フェアリー・ポニーテイル
雨虹みかん
フェアリー・ポニーテイル
この世界のどこかにある青い惑星にひとりの少女が暮らしていました。少女はお姫様に憧れていました。お姫様が出てくる絵本を読むたびに、主人公は私なのだと、少女は空想の世界へ旅立って、夢の中でレースがたっぷりついたドレスを纏っていたのです。
少女はいつもひとりでした。心がうんと寂しくて、王子様が迎えに来るのを待つ日常を送っていました。
少女は「まるで」が分かりませんでした。少女は日記にこのように文字を綴りました。
──本当の答えを私に教えてくれたなら、「そうなんだ」って私は理解というものをして、「うんうん」と頷いたことだろう。貴方の目方零れ落ちているその水分の濃さは一体どれくらいなのだろうか。そんな私を貴方は笑った。汲み取れるものが水だけではないと人々は口を揃えて笑うのだ。私が知りたいのは濃度、ただそれだけなのに。
日記帳に涙の粒が染みました。
ずっと大人になりたかった少女は今日18歳の誕生日を迎えます。
物語のはじまり、はじまり。
☆
同じクラスの高橋さんがポニーテールをほどいて登校して来たのは今朝のことだった。
「ねえ、隣のクラスの高橋さんが昨日彼氏の家に入っていったのを見た人がいるって」
「あの高橋さんが?」
「てか高橋さん彼氏いたんだ」
教室がざわめくのがはっきりと分かる。高橋さんは席に着くと俯き、頑なに顔を上げなかった。高橋さんの下ろされた長い髪にはきつく結んだポニーテールの名残で結び癖がついている。高橋さんの大人しく真面目なキャラとその髪型の対比に失礼ながらも驚いてしまう自分がいた。
私はこの世界のルールにうんざりしている。この世に生まれて、髪が伸びて一定の長さになると女の子はポニーテールをきつく結ぶというルールが存在している。一度きつく結んだポニーテールは簡単にほどくことができない。そのため、女の子たちは幼少期からずっとポニーテールで過ごす。ポニーテールをほどく方法はただ一つだけ存在していた。
私は幼少期に母に尋ねたことがあった。
「どうして、わたしもおともだちもみんなポニーテールなのに、わたしのおかあさんもおともだちのおかあさんも、ポニーテールじゃないの?」
母は苦笑いするだけで、本当のことを教えてくれなかった。
小学四年生になると、保健の授業で「女の子に向けた授業」が行われた。
「ポニーテールの結び目はプライベートゾーンなので人に見せたり触らせてはいけません」
どうして? と聞いてはいけない気がしたので私は質問しなかった。周りの女の子たちも誰も理由を聞かなかった。
中学生になると、その真実がだんだんと鮮明になってきた。「ポニーテールの結び目」の話を「アレ」とか「○○」とか、他の言葉に言い換えて、クラスの男子たちが何やらこそこそと話しているのが聞こえた。
ポニーテールの結び目を隠すアクセサリーは、学年が上がるほどだんだんと華美になっていく傾向にあり、また、スクールカーストとも関係していた。中学一年生で大きなフリルのついた真っ赤なリボンをポニーテールの結び目につけるようなことをしてしまったら、先輩たちに目をつけられる。そのため、入学当初は黒の無難なシュシュをつける女子生徒が大半だった。地味な子は三年間ずっと同じ黒の無難なシュシュをつけ続け、陽気な子は派手な色の大きなリボンをつけた。
高校生になると、女の子たちは少しずつポニーテールから卒業していった。ポニーテールを卒業した女の子たちは、髪を降ろしてコテで巻いていたり、ツインテールをしたりしていた。また、流行りの蛇系アイラインを目尻に引いていたり、長い脚にきな粉パールパウダーをはたいたりしていて、私にとって遠い世界にいるように感じた。
高橋さんがポニーテールをほどいたのは意外だった。高橋さんはいつも教室で一人で本を読んでいた。本にはいつもブックカバーがかけられていて、どんな本を読んでいるのかは検討がつかなかった。きっと、真面目な小説でも読んでいるのだろう。
放課後、隣のクラスの彼氏が私を迎えに来てくれた。
「歩美、一緒に帰ろ」
「うん!」
一週間前にできたばかりの初めての彼氏と過ごす誕生日の放課後は幸せだった。高校三年生の冬、受験勉強の合間のあたたかい癒しは梅昆布ティーホイップのクレープのように甘くて、とろけて、この時間がずっと続けばいいのにと思った。
もうすぐクリスマスだね、なんてことを話しながら私たちはアーケードの中にあるゲームセンターでプリクラを撮った。明るい照明に照らされて、きらきらと輝くティアラをつけた私は、本当のお姫様になれたような気がした。隣にいるのは私を迎えに来てくれた王子様。王子様は私のポニーテールを可愛いと言って微笑んだ。
甘い空気が一変したのは、カフェ「ウサギの前髪」から出た後のことだった。駅ビルのヘアアクセサリーショップの前に来ると、涼太は突然「アレ」を匂わすことを話し始めた。
「歩美はツインテールが似合いそうだなってずっと思ってた」
思わず固まる私に涼太は言った。
「誕生日ケーキ、家の冷蔵庫に冷やしているんだけど今家に親いないから来ない?」
私は断れなかった。誕生日ケーキなんておまけに違いない。本当に誕生日ケーキが用意されているのかも分からない。それにもかかわらず私は雪の降る住宅街を歩き、涼太の家へと向かってしまった。
私はいつも寂しかったのだ。「アレ」をすれば何か変わるんじゃないか、寂しさを埋められるのではないかとほんの少しだけ心のどこかで思っていた。寂しさの原因はよく分からない。家庭環境が特別悪いわけでも、友達がいないわけでもない。彼氏もいるし、勉強もそこそこできる。どちらかといえば恵まれた日常を送っているはずなのに、心はいつもぽっかりと穴が開いていた。
玄関の扉を閉めて鍵をがちゃりと閉めると、涼太の息遣いが荒くなった。恐る恐る涼太に視線を向けると、涼太の目がいつもと違くて、普段の優しく潤った目はどこにもなかった。
涼太の部屋に入ると私はベッドに押し倒された。私に覆いかぶさった涼太は筋肉質で、手を伸ばしても抵抗することができない。
涼太と私の唇が重なった。初めてのキスだった。感想はただ一つ、こんなものか、と思った。想像していたような感動はなかった。
そういえば、私の好きな童話に出てくる憧れのお姫様はポニーテールをしていなかった。あのお姫様はどんな気持ちでポニーテールをほどいて大人になったのだろう。王子様は優しい人だったのだろうか。そもそも、相手は本当に王子様だったのだろうか。こんなことをしないとお姫様になれないのなら、私は大人になんかならなくていい。
私は部屋の天井を見つめてぼうっとしていた。舌を絡ませられながら作業のようなキスをしていると、ぼんやりとした意識の中で涼太の爪先がどんどん刃物のように伸びていくのが分かった。
男の人の爪先が伸びていくという現象は知っていた。しかし、実際にそれを目にすると思わず目を瞑ってしまいそうになった。爪はどんどん固く尖っていき、長さが増していく。
涼太が私の桃色のシフォン生地のシュシュに手を伸ばした。もう私に感情はなかった。ポニーテールの結び目を隠していた桃色シュシュがはらりとはだけ、ポニーテールの結び目があらわになった。
涼太が結び目に爪を立て、爪をぎりぎりと動かし始めた。私は痛さを我慢しようと歯を食いしばった。爪がナイフのような姿になり、結び目の痛さがピークに達してきたそのとき、涼太は少し苦しそうな顔をして何かを小さく叫ぶと、長い間ポニーテールを結んでいたのが原因で皮膚と一体化していた結び目がぷちんと切れて血が出た。
幼稚園に通っていた冬の日、ブランコ下の泥水に三角の氷が浮かんでいたことがあった。私は小さな指先でトライアングルをなぞった。それはひんやりとしていてアイスクリームに見えた。
私はカフェ・オレに浮かぶアイスクリームをそっと指先でつまんだ。誰も私のことを見ていなかったからアイスクリームを食べた。コーヒーフロートはちっとも甘くなかったから、すぐに吐き出してしまった。
その後ひとりで遊んでいた雲梯のてっぺんで手を離してしまった私は地面に大きなしりもちをついた。誰も私のことを見ていなかったからお洋服が汚れたことは内緒にした。泥水が私の身体を覆うとき、どうして誰も見ていないのだろう。
今夜、私は泥水で汚れてしまった。これ以上脱ぐことのできない汚れたドレスを身に纏うプリンセスがどこにいるというのだ。幼少期のあのときとは違う、洗濯をしても取れない染みを身体につけてしまった。
「歩美、誕生日おめでとう」
汗を拭いながら隣でそう優しくささやく涼太の爪は元の長さに戻っていた。私のポニーテールの結び目は、切れたままもう元に戻らなかった。その後に食べた誕生日ケーキは全く味がしなかった。
帰宅すると、急いで自分の部屋に入った。母が扉をノックした。
「歩美?」
「話しかけてこないで!」
母は今どんな表情を浮かべているのだろう。私はそれを想像したくなくて、えんえんと泣いた。
部屋に落ちていた輪ゴムで髪の毛を結んでみようと思った。しかし、髪を結ぶという行為自体初めてで、綺麗なポニーテールにならなかった。
こんな姿ではポニーテールをほどいたことがばれてしまう。
親になんて説明すればいい?
どんな顔をして学校に行けばいい?
もう冬が訪れる前の自分には戻れないのだと悟った。
私はいつの間にか秋のカツラの木の下で泣いていた。するとメープルシロップが私の頬を撫でた。それは不思議なことにさらさらとしていた。
今頃あの子たちはきっとホットケーキを焼いている。メープルシロップの香りを漂わせながら、ホイップクリームをしぼるのだ。それを私は容易に想像することができた。
カツラの葉っぱは昨晩の雨で湿っていた。もしそれがタイムリープをした私ならと考えてしまうほど妙に納得してしまう。
私はずっと寂しかった。
いつの間にか寝ていたようで、誕生日が終わっていた。家族は寝静まっていた。夜中の二時頃、私はシャワーを浴びるために脱衣所に入った。
ジャケットを脱ぐと、私はブラウスのボタンをぷちん、ぷちん、と一つずつ外していった。ぷちんと音が鳴る度に、ポニーテールが揺れる感触を思い出した。私にもうポニーテールはなかった。
ヤドカリの入浴剤の入ったお風呂のお湯はとっくに冷めていた。冬の冷えきったお風呂場はとても寒かったけれど今から追い炊きする気にもなれなくて、シャワーだけで済ますことにした。
弱めのシャワーで髪の毛をそっと濡らしてみるとかつてポニーテールの結び目があった部分にひりひりとした痛みが走った。痛みを我慢しながらマシュマロの香りのシャンプーを手のひらに取り、軽く泡立てると髪の毛を優しく洗った。
本当はもっと強く洗いたかった。痛みも匂いも感触も温度も記憶も、あの時間ごと全て泡で洗い流したかった。
キューティクルを補修してくれるとCMでうたうマシュマロトリートメントは、ポニーテールの切れた結び目までは補修してくれなかった。トリートメントを流し、シャワーを止めるとお風呂場が静まり返った。水滴の垂れる音と、ポニーテールをほどかれてしまった事実だけが静かに響いた。
お風呂場から出ると、寒気が私の身体を襲った。バスタオルで身体を拭き、パジャマに着替えた。
ドライヤーの熱が髪の毛に当たる度に焼けるような痛みを感じたが、私は髪の毛が濡れたまま寝る方が苦痛だと思ったので頑張って乾かすことにした。だんだんと痛みにも慣れて、乾かし終わった頃には痛みは少し和らいでいた。私は木でできた櫛で優しく髪をとかした。
ベッドに入っても寝る気分にはなれなかった私は意味もなくスマホを弄った。写真アルバムを開くと彼氏と撮った写真がずらりと並んだ。写真に写る私はまだポニーテールをしていた。そのことがすごく悲しくて、私は目が腫れるまで泣いた。
眠れない私は突然、高橋さんにメッセージを送ることを思いついた。高橋さんとは文化祭関連で一度連絡先を交換したことがあったのだ。
「起きてる?」
数分後、既読がついた。
「起きてるよ。どうしたの?」
高橋さんなら分かってくれると思った。今の私が頼れるのは高橋さんだけだった。
「ポニーテール、ほどかれちゃった」
私たちは電話を繋げた。高橋さんは第一に私の身体のことを心配してくれた。そして、切れた結び目の応急処置の方法を教えてくれた。
「高橋さんは大丈夫なの?」
私が聞くと、高橋さんは言った。
「大丈夫、私のポニーテールはとっくにほどけていたから」
驚く私を気にせず高橋さんは続けた。
「昨日、遅刻しそうで慌てて家を飛び出したの。学校についてから髪を結んでいないことに気が付いた」
高橋さんは、いつものポニーテールが自分で結び直した偽物のポニーテールだということや、いつも教室で読んでいる小説は官能小説であることを教えてくれた。
「私のポニーテールがほどけたの中三のとき。当時大学生の彼氏と付き合ってた。今思うとやばいよね。でも当時はそのやばさに気付けていなかった。中学でポニーテール以外の髪型をしている生徒なんていなかったから、私は必死にごまかした。学校を休んでいる間、部屋に籠っで何度も何度もポニーテールをきつく結ぶ練習をした。そして私は偽物のポニーテールを手に入れたんだ」
私たちはポニーテールについて話した。消えない寂しさについても語り合った。
私が電話越しにあくびをすると、高橋さんは優しくささやいた。
「歩美ちゃん、誕生日おめでとう」
明日の約束を交わした私たちは電話を切って眠りに落ちた。
ひんやりとした朝六時、コンクリートでできたトンネルからつららが垂れていた。
コンクリートの壁には落書きも張り紙も何もなかったので、私は手のひらをぴたりとつけてみた。ひんやりとした冷たさが皮膚を通して私の身体に流れた。昨晩のような熱さを忘れさせてくれるような冷たさだった。
そうだ。
私はコンクリートの壁に体当たりをしてみた。いつの日かテレビで観たヒーローの真似をして、壁にキックもしてみた。全てを壁にぶつけてみた。ぶつける度に花が咲いた。つぼみがみるみる膨らんで、壁一面がお花畑になった。
私はあることに気が付いた。お花畑の後ろには、もうコンクリートの壁をなかった。コンクリートでできたトンネル自体消えていた。コンクリートをすり減らしてできたお花畑は、一体何になるのだろうか。一冊の童話になったなら、私は嬉しい。
フェアリーテイル。ポニーテール。
私の憧れていたお姫様が出会っていたのは本当の王子様ではなかったかもしれない。お姫様の美しいドレスの中にあるのは傷だらけの身体かもしれない。きっと誰もが苦しんで、人に言えない秘密を抱えている。
私は、そんな物語も愛したい。
学校に着くと、私は帽子を被ったまま空き教室へと向かった。高橋さんはもう来ていた。高橋さんは私を椅子に座らせると、「この空き教室には人が来ないから大丈夫」と微笑んだ。
「どうして人が来ないことを知っているの?」
「教室が嫌になったとき、ここによく来るんだ。私は表面だけで人を判断するこの世界が好きじゃない。ポニーテールのルールだっていらない。いつか私がこのルールを撤廃するんだ」
「高橋さんかっこいいね」
「そうかな、ありがとう」
高橋さんは少し照れくさそうに笑った。
「痛かったら言ってね」
高橋さんは私の髪の毛を優しく櫛でとかしてくれた。そして、あっという間に長い髪の毛をひとつの束にすると、黒いリボンのついたヘアゴムできゅっと結った。
「多分、これでばれないと思う」
手鏡で確認すると、それは完璧なポニーテールだった。偽物のポニーテールが私の失った心を蘇らせた。
「このヘアゴムはすぐほどけちゃうから気を付けて。結び方教えるし、困ったときはいつでも結んであげるね」
「高橋さん、ありがとう」
私たちは教室の扉の前でばいばいと手を振り、それぞれの席へと向かった。
今日一日、私のポニーテールが偽物だということは、誰にもバレなかった。体育の着替えのときにポニーテールが服に引っかかってひやりとしたが、高橋さんが結んでくれたポニーテールは意外に強かった。
体育の後、廊下で涼太とすれ違った。心臓がどきりと嫌な音を立てたのが分かった。身体の表面を虫が這うような気持ちの悪い感覚がした。そんな私をよそに涼太は廊下を歩く私に気が付かなかった。
ポニーテールの秘密がばれるのを怖がる私とは真逆に、今日の高橋さんは堂々と髪を下ろしていた。結び癖はストレートアイロンで丁寧に伸ばされていて、歩く度に長い髪がさらりとなびいて艷めくのが眩しかった。高橋さんのことを見てクラスメイトは何かをこそこそと話していたが、高橋さんは見向きもせず、本を読み続けた。
その日の夜、久しぶりにお姫様の絵本を開いた。不思議なことに、お姫様の髪型はポニーテールになっていた。今までは下ろしたウェーブヘアだったのに。
読み進めていくと、ストーリーにも変化があることに気が付いた。お城でひとりで過ごしていたお姫様に王子様は迎えに来なかった。お姫様はひとりでお城を飛び出した。独学で魔法を身につけて空を飛んだ。鳥のようにはばたいた。降り立った白昼夢の森では必殺技の「羨望の眼差し」を身につけた。戦闘曲をBGMにメルヘンチック・ラストソングを歌いながら、お姫様はドラゴンと戦った。
私はいつも倒れることを夢見ていた。倒れることができたら誰かが私の苦しみに気付いて助けに来てくれると思っていた。ひとりでいることはいけないことだと信じこんでいた。
絵本の中のお姫様は違った。ひとりで勇敢にドラゴンと戦った。お姫様はお城に戻らなかった。故郷から離れた遠い国に自ら作り上げた箱庭で祝杯をあげるパーティーを開いた。
お姫様は絵本の外にいる私に向かって手招きをした。破れたドレスから傷だらけの白い肌が覗いた。
私はハッとしてシャープペンシルを手に取ると、絵本にたくさんの絆創膏の絵を描いた。描き殴るように必死に何個も何個も絆創膏を描いた。絆創膏の山ができるとお姫様は嬉しそうに絆創膏を拾い、「ありがとう」と私にお礼をした。そして魔法を使って夜空にはばたいていった。
絵本はここで途切れていた。
私は本当の意味での憧れのお姫様になりたいと思った。
ごめんね、と私は秋のカツラの木の下で泣いていた私を抱きしめた。すると、自分を大切にできない呪いが柔らかく解けた気がした。
☆
この世界のどこかにある青い惑星にひとりのお姫様が暮らしていました。お姫様は言いました。この世界はロールケーキみたいだと。生きづらさというものは渦巻いていて、切っても切っても同じ形で現れる。お姫様はそんな世界が嫌いでした。
言語化できない寂しさというものは厄介でした。
ある日、お姫様は扉を開ける夢を見ました。夢の中でお姫様は「扉を開けました」と必死に唱えていました。夢からさめてここがお城だと知ったとき、広い部屋には「扉を開けました」だけが残っていました。
氷多めの水が朝ごはんのプレートに積み重ねられたポテトをお姫様の身体に流しこみます。流しこみながら、言葉の意味を考えます。やがてポテトの島が崩れたとき、そこにはなにもありませんでした。
そこは教室でした。
そこは相談室でした。
そこは病院でした。
倒れることを夢見ながら今日もお姫様は扉を開けました。どこへ行っても説明できない苦しさにもどかしさを感じました。氷がとけ、残ったものは海でした。優雅なバックグラウンド・ミュージックが響きます。
そんな世界を変えたくて、お姫様はお城を飛び出しました。青空は果てしなく続くものだと知りました。夜が訪れると明度が低くなった空に星が瞬きました。ドラゴンと戦った後、傷だらけになったお姫様に誰かが絆創膏を差し出してくれました。
お姫様は生きる希望を取り戻しました。
お姫様はかつて少女でした。
フェアリー・ポニーテイル 雨虹みかん @iris_orange
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