投稿者：三年Ｃ組　田堰しほ瑚

〈アルティメット〉という遊びを知っているでしょうか。いいえ、フライングディスクを使ったドッジボールではなく、小中学生の間で行われるおまじないです。

　私の通っていた小学校では〈アルティメットファイナルチェンジング超大悪魔様グレート〉を略して〈アルティメット〉と呼ばれていました。

　もともとは単純に〈チェンジの悪魔〉とか〈地獄のチェンジ〉とか、〈チェンジ様〉とかシンプルな名前で呼ばれていたらしいですけど、小学生の価値観で徐々にグレードアップしていったんだと思います。

　名前が変遷する中で、いつの間にか核となる“チェンジ”のほうが省略されてしまったんですね。

　基本的に嫌いな人に呪いをかける類のもので、数人で集まって輪になり、人形に向かって「手切った、足潰した、首吊った」とか物騒なことを言いながら踏んだり蹴ったりした後に、いじめられた人形の傷みや苦しみを嫌いな人に飛ばすという趣旨です。

　人形はなんでもいいんですって。キーホルダーのマスコットとか、ぬいぐるみとか、藁人形とか、とにかく人の形をしていることが重要なんでしょうね。

　ボロボロになった人形に向かって、例えば○○さんを呪いたければ「○○さんが代わります、○○さんが代わります」と唱えます。使った人形は箱に入れて燃やして終了となります。

　燃やすというのはまだ学校や家庭に焼却炉があった時代に生まれた作法でしょうが、いまはおいそれと火なんて使えませんので、人形入りの箱を中が見えない袋に入れて可燃ごみに混ぜて出せば最終的にはお焚き上げ完了というわけです。

　すると○○さんに災いが降りかかって、人形と同じ部位をケガをしたり病気になったりするということなんですけど、まあ子供の遊びですから、効果があったとしても偶然かこじつけの面が大きいと思います。

　時間制限が決まってないのでどうとでも言えますよね。だいたいの人は半年もあれば小さな怪我や体調不良くらいなりますよ。

　紙の端で切ったり突き指しただけなのに鬼の首を獲ったように「呪いが効いた」って喜ぶんですから、いっそ可愛らしいと言えるかもしれません。

　やっていることは全然可愛くありませんけどね。ぬいぐるみを粗末に扱うやつは死ねばいいと思います。

　子供って虫とかザリガニとかを遊びで殺すじゃないですか。情操教育の過程で必要なステップだとか言われますけど、どうでしょうか。結局は本人の資質と環境によって早い段階でやめる子もいれば、そのままステップアップしてしまう子もいるでしょう。

　小動物を虐待することに飽きて、それでもなおやめない、やめる理由を持たないとなれば、行きつく先は知れています。

　人形の場合も。人の形を模したものの虐待に飽きたとして、その先は──

　ＦＰＳとかならよかったんですけどね。

　偶然にもその人にはいてしまったんです。気軽に非道を働ける対象が。

　◇

　部室棟三階東側の女子トイレでそれは行われたといいます。

　高校生にもなっておまじないだなんてバカバカしいですけど、取り巻きの生徒も止めなかったところをみると、もしかしたら裏ではバカにされて放置されていたのかもしれませんね。

　神輿は軽いほうがいいというやつでしょうか。

　Ａさんは真面目な普通の生徒だったのですが、真面目さが鼻についたのか、あるいは誰でもよかったのか、とにかくＢさんグループによるいじめの標的になってしまいました。

　日常的に物を壊されたり悪い噂を流されたり、ＳＮＳでのなりすましやディープフェイクの流布、いかがわしいバイトをさせたりだとか、その手口は陰湿そのもので、初めは抵抗していたＡさんもやがて疲弊して逆らわなくなっていったそうです。

　他のクラスメイトも自分に矛先が向くのを嫌がって……ありがちですよね。

　ある日Ｂさんが好きだった男子に、他に好きな子がいると判明して失恋してしまいました。

　相手は人気者のＣさんで、ＢさんはＣさんに対抗心を燃やしますが、彼を振り向かせることはできず、Ｃさんを恨むようになりました。

　クソ迷惑な話ですよね。

　Ｂさんはなにを思ったか、〈アルティメットファイナルチェンジング超大悪魔様グレート〉でＣさんを呪うことにしました。

　残念ながらＢさんは人間性だけでなく発想もまともではなかったのです。失恋でおかしくなるにしても度を越してますよね。

　ここからが残念なＢさんが編み出してしまった〈アルティメット（中略）高校生バージョン〉です。

　人形ではなく、人間を使いました。

　呪いの発生源に人形ではなく本物の人間を使うというのは、小学生には思いつかないというか、思いついても実行はしないでしょう。

　そもそも人に直接害をなす気がないから人形を使ってその気になるのに、人間を痛めつけるなんて本末転倒です。

　人形扱いできるほど、ＢさんにとってのＡさんは軽い存在だったのでしょうか。

　Ｂさんと取り巻きがＡさんを囲んでリンチします。「腕を切った」「脚を折った」なんて言いながら。実際に骨折していたかはわかりませんが、多少の血は出ていたそうです。カッターナイフを使ったそうですから。

　Ｃさんに被害があろうとなかろうと、Ａさんに八つ当たりしてストレス発散したかったんでしょうか。目立つ傷を作ってしまえば、傷害が露呈しそうなものですけど。

　判断力が低下していたんでしょうね。もともとそんなものなかったのかな。

　Ｂさんはどうして〈アルティメット〉に人の形を模したニセモノを使うのか、その理由を理解するべきでした。

　やがて彼女たちは、Ａさんが暴行を受けながらもなにかぶつぶつ言っていることに気が付きます。

　Ｂさんは抵抗の意志だと思って激高し、取り巻きがドン引きするほどの苛烈な暴行を加えました。

　暴行の内容は諸説ありますけど、どれも語って気持ちのいいものではありません。とにかくクソカスとだけ。

　Ａさんは歯も折れ血だらけの水浸し。もうすっかり動けなくなっていましたが、依然弱々しく何かを呟いています。

　Aさんが口にしている内容に気づいて、Ｂさんはひどく取り乱しました。

「Ｂさんが代わります」

　Ａさんは暴行を受けている間、ずっとそう繰り返していたんですね。

　割れた鏡の破片に向かって。つまり痛めつけられる自分の顔を見ながら。

　傷害事件の犯人になるよりも呪い返しを恐れるなんて、おまじないをそこまで本気になって信じていたんでしょうか。彼女のお母さんの故郷ではそういったお呪（まじな）いがポピュラーだったからなのかもしれません。

　とにかくＢさんはそこまでしておいていまさら怖くなり、トイレの個室にＡさんを閉じ込めて逃げ出し、取り巻きもつられて逃げました。

　残されたＡさんは救急車で病院へ運ばれ一命をとりとめました。なんとか動く片腕でトイレの壁を叩き続けていたんです。発見した守衛さんも怖かったでしょうね。

　その顛末は後味が悪いもので、学校とＡさん家族、Ｂさん家族の間でどのような話し合いがあったかわかりませんが、いじめが公表されることはなく、Ａさん家族は引っ越していきました。

　Ａさんは一命はとりとめましたが、後遺症で寝たきりになってしまったそうです。その後自ら命を絶ってしまったとも言われています。

　そしてＢさんは無許可アルバイトと深夜徘徊の名目で停学になりましたが、しばらくたったある日に食事を一切とらない娘を心配した家族が部屋のドアを開けると、そこはもぬけの殻となっていました。

　行方を捜す家族は、遠くの空に黒煙が上がっていることに気づきます。

　火の手はＡさんが引っ越した直後の空き家から上がっていて、放火したのは家を抜け出したＢさんでした。

　Ａさんを恨んでのことか、はたまたおまじないの続きのつもりなのか。

　「私は代われません、私は代われません」と火災現場で連呼していたそうですよ。

　家が無人であったこと、心神喪失状態だったということで彼女が犯罪者として世間に広く知られることはありませんでしたが、そのままその町に住み続けられるほどＢさん家族も厚顔無恥ではありません。

　結局Ｂさんも引っ越していき、Ａさんの家の跡はなぜかいまも更地です。

　Ｂさんは精神を病んで入院したそうです。病院のベッドで「代われません、代われません」と繰り返しているんでしょうかね。

◇

　この話を知ってしまったあなたは、絶対に「自分がＡさんに代わる意志」を口に出してはいけません。

　もしかして、Ｂさんがやった〈アルティメット〉はもう終わったことだと思ってますか？

　〈アルティメット〉は最後に人形を箱に入れて燃やさないと、人形自身の怨念が現世にとどまり続けてしまいます。

　もしＡさんが生きているとしたら、怨みは消えるどころか、いまもＡさんの中から湧き上がり続けているかもしれませんよ。鏡を視界に捉えながら。

　亡くなっていたとしたら棺桶に入れられて火葬されますから終わったとも言えますけど、見たっていう生徒がいるんですよ。

　「代わりになってください」と言いながら街を徘徊する女性を。

　それがＢさん、あるいはリハビリを経て歩けるようになったＡさんだと噂されていて、証拠はありませんが、顔や手にひどい火傷の跡があるそうです。

　いまも行き場のない怨念が、代わってくれる人を探しているんでしょうかね。

　人形は抵抗しない。人形に叛意はない。人形は呪わない。

　生きた人間を使ってはいけない理由がわかりますよね。

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　５C－０１

　最後急にこっちを刺すな　これだから自己責任系は

　これ小学校でやってる子いた縺｡縺後≧縺｡縺後≧縺｡縺後≧縺｡縺後≧