Curtain Rise!
風見ことは
開場
第1話 城の話
いつも通りの出勤。控え室までの道のりは雑多に人が行き交い、誰ともわからない人々と挨拶を交わす。
「おめでとうー!」
「
「あ、ありがとうございます……?」
…それにしても今日はやたらと祝われる。
……なんだろう?またどこかからアンバサダー契約の話とか貰ったのかな?
連絡来てたっけ……確認した待ち受け画面に表示された日付に目が止まる。
「あ……今日誕生日か。 」
ついに二十歳になった。思い返せば仕事以外何もしていない人生…
学校にもロクに通わずに大人になった、友達もいない。仕事上仲間と呼べるような人もいない。
仕事では事務所の七光りでそれなりの功績は持っているが、なにか…こう…自ら得たという実感はない。
「
「は……はい……おはようございます……」
マネージャーの鈴木さんの言葉でやけに虚しさを感じてしまった。
衣装に着替えるとメイクさんが髪と顔を整えてくれる。どちらも同業者と比べると驚くくらいあっさりと終わる。
俺は特別どこが映えるとかはないので髪はウェット感を出すだけ。メイクは肌に軽くパウダーを叩いてマット感を出し、今日の衣装に合わせて軽く眉を描き足す。
スタッフの方々に挨拶を終え、立ち上がり全体のバランスを見る。今日はかなりシンプルな衣装、シルエットも質素、しかし、素材と技術が詰まった仕上がりだ。これは動きのリズムがかなり重要になるかな……
足はなるべく曲げず大股に手の振りは控えて…視線は……なるべく遠くを見た方がいいな……
「お疲れ様でした、お疲れ様です。」
リハーサルを終え楽屋に戻る途中、すれ違う同業者達と自分の肩の高さを見比べる。
(身長……伸びなかったなぁ……)
「酉脇、ディレクターが絶賛していた。お疲れ様。」
「お疲れ様です、ははは……」
「本当…流石は
「長くいるだけですよ〜…」
事務所に支えられ、周囲のスタッフさんに支えられ、家族に支えられ、ここまでこられた。
きっと一人じゃ見られなかった景色を見られた、色んなものを得られた。返しきれないくらいを受け取った……本当に返しきれないくらい。
このまま続けることはできる、モデルの仕事は楽しい……でも……ずっと、ずっと…拭えない考えがある…
ーそろそろ、自分の足で歩くべきじゃないか?
俺は三日間、悩みに悩んで社長の元へ足を運んだ。
事前にアポイントは取っているのでスムーズに社長室へ通される。社長はいつも通りに「よくきたね」と微笑んでいた。
俺を見つけて、ここまで連れてきてくれた社長…本当に恩人だ。時間を取らせちゃいけない…息を吸い込み、目を見つめる。
「…あの…社長、今の契約が終わったタイミングで退所します。」
「は?」
社長は一瞬鋭い顔を見せた後、ため息をついた。
「…少し待ってね」
「はい。あの…お世話になりました…」
「城、少し待ちなさい。」
社長は焦ったように立ち上がると専用の社長椅子から目の前にある応接用のソファーに座り直し
「そこに座って。」
と正面の席を指した。
「?はい。」
言われるがまま腰掛けた俺を、社長は少し険しい顔つきで覗き込む。
「退所って……なにかあったのか?」
「なにか……?」
「現場でトラブルだとか気に食わないスタッフが居るとか」
「えぇ!?そんなのないですよ!?」
驚いて大きな声が出た…恥ずかしい…
「…………なら、なぜ…?」
社長は暖かい声で聞いてくれた。いつも俺の心配をしてくれる…本当に優しい人だ。
「…いえ、その、今まで社長やスタッフさん…関わってきた人みんなに良くしていただいて、すっごく楽しく仕事させてもらってて……」
「うん」
「それで、凄く俺……俺なんかじゃ見合わないような仕事もたくさん貰って、褒めて貰って……ありがたくて……」
「うん」
「それで……そろそろ俺も誰かに何かをしてあげられるようになりたいなって……」
言葉に詰まった俺を笑顔で見つめたまま、社長は俺の肩を優しく摩る。
「城は充分、尽くしてくれているよ。プライベートも返上して…クライアント様も毎回絶賛してくださる。」
たぶん、気を遣わせてしまった…こんな自分がどうしようもなく恥ずかしい。
もう、こんな風に周囲の人に支えられるんじゃなくて、俺自身が誰かを支えられるようになりたい。…だから
「ありがとうございます……俺、ちゃんと人のためになりたくて……」
「…うん」
「ヘルパーの資格をとりたくて」
「うん?」
「介護士と悩んだんですけど俺学校ちゃんと行ってないですし、今からなるってなったら……」
「待って待って、ヘルパー……?」
「へ……?はい。」
社長は困ったように部屋の隅や床やそこらを見回し、頭を抱える。
「また…急だね。」
「急…ですか?…あっ!でも俺体力は自信あります!勉強は…ちょっと、わからないですけど…でも、もう少しは始めてて…!」
「ああ…そうだね、うん。城は…そういう子だ…」
社長は頷きながらそう言うとしばらく固まっていたが、大きく息を吐くと俺を見つめた。
「……城、今までほとんどまとまった休暇も無しに良く頑張ってくれたね。」
「いえ……俺も楽しくやらせてもらいました。休みたいとか…思ったこともないです。」
本当に、今まで俺は楽しいだけだった…
「……城、今一度自分を見直すのはいい機会かもしれないね、二十歳になった事だし……一ヶ月休暇をあげるから、実家に戻ってゆっくり考えなさい。私は城を待っているから…」
「一ヶ月…?でも…」
時間をもらっても…俺の言葉を遮り、もう決定したことのように社長は続けた
「そうだな、今度酒でも飲みに行こう。初めては親御さんとがいいだろうから…その後にね。」
「……わかりました。」
もう…心は決まっている、一ヶ月間…何をすれば良いのだろう。
「うん。それで、うちを辞めるのか……続けるのか。続けるにしてもモデル以外の仕事もあるからね、よく考えて。」
「?……はい。」
社長は、今までの俺を知っているから心配してくれているんだろう…本当に情けない。
一ヶ月で社長を安心させられる答えを出せればいいけど…
俺は気まずさを引きずったまま社長室を出た。
散々お世話になった事務所、二人目のお父さんみたいな社長、絶対安心させないと…心配かけたまま退所なんてできない。
不安はあるけど…一ヶ月もあるんだ、俺にも何かできるはず…
まずはいろいろと調べて、なんでもやってみよう。俺は大丈夫だって証明するんだ!
決意を胸に事務所を後にする。
…なんだかいつもより足が軽いような気がする…そうか、これからは自分で行き先を決めて歩いていけるんだ…
まずは社長のために頑張ろう。それで、その後は誰かのために、人のために頑張っていくんだ…!
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