第6話 防衛戦線

季節は晩秋。冷たい風がクズハ村の掘っ立て小屋――いや、いまや立派な「作戦司令室(オフィス)」となった建屋を吹き抜けていく。

 私は、粗末な木の机に広げられた地図(事業計画書)を指先で叩いた。

​「半兵衛、在庫(リソース)の状況は?」

「はっ。善兵衛殿の『懸命な』働きにより、鉄鉱石と火薬の備蓄は十分。鉄心殿の生産ラインも順調に稼働し、全社員……いえ、全兵士への『白焔式長槍』の配備が完了しました」

​ 軍師・半兵衛が、現代のクリップボードのような木板を見ながら報告する。

 元・落第軍師だった彼は、私の教えた「在庫管理表(Excel的思考)」に誰よりも早く適応していた。

​「問題は、人員(マンパワー)の疲弊ですね。急激な組織拡大で、現場のシフトが回っていません」

「キキョウ姫の広報(プロパガンダ)が効きすぎたか。……まあいい。リンドウに命じて、スタミナ回復薬(栄養ドリンク)を配給させろ。カフェイン入りだ、目は覚めるだろう」

​ 私が指示を出した、その時だった。

 バタン! と戸が開き、斥候役のハヤテが飛び込んでくる。

​「社長! 来やがった! 『本社』からの監査だ!」

​ その隠語に、室内の空気が凍りつく。

 本社――すなわち、幕府軍だ。

​「数は?」

「先遣隊、およそ五百! 率いるは雑魚田(ざこだ)権兵衛!」

「雑魚田か……」

​ 私は脳内のwikiを検索する。

 序盤の中ボス。攻撃力は高いが大振りで、知能(AI)は低い。いわゆる「初見殺し」担当の脳筋武将だ。

 本来なら、ここで村は焼かれ、ムラマサは絶望の逃避行を始める。

 だが、今の我々は違う。

​「……ふう」

 私はゆっくりと立ち上がり、愛用の鍬(くわ)を手に取った。

 緊張に震えるムラマサやヤヨイたちを見回し、ニヤリと笑う。

​「慌てるな。たかが五百のクレーム処理だ。……総員、配置につけ! これより『業務(防衛戦)』を開始する!」

​2.物理法則を無視した「業務」

​ 村はずれの平原。

 幕府軍五百の威容に対し、こちらは三百の農民兵。

 普通なら勝負にならない。だが、今の彼らは私の「教育(研修)」を受けた精鋭だ。

​「ひゃっはぁー! 農民風情が! 皆殺しにしてくれるわぁ!」

​ 敵将・雑魚田が刀を振り上げ、突撃を命じる。

 その瞬間、私はインカム代わりの伝声管に向かって指示を飛ばした。

​「ハヤテ、作戦通りだ。『裏口』を開けろ」

『了解(ラジャ)!』

​ 戦場を駆け抜けた元忍・ハヤテは、敵本陣の裏手にそびえる断崖絶壁に向かって――なんと、そのまま走り続けた。

 激突するかと思われた瞬間、彼の体は岩肌にめり込み、ズルリと「裏側」へ消えた。

 グリッチ移動(壁抜けバグ)。

 物理法則を無視したショートカットにより、彼は一瞬で敵の後方にある補給部隊の目の前に出現した。

​「な、なんだ!? 岩の中から人が!?」

「隙ありィ!」

​ 敵が混乱する中、ハヤテは補給馬車の留め具を破壊。敵の後方は大混乱に陥る。

​「源三! 今だ、やれ!」

『へい! 指差呼称! 投擲よし、退避よし、ご安全にぃぃ!!』

​ ドン! ドン!

 背中の樽から火薬瓶を取り出した源三たちが、美しい放物線を描いてそれを投擲する。

 直後、彼らは素早く掘った塹壕へダイブ。

 ドガァァァン!!

 爆風が敵の前衛を吹き飛ばす。かつては自爆していた男が、今は安全圏から一方的に火力を叩き込んでいる。

​「おのれ、小賢しい! 弓隊、放てぇ!」

​ 雑魚田の号令で、雨のような矢が降り注ぐ。

 農民たちが悲鳴を上げかけた、その時。

​「……カグラ、展開」

​ 最前列にいた巨大な宝箱の蓋が、カパッと開いた。

 中から伸びたのは、無数の鎖と、巨大な舌。

 ミミック使いの少女・カグラが操る「人喰い箱」が、凄まじい速度で前線を走り回る。

​ カカンッ! キンッ! ガギン!

 矢は全て、ミミックの異常に硬い外殻に弾かれた。

 絶対防御(タンク)。

 さらに、箱の隙間から、毒消し草を持ったリンドウが顔を出す。

​「はい、予防接種の時間よー。毒矢対策のバフ、かけとくわね」

​ 戦場は、混沌(カオス)を極めていた。

 壁を抜ける忍者、安全第一で爆破する工兵、矢を弾く宝箱。

 それはもはや戦争ではない。

 私の知識に基づいた、一方的な「蹂躙(タスク消化)」だった。

​3.社畜(タンク)と半妖(アタッカー)

​「ええい、どいつもこいつも役立たずめ! 俺がやる!」

​ 業を煮やした雑魚田が、馬を飛ばして突っ込んでくる。

 狙いは、本陣にいる私だ。

​「死ねぇ! 農民!」

​ 振り下ろされる大太刀。

 その一撃は、岩をも砕く威力がある。まともに受ければ即死だ。

 だが。

​(……遅い。予備動作が大きすぎる。稟議書を通す前の部長かお前は)

​ 私は一歩も引かず、白焔を纏った鍬を軽く掲げた。

 タイミングは熟知している。

 振り下ろしが頭蓋に達する、コンマ2秒前――。

​ ――カァァァンッ!!

​ 澄んだ音が戦場に響き渡った。

 ジャスト・パリィ。

 私の鍬は、雑魚田の太刀を弾き返し、その巨大な体勢を大きく崩させた。

​「な、にぃっ!?」

「その大振りな攻撃(パワハラ)は、今のウチ(労基署)には通じないと言ったはずだが?」

​ 体幹が崩れ、無防備になった雑魚田の首筋。

 そこに「死」のアイコンが見えた。

​「ムラマサ! 今だ、決裁(ハンコ)を押せ!」

「はいっ!!」

​ 私の影から、黒い疾風が飛び出した。

 半妖の少年、ムラマサ。

 その瞳は鋭く、手にした刀には禍々しい黒炎が宿っている。

​「……斬ッ!」

​ 一閃。

 視認できないほどの速さで、黒い軌跡が雑魚田の胴を薙いだ。

 一瞬の静寂の後、鮮血が噴き出す。

​「ば、かな……この俺が、農民と……ガキに……」

​ ドサリ。

 敵将が馬から落ち、絶命した。

 その瞬間、戦場に静寂が落ち――そして、爆発的な歓声が上がった。

​「うおおおお! 勝ったぞぉぉ!」

「社長! いや、大将万歳!!」

​4.黒い火種と、次なる案件

​ 勝利の美酒に酔う陣営の隅で、私は一人、刀の血を拭うムラマサに近づいた。

 彼は震えていた。

 黒炎を使った反動(穢れの蓄積)もあるだろうが、それ以上に、その表情には陰りがあった。

​「……見事だったぞ、ムラマサ」

「……いいえ」

​ ムラマサは、鞘に刀を納めながら、寂しげに笑った。

​「あいつの体勢を崩したのは、村雨さんです。皆を守ったのも、村雨さんの策です。……僕はただ、おいしいところを持っていっただけだ」

​ 彼の右腕が、微かにドクドクと脈打っているのが見えた。

 私の「白」が強くなればなるほど、彼は自分の「黒」を恥じている。

 組織においてはよくあることだ。優秀な上司の下で、部下が自信を失うパターン。

 だが、ここで潰すわけにはいかない。

​「馬鹿野郎」

 私は彼に、善兵衛からくすねた高級おにぎりを投げ渡した。

「俺は守る(タンク)しかできん。敵を倒す(アタッカー)のは、お前にしかできない仕事だ。……適材適所だよ」

「村雨さん……」

「食って寝ろ。次の案件(ボス)は、もっとキツイぞ」

​ そう。これはまだ序章だ。

 私の視線の先、西の空が不気味に赤く染まっていた。

 そこには、私の「攻略知識」の外側にいる存在――DLCの宣教師・ヨハンがいるはずだ。

 

(仕様外のバグキャラか……。さて、どう料理(マネジメント)してやるか)

​ 私は鍬を杖に立ち上がり、ホワイトボードに見立てた板切れに、新たなタスクを書き込んだ。

 『次期目標:異国勢力への対応および、ムラマサのメンタルケア』。

​ 株式会社「一揆」の夜は、まだ明けない。

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現代社畜、死にゲー世界に農民転生!一揆軍に加担し死にゲー知識無双!! 匿名AI共創作家・春 @mf79910403

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