵意」を持って、私を睨んでいる。

​「……待たせたね、序列1位」

​私は彼に向かって、指を突きつけた。

​「D、C、AA……ほぼ、全部踏破したよ。

次はあんたの番だ。

その『銀色の城』……私の『5色の絵の具』で汚しに行ってやる!」

​サイラスは何も言わず、ただ冷徹に踵を返した。

その背中が語っている。

『来い。論理の深淵で絶望させてやる』と。

​学園祭トーナメント、準決勝。

いよいよ、学園最強の男との決戦が近づいていた。


​勝利の余韻に浸り、ついに「人権」を手に入れたと信じて疑わなかった私たち。

しかし、この学園のラスボスは、そんなに甘くなかった。

​AAランク戦の勝利直後。

スタジアムの大型ビジョンに映し出された天導院アーク学園長は、残酷な「真実(ルール)」を笑顔で告げたのです。

シンデレラの魔法は一週間で解ける

​束の間の晩餐___。

​「んん〜っ! カレー! ジャガイモが固形! お肉が繊維!」

​試合後の夜。私たちはCランク食堂で、念願の「ポークカレー」を囲んでいた。

AAランクに勝利したことで、一時的にさらに待遇が良くなっているのだ。

​「美味い……! マナが細胞に染み渡るわぁ……」

ソウタが涙を流しながらルーを啜っている。

「ウチ、もうあの廃コンテナには戻れないッス。このフカフカの椅子が恋人ッス」

ミカも食堂の椅子に頬ずりしている。

​Dクラス、Cクラス、そしてAAランク連合。

次々と強敵を倒し、私たちは学園のカーストを駆け上がった。

もう「E(エラー)」なんて呼ばせない。私たちは勝者だ。

​そう思っていた。

あの放送が入るまでは。

​『――宵の宴を楽しんでいるかね、愛しき生徒諸君』

​不意に、食堂のモニターが切り替わった。

映し出されたのは、夜景をバックにグラスを傾ける学園長だ。

​『君たちの奮闘、実に見事だ。特にEクラスの諸君。君たちが巻き起こした旋風は、この学園の澱んだ空気を一掃してくれた』

​「へへっ、また褒められちゃった」

私がスプーンを咥えてドヤ顔をすると、学園長はふっと目を細めた。

​『だが、忘れてはいけないよ。

これは「学園祭(フェスティバル)」だ。

祭りとは、非日常のハレの舞台……つまり、一時的な「夢」に過ぎない』

​「……え?」

レイがスプーンを止める。

​学園長は、まるで世間話でもするように、とんでもないことを口にした。

​『このトーナメントにおけるランクの入れ替え、および施設の利用権限。

それらは全て、学園祭期間中のみ有効な「特別措置」だ』

​食堂の空気が凍りついた。

​『祭りが終われば、魔法は解ける。

1週間後。君たちは全員、元のランク帯に戻ってもらう』

​「は……?」

​私が声を漏らすと同時に、食堂中から悲鳴が上がった。

​「う、嘘やろ!? 元に戻る!? あのプロテイン生活に!?」

ソウタが絶叫する。

「いやッス! 嫌ッスよ! ウチはもうあんなカビ臭い部屋で寝たくないッス!」

ミカが頭を抱える。

​Dクラスに勝っても、Cクラスに勝っても、AAランクに勝っても。

それが「祭り」である以上、終われば全てリセット。

シンデレラの魔法は、12時(1週間後)に解けて、カボチャ(廃コンテナ)に戻される。

​『不満かね? だが、それが秩序だ。

たった数回の勝利で、長年積み上げてきた学園の階級が恒久的に覆るとでも思ったのかな?

甘い。甘すぎるよ、イチゴ味のペーストよりもね』

​学園長の言葉が、重くのしかかる。

そうだ。ここは管理社会。

イレギュラーが一時的に輝くことは許されても、定着することは許されない。

​「……じゃあ、意味ないじゃん」

カイが低く唸る。

「我(オレ)たちは、ただの見世物として踊らされただけか?」

​『――ただし』

​学園長が、言葉を切った。

その瞳が、モニター越しに私を射抜く。

​『例外が一つだけある』

​『もし君たちが、このトーナメントの頂点……Sランク「五帝」を倒し、そして「私」をも超えることができたなら。

その時は認めよう。

君たちが新たな「秩序」であると』

​学園長は、虹色に輝くカードを掲げた。

​『優勝し、私に勝利した者には、「学園の全権限」を与える。ランクの恒久的な入れ替えも、校則の改定も、ランチのメニューも……全て君の自由だ』

​「……全権限」

​『さあ、どうする?

一週間の夢で満足して、元の泥沼に戻るか。

それとも、「神」を引きずり下ろし、世界(学園)そのものを書き換えるか。

……選択したまえ』

​プツン。通信が切れた。

最後の晩餐、あるいは決起集会___

​食堂は静まり返っていた。

さっきまで美味しかったカレーが、急に砂の味に思えてくる。

​「……戻るんか。あのゴミ溜めに」

ソウタが力なく呟く。

「所詮、ウチらは『エラー』なんスかね……」

​絶望的な空気が漂う中。

私は、残っていたカレーを猛スピードでかき込み、皿をガチャン! と置いた。

​「ごちそうさま!」

​みんなが驚いて私を見る。

​「……いろはちゃん?」

​「何暗い顔してんのさ。

話はシンプルになったじゃん」

​私は立ち上がり、拳を握りしめた。

​「準優勝とか、ベスト4じゃダメってことだよ。

この美味しいカレーを毎日食べるには……『てっぺん』を取るしかない」

​私はレイ、ソウタ、ミカ、カイの顔を順に見る。

​「戻りたくないでしょ? あの生活」

​「……当たり前や!」

「絶対イヤッス!」

「……フン。深淵は居心地がいいが、湿気は嫌いだ」

「合理的判断たい。QOL(生活の質)の維持は最優先事項」

​「だよね!

なら、やることは一つ!」

​私は天空塔の方角を指差した。

​「Sランクの五帝も、あの性格の悪い学園長も。

全員ぶっ倒して、私が新しい学園長になる!!

そしたら、毎日給食は焼肉にするし、全カード使い放題にしてやるよ!」

​私の無茶苦茶な宣言に、みんなが呆気にとられ……そして、吹き出した。

​「ぶっ、あははは! 学園長になるとか、アホやこいつ!」

「でも、いろはちゃんならやりそうッス!」

「……ククク。魔王の誕生か。悪くない」

​Eクラスに、再び活気が戻る。

そう、私たちは失うものなんて最初からなかった。

「元に戻る」だけなら、怖くない。

でも、「世界を変える」チャンスがあるなら――賭ける価値はある。

​「よし! 食ったら特訓だ!

相手は最強のSランク。

1週間の命(夢)を、『永遠』に変えに行くよ!」

​「「「「応ッ!!」」」」

​カレーの残りを一気に平らげ、私たちは走り出した。

シンデレラの魔法が解ける前に、ガラスの靴で王子様(学園長)の顔面を蹴り飛ばすために。



AAAランク。それは「Sランク(五帝)」という頂点に次ぐ、学園の貴族階級。

彼らの思想は、これまで戦ってきた相手とは全く異なるベクトルで、私たちEクラスの神経を逆撫でするものでした。

​それは、「カードの価値は『レアリティ(希少価値)』と『ブランド(美しさ)』で決まる」という、究極の選民思想だったのです。


​貴族たちの茶会 ―値段(プライス)と価値(ワース)―

招待されたのは「サロン」

​「……なんなの、ここ」

​準々決勝の前日。

私たちEクラス代表チームは、試合前の恒例行事となった「対戦相手との顔合わせ(交流会)」に招かれていた。

ただし、場所はいつもの会議室でも、食堂でもない。

​A棟の最上階にある、「AAAランク専用サロン」だ。

​ふかふかのペルシャ絨毯。壁には名画。

クラシック音楽が流れ、部屋の中央にはアンティーク調のティーセットが並んでいる。

​「す、すごいッス……! 椅子が猫足ッスよ!」

ミカが目を輝かせてはしゃいでいるが、私は居心地の悪さに眉をひそめた。

ここは戦場じゃない。舞踏会場だ。

​「ようこそ、泥沼の住人たち」

​優雅な声と共に、奥のソファから5人の男女が立ち上がった。

彼らが、次の対戦相手。

AAAランク代表、通称「チーム・ノーブル(高貴なる血統)」だ。

チーム・ノーブルの面々

​リーダーの金髪碧眼の男、西園寺レオが、扇子を閉じながら微笑む。

​「私がリーダーの西園寺だ。

わざわざ下層エリアからご足労いただいたね。……ああ、土足で上がって構わないよ。後で業者が絨毯ごと取り替えるから」

​「……嫌味な野郎だ」

カイが舌打ちをする。

​レオの後ろには、取り巻きたちが控えている。

​【副将:姫宮ルナ】

縦ロールの令嬢。「空気が澱みますわ」と、露骨にハンカチで鼻を覆っている。

【中堅:ジャック・セブン】

カジノチップを指で弾くキザな男。「Eクラスの時価総額(トータル・バリュー)、僕の靴一足分もないね」

【次鋒:金剛(こんごう)ダイヤ】

全身宝石だらけの巨漢。「硬度(ランク)の違い、教えてやるゴンス」

【先鋒:シルク・ド・ソレイユ】

高級ブランドの服を纏ったモデル風の女。「美しくないカードなんて、紙資源の無駄よ」

​彼らからは、強烈な「上級国民」のオーラが漂っている。

Dクラスのような「マニュアル信仰」でも、Cクラスのような「足の引っ張り合い」でもない。

純粋に、**「自分たちは生まれながらにして優れている」**と信じて疑わない、無邪気な傲慢さだ。

​💎 議題:そのカード、いくら?

​「さあ、座りたまえ。最高級の紅茶を用意した」

​レオに促され、私たちは渋々席に着いた。

紅茶は確かに美味しかったが、その後の会話は最悪だった。

​「単刀直入に聞こうか」

レオがティーカップを置き、私の腰にあるデッキケースを指差した。

​「君のそのデッキ……『総額』いくらだ?」

​「は?」

私は耳を疑った。

​「値段だよ、値段。

市場流通価格(マーケット・プライス)。

君のエースカード『虹彩の創界神』……今の相場はいくらかな?」

​「……さあね。私が手に入れた時は、ストレージで30円だったけど」

​私が答えると、AAAクラスの全員が「プッ」と吹き出した。

ルナに至っては、腹を抱えて笑っている。

​「さ、30円ですって!? 駄菓子よりも安いですわ!」

「Oh... 信じられないね。僕のデッキのスリーブ(保護袋)一枚の値段にも満たない」

ジャックが大袈裟に肩をすくめる。

​レオは、憐れむような目で私を見た。

​「……嘆かわしい。

いいかい、404番。

TCGとは、高貴な遊戯だ。

選ばれし人間が、選ばれしカード(高額レア)を使い、美しく戦う。

それが『品格』というものだ」

​彼は自分のデッキから、一枚のカードを取り出して見せた。

眩いばかりの黄金の輝きを放つ、シークレットレアカード。

​「私のエース、『黄金卿の守護神(エルドラド・ガーディアン)』。

世界に100枚しか存在しない、時価数百万の至宝だ。

……君の泥にまみれた30円の紙切れとは、『存在の重さ』が違うのだよ」


​衝突:プライス vs ワース


​「ふざけんな!」

​バンッ! と机を叩いて立ち上がったのは、ソウタだった。

​「カードの価値が値段やて!?

ボクの植物たちはなぁ、ノーマルカードやけど、毎日手入れして、マナを注いで、一緒に育ってきたんや!

それを『安い』ってだけで馬鹿にするんか!!」

​「落ち着けソウタ」

レイがソウタを制するが、その眼鏡の奥の瞳は怒りに燃えている。

「……合理的判断とは言えんばい。

カードの強さは効果(テキスト)で決まる。レアリティはただの装飾たい」

​「あら、わかってないですわね」

ルナが扇子で口元を隠す。

「美しい器には、美しい魂が宿るのです。

ボロボロの服を着た貧乏人が、世界を救う英雄になれますか?

なれませんわよねぇ?

薄汚いカードを使うあなた達は、所詮、薄汚い戦いしかできないのですわ」

​「……だりぃ」

カイが殺気を放つ。

「我(オレ)の呪いは、貴様らの高い服ほどよく染みるぞ……?」

​一触即発の空気。

私は、震える手でデッキケースを握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。

​「……レオ君。君の言うことはわかったよ」

​私は、彼の「黄金のカード」を睨みつけた。

​「君は、そのカードを『宝物』だと思ってるんだね。

傷つかないように、二重三重にスリーブに入れて、額縁に飾るみたいに扱ってる」

​「当然だ。傷一つ許されない」

​「だから、ダメなんだよ」

​私は、自分のデッキから『イリス』を取り出した。

角は少し白く欠けている。表面には、無数の擦り傷がある。

それは、私が何度もシャッフルし、何度も盤面に叩きつけ、何度もピンチを救ってくれた証だ。

​「カードはね、『武器』であり『相棒』なんだよ。

飾っておくための宝石じゃない。

戦って、傷ついて、手垢にまみれて……そうやって初めて、『値段(プライス)』以上の『価値(ワース)』**が生まれるんだ!」

​私はイリスを胸に当て、宣言した。

​「30円だろうが、100万円だろうが関係ない。

私の『愛したカード』が最強だってこと……。

明日の試合で、あんたのその高い鼻と一緒にへし折って証明してやる!」


宣戦布告___

​レオの表情から、余裕の笑みが消えた。

彼は冷たく目を細め、黄金のカードをしまった。

​「……言うようになったな、下民(コモン)が。

いいだろう。その安いプライドごと、私の黄金の輝きで買い取ってやろう」

​「お断りだよ。あんたの金じゃ、私のカードは一枚も買えないね」

​私たちは席を立った。

もう話すことはない。あとは、フィールドで語り合うだけだ。

​「行くよ、みんな!

明日は『格付けチェック』だ!

どっちが本物の『一流』か、わからせてやるよ!」

​「応ッ!!」

​サロンを出ていく私たちの背中に、貴族たちの嘲笑はもう聞こえなかった。

彼らも気づいたのだ。

私たちが、単なる「貧乏人」ではなく、彼らの価値観を根底から覆しかねない「革命家」であることに。

​「5色ハイランダー(ジャンクの寄せ集め)」 vs 「AAAランク(超高額レア軍団)」。

価値観を賭けた戦争が、始まる。



AAAランク代表視点___。

場所: A棟最上階・AAAランク専用サロン

時刻: 交流会直後

​バタン、と重厚な扉が閉まる。

Eクラスの連中が去った後のサロンには、言いようのない静寂と、微かな「泥の匂い」が残されていた。

​「……信じられませんわ!」

​沈黙を破ったのは、副将の姫宮ルナだった。

彼女は扇子をバシッと閉じ、憤慨して叫んだ。

​「あのような薄汚い下民どもが、わたくしたちと同じ空気を吸うなんて!

しかも、あろうことか『30円のカード』ですって!?

駄菓子屋のくじ引きじゃありませんのよ!」

​「Oh... Calm down, Luna.」

中堅のジャック・セブンが、呆れ顔で肩をすくめる。

だが、その手元で弄ぶチップの動きは、苛立ちで乱れていた。

​「でも、彼らの態度はNo Goodだね。

僕の靴底より安いデッキで、僕の『運命(フォーチュン)』に挑もうなんて。

……あんな貧乏くさい連中に負けたら、僕のブランド価値(株価)は大暴落さ」

貴族たちの鑑定眼(アイズ)

​彼らは思い返す。

先ほどの対面で感じた、Eクラスの異様なプレッシャーを。

シルク・ド・ソレイユ(vs ミカ)

「……あのコスプレの子。

私の『最新モード』の衣装を、ただの布切れみたいに見てた。

あの子の翼……つぎはぎだらけで、油汚れで真っ黒だったけど。

なんでかしら。私のオートクチュールより、輝いて見えたのは……」

(不快そうに自分の腕をさする)

​2. 金剛ダイヤ(vs レイ)

「……フン。あのメガネ。

宝石一つ身につけてねぇ貧相な野郎だったゴンスが……。

その目は、俺様のダイヤモンドよりも硬かったゴンス。

金で買えない『知識』? ……そんなもん、砕いてしまえばただのゴミだ」

​3. 姫宮ルナ(vs ソウタ & カイ)

「あの植物使いと、陰気な男……!

わたくしの高貴なオーラを前にしても、全く萎縮していませんでしたわ!

それどころか、『肥料に良さそう』だの『呪い甲斐がある』だの……。

野蛮! 不潔! 生理的に無理ですわーーッ!!」

王の苦悩:西園寺レオの独白

​リーダーの西園寺レオは、冷めてしまった紅茶を見つめながら、深くソファに沈み込んでいた。

​(……『値段(プライス)』以上の『価値(ワース)』、か)

​いろはの言葉が、耳にこびりついて離れない。

30円のカードを「相棒」と呼び、愛おしそうに撫でた彼女の手。

その手は荒れていて、インクと手垢で汚れていた。

​対して、自分の手はどうか。

最高級のハンドクリームでケアされ、カードに触れる時は白手袋をつける。

傷一つない、黄金のカード。

それは美しい。間違いなく美しい。

だが……。

​【回想:禁断の味】

(……あの日、執事の目を盗んで食べた、カップ麺の味)

(たった200円。お湯を入れるだけのジャンクフード)

(だが、専属シェフのフルコースよりも……あれは、魂が震えるほど美味かった)

​レオは知っている。

「高貴なもの」だけが正解ではないことを。

泥臭いもの、安っぽいものの中にこそ、強烈な「生の実感」があることを。

​だが、それを認めるわけにはいかない。

彼は西園寺家の跡取りであり、AAAランクの頂点。

「選ばれし者」としての誇り(プライド)こそが、彼のデッキのエネルギーなのだから。

​「……認めん」

​レオは立ち上がり、黄金のデッキケースを握りしめた。

​「下民の理屈になど、耳を貸す必要はない。

我々は証明しなければならないのだ。

『高貴な血統』と『潤沢な資産』こそが、最強の力であることを!」

​彼はサロンの窓から、眼下に見えるEクラスの寮(廃コンテナ)を睨みつけた。

​「30円のガラクタなど、札束のビンタで粉砕してくれる。

……総員、準備だ!

明日の準々決勝、我々の『財力(デッキパワー)』の全てを叩きつけるぞ!」

​「「「「イエス、マイ・ロード!!」」」」

​⚔️ 敵の正体:課金戦士(Pay to Win)

​AAAランク「チーム・ノーブル」。

彼らの本質は、美意識などという生易しいものではない。

​勝つためには幾らでも金を積む。

世界に数枚しかない最強カード(パワーカード)をかき集め、暴力的なまでのカードパワーで相手を圧殺する。

それこそが、彼らの言う「品格」の正体。

​「ジャンクの絆(0円)」 vs 「黄金の軍勢(総額数億円)」。

​決して埋まらない経済格差を前に、いろは達はどう立ち向かうのか。

戦いのゴングは、もうすぐ鳴らされる。

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