第2話 月鉄村
「はぁ! 荒鎚山まで! 若いのに、偉いねぇ。そうだ、金左衛門爺さんの飴をあげるよ」
「いいんですか?! ありがとうございます! 涼乃さんもどうぞ!」
「あ、ありがとう……」
(なんか……なんか思ってたんとちゃう……)
涼乃となつは今、将軍牛車に乗っていた。
将軍牛車とは街と街を繋いで一日中行ったり来たりを繰り返すシャトルバスのようなシステムの移動用牛車である。
必ず帰ってくるという願掛けの意味を込めて将軍牛車と言うらしい。
しかも将軍牛車は国が管理しているらしく、無一文の涼乃達でも乗せてくれるという親切システムだ。
長い旅路をなつと共に踏破し、さらなる絆を深めるイベントが始まったとばかり思っていたので、少し拍子抜けだ。
(てか国って……私を転移させた時に殿って呼ばれてた感じ悪いあいつか? 表では良い奴なのかな?)
なんだかなぁと思いながら牛車で乗り合わせた気のいいおばさんに貰った飴玉をひょいと口の中に放り入れた。
そのとき、涼乃に電流走る。
「……美味しいっ!なにこれ!」
「おっ、そっちの変な格好の嬢ちゃんも良い顔するじゃない! 金左衛門爺さんの飴はね、世界一美味いんだよ!」
「ほんとに! 食べたことないくらい美味しいですよこれ!」
(冗談抜きで前世の飴より美味しい……今まで食べた飴よりうんと甘いのに全然しつこくない……金左衛門爺さん、あなどれない……)
なつと共に美味しいねと笑いながら口の中で飴玉をからころと転がしていた。
女の人はあまりに涼乃達が良い顔をするので飴玉のたくさん入った紙袋をくれ、途中の街で降りていった。
将軍牛車の旅は出会いの連続だった。
ある時は「変な格好の嬢ちゃん、靴持ってねぇのかい! ちょうど今日売れ残っちまった草履と足袋があるんだ、これでも履いときな!」と靴をくれた商人おじさん。
またある時は「そこの変な格好のお嬢さん、着物を持っていないの? ならこれを着るといいわ。まだ新しいのにうちの娘が柄が嫌いってうるさいからまた新しいのを買いに行くところだったのよ」と藍の刺繍がされた袴をくれた上品な奥様。
牛車の中で夜を越さなければいけない時には「風邪ひいちまうだろ! これでも使いな! 一枚余分に持ってきてるからよぉ!」と掛布団を貸してくれた大家族をまとめるおばさま。
その他にも焼き菓子などを譲ってくれる人も乗る牛車乗る牛車それぞれに居て、2人の荷物はどんと増えてしまった。
「涼乃さん、すっかり馴染んじゃいましたね!」
「たはは……そうだね……」
一度もお金を使わずに服に靴に食べ物に至れり尽くせりすぎる状況に若干困ってしまう。
「これが最後の牛車ですよ! これに乗れば
「おぉっ! 山爺さまとやらにやっと会えるんだね!」
「はい! 10年振りくらいですけど、覚えててくれてますかね?」
「きっと覚えてるよ!」
ついさっき貰ったせんべいをばりぼり食べながら同乗者と談笑しつつ、牛車に揺られること数十分、牛車が止まってしまった。
馭者が籠の扉を勢いよく開けて叫んだ。
「お、鬼が出ました! 皆さん!!!逃げてください!!!」
馭者の言葉に車中が混乱していく。
「鬼?!」「鬼だって?!」「逃げろ!!」
先程までほっこりとリラックスしていた乗客達が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「涼乃さんっ! 鬼が居ますよ! 早く逃げましょう!」
「えっ? あ、うん!」
涼乃もなつに急かされ手を引かれて車両の外に飛び出ると、確かに“鬼”が居た。
昔ばなしに出てくるような天パとパンツといったデフォルメの“おにさん”ではなく、本物の鬼のようだ。
額から怒り出す日本のツノ、3m弱はある巨躯、金棒こそ持っていないものの並外れた筋肉を積んだボディ、牛車の牛を喰い襲っているその牙。
どれをとっても正真正銘の鬼だ。
(これが異世界モンスター……ゴブリンとかじゃなくて鬼なんだ……ここの和風世界によく似合ってるけど)
「あっ」
「涼乃さん?! どうしたんですか立ち止まって! 早く逃げますよ!」
「ごめん……目合ってるわこれ……」
異世界の物珍しさについまじまじと見てしまったことがアダになった。
牛を貪り食べていた鬼と目が合ってしまった。
鬼はゆっくりと立ち上がり、涼乃達の居る方へと、ずしん、ずしんと聞こえてきそうな豪快さで走ってくる。
「涼乃さんっ! 逃げてっ!!」
なつが叫んだ頃には鬼の手は涼乃の頭を掴もうとしていた。
「――ッ!」
間一髪、身を翻して避ける。
涼乃の直感で理解した。
こいつは本当の意味で敵であると。
『東雲清心流は人を殺す。覚悟して学べ』
師範であり祖父の言葉を思い出した。
なんで人に使えないもんを毎回毎回アザだらけになりながら練習しなきゃいけないのかと心の中でぐちぐち文句を言っていたものだが、今その言葉の真意が分かった気がする。
丁度鬼は掴もうとしていた対象を見失い、安易に飛びついてきたせいでバランスを崩している。
懐には涼乃、間合いにある。
いつも祖父がやっていたように、身体が覚えているままに握りこんだ拳を鬼のみぞおちにめり込ませた。
「ヴォオォォッ!!」
身体中に鈍い痛みが走り、小娘ひとり、鬼にとって取るに足らない存在のはずだった者からの一撃に思わず声を上げて膝を着いてしまう。
「刀でもあればなぁ……」
ぼやきながら膝を着く鬼に向かっていき――
「ヴッ! …………」
――鬼の心臓に蹴りをねじ込んだ。
鬼も人間も人の形をしているなら心臓の位置も同じだろうという考えだ。
実の所、鬼の分厚い筋肉と肋骨を貫通して衝撃を与えるなど人間には不可能なのだが、東雲家最強の原石はそれすらも貫く。
鬼は何をされたのか分からず、それでもその心臓は突然の衝撃によって麻痺し、まもなく停止。
力なく倒れて死んだ鬼は突然さぁっと霧散し、そこには黒く照った宝石が残されていた。
「嘘ぉ⋯⋯」
今起こっているあまりにも現実離れした事を理解できず、なつは目をこすったり頬をつねったりしている。
(あんなに大きな
呪石――先程の鬼のような
ありとあらゆる生物の怨念はやがて呪いになり、呪石になり、妖となる。
つまり呪石の大きさは妖の強大さに比例するのだ。
困惑するなつを他所に涼乃はと言うと
「こ、これ!魔石ってやつでは?! テンサイで見たことある! これを冒険者ギルドに売ってお金を稼ぐんだよね! ……あ、そうだ! ステータスオープン! ……これは無理か……」
テンションが上がってこの様である。
なつはこの涼乃という女だけは絶対に怒らせないように、また面倒な者は絶対に近付けさせないようにしなければと心から誓った。
「涼乃さん、牛車も馭者さんも居なくなっちゃいましたけど、生きてる牛さんが1匹いました。呪石を回収したらこの子に乗って月鉄村へ行きましょう」
「呪石? 魔石じゃないんだ……」
「マセキ? ちょっとよく分からないですけど……」
2匹で引いていた将軍牛車の牛の生き残りにふたりでまたがり、道を進んだ。
「あの鬼みたいなのって結構いっぱい出る感じ?」
「あんなのがいっぱい出たらこの国は大変なことになっちゃいますよ……あのレベルの妖は災害みたいなものです」
「あのレベルって……見た目だけでたいして強くなかったけど……あ、人里におりてきたらたしかに厄介かもね」
あまりにも自分の強さに無自覚な涼乃になつはあきれを込めたため息ばかりをつくのであった。
夕方、日が赤くなってきた頃に2人を乗せた牛――改め、道程で『シャトーブリアン』と名付けられた2人の相棒は月鉄村に到着した。
もちろん涼乃のネーミングである。
シャトーブリアンを村の牛舎に預け、駆け出すなつについていくと、やがてカン、カン、と爽やかな音が響いているひときわ大きな建物に着いた。
(これは……鉄を打つ音かな?)
「涼乃さん、私、行ってきます!……ごめんくださーい!」
なつが呼びかけると、煙がもくもくと上がる建物から大人の女性が出てきた。
「はーいどちらさん……って、あんた、もしかしてなつかい?!」
「あー! 朧月お姉さま! お久しぶりです!」
上半身はサラシを巻き、入れ墨のすさまじいお姉さんと仲睦ましげに話をしている。
「そっちの人は? なつの知り合い?」
「あっ、紹介しますね! こちら東雲涼乃さん! 私の命の恩人で、とても強いんですよ!」
「へぇ! 命の!」
(ス、スケバン⋯異世界スケバン⋯)
「涼乃さん! こちらは山霧住朧月姉さまです! 山爺さまのお弟子さんで、昔よく遊んでくれたんですよ!」
「あ、どうも⋯はじめまして⋯」
涼乃はあまり朧月の様なタイプの人と絡んでこなかったので少し萎縮しているようだ。
「涼乃さん、だったかい? 握手だ、握手!」
「はいぃ⋯よろしくお願いしますぅ⋯」
「おっ⋯? ⋯⋯お、おう!よろしくな!」
なつは涼乃と朧月が握手する様子を見てホクホクとしていた。
「で、なつ、今日はどうしたんだ?こんなとこまで来て」
「実は⋯かくかくしかじかで⋯」
なつはここまで来た経緯を子細に伝えた。
「⋯⋯そうか⋯そんな事があったのかい⋯⋯けどなぁ…山爺、死んじまったんだよ、三年前に」
「………え?」
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異世界って普通中世ヨーロッパじゃねーの? ユーキノクターン @Dokiwa-
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