第5話 続・人材確保

鍛冶場での生産体制が整い、半兵衛による組織化が進んだある夜。

 作戦司令室で、私は軍師・半兵衛と向き合っていた。

​「……社長。兵は集まりましたが、このままではジリ貧です」

「分かっている。所詮は『農民の暴動』だ。近隣の村は同調してくれても、武士階級や都市部の人間からは『テロリスト』としか見られん」

​ 半兵衛が頷く。

「左様。幕府を倒すには、我々が『官軍』にならねばなりません。ですが、農民上がりの我々には血筋も権威もない」

​ 企業で言えば、技術力はあるが社会的信用のないベンチャー企業だ。

 銀行(他勢力)から融資を受けるには、信用ある「看板」が必要だ。

​「心当たりがある。……この近くに『忘れられた祠』があるはずだ」

​ 私は脳内のマップを検索する。

 ゲーム内では、特定のアイテムを捧げないと会話すらできない、隠しNPCの居場所。

 そこに、我社に必要な「最強の広告塔(インフルエンサー)」がいる。

​2.廃墟の姫君

​ 村はずれの森の奥深く。朽ち果てた石造りの祠。

 そこに、場違いなほど美しい少女が一人、座り込んでいた。

 泥一つついていない純白の着物。色素の薄い金髪。そして、この世の全てを見下すような不遜な瞳。

​ 白百合の姫・キキョウ。

 かつてこの地を治め、幕府に滅ぼされた旧王朝の生き残りだ。

​「……何奴じゃ。薄汚い農民風情が、余の御前に立つことすら許されると思うてか?」

​ キキョウは扇子で口元を隠し、私を一瞥した。

 威厳はある。だが、私は知っている。彼女がここで数年間、誰にも相手にされず、お供え物の饅頭を齧りながら「いつか復興してやる」と妄想し続けていることを。

​「お初にお目にかかります、キキョウ様。……いえ、真の『日ノ本の統治者』様」

​ 私は鍬を置き、恭しく一礼した。

 営業スマイル(レベル55)。これには自信がある。

​「ほう? 農民にしては殊勝な心がけじゃ。して、何の用じゃ? 余は忙しいのじゃが(※暇です)」

「商談に参りました。貴女様に『軍隊』を差し上げようと思いまして」

​ キキョウの目が丸くなった。

「ぐ、軍隊だと? 何を馬鹿な……」

​「我々は現在、幕府という悪徳企業……いえ、逆賊と戦っております。武力はありますが、我々には『正義』を証明する旗印がない」

​ 私は一歩踏み出し、手を差し伸べる。

​「貴女様の『高貴な血筋』というブランドを、我々にお貸しいただきたい。そうすれば、我々は貴女様の『親衛隊』となり、幕府を倒して差し上げましょう」

​ キキョウは扇子を閉じた。その手が震えている。

 彼女はずっと待っていたのだ。自分を「姫」として扱い、剣を捧げてくれる存在を。

 ゲームでは、プレイヤーが「誓約」を結んでもアイテムをくれるだけの存在だった。だが、今は違う。

​「……よかろう。悪い話ではない」

​ 彼女は立ち上がり、咳払いをした。

​「許す! その方らを余の『下僕』として雇い入れてやろう! 光栄に思うがよい!」

「ありがとうございます、社長(CEO)」

​ 私は心の中でガッツポーズをした。

 これで「錦の御旗」は手に入った。我々はただの反乱軍から、「旧王朝復興軍」へとクラスチェンジしたのだ。

​3.神輿(みこし)の威力

​ 翌日。

 村の広場に、即席の玉座が作られた。

 そこに鎮座したキキョウ姫の姿を見た瞬間、動揺していた村人たちの目の色が変わった。

​「あれは……白百合の紋章!」

「伝説の王家の姫様が生きておられた!」

「我々は賊軍じゃない! 姫様をお守りする官軍なんだ!」

​ 効果は劇的だった。

 士気(モチベーション)爆上がり。

 さらに、近隣の武家屋敷からも「姫様のためなら」と、優秀な浪人たちが馳せ参じてきた。

 中には、キキョウ姫の熱狂的なファン(隠れキキョウ親衛隊)も混じっている。

​「うむ、苦しゅうない! 皆の者、余のために死ぬ気で働くのじゃ!」

​ 高笑いするキキョウ姫。

 その横で、半兵衛が私に耳打ちする。

​「……村雨殿。あの方、実務能力はゼロとお見受けしますが」

「構わん。実務は俺たちがやる。彼女には『そこに座って笑っている』という激務をこなしてもらう」

​ 私は頷いた。

 彼女は最高の「お飾り社長」だ。

 責任と実務は私が持つ。彼女には夢と理想を語ってもらう。

 これぞ、理想的なベンチャー企業の経営体制だ。

​「よし、キキョウ様。まずは最初の業務命令を」

「うむ! ……えーと、なんじゃ?」

「『敵を蹴散らせ』と言っていただければ」

「敵を蹴散らせー!!」

​ ワァァァァァッ!!

 地鳴りのような歓声。

 こうして株式会社「一揆」は、最強のブランド力を手に入れ、来るべき防衛戦へと突入していくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る