第2話 興味

 休暇をもらって一週間が経った。

 両親と話し合ってヘルパーじゃなくて、介護の資格を取るため進学することに決めた。


 父さんから「しっかりと学ぶ機会を作った方がいい」と言われて、確かにその方がいいのかもと思い直した。

 …それと、改めて学校に通えば口下手な俺でも…人間関係を作ったりできるかもしれないから…


 そのために、人と話す練習をするためにもなにか…

 習い事やボランティアとか…何か始めたい。

たぶん自治体とかで募集してるよね…?

こういうことは父さんに聞いた方がいい。


 自室を出ると、俺を待っていたらしい愛犬のぼるぞうがまとわりつく。

「ぼるぞう、お父さんのとこ行こっか?」

 ぼるぞうは声ではなく尻尾で返事した、本当にいい子だ。

 リビングのドアを開くと両親は揃ってテレビを観ているようだった。


「ねー、父さん」

「ん、どうした?」

 声をかけると父が振り向き、母がリモコンを操作した。

 停止された画面に男性の上半身が映し出されている。


 ゴシック調のデザイン、上品なサテンのシャツにビロードのジャケット。

 ASIKの服に見えたがどうやら違うみたいだ、少し布が厚い…

 …でも、窮屈そうでもなくて…絶妙なバランスだ。型紙から作ったはず…素材も相当こだわって…


「城?」

 母の呼びかけにハッと我に帰る、これが職業病…?

「あ、あの……えっと……何、観てるの?」

「映画。一緒に見る?始めたばかりだし」

「…観ようかな」


 俺は父と母の足元に座り込む。ソファーを勧められたが断り、ぼるぞうと並んで画面に観入った。


 内容は…サスペンス…?ホラー?ジャンルはよくわからない。

 けど、殺人鬼の俳優さんがとにかく凄かった。

 ゴシック調で…少し間違えばハロウィンのコスプレみたいに見えそうな服、それを普段着みたいに着こなして。

 表情も…普段の優しそうな感じと殺人鬼の狂った感じ…本当に別人になってた。

 ピアノを弾くシーンなんて…あそこだけ見たって異常だってわかる演技。俳優さんってすごい…


 「…城、大丈夫か?」

 ぼーっとエンドロールを眺め、寝そべるぼるぞうを撫でていたら父に肩を叩かれた。

「へ?大丈夫…?」

「城にはちょっと…怖かったんじゃない?」

 母がニヤニヤと覗き込んでくる。

「えっ!?俺二十歳になったんだよ!?平気!」

「そう?固まってたから」

「集中してたの!!」

 俺の反論を両親は笑って受け流した、この人たちは…


「俳優さんが凄かったから、感心…?してただけ…!」

「おお、わかるか。松田龍まつだりゅう、これがデビュー作で話題になったんだよ。田所たどころ出身でな」

「そうなんだ…」

 田所…隣の市で、電車なら数駅の場所だ。そんな近いところに、こんなにすごい人がいたんだ…本当に俺は知らないことが多い…


「お父さんとお母さんの推しなのよ〜」

 母は軽く笑うとリモコンを操作し、他の映画を流し始めた、また松田龍さんが出ているやつだ。

 …さっきとは全然違って…別人みたいだ。


 …両親は映画やドラマが好きで、よく語り合っている。

 …俺の仕事に関しては何も…聞いたことないけど…


 夢中で観ていたら…いつの間にかエンドロールだった。

 映画を二本続けてみたのなんて初めてだ…いつもは疲れちゃうから。


 松田龍さん、きっとすごく努力した人なんだろうな…もしくはカリスマ…?みたいな…


「あ、そうそう、今日何時からだっけ?」

「へ?」

「二十時くらいか?」

 父と母は番組表を確認する、どうやら見たい番組があるらしい…

「何見るの?」

「龍さんバラエティ出るって言うから…」

 母は視聴予約を済ませるとテレビを消してバタバタと動き始めた、二十時までに家事を終わらせたいみたいだ。

「今日ご飯早めでいいよね!」

 母の声が別室から響いてくる。父と二人で「大丈夫」と返す。


「やっぱりなぁ〜演劇畑出身の役者は表情がいいんだよなぁ〜」

「演劇畑…?」

「いや、あの人ずっと劇団に入ってて…あ、そうだ。」

 父は回覧板を漁ると一枚のチラシを取り出した。


「…なにこれ?…劇?」

「これ、千古座せんこざって劇団なんだけど。ほら、公演あるんだよ。暇なんだろ?行ってみたらどうだ?」

 父が指差した文字を読む、明後日公演があるらしい。


 龍さんもやってた 演劇 って…どんな感じなんだろう…?

 気になって見出しやあらすじを読んでいると、父がぐっと顔を寄せる。

「ここ…あんまり知られてないけど、松田龍が在籍してた劇団なんだよ…」

 悪いことでも企むみたいな内緒話、父さんはたまにこう言う話し方をする。

「そうなんだ…!」

 俺もつられて小声で返すと父がニヤッと笑った

「ワークショップもあるし」

「ワークショップ?」

「体験みたいなやつだよ、演技は好きなんだろ?」

「俺演技はできないよ?俺のは表現…?とか…なんて言うか…」

 俺の言葉を無視して父は立ち上がる。


「よし、ぼるぞう!散歩行こう!」

 ぼるぞうは跳ねるように立ち上がり、尻尾で俺の頬をバシバシ叩きつけ父についていった。





 いつもより早めの夕飯を終え、龍さんについて調べていた。

 少し調べただけで表彰式やレッドカーペットの写真がたくさん出てくる、やっぱりすごい俳優さんなんだ…

 表情と艶のあるスーツがあいまって刃物みたいで…独特の存在感がある。


「もうこんな時間!洗い物あとにしよっ」

 母が手を拭きながら俺の隣に座ると、それに続いてお風呂上がりの父が俺を挟み込む。

「ぼるぞう、城の散歩に慣れちゃったなぁ〜容赦なかった…」

 母はくたくたの父を「手加減して貰えばよかったのに」と笑った。


 テレビではコマーシャルが淡々と流れている、両親は気にせず親戚の話なんかをしていた。

 雑談をBGMに俺はずっと画面に見入っていた、見慣れた俺の…変哲もない顔が映っている。


(…今はこれが流れてるんだ…)


 長年付き合いのある、ヘアケア用品のコマーシャル。

 髪は柔らかく揺らす、そうするとキラキラして綺麗に見えると思ったから。

 目元はうっすらと微笑む、幸せそうに見えればいいなって…

 …あのシャンプーはすごくいい匂いだったから…

…それは絶対に伝えたかった。


 ……俺がしてきたのは、演技じゃない。周りの人に与えてもらったものを精一杯無駄にしないため、みんなが頑張って作り上げたものが…一番綺麗に見えるように…


 コマーシャルが終わると画面が切り替る。

 最近よく見る芸人さんがタイトルコールすると、ゲストとして最近売り出し中の女優さんと龍さんが登場した。

 流行の場所や食べ物を取り上げつつゲストの素顔に迫るような番組、女優さんはにこやかに話しているけど…龍さんはなんだか気まずそうだ。


 カメラを見ない…目を合わさないようにしてる…?

 手は握り込んでるし、すごく居心地悪そう…

 質問の返答も…なんというか、後ろ向きだ…


 龍さんって、こんな人…?


「演技はプロなのに普段ネガティブキャラなんだよな」

 と父さんが笑うと

「それとあの語彙力が合わさって…なんだか文豪みたいなの」

 と母さんが笑った。


 俺はというと…本当、本当に失礼なんだけど…

「俺と…似てるのかも…」

 と考えていた。

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